第2225話 戦士達の戦い ――預言者――
『リーナイト』にて幾つかの案件に対するバルフレアからの了承を取り付けたカイト。そんな彼はバルフレアの愚痴に付き合うと、その後はアイナディス、レヴィの二人と共に演習に向けた僅かな話し合いを交わしながら、酔いを覚ましていた。
というわけで、それから少し。カイトは演習参加に向けてギルドの統率に向かったアイナディスと『リーナイト』で別れると、レヴィに後を任せてマクスウェルへと帰還していた。
「はぁ……」
「相当、お飲みになられましたねー……こっち真っ昼間なんですけど」
「言うな。その代わり、仕事はしっかりと終わらせた。追って、他の公爵や大公領にいる有名な冒険者を引っ張り出せる手紙が届く。加えて、告知の許可も出させた。十分だ」
若干苦笑を滲ませるユハラの言葉に、カイトはソファに横になりながら一応の結果は告げておく。やはり彼とて公爵として、そしてギルドマスターとして真っ昼間から酒を飲んでいる様子は見せたくなかったようだ。ギルドホームに直行するわけではなく、公爵邸で時間潰しを行う事にしていた。そんな彼に、ユハラが水を差し出す。
「こちらを」
「すまん……はぁ。その後の進捗で何か報告は?」
「特には、という所ですねー。クズハ様以下、こちらで特に何かが起きた事はありません。ああ、一応ハイゼンベルグ家から連絡が来たみたいですね。実施日などは早急に策定するので、それに合わせて動けるようにしておけ、と」
「それで良い。こちらもその日程に合わせられるように動く……ああ、それと依頼書の訂正はどうなっている?」
「そちらについてはすでにユニオンに提出済みです」
一応、今回は公爵家側の事情により依頼は取り下げになる。なのでその兼ね合いから同盟に提出されている依頼書の訂正も合わせて行わせていた。
「そうか……掲示の取り下げは?」
「そちらは、朝一番で行わせています」
「そうか……はぁ」
これで要らぬトラブルは避けられるな。カイトはひとまず受諾を示していた――より正確にはすでに受諾済み――のが同盟だけであった事に僅かな安堵を浮かべる。やはりある程度纏まった金銭が動くとなると、それが取り下げられるとトラブルの要因だ。なのでなるべくトラブルが少ない内に動けたのは良かったと言えるだろう。
「そう言えば演習は誰がどう参加されるのです?」
「さて……そこはどうするかな。色々と考えてるっちゃ考えてるけど、今回どうするかが問題だ」
「今回?」
「ああ。全軍での演習のプランは向こうで話して大凡は決めた。というより、これ以外になかったからな」
「はぁ……」
どうやらハイゼンベルグ公ジェイクと共に皇都に留まっている間に、カイトは全軍での演習の概要を彼や皇帝レオンハルト、皇国軍部と詰めていたらしい。
まぁ、こちらはどう考えても皇国の有史上最大規模の演習になるだろう事が想像されている。時間もすぐまで迫っており、優先的に詰められる所は詰めておかねば、準備が間に合わない可能性があった。近衛兵団が今回の演習から除外されていたのは、そちらの支度が忙しい事も大きかった。
「ま、そっちは皇帝陛下が動いてくださっている。こっちは定期的に送られてくる報告を処理するだけだ……ああ、その件で連絡があれば、即座にオレに取り次いでくれ。現状だ。それで大丈夫だろう」
「かしこまりましたー……ああ、そうだ。そう言えば魔動機部隊はどうされますか、とクズハ様から」
「んー……あいつらも動員で。ああ、そうだ……忘れる所だった。通信機を頼む」
「はいさ」
カイトの要請に、ユハラが備え付けの通信機の子機をカイトへと投げ渡す。それを受け取って、カイトは寝そべったまま通信機を起動させた。
『ピジョン』
「ブルーライト。報告を頼む」
『ブルーライト確認……どうぞ』
今回使っているのは、皇国で一般的に使われている暗号通信だ。急ぎの案件ではなかったので、別に普通の暗号通信で良いだろう、と判断していた。なのでカイトも相手方も直接的な名称は言わず、やり取りを行っていた。
「連合よりオラクルが動く」
『っ……オラクルが?』
「ああ。現状を鑑み、連合はオラクルが動く事を許可した……それに伴い、此度の演習では攻め手にオラクルを総司令官として就けたい」
