第2217話 戦士達の戦い ――提案――
『リーナイト』での一件による負傷が粗方癒えて、マクダウェル領全域が数ヶ月前と同様の状況に戻りつつあったある日。『リーナイト』での一件を受けて、ギルド同盟による会議を開きたい、というランテリジャからの来訪を受けていた。
そんな彼に賛同の意を示したカイトであったが、そんな彼へとランテリジャは会議の後にマクダウェル公爵軍からの依頼をギルド同盟で受けたい旨を提案。公爵でありながら自身に隠されて行われた依頼を知ったカイトであったが、それを即座に承諾。冒険部の面々に向けて取り急ぎの指示を出すと、自身は一路公爵邸へとやって来ていた。
「はーい、御主人様ご帰宅でーす」
「あ、はいはいはい。おかえりなさいませー」
流石に表からは帰られないカイトは何時もの裏口――というより公爵邸にて暮らしている者たち専用の勝手口――から入ったカイトを出迎えたのは、まるで彼が来る事を察していたかのようなユハラであった。そんな彼女はカイトをさも何時もの様子で出迎えると、そのまま問いかける。
「それでご主人様。この時間にご帰宅なんて、何かありました? ユスティーナ様は地下で研究しておられますが」
「あー。あいつにもちょーっと話は聞いておきたいな。最悪、あいつの指示の可能性もあるし」
「……はぁ。何かありました?」
「いやー? ちょーっと聞きたい事があるだけ。通信繋がらなかったからな」
「あー……ちょっと私も席外してましたし、たまには誰も出ない事あるでしょー」
三百年前からマクダウェル家に住んでいるユハラは言わずもがな、今回の依頼については百も承知だろう。なので彼女も隠していた側である事は明白であったが、カイトはそれに対して敢えて言及しない。無論、だからといって怒っているわけもなく、これに関して怒るつもりは一切無い。別に怒るような事でも無いからだ。
「だよねー。ちょっと聞きたい事あるんだけど」
「……あはは」
まぁ、もうアルから大凡は報告が来ているのだし、大凡は全員がわかっているだろう。カイトの言葉にユハラは乾いた笑いを上げる。が、やはり彼女である。早々に面倒になったのか肩を竦めた。
「はいはい。ご主人様が興味を持たれると思って、黙ってました」
「ですよねー。まぁ、もう遅いんですけど」
「ですよねー」
カイトの返答に、ユハラが笑う。そして同時に、彼女のこのざっくばらんさでカイトは毒気を抜かれたようだ。ため息を吐いた。
「はぁ……別に隠す必要も無いだろうに」
「だーってご主人様、時々何をとち狂ったのかオレも出るかー、とか正気を疑う発言するじゃないですかー」
「その発言で正気疑われるって割とひどくありません!?」
「いえ、普通に考えれば正気疑われますよ。三百年前ならまだしも……」
声を荒げるカイトに、ユハラは真顔で告げる。三百年前は言うまでもなくルクスやバランタイン達、カイトと肩を並べて対等に動ける者たちが居た。他にも現役だった猛者が数多存在していた。当時ならカイトが敵になっていても胸を借りるつもりでやれただろうが、流石に今の状況ではそこまでの戦力はマクダウェル家にも無いのであった。が、これにカイトは逆に鼻白む。
「ほーん……なら、尚更やっか」
「はい?」
「勿論手加減はしてやるさ。大精霊達の力も、憑依も、影も使わない。純然にオレだけだ……が、ちょっとは現実的な話はしておかんとな。オレが相手でも戦ってもらわにゃ困る」
「いえ、そうではなくてですね……」
カイトの言う事は尤もだ。今後を考えれば、カイトクラスの敵が出て来る可能性はあるのだ。となると、それに備えて考える必要もある。が、そういう事ではないらしい。これにカイトは首を傾げる。
「うん?」
「私達もご主人様単独なら、まだやりますよー……他、ヤバそうな方いるっぽいのがなんとも。しかも、ご主人様も三百年前より強化されてるでしょ」
「……あー」
ユハラの指摘に、カイトは思わず納得した。思えば、現在の同盟にはアイゼンの弟子であるエルーシャ。かつて『もう一人のカイト』が存在していた世界において、カイトと同じくもう一つのマクダウェル家の一族となるイミナ、そのカイトをして唯一互角と言わしめる英雄の子孫のセレスティアなど、ヤバい戦闘力を持つ冒険者が割と多く存在している。
