第2221話 戦士達の戦い ――近況――
ギルド同盟からもたらされたマクダウェル公爵軍と冒険者の合同演習をきっかけとして、皇国で行われる事になった皇国全軍を集めての合同軍事演習。ハイゼンベルグ公ジェイクと共にこの発起人に名を連ねる事になったカイトは、マクダウェル家の支度をティナやクズハらに任せると自身は一路『転移門』を使い『リーナイト』へとやって来ていた。
そうして時差の関係から月明かりが周囲を満たす『リーナイト』に来た彼はそのままユニオン本部へと直行。宴会が開かれていたユニオン本部の最奥に居たバルフレアと再会していた。というわけで、バルフレアと再会した彼はひとまずギルドの長として、冒険部の近況を語っていた。
「という感じか。ウチは基本全員復帰だ。が、サブマスターの一人が血の暴走で面倒な事になってるって感じか」
「あー……そういえば一人ヤバいの居るな、と思ったけど……あれ、やっぱりお前の所のだったか」
まぁ、瞬は『リーナイト』での一件であれだけ暴れまわったのだ。バルフレアも覚えており、しかしその後は誰も彼もが大忙しになってしまったので結局究明出来ず、彼はそうだったのではないか、と思うに留まっていたらしかった。
「ああ……まぁ、今は一時的な封印具も取り付けたし、なんとかなってるよ」
「そうかぁ……で、こっちだけどこっちは……見たらわかるだろ?」
「あっはははは。元気そうで何よりだな」
笑うバルフレアに、カイトもまた笑う。ここまでですでに見えていたが、街が崩壊しようと『リーナイト』は『リーナイト』。冒険者達の総本山だ。元気を失っている事なぞなかった。そんな現状に、バルフレアもまた笑った。
「ま、冒険者なんぞやってると野営なんて何時もの事だからな。建物があろうとなかろうと気にしちゃいられねぇ。屋根がありゃ御の字。壁がありゃ尚良。最悪は結界だけ、なんてのもザラだ」
「オレは荷物にテント入れてるわ」
「そーれやらない奴多いんだわ」
基本的に虫が大の苦手であるカイトは、何があっても虫が入らないようにカスタマイズしたテントだけは万が一の予備を用意に含めていた。なので彼は野営と言ってもテントを設営するので、バルフレアの述べたような事になった事はほとんど無かった。三百年前でもかなり稀な事態だったそうである。
が、テントの予備まで常備するのはカイトのような者ぐらいで、最悪はなければ無いで洞窟でも確保するか、と大雑把に考えている冒険者はかなり多い。そして準備はしっかりするバルフレアも、これに関しては同意見だったらしい。大笑いしていた。
「お前、準備はしっかりしない癖にそこら几帳面だよな」
「虫が苦手なんでな。そこらだけは忘れられん。忘れたら地獄を見る」
「ははは……ま、それはそれとして。『リーナイト』は見たらわかる通り、って感じだ。復興は割と進んじゃ居るが……まぁ、ゆっくりやるしかないってっ所だ」
カイトの返答に一転気を取り直したバルフレアは、少しだけため息を吐いた。それに、カイトもまたため息を吐いた。
「はぁ……やっぱ、修繕の魔術は使えなかったか。オレもティナも無理だろうなぁ、とは言ってたが」
「如何せん、無数の魔術が飛び交ったからな。情報が上書きされまくって、流石にここまでになるとどんな腕利きの魔術師でも復元出来ないそうだ」
「しゃーない。あの時は誰もが必死だった。おそらく、発動した魔術の数なら『リーナイト』の街の中だけでも延べ数十万は下るまいよ」
「お前だけでも、数万は届くだろうからなぁ……俺も数千は使ったと思うし……」
流石にどちらも詳細な数は覚えていなかったが、経過していた時間とお互いの力量。そして戦闘方法を鑑みた場合、近接戦闘を主体とする二人も最低でもこれぐらいは使っただろうと考えられていた。
もしこれに当時無の空間を作り出す為に奔走した高位の魔術師達が加わっていた場合、更に桁は増えただろう。特にティナであれば、彼女一人だけで百万は行けた可能性は十分にあった。
「まぁ、魔術師居ないでもそれだけは使ったわなぁ……となると、情報が上書きされるのもしゃーないか」
