第2220話 戦士達の戦い ――リーナイト――
ティナの献策を発端として行われる事になった皇国全軍での合同軍事演習。それの事前準備の一環として、ハイゼンベルグ家との間で合同演習を行う事になったカイト。そんな彼はハイゼンベルグ家との折衝をティナに、マクダウェル家の支度をアウラとクズハの両名に任せると、彼は彼で彼が動くのが最適と考えられたアユルとの折衝とバルフレアとの折衝を行う事になっていた。
というわけで、アユルに今回の一件におけるルーファウスとアリスの対応を確認して貰う事にすると、僅かな会話を経て教会を後にしていた。と、そんな彼の横にはアリスが一緒だった。
「ああ、なるほど。学校の宿題だったのか」
「はい……出向先にまで学校の宿題を送らないで欲しいです……」
どこか悲しげに、アリスはため息を吐いた。基本的な話であればカイトに聞く事が多い彼女であるが、どうしても教国と皇国の差がある。それ故に彼では答えられない事もあり、そういう場合にはこちらに来てシスター達に教えを請う事があるそうだ。今回は事の次第も相まってアユルが教えてくれる事になった、というわけであった。
「まぁ……確かにオレも教国で使われる術式に関する話になると、どうやっても答えられないからなぁ……その点、アユル様は元々は退魔師。魔祓いの専門家だ。教国の術式に掛けては、彼女を上回る方はいらっしゃられないだろう」
「はい」
カイトの称賛に、アリスもまた頷いた。そういうわけで、道中話しながらギルドホームに戻る事になるのであるが、そこでふとカイトが問いかけた。
「そういえば……アユル様から聞いた術式は使えそうか?」
「どう……でしょう。一応基本的な物については、私も使えますが……それ以外になると、やはりまだ難しいかもしれません」
「ふむ……もう少し魔術の練習に比率を割いても良いかな……?」
基本的にカイトは剣士だ。故に鍛錬の割合はそちらの方が多いが、多才な彼だ。魔術についても教えようと思えば教えられる。そして剣一辺倒の暦に対して、アリスはカイトと同じく剣も魔術も同等に使える。それを考え、魔術の訓練をもう少しさせても良いか、と考えた様子だった。というわけで、そんな今後の話をしながら歩いているとすぐにギルドホームに帰り着く。
「ただいま」
「戻りました」
「ん? アリス……一緒だったのか」
行きはどちらも一人ずつだったのに、一緒に帰ってきた二人にルーファウスが首を傾げる。そんな彼に、アリスが頷いた。
「はい。宿題が終わった頃合いでカイトさんが教会に来られたので……」
「ああ。先に言ったと思うが、依頼が変更になりそうだからな。それに伴ってアユル様にも話をしておく事にしたんだ。というわけで、ルーファウス。参加の是非はそちらからの返答を待ってからにしてくれ」
「わかった」
今回、規模が拡大しそうな話はすでに上層部には通している。なのでルーファウスはカイトの指示を当然と受け入れたようだ。
なお、依頼内容の変更に伴いすでに色々と変更を行い、参加の申し出も人数調整は取り下げていた。それに合わせて依頼内容の変更に伴い冒険部としてもギルドとして参加する事にしていた。というわけで、そこらの手配を問いかける。
「ああ、そうだ。椿。依頼書の変更はどうなった?」
「依頼書についてはまだユニオンから届いておりません。が、掲示内容変更の内示は出しており、受付で話をするようにさせて頂きました」
「そうか……ユニオンには急ぎで変更した依頼書の送付を依頼しているとの事だ。ああ、一応わかっているとは思うが、依頼書については各地のユニオン支部では取り下げになる。誤って取り下げないように注意だけさせておいてくれ」
「かしこまりました」
カイトの指示に、椿が一つ頷いた。そうして頷いた彼女であったが、そのままカイトへと問いかける。
「それで御主人様。これからまた出られるとの事でしたので、書類の方は整えております」
「すまん。とんぼ返りで悪いが、これからまた打ち合わせで出る。まぁ、そこまで遅くはならんと思うから、他の奴に聞かれたらそう答えておいてくれ」
「かしこまりました」
机に置かれていた資料を持って再度立ち上がったカイトに、椿が一つ頷いた。そうしてそんな彼女に見送られ、カイトはとんぼ返りにギルドホームを後にするのだった。
さて、ギルドホームを後にしたカイトは公爵邸へと入るとそのまま『転移門』の所にまで移動していた。そこではやはり厳重な警備をしていた様子で、『転移門』そのものも何時でも封印が出来るような状態になっていた。
(ふむ……警戒に関しては十分過ぎるほど、という所か。流石に奴らも『転移門』を乗っ取ってくる事は無いと思うんだが……)
万が一に備えておくのは必要か。カイトは『転移門』の警戒状態を確認し、一つ頷いた。と、そんな彼に警備の兵士が気が付いた。
「閣下」
「ああ……何か異変は無いか?」
「いえ……現状、人の往来も制限しておりますので特段何かが起きた事は無いかと」
どうやら物々しい警備に反して、かなり暇は暇そうだった。が、同時にこれを使われて三百年前は壊滅的な被害を受けた事は誰もが知っており、誰もが油断している様子はなかった。
そしてカイトもここには自分が古くから知っている腕利きの兵士達を配置している。万が一の場合には、しばらくの間保つだけの支度を整えさせてもいた。と、そんな兵士がカイトへと問いかける。
「それで、これから『リーナイト』へ向かわれるのでしたね。閣下であれば、問題無く通って頂いて大丈夫です」
「ありがとう。久しぶりで感覚も取り戻しておきたいからな」
