第2215話 戦士達の戦い ――教練――
失った鬼の力の代替として瞬が二つの槍を手に入れた日から、数日。地球からやって来たスカサハ、クー・フーリンの師弟も地球へと帰還し、カイト達もまた通常業務に戻っていた。
そんな中、カイトは相変わらずギルドマスターとしての業務に勤しんでいたわけであるが、その傍らで兄弟子であるクー・フーリンからの要請により瞬へとルーン文字を教えていた。
「というわけで、それがルーン文字の初級が描かれた物だ。それについては、この間語った通りだな」
「ああ……一応、先に一通り見てみたが……何が書いてあるかさっぱりだ。これは現代でも使われているものなんだろう?」
「ああ。まぁ、現代のヨーロッパの魔術師が使うルーン文字だな」
「確か……ルーン文字は時代によって三つに分けられるんだったか?」
カイトの言葉に、瞬は先日カイトからちらりと聞いた事を思い出す。これにカイトは一つ頷いた。
「ああ。現代のルーン文字。中世ヨーロッパで使われていたルーン文字。最後が神話で使われていたルーン文字の三世代に分けられる。先輩が使っていたのは、フリンが使っている神話で使われていたルーン文字……通称神話級だな」
「お前が使うのもそれ、と」
「同じ師に師事しているからな」
話だけを聞けばカイトも現代のルーン文字を使っているように聞こえるが、実際の所彼は神話を生きたスカサハからルーン文字を学んでいる。そして魔術師としての力量も弟子入り時点で神話級を学ぶに足る領域で、スカサハも問題なくカイトに教えられていた。
「で、これから先輩が学ぶのは現代のルーン文字。最も簡略化されて簡便化された使い勝手が良いものだ。といっても表世界に伝わる偽装されたルーンではなく、きちんとした魔術的な意味を持つルーンだがな」
「だからか、何が書かれているかさっぱりだ」
「書いてる、というより描いている、が正しいな。まぁ、そこには記載されているというより画像として描かれているが良いだろう」
「そうなのか……」
カイトの指摘に、瞬がそんなものか、と受け入れる。なお、そもそも二つとはいえルーン文字が使える彼がなぜ初級の魔導書が理解できないかというと、こればかりは魔術への適性とそれ故に解析が出来ていない事が原因だ。まぁ、端的に言えば知識が足りていないとも言える。解析しようにも解析の下地となる情報が足りていないのだ。
「で、だ。基本的にルーン文字は記述により発動する魔術、ってのは良いな?」
「ああ。それは流石に俺も使っているからな」
「だな……で、勿論それは現代も中世も神話級も変わらない。だから基本的にやる事は同じである、と思って良い」
「そうか」
やる事は変わらない。そう聞いて、瞬は僅かな安堵を浮かべる。やはり彼としては魔術より武術の方が気が楽らしく、若干の気後れがある様子だった。
「で、ルーンだが基本的には一文字でどんな現象を引き起こすか、が選べる。それに関しちゃルーン文字最大の利点であると言って良いだろう」
「それはわかる。実際に使っているからな」
「ああ……まぁ、これは同時にデメリットでもある。一文字では流石に起こせる現象には限りがある。もし複合的な現象を引き起こそうとすれば、必然二つ以上の文字を組み合わせる必要がある」
「なるほど……それはしたことも考えた事もなかったな」
今までは雷と炎の二つの文字だけだったので組み合わせてなにかをしようと考えた事がなかったが、瞬にも言われてみれば納得出来たようだ。そうして、カイトは論より証拠と炎と風のルーンを生み出して混ぜ合わせる。すると、瞬に向けて少し暖かい風が吹いた。
「これが、熱風のルーン。まぁ、初級で作ってるから熱風というよりドライヤーだな。初級はよほど力を込めないと攻撃力は期待するな。そして力を込めると砕け散る」
「お、おいおい……」
力を込めないと攻撃力に期待できない、というのに、力を込めると砕け散るというのだ。言っている事が矛盾していた。これにカイトは笑う。
「ま、砕け散ると言ってもどっちかっていうと暴発して爆発する、という感じだ。あくまでも、その次に進む為の基礎練習だ……まぁ、暴発させて敢えてコントロールしない、という手もあるがな。そっちはそっちで敵にもコントロール奪取されない、っていう利点はある……全部の魔術に言える事だけどな」
「はー……」
そんな使い方があるのか。感心したように瞬は目を見開く。そんな彼が興味深げに問いかけた。