それと一般の兵士を戦わせよう、というのは中々無茶苦茶も過ぎるだろう。調子に乗ってカイトが参加しよう、と言わないように黙っていたのは無理のない事だった。というわけで、カイトも少しだけ手を考える。
「……しゃーない。ロートル勢呼び戻せ。今回は軍団戦だ。指揮官としてなら、オレを上回る奴は多い。但し、どっちもティナ無しだがな」
「呼ばれないんですか?」
「流石にあいつはチートだ。今回はオレも指揮官に名を連ねる事になる。お互いに手の内を読まれて」
「も、出来るようにせにゃならんじゃろ」
手の内を読まれている相手が居る状態での戦いは厳しい。そう言おうとしたカイトの言葉を遮って、白衣を纏ったティナが口を挟む。
「ん?」
「まぁ、さっきのお主の話とは違い、指揮官としてさほど育っておらんお主にこう言うのは酷と言えば酷じゃが……たまさか余を上回ってみせい、というのも良いじゃろう」
「あのな……指揮官としてのお前にゃオレは足元にも及ばんよ。それとも何か? それを補えるだけの手札でもオレにくれるってか?」
ティナも認めていたが、カイトが今回参加を決めた理由は三百年経って尚過去の者たちの背に隠れようとしていた姿が見えたからだ。無論、それは考えてみれば若干の勘違いがあった事は事実であったが、カイトに至っては三年の上に武芸者としての立場の強化の比率が高い。
これは彼の地球での立場を考えれば当然で、この両者を一緒にするのはいくらなんでもカイトの成長率を高く見積もり過ぎている。なのでそこを埋められるなにかが、必要であった。その彼の問いかけに、ティナが笑って頷いた。
「そこが、今回の話の肝じゃ」
「ということは、あると」
「うむ。余は基本こちら側……つまりマクダウェル公爵家側で総司令官として立とう。無論、罠などで防衛戦は行うが攻め込みはせん。お主は指揮官として指揮もするが、攻め込みはありじゃ」
「というか、お前防衛戦の方が得意だろ。それでこっち得手の攻め込み封じられりゃハンデあり過ぎだ。勝機ねぇよ」
「まぁの」
カイトの指摘に対して、ティナが楽しげに笑う。事実、魔術師としては純然たる魔術師が本分である彼女だ。罠を大量に仕掛けられる防衛戦はまさに彼女の本領発揮と言って過言ではなく、そこに攻め込むのは正直カイトでさえ自殺行為でしかない。そして攻め込めるとしたら、カイトしかいない。
「勿論、余としても本気ではやらんよ。それをやるとお主の手札が見えてしまうからのう」
「あっはははは。伊達に脳筋キャラで通しちゃいねぇさ」
「あっはははは……正直、あれをやられた瞬間はふざけおって、と思ったがのう」
「どやぁ」
呆れ半分怒り半分という塩梅で自身を半眼で睨むティナに、カイトは楽しげにドヤ顔を向ける。彼しか居ない以上、彼は攻略法を持っている。それを使われるのがわかって、ティナもその手は使わない。
勿論、どちらもそんな周囲を置いてきぼりにした本気なぞやる意味も必要性も、何より皇帝レオンハルトからの許可も無い。やるわけもなかった。
「はぁ……まぁ、良いわ。あれは余が悪い」
「そーそー。お前にウィルが揃った状態で勝て、なんて言われりゃ誰だってあーするわ」
「脳筋組に知恵を期待した余がバカじゃった、というわけでもないが……まぁ、ああいった奇策を弄するのもお主ららしくはある。が、わかっておろうが、此度はそのような馬鹿げた事はするでないぞ?」
「オーライオーライ。それ以外手札封じられなきゃ、だが」
ティナの厳命に、カイトは肩を竦めながらも了承を示す。
「それで良い……で、話を戻せば、こちらは正規軍じゃ。それに対してお主は冒険者。奇策を使える手札が多い。そこで補え」
「それは良いでしょうが……それ以前に個々の戦闘力差が如何ともし難いですよ? ご主人様やら、というお話がありますから。こちらはヴァイスリッターのお坊ちゃんに赤髪のお嬢ちゃんがいますが、それだけではどうにも出来ませんよ?」
「それはわかっておる。アルにはルーファウスが来よう。リィルは瞬という塩梅で、ぶつけられる手駒が無い。指揮官としてなら、引っ込んでる奴ら引っ張り出すので良いがのう」
ユハラの指摘に、ティナもそこをどうするかが問題だった、とため息を吐いた。が、ここで話に参加していた以上、ティナには解決策があった。
「というわけで、じゃ。五公爵に声を掛けた」
「「は?」」
