第2223話 戦士達の戦い ――参加――
皇国で行われる合同軍事演習に発起人の一人として、マクダウェル家として先陣を切る事になったカイト。そんな彼は合同軍事演習の相手となるハイゼンベルグ家と共に演習の支度を急ぐ事になっていたわけであるが、それ故にバルフレアに話を通すべく『リーナイト』へとやって来ていた。
そうして一通りの話を終えた後、彼はバルフレアの愚痴や<<天駆ける大鳳>>という最も新しい八大ギルドの入れ替わりに関する話を聞きながら、遠征に関する相談を交わしていた。
というわけで、酒盛りを兼ねた相談会から少し。彼は酔ったバルフレアをユニオンの職員に預けると、自分は一度ユニオン本部のテラスに出ていた。
「はぁ……疲れてるなぁ」
「トラブルは絶えない……奴はそれでも、頑張ってはいるがな」
「うん? よぉ、飲むか?」
背後から掛けられた声に、カイトは杯を差し出す。これに、声の主ことレヴィが受け取った。
「貰おう」
「おう……で、わざわざ何の用事だ?」
「皇国の兵力の現状を知っておきたい」
「うん? 皇国の兵力の現状ねぇ……何。お前参加するの?」
カイトとて政治家として、為政者として長年動いているのだ。相手の意図する所を察するぐらいの能力はある。そんな彼の問いかけに、レヴィは一つ頷いた。
「そうしようとは思う……ここから先、総力戦として考えられる敵勢力は二つ」
「邪神と<<死魔将>>……正確にはその首魁とその一党か。未だ見えぬ首魁……何者なんだか」
「……」
カイトのつぶやきに、レヴィは何も答えない。そしてカイトとて答えを期待していない。回答が返ってきても反応に困る。というわけで、カイトは特に気にせず酒を呷る。
「で、参加するは良いんだが、参加する意味はあるのか? オレとしちゃ、参加してくれりゃ有り難いがね」
「……今後を睨む場合、ティナさえ動かねばならない状況は十分にあり得る。それを考えた時、私の指示に兵達が慣れてもらう必要がある」
「……それは必要といえば必要か」
レヴィの指摘に、カイトは僅かに真剣な顔で遠くを見据える。現状、カイト一人で戦力としては事足りている。が、それはあくまでも現状で、敵の戦力がわからぬ現状で安直に判断するわけにはいかなかった。
「邪神の戦力は間違いなく過多だ。数万数十万では到底足りまい……あいつも出ねばならんだろう」
「<<死魔将>>は……言うまでもなく、か」
「……」
そういう事だ。カイトの言葉にレヴィは無言で同意する。これはティナ自身も推測していたが、<<死魔将>>達は真の実力をまだ隠している。なので単独なら無理かもしれないが、複数人ならティナを抑え込む事は十分に可能ではないか、というのがカイトの大凡の予想だ。
そしてそれ故にこそ、彼らの主人如何によっては三百年前さえあり得なかったカイトとティナが同時に前線に立つという事態は十分に起こりえる話だった。そんな事を考え、カイトは諦めたようにため息を吐いた。
「……わぁった。皇帝陛下にはオレから奏上しておこう」
「任せた」
「あいよ」
どうにせよレヴィの軍師としての腕は冒険者としては有数のものだ。実際、ラエリア内紛でも北部軍の総指揮を任されていたし、北部軍でそれに異論が出たと聞いた事はない。
それだけ、彼女の名が鳴り響いているというわけだ。であれば、皇帝レオンハルトが彼女を知らないとは思えなかったし、その彼女の参加を拒む道理はないと思われた。というわけで大凡の話を終わらせると、カイトは三度酒を呷る。
「ふぅ……にしても本部が無事で良かった」
「何だ。貴様も冒険者だからか?」
「ま、それもあるっちゃあるが……何よりここに情報が集約されているだろう? ここが壊滅するとユニオンの業務に甚大な被害が出ちまう。それはあんまりよくねぇな」
「ああ、そこか……それについては私も完全に同意しよう。ここの地下にある大クリスタルが無事で何よりだった」
カイトの指摘に対して、レヴィは心底安心したいう様子で首を振る。前に言われていたが、ユニオンで請け負われた依頼はすべてユニオン本部に最終的には集約される。その情報はユニオン本部の地下にある巨大なクリスタルに蓄積されており、これが失われるとユニオンの業務に甚大な被害が出るのであった。
「まぁ、幾つかに分割して情報の保全はしているから、復旧が不可能というわけではないがな。それでも、あれだけの規模の魔石を見付け各地に分散させている情報を移動させ、となると確実に半年は軽く飛ぶ……そうなったら私は早々にユニオンを離れるな」
「あっははは」
心底嫌そうな顔のレヴィに、カイトは笑う。そんな彼に、レヴィが告げた。
「その場合は貴様も駆り出されるだろう。あんな規模の巨大なクリスタルが取れる場所なぞ限られる。それを鑑みれば、貴様に声が掛からない道理がない」
「やな話だ。さっさと代役は見付からないものかね」
「貴様の安心感が違う。代役は見付からんだろう」
今度はカイトが顔を顰めたのに対して、レヴィは楽しげに笑う。実績に裏打ちされた最強の戦闘能力に、彼生来の来歴から来る豊富な経験。
この二つが兼ね備えられたカイトに冒険者として最高位の称号であるランクEXを与えられているのも無理のない話で、それ故にこそ危険度は高いが失敗出来ない依頼は彼に回される可能性は非常に高かった。当人が望む望まざるに関わらず、である。とまぁ、その当人は嫌そうに再度酒を呷る。
「はぁ……」
「くっ……ふぅ。まぁ、それはおいておいて。邪神対策はどうなっている?」
「あー……それな。今『天使の子供達』の行方を探している」