『シーザーにもそう伝えます』
カイトの要請を受けて、相手方は皇帝レオンハルトの裁可を求める事を了承する。まぁ、彼は単なる伝書鳩。言われた事をそのまま皇帝レオンハルトへと伝える事が仕事だ。後は、皇帝レオンハルトが判断する事だった。そうして子機を置いたカイトへと、ユハラが問いかける。
「預言者様が来られるんですか?」
「ああ……お前、会った事があったか?」
「何度か、ウチにも来られてますよー。ご主人様が留守を時折で良いので見てくれと頼まれた、と。本当に何もせずに様子だけ見て、修正する所は修正を言い含めて帰られてましたねー」
「あー……そういえばそんな事頼んだなぁ……」
昔の事なのですっかり忘れていたが、カイトはユハラに言われて思い出したようだ。なお、実際カイトがクズハとアウラに留守の間にユニオンからフードを目深に被った女が来ると思うと伝達をしていた。
その際、カイトは目印として自身が留守を頼んだ事を示す目印――割り印のような物――をレヴィに預けており、公爵家としても受け入れたのである。なお、それについてはまだ彼女に持ってもらっており、有事の際には対応出来るようにさせていた。
「忘れてたんですか?」
「まぁ……色々とあったからなぁ……正確には、頼んだわけでもねぇしなぁ」
「そうなんですか? にしては、ウチが何かあるとすぐに来られてたのでかなり律儀な方とはお見受けしていましたが」
レヴィの正体を知るのはマクダウェル家でさえ、カイト一人だ。なので彼女が訪れるまでマクダウェル家でさえどんな人物か把握しておらず、未だ謎となっている。と、そんな所にカイトの帰還を聞きつけたティナがやって来た。
「そういや、預言者殿の正体は余も知らぬのう。どこからともなく唐突に現れたと思うんじゃが……気付けば、ユニオンにおったという」
「気付けばユニオンに居た?」
「うむ……あれは何時じゃったか。反攻作戦の概要が固まり、ユニオンもこちら陣営として活動する事を決めた後の事じゃ。モンド殿……先代のユニオンマスター殿が来られ、その時にはすでに預言者殿がおった。はじめは、預言者を自称する得体のしれない存在であったが……あまりの戦略眼。預言者の名も偽りではなかろう、と余とウィルの二人で脱帽したもんじゃ」
「お二人が……」
現代において指揮官としての総合的な能力であれば、最上位と呼ばれる二人だ。その二人が、レヴィの手腕には思わず脱帽したという。その事実の凄さは、マクダウェル家に中枢の一人としているユハラだからこそ、何より理解出来た。
「うむ……あれは机で学んだ戦略・戦術なぞではない。平時の長い時を民草と過ごし、数多の戦場を見て身に付けた実践的かつ実戦的な戦略じゃ。その多さ。賢人の一人として名を連ねるに相応しかろう……そうじゃ。今更じゃが……なぜお主、預言者殿を招かずモンド殿に預けた」
そもそもユニオンにレヴィを紹介したのはカイトだ、というのは誰もが知っている。故に顔を隠そうと彼女は無条件にある程度の地位と指揮権を得られていた。
そこからユニオンの最高幹部の一人に名を連ねたのは彼女の実力があればこそであるが、最初がカイトにあった事に間違いはない。そこがどうにも、ティナには理解が出来なかった。とはいえ、これにカイトは小首を傾げる。
「ん? 何かおかしいか?」
「ある……お主の人材の収集癖とでも言おうか、優れた人材の登用に掛けては余を上回っておる。この点においては、為政者としての余はお主には及ばぬと認めよう。自らより優れたる人材を登用出来る事。それは最も難しく、そして最も重要な事じゃ」
「おっと……珍しい称賛を頂きました」
ティナの指摘に対して、カイトは敢えておどけてみせる。が、これにティナはそっけない。どうやら、彼女の興味はレヴィに注がれているらしい。学者としての性質が強く出ている様子だった。
「んな反応は今は要らぬ。そのお主が、なぜか預言者殿に関してだけは一切の興味を見せぬ。引き抜きを試みた形跡も一度も無い……ではお主と仲が悪いのか、と思えばそんなわけもない。どうしてか、お主は預言者殿に対してだけは興味を見せぬのよ」