「更に言えば時間経過も割と経ってた。結果、魔術で修繕するより一から建造した方が良いって判断だ。幸い、物資や金銭面は各国から支援があるしな。そこらは、持ちつ持たれつでやってるさ」
「ウチもそっちも支援してるしな」
「あっははは。木材、助かってるぜ」
カイトの指摘にバルフレアが気を取り直して笑う。やはり広大な敷地面積を誇るマクダウェル領だ。手つかずの森林は幾つもあり、一応維持の観点から間引く事はよくある。そこで余った資材を『リーナイト』への復興支援にまわしていたのである。そんな彼に、カイトは僅かに安心したように笑った。
「そりゃ結構……っと。瓶が空になっちまったか」
「あー……三杯って話が結構話し込んじまったか。時間、大丈夫か?」
「ああ、構わん構わん……つっても、流石にそろそろ怒られそうだから本題入るか」
元々、打ち合わせで公爵邸に向かう事にしたのだ。なのでそこそこ時間は使わねばならない事は事実であり、カイトからしてみれば体の良い言い訳になってくれた、という所であった。が、それにも限度がある。なので彼は本題を話す事にした。
「……ふーん。まぁ、どこでもかしこでもやってることだろ? なんで今さら俺の所に」
「ああ。実は今回それで幾つか話通しておきたい事があってな。まぁ、ユニオン支部幾つかなら、オレだけでなんとかなったんだろうが……」
先に言われていた事であるが、ユニオンの冒険者達が軍と共に演習を行う事は割と頻繁に行われている事だ。それはラエリアでも皇国でも、それこそ教国でも変わらない。なのでバルフレアの言う通り、何を今更という内容と思われた。それにカイトは今回の演習において話すべき事を話す事にする。
「まず、今回は先に語った通り皇国全軍で演習を行う大規模なものだ。なのでオレや各地の貴族達が独自に各地のユニオン支部に話を通すより、お前に話して上意下達して貰った方が手っ取り早く済むと判断した事が一つ」
「まぁ……確かに規模から考えりゃそれが妥当か。それで?」
「次に、今回の依頼だが実は募集こそユニオンに協力を依頼したいんだが、現地までの交通費と演習の期間中の食事など以外は完全自費にしたくてな」
「自費に?」
やはりそうなるよな。カイトは顔を顰めるバルフレアに、そう思う。が、これには幾つかの理由があった。
「これは幾つか理由があってな……まぁ、まず当たり前の話だが……」
「おう」
「んな演習にバカでかい費用を出せるかよ。参加するならご自由にどうぞ、っていうだけの話だぞ。依頼じゃないんだ。依頼じゃないのに報酬、出るか?」
「……あー……」
そりゃ出ない、というか出せないわ。カイトの問いかけにバルフレアは思わず納得する。そもそも今回の依頼はどこかに依頼、というわけではなく、ただ単純に今後に備えて国を挙げて準備を行いましょう、という話だ。というわけで、そんな理解をしたバルフレアに、カイトが語る。
「ぶっちゃければ貰える物は名だけだな。演習とはいえ、おそらくオレが出る時点でクオンも出る。で、そこらを鑑みりゃ他にも色々と出るだろう」
「だろうなぁ……剣姫クオン相手に数分でも持ちこたえれりゃ、並の冒険者としちゃ十分だ。情けない話だけどもな」
ぱっと思いつくだけで、カイトが出るとなっただけで自動的に出るだろう有名所が両手の指では足りなくなるぐらいには思いつく。それが、カイトが参加するという意味だ。
例えばクオンらのような腕利き達は面白がって参加するだろうし、アイナディスのように道義的責任という側面から参加する者も居るだろう。この上、今の『天音カイト』として知己を得ているだろう冒険者達も参加する可能性は少なくない。勿論、同盟は揃って参加だ。
「あっはははは。言ってやるな。オレも数分やったら逃げる」
「逃してくれるかは、話が別だろ」
「それな……まぁ、それは良いとして。そんなわけで自由参加にはしたいが、冒険者達に参加して貰う為にはユニオンを介して告知を行いたい。勿論、告知に関しちゃ金は払う意向だ、と皇帝陛下から内諾も貰っている」
