第2224話 戦士達の戦い ――かつての事――
エンテシア皇国で行われる事になった全国的な合同軍事演習。その初手を飾る事になったカイトは、冒険者達への参加率を上げる為、そして告知に関してユニオンからの助力を得る為、『リーナイト』へとやって来ていた。
というわけで、バルフレアから告知の許可を取り彼から愚痴を聞き、更にそれが終わったらレヴィが現れアイナディスが現れていた。そうして、アイナディスが現れて少し。カイトは更にアイナディスを混じえて、話をしていた。が、それももう終わりが近かった。
「そういえば……カイト」
「ん?」
「<<森の小人>>もギルド単位で参加した方が良いでしょうか。先に私は参加という話はしましたが……」
「あー……まぁ、確かになぁ……」
思えば、クズハが公爵家の名代としてここから起きるだろう戦いに参戦する可能性が高い以上、アイナディスもまた参戦する事になるだろうというのは自明の理だ。そして指揮系統の関係で彼女を指揮するのはクズハ――の裏にいるカイトかティナ――だ。必然、参戦して貰った方が良かった。
「わかりました。では、その方向で。幸い私達はどこでもいけますから」
「頼む」
アイナディスについては参加の是非は考えていなかったが、参加してくれるのならちょうどよい看板になってくれるだろう。というわけで、カイトは彼女の参加に一つ頭を下げると、次いでレヴィに向く。
「……そういえばお前攻めと守り、どっち得意だっけ」
「攻守で言えば攻めの戦の方が得意だが……今更、どうした」
「んー……ちょっと考え事」
「そうか」
レヴィの問いかけにカイトは一つ夜空を見上げ、そう答える。が、その顔にはどこか楽しげな笑みが浮かんでおり、確かに何かを考えている様子だった。と、そんな彼にふとレヴィが懐から何かを取り出して投げ渡す。
「……まぁ、それは兎も角として。カイト。ほら」
「ん? これは……」
「お前の為に拵えられた物だ。覚えがあるだろう」
「そうだが……なんでお前がこれを」
カイトに投げ渡されたのは、一つの小型の金属物だ。形状としては丁度ナイフの柄にも近い物だ。が、アイナディスには何がなんだかさっぱりだった。
「それは?」
「なんってか……レーザブレード」
ブゥン。カイトが魔力を注ぎ込むと、柄に仕込まれていた魔石が反応して光刃を生み出す。が、こんな程度はエネフィアの文明でも生み出せる物だった。デザインが無骨な円筒状の物体なので持ち運ぶには良いが、その程度でしかない物だ。が、そんなものをなぜカイトが、と言われると首を傾げる事になる。
「はぁ……ですが、そんな使い捨てられそうな程度な物をなぜ拵えたのですか?」
「まぁ……ワンオフで作ったのは事実だ。まったく……」
「あれ?」
カイトが投げ捨てるような動作をすると、まるで雲散霧消するかのように弾け飛んだレーザブレードの柄に、アイナディスは首を傾げる。が、その次の瞬間。カイトが指をスナップさせると即座に柄が現れた。
「完全オーパーツだぞ、これ」
「……単に異空間に消して出しただけでは?」
「そう思うだろ? でも違うんだなぁ、これが……というか、自分で違うとわかりながら言うなよ」
今度はカイトは楽しげに、レーザブレードの柄を回してみせる。すると、再度レーザブレードの柄が消失する、ように見えた。そうして、今度はアイナディスが降参する。
「……すいません。どこに消えたんですか?」
「ここだよ」
アイナディスの問いかけに、カイトは服の袖を少しだけめくり上げる。するとそこには一つの腕時計があった。彼の言っていた通り、アイナディスほどの実力だ。異空間へ消失したのではない事はわかりきっていた。
「それが?」
「魔力、全く感じないだろ? ほっと……」
「……いえ、大きさが全然違いませんか?」
「質量は同じさ。ナノマシンで出来てるんだ」
「……なのましん」
当たり前の話であるが、エネフィアの科学的な技術力はナノサイズの物質をコントロール出来る領域にない。というより、地球の技術でだってナノマシンを自由自在に操ってこんな物を作るのは夢のまた夢だ。というわけで、アイナディスは何のことかちんぷんかんぷんという具合で小首を傾げていた。
「まぁ、そんな物質で出来ていると思え」
「はぁ……ですがそんなものがなぜここに」
「それはオレが聞きたい」
「先の一件以降、『リーナイト』周辺で色々と『漂着物』が見付かっている。その一つだ」
「『漂着物』ねぇ……」
これが何を意味するのか。それは流石にカイトもアイナディスも大凡を理解できていた。考えるまでもなく、別世界からの残滓だろう。そんな腕時計を見ながら、レヴィが告げる。
「わかろうものだが、こういった異世界の『漂着物』は回収し廃棄している……そもそもそんな『暴食の罪』から出たような『漂着物』は本来抹消しておくべきだからな」
「そりゃそうだ……って、ならなぜこいつを?」
「そいつはどうやら、安全らしい」
「なんでさ」
これが異世界の物である事はカイト自身が一番よくわかっている。そして失われた理由は非常に簡単で、『暴食の罪』の体内から脱出する際に物理的な刀剣は危険と察した彼は、護身用に持っていたこれを使って脱出経路を確保したのである。
で、その際の戦闘で失われた筈だったが、経緯からみて『暴食の罪』に取り込まれていたのが正しいだろう。にもかかわらず、安全だという事には理解が出来なかった。