「まぁ……確かにあいつを登用しよう、とは思わんなぁ」
「人財として悪貨というわけでもなし。なぜ、預言者殿だけは興味を見せぬ。まさか断られたわけでもあるまいて」
まるで考えた事もなかった。そんな様子のカイトに、ティナが訝しげに指摘する。そんな彼女の言葉に、ユハラがふと思い出した。
「そういえば……昔クズハ様が一度預言者様に残ってくれないか、と言われた事がありましたね……断られたわけですが」
「む? その時、なんと答えておった」
自身の指摘に対してのユハラの言葉に、ティナが少しの興味を覗かせる。これにユハラは当時の事を思い出して答えた。
「確か……残ってはやりたいが、そうする事は出来ん……とかなんとか」
「ふむ? となると、預言者殿にご事情があるという事か……? お主、それを知っておるから登用しようとせんのか?」
「あー……そっか。その可能性は高いなぁ……」
ティナに問われ、カイトも何故レヴィを登用しようとしていなかったか、を理解したらしい。ティナの問いかけに得心が行ったように頷いていた。とはいえ、それならティナとしても納得は出来たらしい。なので彼女はここからは一応、という言葉を頭に置く事にする。
「一応、聞いておく。答えられぬのなら答えぬで良い。流石に余も余人ならいざしらず、賢人殿の事情に土足で踏み入るつもりは無い」
「なら、そうしてくれ。隠されている以上、隠されているなりの事情がある……まぁ、当人に聞けば別にティナになら良いだろう、とは言われるとは思うがね」
「ふむ……確かに、そうであれお主が判断するべき事ではあるまいか」
レヴィの事情を知っているのはこのエネフィアでカイトただ一人だ。こればかりは彼女が一度も、誰を前にしても語っていない以上、サリア達情報屋ギルドでさえ一切掴めていない情報だった。
まぁ、ラエリアの大大老達にさえ、自身の正体に関する詮索はするな、という約束を取り付けさせたぐらいだ。何度か大大老達はそれでもレヴィのしっぽを掴んでやろうと動いたが、どうあがいても勝てなかったらしい。本当に知っているのはカイトただ一人だった。
「そういう事だな……まぁ、すべてを知ってるからこそ、オレが判断しても良いんだが……」
「そういう話ではあるまい……ま、それなら機を待つ事にしよう。賢人は語るべき時に語るべき事を語るから賢人よ。そこに言葉を求むるは愚者の行い。賢人を信じ待つ事が、愚者でもなくさりとて賢人でもない余らがするべき事であろうて」
少なくともカイトが判断する限りでは、自分達には語っても問題無いとティナは理解する。であれば殊更調べるのはせっかく良好な関係を築いているマクダウェル家とユニオンの関係性にも悪影響を及ぼしかねず、ティナはこれ以上は進まず待つ事を選んだようだ。そんな彼女に、カイトが問いかける。
「そうか……で、ティナ。来た以上、何か話か?」
「っと……すまん。取り急ぎ、報告じゃ」
カイトの要請を受けて、ティナは持ってきていた数枚のA4用紙の報告書を提出する。
「これは……演習の候補地か」
「うむ。状況と作戦に応じ、幾つかのプランを現在用意しておる。まぁ、詳細や流れはこれから決める所であるが……お主の意見を聞いておこうか、とな」
「ふむ……草原に火山帯に……研究施設か。なるほど……」
どんな状況を想定し、演習を行うか。カイトは候補として挙げられていた場所の概要を見ながら、少し考える。そうして、彼が意見を述べた。
「荒野で」
「その理由は」
「まず、初手から搦め手を使う必要がない。第二に、今直近として可能性が高いのは邪教徒達による襲撃だ。そこを鑑みた場合、荒野での野戦が最も可能性としてあり得る。まぁ、それで言えば草原でも良いとは思うが……始末を考えれば荒野で良いだろう」
「順当じゃな。余らとしても、そこが第一候補であろうと話しておった」
カイトの返答にティナは満足げに頷いた。しかも消極的結論の部分まで一緒だった。楽が出来る所では楽をしたいのだ。というわけで、カイトの意見を聞いたティナは改めてハイゼンベルグ家との打ち合わせに戻る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