「それなら話は早い。ウチとしちゃ、異論は無い。ある意味、ユニオンへの依頼ってわけだろ」
カイトの求めを理解して、バルフレアは二つ返事で快諾を示す。彼の言う通り、これはあくまでもユニオンに通達を出してくれ、と言うだけの話だ。それでどこまで冒険者が集められるか、は各貴族達の腕次第だろう。
そういった意味でも、マクダウェル家とハイゼンベルグ家の両家には期待が掛かっていた。というわけでそこらを理解したバルフレアが、皇帝レオンハルトの手腕に称賛を口にする。
「にしても、オタクの所の王様。やるねぇ……お前の所とハイゼンベルグさんの所からの要請なら、冒険者達はこぞって参加する。皇国の中でも最も名がデカイ二つだ。俺も参加したいからな」
「流石に復興に注力してくれ……遠征だって取りやめたわけじゃないだろ」
「あっはははは……それな。はぁ……あー……これが面倒でさぁ……」
「わーったから。後で愚痴なら聞いてやるから、先に仕事の話終わらせさせろ」
このまま愚痴を聞いてはまた話が長くなる。それを理解していたカイトは、心底嫌そうな顔のバルフレアを宥めつつ、話を軌道修正させる。
「ほんとだな?」
「あいあい。お前が酒飲んでる所に来た時点で若干諦めてたよ。なんか手土産は貰うけどな」
「なんか必要な奴とか有名どころの紹介欲しけりゃ書いてやるよ」
呆れ半分のカイトの言葉に、バルフレアが笑いながらそんな安請け合いを行う。とはいえ、カイトとしてもすぐ帰ると言っているのに愚痴に付き合う以上、この程度は貰わねば流石に帰った後に怒られる。そしてこれがもう一つの仕事の話でもあった。
「おっしゃ。なら後で適当に伝えるわ。実は幾つか参加して欲しい所があってな。お前の紹介が貰えるなら、参加率が上げられる」
「あいよ……で、初手がお前とハイゼンベルグさんの二つだろ?」
「ああ。ウチとハイゼンベルグの爺の所で有名どころ引っ張り出して、他の所の冒険者達も引っ張り出そうって腹だ」
「上手い手だ。有名所が参加すりゃ、自然他の所も参加せにゃならんようになっちまうからな」
それを考えれば、マクダウェル家とハイゼンベルグ家の両家はこれ以上無いほどに有名所を集められるだろう。それを思い、バルフレアがカイトへと問いかける。
「意図的か?」
「さてな……が、演習って話ならおそらくウチとハイゼンベルグ家がやろうってのは意図的だ。それが一番、風聞を集められる」
「だーろうな。俺が王様ならどうするか、と問われてもその二つに最初の演習を任せる」
「まぁな……とまぁ、そういうわけで。オレと爺さんの所でまずは募集を掛ける。その後に他の公爵と大公……で、逐次各地方にて演習をやって、最終的には皇国全軍での演習だな」
楽しげに笑うバルフレアに、カイトは今回の話の流れを改めて説明する。そうして一通りの話が終わった所で、バルフレアが今更、という具合で告げた。
「にしても、全軍での演習か。中々に聞かない規模だな」
「今度は総力戦になりそうな戦いが幾つも控えてる。大規模な戦闘に慣らしておく向きも強い……特に、今の兵士達にな」
「……俺らももうロートルと呼ばれる時代か」
「うっせぇ。こっちはまだ十数年前だ」
どこかしみじみと告げたバルフレアに、カイトは口を尖らせる。とはいえ、そんな彼は一転、僅かに真剣さを滲ませる。
「が……皇帝陛下が懸念なさっているのもまさしくそれだ。今の兵士達には三百年前の総力戦のような、大規模な戦闘への参加経験が乏しい。良くも悪くもな」
「無い方が良い……んだがな」
「現実は変えられない。起きるものは起きる……その時、後悔したくないなら満足に動けるように経験しておく必要がある」
どこか達観した様子で、カイトは今回の皇国全軍での演習の意義を語る。やらねばならない以上、やるだけだった。そうして、本題を話し終えた二人は嫌な気分を振り払うかのように、酒盛りに戻る事にするのだった。
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