「いや、正確に言えば一度は取り込もうとし、実際に取り込んだんだろうが……排出されたらしい」
「排出された?」
「ああ……かつてお前に滅ぼされた際、その恐怖心というものが奴に植え付けられたのだろうな。それには一切、消滅の魔術が及んでいない。というより、対象外にされていたようだ」
「そういや……『漂着物』も一度は奴に取り込まれたものか。にしちゃぁ……確かにあの時のままだ」
言われてみれば、身に付けて違和感がない。カイトは腕時計を見ながら、そう思う。本来、これにもかつてカイトが放った自滅する魔術の影響が及んでいたはずだ。なのに、これには一切その魔術が及んでいなかった。それを見て、レヴィが推測を口にする。
「おそらくだが……奴は今際の際、自身に悪影響を及ぼしかねないありとあらゆる物を自身から切り離そうとしたのだろう。そいつもまたそうだ、というわけだ」
「そんな事が出来るのか」
「出来るのか、ではなく出来たのだろうな。やる意味がなかったので意図的にやらなかっただけ、と考えるべきだろう」
そもそも『暴食の罪』からしてみれば、せっかく吸収した物だ。それを敢えて切り離す意味はない。確かに、やる意味はなかっただろう。が、それも自身の消滅と秤にかければ、話が変わる。
「オレの影響を限りなく少なくする為、オレの持ち物を自身から完全に取り除いたわけか」
「そこを縁に自身に接続されても困るだろうからな」
「なるほど……まぁ、無駄だったが」
『暴食の罪』の無駄な抵抗か。カイトはそう思いながら、それならと一度しっかりと精査してみる。それを見ながら、レヴィが笑う。
「言ってやるな……内部からの自壊の流れに、外側からの化け物じみた破壊なぞ到底耐えきれん。ならば、その自壊の流れを生む物を排出しよう、とするのは自然な流れだろう」
「ま、それについては否定はせんよ……ふむ……なるほど」
カイトは腕時計に蓄えられていた記録を手繰り、何が起きていたかを理解する。どうやら確かに、一度は『暴食の罪』に取り込まれていたようだ。侵食され異質な存在となった経緯が確かにこれには刻まれていた。
「確かに、一度は取り込まれたみたいだな。が……オレの攻撃と時同じくして分離したか」
「と、私も読み取った……どうやら、他にも取り込んだ生命の内、人も排出しようと試みた様子もあった」
「なるほど……納得」
それで取り込まれた人々は自意識を若干だが遺していたわけか。カイトはジーンが目覚めた経緯を理解して、なるほどと納得する。このままでは内部から殺される。そう『暴食の罪』が理解し、その原因である無数の意思達を解き放とうとしたのだろう。そんな話を横で聞いていたアイナディスが、どこかやるせない様子で問いかける。
「ということは……後少し待っていれば全員が救えたのですか?」
「んー……それは無理だっただろう。最終的に、排出は諦めたようだからな」
「それはなぜ?」
腕時計に刻まれていた『暴食の罪』の行動の履歴を見ながら、カイトは苦笑気味に首を振る。そうして、彼はその理由を口にした。
「無機物と有機物の差だ。無機物……つまり金属なんかは比較的分離しやすかったようだ。そもそも『暴食の罪』の肉塊に取り込まれても、金属体は比較的原型を留めていた。最終的には取り込んでいた様子だが……」
「おそらく完全に取り込むには、核分裂などをして有機物化せねばならなかったのだろう。非効率的だ」
「が、それが奴の本能だ」
「まぁな」
周囲の物を見境なく吸収し、食い荒らす。それが『暴食の罪』の性質だ。その性質がある以上、非効率的だろうとなんだろうと『食事』が『暴食の罪』にとっての至上命題だ。そうして、カイトの言葉に同意したレヴィが続けた。
「それに対して人体は有機物……そして勿論、奴もまた有機物で出来た生命体だった。自身の肉体に完全同化をするのに、困難は無かったのだろうな」
「そういや確か測定によると炭素系だ、とは言われていたか」
「だったはずだ。まぁ、それ以外の物質も半端に取り込んでいたり、取り込み前で希少物質の含有量もとんでもない事にはなっていたがな。レアメタルが数百トンとあった、とあったはずだ」
「今思えば、星を幾つも取り込んでいたんだから当然か」
レヴィの指摘にカイトは笑う。が、ここらでアイナディスが限界が来たようだ。
「……かくぶんれつ。たんそけい……れあめたる」
「あー……気にせんで良い。わかりやすく言えば錬金術で鉄から肉を作る形だ」
「……はぁ」
アイナディスは言うまでもなく、エネフィアでも有数の魔術師でもある。故に彼女もこれでなんとか理解出来たようだ。が、流石に科学的な話が混じり過ぎてそろそろ頭がオーバーヒートしそうな様子もあった為、カイトもレヴィもこの話はここらで終わらせておく事にした。
「まぁとりあえず大丈夫、って事だ」
「えーっと……つまりは吸収しようとした形跡はあったものの、完全に吸収されるより前に排出された結果、問題無いと」
「「そういう事だ」」
とりあえず自分の分かる範囲で理解したアイナディスに対して、カイトとレヴィが声を揃えて頷いた。というわけで、若干知恵熱が出そうな様子の彼女と共に、カイトはマクスウェルへと帰還する事にするのだった。
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