「流石にウチにもマクダウェル家勢を除けば冒険者に真っ当に戦って勝てるような戦士はおらん。つーか、ウチが尋常じゃないほどに揃っておるだけじゃからのう。無いものは無い。そこは余も変えられん。ホタルらお主の従者はお主側になってしまうからのう。ここは曲げるわけにもいかぬ」
これでせめてホタルとカナタでもいれば話は違うかったんじゃが。唖然となるカイトとユハラに対して、ティナは事も無げにそう明言する。が、そんな彼女にカイトが大慌てでツッコんだ。
「いやいやいや! 待て! それ以前に公爵に声を掛けた!?」
「うむ。無いものは無い。そして他の公爵達も同じ様に自陣営での冒険者達との連携を強化したい、というのは考えておるからのう」
「いや……そりゃそうだろうけど」
マクダウェル家がそう考えていたように、他の公爵達も同じ様に冒険者達との連携を強化する事は考えていたはずだ。カイトは自身がそう――彼も計画は練っており、自身が参加するか否かで迷っていた。今回の件は最後のダメ押しとなっただけ――である以上、他の公爵達が同じ様に考えていても不思議はないと理解していた。が、ここでティナがこの話を出す以上、すでに参加の意向を示した所があったという事だと察せられた。
「うむ……そこで爺様に話を持ち掛けたら、これが存外トントン拍子に話が進んでのう」
「爺様って……ハイゼンベルグの爺だよな? なんでさ」
「いや、実は丁度爺様とハイゼンベルグ家とのつながりをどうするか、と話をしておるところにクズハから報告が入ってのう。余の参加は話しておったんじゃが、そこで戦力差が如何ともし難い話は当然出た。そこに、爺様がふと思い立ったんじゃ」
「なるほど……」
そもそもウィルとティナの影に隠れてしまっているが、ハイゼンベルグ公ジェイクは皇国建国の折りには軍師として全軍を指揮したのだ。そして彼は軍民の統率、ヘルメス翁が人民の統率というように別れており、軍略に掛けてはその実二人にも勝らずとも劣らない。
それでも政治家としてこの二人より下に見られるのは、単に総合力であれば下になる――ティナとウィルの二人は為政者としての評価が高い為――だけだ。が、それを知っているカイトはなればこそ、思わずツッコミを入れざるを得なかった。
「いや、待て。思わず納得しかかったが、お前に爺のコンビなんぞ、指揮官としてそっち有利過ぎるじゃねぇか」
「わーっとるわ。だから余も爺様も考えた……で、出した結論がこれじゃ」
「うん?」
カイトはティナの持ってきた申請書を受け取り、ひとまずその中身を検める。そうして、彼はなるほど、と膝を打つ事になった。
「なるほど……確かにそりゃそうだ」
「どうしたんですか?」
「全部ごちゃまぜにしちまうんだ。そもそも実戦になったら冒険者も軍人も関係ない。両者を分けて戦おう、ってのは意味のない話だ」
「あー……確かにそれはそうですね」
かつてラエリアの内紛でもそうであったが、基本的にエネフィアでの為政者が主体となる軍事行動では傭兵としての冒険者は欠かせない。なので冒険者が自陣営に参加しているのは前提条件とも言える。前提を欠いての軍事演習なぞ意味のないものだ、と指摘されても言い返せない。
そこに気付かず、各家は冒険者対軍という形で演習を組もうとしていたのであるが、そこにティナとハイゼンベルグ公ジェイクは気付いて是正させよう、というわけだったのである。そしてこうすれば、戦力差も補えたし、どちらも実戦的な経験が積めるのであった。
「……わかった。皇帝陛下にはオレから具申しておこう。最悪、陛下が主体で行われるのも良いかもしれない」
「で、あろうな」
「よし……すまんが、少し皇都に向かう。流石に事の次第を考えれば、オレが直々に行く方が良いだろう」
「うむ。その間の事は余に任せい。言い訳もすでに考えておる故な。道中で教えよう」
「頼む」
些か当初の想定とも予定とも異なる流れになってしまったが、カイトとしてもこの話は逃すには惜しい話だった。故に彼は冒険者としての自身ではなく、公爵としてこの話を進める事にする。
そうして、彼はクズハ達に叱責を与えようと思ったものの、彼女らに会う事なくとんぼ返りに冒険部のギルドホームへと戻る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