道を開けた兵士に、カイトは有り難く通してもらう事にする。そうして、彼は一路『リーナイト』へと向かう事にする。そうしてたどり着いた『リーナイト』は時差の関係から夜で、月明かりが周囲を照らしていた。
「ふぅ……やはりこの感覚は慣れんな。にしても……ここは壊滅しても騒々しいもんだ」
今更言うまでもない事であるが、『リーナイト』がかつての襲撃で負った被害はとてつもない。街の建物は大半が壊滅していたし、残ったのは冒険者達にとって最後の砦とも言えるユニオン本部の建屋やごく一部の避難所として使われた場所ぐらいだ。なので悲壮感があふれる様相になっているかと思いきや、彼が三百年ぶりに訪れた時と同じ様な様子だった。
「ま、良いか。とりあえず行くか」
少し呆れるようで、それでいて安心したようにカイトは笑って足を踏み出す。そうして歩く事しばらく。おそらくこの『リーナイト』で最も昔の状態が保たれていると言って良い建物が見えてきた。
と、たどり着いたユニオン本部建屋前は状況が状況かつ時間が時間だからか<<天翔る冒険者>>の冒険者が出入りを見張っている様子だった。そんな冒険者はカイトを見て、顔を顰めた。
「うん? 誰だ、こんな夜更けに」
「夜更け……か。まぁ、この時間なのは申し訳なく思うよ。が、預言者を通してバルフレアには話を通している」
「はーん……まぁ、ちょっと待ってろ。確認してやる」
預言者を介してバルフレアに話を通している。そう言われて門前払いをして後で怒られるのは自分だ。門番の冒険者はそれがわかっていたらしい。カイトの言葉に備え付けの受話器を取って、中へと確認を行う。そうして少しすると、彼が受話器を置いた。
「少し待ってろ。人が来るらしい」
「そうか」
「……あんた、どこから来たんだ?」
「マクダウェル領だ。故あって、『転移門』を使った」
「ああ、それで小綺麗なのか」
どうやら<<天翔る冒険者>>の冒険者はカイトが妙に小綺麗なのが気になったらしい。確かに現状の『リーナイト』を鑑みれば当然ではあっただろう。と、しばらく待っているとユニオン本部の扉が開いてレヴィが姿を現した。
「預言者様」
「よぉ」
「来たか……話は理解している。ついて来い……バルフレアの奴から伝言だ。この時間に来るんだから酒の一杯でも付き合えだと」
「まぁ……酔い醒めの薬をリーシャから貰っておくか」
仕事時間も終わっただろう夜に訪れておいて、仕事の話だけをして帰るというのも中々に冒険者としては失礼な話だろう。それが依頼に関する話ならまだ筋も通るだろうが、今回は組織と組織としての話だ。そのぐらいは付き合ってやるか、とカイトも受け入れていた。というわけで案内されたのは、<<天翔る冒険者>>のギルドホーム側建屋だった。
「ここは変わらないな」
「ここは、被害が限定的だったからな。街で一番結界の強度が高かったし、<<天翔る冒険者>>にしてみればホームだ。ここの破壊だけは阻止しようとした奴は多かった」
<<暁>>のギルドホームがそうであったように、<<天翔る冒険者>>のギルドホームも冒険者のたまり場に近い。なので基本は昼間から酒を飲んでいる奴は居たし、夜ともなれば尚更だ。なのでそこかしこで宴会じみた様相を呈しており、外以上に騒がしい様子だった。
そんな中をかき分け進む事しばらく。カイトは自身を見知っていた古馴染み達に軽く挨拶を交わしたり、酒を貰ったりしながら最奥のバルフレアが居る場所へとたどり着いた。
「よぉ、ダチ公! あっはははは! やっぱこの時間だからお前も貰っちまったか!」
「こっちはまだ朝方なんだがな。まぁ、無理言って時間貰った以上、これぐらいは貰うさ」
「あっはははは! だからお前とは話がしやすいんだよ。どこもかしこもお偉いさんはこっちの都合や時間関係無しに来る癖に、杓子定規で真面目腐って飲みやしやがらねぇ。ま、それで言えばお前は今も冒険者だしな……って、さすがはカイト。もう空かよ」
どかりと床にそのまま腰掛けたカイトの杯の中が空になっているのを見て、バルフレアがどこか呆れたように感心する。なんだかんだ言いながら、やはりウワバミやらザルやら言われるカイトだ。貰った酒はその時点で飲み干していた。というわけで、彼は笑いながらバルフレアへと杯を差し出す。
「まぁな……で、お前はくれるのか?」
「っと……悪い悪い。まずは駆けつけ三杯だな。で、どうよ、そっち」
「こっちは、ある程度は復帰している。その関係で今度同盟で集まって会合の予定だ。そこで、近場は大凡わかるかな」
「そうか……ああ、支援、助かった。お前の所からの支援が一番死傷率を減らせたよ」
マクダウェル公カイトとして動いてくれたカイトに対して、バルフレアはユニオンマスターとして頭を下げる。他にも元冒険者や一時的に冒険者となっていた貴族達はユニオンへの支援を率先して行っていた。その中でも質や量を総合的に見た場合、エネフィア全土で見た時一番支援していたのはマクダウェル家だったようだ。
「いや、ウチはこれでも冒険者にとっては聖地みたいなもんだからな。支援はするさ」
「助かる……ふぅ。あ、つまみ確かお前干し肉だったっけ?」
「あ、あるのか?」
「おう。昨日お前が来るって聞いて大急ぎで作った」
「お前の手製か」
「文句あっか?」
楽しげに笑うカイトに、バルフレアもまた楽しげに笑う。そうして、二人はしばらくの間酒を飲みながらお互いの近況を話し合う事になるのだった。
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