第2222話 戦士達の戦い ――昔話――
自分達の献策により行われる事になった皇国全土での合同軍事演習。それに伴いユニオンを介して冒険者達の参加を要請する為、カイトは『リーナイト』のバルフレアの所へとやって来ていた。
そうして彼からユニオンによる合同軍事演習への参加の告知を行ってもらう承諾を得ると、カイトはそのままバルフレアの愚痴に付き合う事の対価に『天音カイト』としても『マクダウェル公カイト』としても縁を得ていない冒険者達への紹介状を書いてもらう約束を取り付ける。というわけで、愚痴の対価は後で貰う事にして、今はひとまず愚痴に付き合ってやっていた。
「はぁ……なぁ、カイト。マジで<<天駆ける大鳳>>の船団の修理やってくれね?」
「ウチの軍工廠も前の中津国の一件で手一杯だ。それ以外にもティナだの何だのがやらせてる開発もあるし、とてもじゃねぇが回せねぇよ」
バルフレアからの要請に、カイトはしかめっ面で首を振る。<<天駆ける大鳳>>というのは先に語られていた八大ギルドの一つで、飛空艇船団を拠点とし各地を渡り歩くギルドだ。ここはユニオン総会の折りも船団で来ていた。が、それ故に飛空艇の被害は甚大で、飛空艇の修理に手間取っているらしかった。
「第一、八大ギルドだろ。どこかに懇意にしている工廠はあるだろ」
「あるにはある……が、足りないぐらいお前もわかるだろ」
「ふーん……って、だからウチも空いてないんだって。しかもこちとらあの死魔将達の相手の本拠地に、神話の邪神共の襲撃への備えで他以上に手が足りてねぇよ。懇意にしてる工廠がだめなら縁ある場所にでも言えよ」
確かに技術力なら高いので修理出来ない道理はないが、同時にそれ故に手が足りていない。というわけで流石に公爵としてこれ以上の負担を掛けられないカイトは決して首を縦に振る事はなかった。そして流石にこれはバルフレアもわかっており、言っているだけである。
「だよな……はぁ……まぁ、お前知らねぇだろうから言うと、<<天駆ける大鳳>>ってほら、八大としちゃ新興だろ?」
「まぁ……ここ百年のかなり若いギルドだろうな、とは思ってるよ」
なにせ飛空艇の船団を活動拠点としているのだ。飛空艇そのものが現在黎明期である事を考えれば、必然として<<天駆ける大鳳>>そのものもかなり若いギルドである事は確実だった。
「ああ。まぁ、出来てから百年以上じゃあるけどな。あそこの爺さんが飛空艇に並々ならぬ執着見せてたらしく、かなり早い段階で船団を有してた。当時飛空艇そのものが珍しかった事もあって、かなりの知名度を持ってたんだよ。で、前の八大が色々とあってちょーっとバカやって追放になった後、新しい風を、という形で選ばれたんだわ」
「あー……それでお前の遠征に率先して乗り気だったのか」
「ま、そういうわけだわな。八大としての実績じゃ一番少ないんだわ」
納得。そんな様子のカイトに、バルフレアは<<天駆ける大鳳>>が遠征の中心核に据えられている理由を語る。と、そこでふとカイトが待ったを掛ける。
「……待った。今追放って言わなかったか? 八大が追放? ユニオンの歴史でも滅多に無い事態だろ?」
「ああ……滅多に無い、ってかユニオン千年の歴史で片手の指でも余っちまう事態だ……ま、ちょーっとな。バーンタインの爺さんの頃に、<<暁>>と戦争になったんだわ」
「はぁ!? 八大同士での戦争!? しかも<<暁>>と!?」
それこそユニオン全体を揺るがす大事だ。かなり昔の事とはいえそんな事が起きていた事実に、さすがのカイトも驚きを隠せなかったようだ。しかも相手が<<暁>>という事もあり、殊更驚きが大きかったらしい。というわけで、彼はしかめっ面のバルフレアに問いかける。
「<<暁>>なら大抵の事は許すだろ。何があった」
「……人身売買。元々ウルシアのギルドで、ウルシアがユニオンに加盟したから、ってので八大ギルドに流石に一つは加えといた方が良いか、ってので加えたギルドなんだが……まぁ、そんなわけだから調査が甘くてな。しかもウルシアになると、こっちも話が通しにくい。当時の八大も少しは目をつぶろう、で合意してた」
「……あー」
そりゃ<<暁>>はブチ切れる。元々<<暁>>の冒険者達が奴隷制度に関しては絶対的な反対を唱えている事はユニオンでは常識として知られている。総会でも万が一の場合にはカイトに頼む、とバルフレアが直々に頼んでいたのだが、その大本がここにあった、というわけなのだろう。そうして、しかめっ面でバルフレアが続けた。
「で、しばらくして大陸外で人身売買やろうとしたのが発覚してな。まだ<<暁>>の先々代も勇者の名が届かない他大陸だから、と納得はしてたんだが……流石にこれで堪忍袋の緒が切れた。俺の名でユニオンからも一応、他大陸では不法なのでやるな、って通達は出したんだが……」
「従わなかった、と」
「そういうこったな。で、完全に<<暁>>がブチギレて、デカイ海戦が勃発。<<天駆ける大鳳>>はその戦いで<<暁>>に協力してたギルドの一つで、当時でさえ稀な飛空艇団。空中からの攻撃なんぞどこも想定していなくて、大活躍したわけだ。で、<<暁>>からの推挙もあって、ウチとしてもなるべくそんな風聞は和らげておきたいから、で入れたんだ」