「まだ、見付からんか」
基本的な話として、カイトはレヴィの事を信用し信頼している。それ故に時折夢を介して彼女とは話を行っており、時折助言を求める事もあった。なのでレヴィも現状を知っていたのである。
「見付からん。そろそろギブアップを申し出たい所なんだが……」
「ギブアップをすると必要不可欠な<<振動石>>が手に入らない、と」
「そういう事だ。実際、現在皇国では勅命で全貴族が遺跡を探しているがな。すでに見付かっていた遺跡はあまり芳しくない様子だ」
「ふむ……となると、まだ見付かっていない遺跡へ行くしかないのか」
「そうなる……そうなるが、そうなるとそうなるで面倒だ」
見付かっていない遺跡に行く、というのは中々に困難が予想されるが、実際にはレガドやヴァールハイトから提供された情報を元に、旧文明の施設は大凡の場所が割り出されている。どちらかといえば問題は内部で問題なく活動出来るか、という所なのであった。
「最悪は洗脳されて、面倒な話になってくる。そのために<<振動石>>が欲しい、というわけなんだが……」
「本末転倒、か」
「そういうわけ。<<振動石>>を手に入れる為にまず<<振動石>>を持っておかないといけない、というのは中々に面倒な話とは言える。やれるとすりゃ、オレかソラぐらいだろう」
カイトはそもそもシャルロットの寵愛を受ける神使かつ、神器と結びついているので洗脳は無効だ。ソラはソラで神剣を持つ者だ。こちらも洗脳への耐性は非常に高いし、今では<<偉大なる太陽>>が目覚めた今、そのまもりは更に強固になっている。やれるとすれば、皇国ではこの二人ぐらいだった。
「後はクオンとアイシャは……だめか」
「通用するか否かがわからん。が、通用してしまった時、この二人を同時に相手取って街や周囲に被害が出ないようにする、というのは中々厳しい話だろう。やめておけ」
自問自答したカイトに、レヴィもまた否定の言葉を口にする。この二人に洗脳が通用してしまった場合、そちらが非常に厄介過ぎた。というわけで、カイトはこの二人の遠征への参加は無いと判断する。
というわけで、カイトはこの流れでレヴィから邪神対策の助言を受けるわけであるが、そんな二人の所に更に別の声が掛けられた。
「カイト。こちらですか? おや……?」
「……アイナディスか」
「よぉ、お前もこっちに来てたのか」
酒を飲むレヴィという非常に珍しい光景を見たアイナディスが目を丸くしたが、一方のレヴィは先程までとは違い預言者としての圧を放出させて問いかける。
「何か用事か?」
「あ、いえ……カイトの方に用事が」
「そうか……外れよう」
「ああ、いえ。構いません……お酒、飲むのですね」
「私とて良い大人だ……」
やはり驚いた様子のアイナディスの言葉に、レヴィは呆れたようにため息を吐いた。レヴィの公的な活動記録は三百年前からになるのであるが、そうなると三百歳は確定だ。大凡エネフィアでは大半の種族が成人を迎えていて不思議のない年齢だった。それに、アイナディスが僅かに頬を朱に染める。
「す、すいません……あ、いえ。そのままで大丈夫です。単にこの後しばらくの予定を確認するだけで」
「そうか。もしそうでないなら、カイトから一本酒瓶を貰っていくつもりだった」
「おいおい……」
冗談めかしたレヴィの言葉に、カイトががっくりと肩を落とす。そんな彼に、アイナディスが問いかけた。
「カイト。以前に話していた調査の件。覚えていますか?」
「スーリオン殿からの話だったか?」
「ええ……『神葬の森』の調査の件です」
カイトの確認に対して、アイナディスははっきりと頷いた。元々こちらの調査も請け負う事になっていたが、カイトの周辺の状況が色々と変転している事で一度も打ち合わせを出来ていなかった。
「そろそろ各地の冒険者達も復帰を始めています。ラエリアも、双子大陸もかなり復帰が始まっているそうです」
「む……アイナディス。一つ良いか?」
「なんでしょう」
何かに気付いたかのように唐突に口を挟んだレヴィの問いかけに、アイナディスはそのままの流れで先を促す。これに、レヴィが口を挟んだ理由を語った。
「その情報、詳しく詳細が知りたい。各地の冒険者達の情勢はユニオン本部にも来る様にはしているが……如何せん、被害の規模が規模だ。ラエリアは私がそれなりには伝手を持っているのでわかるが、双子大陸はさほど強い伝手がない。が、お前なら話は別だろう」
「まぁ……そうですね。いえ、そういう事でしたら、幾つか情報をまとめて持ってきましょう」
「すまん」
アイナディスの協力に、レヴィは一つ礼を述べる。そうしてこの話を手早く終わらせた所で、アイナディスが改めて本題に戻る。
「それで、カイト。各地の冒険者達が復帰しだして居るので、そろそろ一度行っておくべきかと思います」
「それについては、完全に同意だ」
「はい……ただ貴方の立場などを鑑みるに、今度の合同演習で話せないか、と」
自身の言葉に同意したカイトに、アイナディスもまた応ずる。これに、カイトは渡りに船と受け入れた。
「ああ、そりゃ有り難い。今なら参加者絶賛募集中だ」
「そうでしたか……ああ、そうだ。そろそろ、フロドも全快している頃ですよね?」
「……たーぶんな」
にっこりと花が綻ぶように笑うアイナディスに、カイトはため息混じりに首を振る。そうして、その後もしばらくの間アイナディスも混じえて、話を行う事になるのだった。
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