「勿論、裏は取ってるんだよな?」
元々裏取りが不十分であった結果、戦争が起きたのだ。流石に無いとは思ったが、一応の確認だった。これにバルフレアははっきりと頷いた。
「勿論だ……これが、最初の話に繋がる」
「うん?」
「あいつら、『法律の国』出身なんだ」
「ふーん……」
だから何なんだ。カイトは誰もがどこかで生まれている以上、『法律の国』なる国出身であったからと特段気にした様子はなかった。が、これにバルフレアは笑う。
「あのな……お前そんな反応してやるなよ。さっきの<<天駆ける大鳳>>の爺さんが飛空艇団に憧れたのだって、お前の影響だぞ?」
「あ、そうなの?」
「あのな……」
驚いてはいるものの反応の薄いカイトに、バルフレアが呆れたように楽しげに笑って問いかける。
「『法律の国』は知ってるだろ?」
「ああ。国全体が法律……というより制定されている憲法に絶対遵守させられる国だろ? 別名は永世絶対中立国……正式名称『ロウライト王国』……法の光という意味だったかな。まんまやん、って思わず素でツッコんだの覚えてるわ。今思えば、単に翻訳でそうなってるだけかもなんだけど」
何かを思い出しているのか、カイトは非常に楽しげな顔でバルフレアの問いかけに答える。そんな彼に、バルフレアも笑った。
「そーれー。その永世絶対中立国。何があっても中立でーすって国。まぁ、あいつらにゃ通用しなかったんだけどな」
「ティナにも通用しない時点でお察しだろ。あの国がティナに取った対策は入国禁止だし。オーパーツとはいえ所詮は魔道具だ。あいつなら解析しちまえるだろう……それをやらせない、遠ざけちまうって判断は正解だ」
いくらティナでも現物も見ない事には解析も何もあったものではない。そして相手は一国。カイトとしても可能なら揉め事は避けるし、ティナ達なら尚更だ。
というわけで、当時のティナは素直に従って入国していないのであった。なお、流石に今は過剰反応だった、と解析はしない事を条件に入国を認めている。
「まな……で、その結果お前がひと悶着起こしたってわけだが」
「ありゃしゃーない。法律守っちゃ国が守れない状況で、どうしようもなくて国を守ったのに投獄ってのは話としちゃ正しいが、筋としちゃ間違ってる。カルネアデスの舟板を想定していない方が間違ってる。その妥協案が、オレ達には国外追放。あいつらは投獄ってわけだったんだろうが……情状酌量する気ないんだもん」
「で、お前がゴネて屁理屈こねこねして最後憲法変えさせたっていうな」
「いや、なっつかしいなー。それで屁理屈で法律無視出来る状態にしてあいつら脱獄させて、ってのも今は良い思い出だ。あれは飛空艇が無けりゃ、到底実現不可だった」
楽しげに笑うバルフレアに、カイトもまた懐かしげに、そして楽しげに笑う。なお、この一件あたりからカイトの策士や政治家としての手腕が着目され出したらしい。なのでこの一件はエネフィア全体でも割と知られている話で、カイトも隠していなかった。そんな彼に、バルフレアが告げる。
「あの国の奴らにとっちゃ悪夢だろうけどな……それがお前だ、って言われりゃ誰もが納得するけどな」
「いぇい」
「あっははは……ま、それはともかくで、だ。その時の伝説を直に見てたってのが、<<天駆ける大鳳>>の祖先だ。で、あんま地元に帰りたがらないんだよ」
「あー……それは納得。あの国、善良な市民にゃ良いんだろうが……いや、やっぱオレは嫌だわ。あの国は息が詰まる」
「俺も可能なら行かんわ」
どうやらカイトもバルフレアも『ロウライト王国』には行きたくないらしい。しかめっ面で同意していた。というわけで同意したバルフレアが、カイトへと教えてくれた。
「……ま、そりゃ兎も角……そういう感じで屁理屈捏ねて国さえ変えさせたお前に憧れを抱いてるんだよ」
「ふーん……過剰な期待じゃなけりゃ良いんだがね」
「そこは知らん」
「そか……で、それはそれとして、それ故に帰りたくないと」
「そういうわけ」
確かにあの国なら人によっては戻りたくないと思う奴は少なくないだろう。カイトはある種の楽園にも近いにも関わらず、自分は行きたくないと思わせる国の事を思い出して<<天駆ける大鳳>>の冒険者達の意向に納得する。そんな彼に、バルフレアが続けた。
「で、そういうわけで、地元にゃ帰れん。帰ったらヤバい奴も何人か居るらしいしな」
「おいおい……さっきの前任の八大ギルドみたく犯罪やってるわけじゃねぇよな?」
「お前が言うかよ」
「オレはきちんと法律は破ってないぞ? 法律の抜け穴は突いたが」
バルフレアのツッコミに、カイトは一切悪びれもせずに告げる。そんな彼に、バルフレアが笑った。
「ま、そこはそれな……とはいえ、戻りたくないってのは事実だ。だからあの国以外で探してて、かといって腕が悪い工廠に任せちまうと遠征に影響が出る。いまいち、選定がうまくいかなくてなぁ……あんまり遠征伸ばしたくはないんだが」
一転してため息を再度吐いたバルフレアは、カイトへとどうすれば良いだろうか、と相談を持ちかける。そうして、カイトは少しの間バルフレアと遠征に関する種々の相談を行う事になるのだった。
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