「暴走させると奪取されにくいのか?」
「というより、よほど技量の差がなければ無理だな。発動させた当人がコントロール出来ないのに、他人がコントロール出来るかって話だ。ティナクラスとかなら、解体してくるが……まぁ、普通は暴走をやらん。完全自爆だからな」
「そ、それはそうか」
言われれば尤もである。カイトの指摘に瞬も思わず納得する。
「そういうことだな……ま、暴走も手札の一枚として持っておくのと、知らない状態ってのは話が違う。だから、一応教えておくけどな」
「そうか……一応、練習しておいた方が良いのか?」
「というより、しておかないとダメだな。どの程度力を注げば暴走するのか、というのはやらない事には見極めが難しい。一度意図的に暴走させておいて、それでしきい値を確認しておくのが肝要だ」
「そういうことか……それを何度もやって、最後は暴発をコントロールするのか」
どうやらカイトの説明で瞬は最終的な目標を察したようだ。これにカイトも頷いた。
「そういう事だな……まぁ、早い話が一瞬で大爆発になるか、時限爆弾のように遅延させて爆発させるか、という違いだ。使えるのは後者、というわけだな」
「なるほど……ということは、後は本当に反復か」
「そうなる。何度も何度もやって、だ」
「よし。そうとなると、とりあえず練習するか」
カイトの言葉に、瞬は気合を入れて立ち上がる。やる事は決まっている。ルーン文字は文字である以上、書かねば何もならない。と、そうして練習してみようとして、ふと彼が気が付いた。
「そういえば……さっき連続してルーンを書いて熱風としていたな?」
「ああ……これだな」
「ああ……それと同じように炎を連続させて書く事で、力が増したりはしてしまわないのか?」
ルーン文字をとにかく書いて発動させてを繰り返す事に疑問はない。が、瞬としてはそれによって起きるある種の弊害を知っておきたいらしかった。この質問に、カイトは一つ笑みを見せた。
「良い所に気が付いた。答えから言えば、否。力が増したり、共鳴したりする事はない。勿論、単に炎と風のルーンを書いた所で熱風となる事はない」
「そうなのか? だが確かにさっきお前は熱風を作り出していたが」
「そうだ。確かに、オレは熱風を意味するルーンを作って、それを使ってみせた……さて、もう一回やってみようか。今度は先輩にもわかりやすいように、先輩が使っている方の炎のルーンを使おう」
困惑気味な瞬に対して、カイトは改めて二種のルーンを生み出した。今度も生み出したのは先と同じく炎と風の二種。それで生み出すのは勿論熱風になるのであるが、そうして書かれた二種のルーン文字に瞬は僅かに違和感を覚えた。
「うん……? なにか……一文字多い……? いや、余計なものが付いている……?」
これは瞬がやはり何百何千回と炎のルーンを使っているからだろう。彼はすぐに自分が使うルーンと些か形状が異なる事に気付いたらしい。
「そうだ。これは国語で言う所の助詞や接続詞だと考えてくれ。この場合だと、この接続部が日本語のとに当たるわけだ」
「つまり……このルーン文字が意味する所は炎と風、というわけか?」
「そうだ。炎と風。即ち、熱風だな」
「なるほど……あ、そういうことか。炎と風をそれぞれ別に書いても、それは単に炎と風を書いただけ。熱風を意味するわけがないのか」
カイトの話を聞いて、瞬はこの二つの文字を結びつけている接続部が助詞の役割を果たす記号なのだろう、と理解する。
「そういう事だな。まぁ、流石に神話級の文字を繋げるこの助詞は今は覚えなくて良い……というか、覚えられんだろう」
「……ああ。全く視えない。いや、見えてはいるが、理解が出来ない」
瞬は培ってきた魔術を見る目を使い二つの文字を繋げている助詞に相当する記号を理解してみようとするが、一切出来ない事を理解し首を振る。記号が細かすぎて、彼では細部まで理解出来なかったのだ。
そして勿論、これを理解できるとはカイトも思っていない。単にわかりやすく説明する為に、片方に馴染みがある神話級のルーン文字で語っただけだ。というわけで、それを踏まえて改めてカイトは現代のルーン文字に話を戻す。
「で、現代のルーンで文字を繋げるのが、この形になる」
「……一見するとほとんど横線みたいだな」
「簡便化し過ぎた結果だ……敢えて言えばハイフンと言う所か」
「なんというか……だんだん国語と英語の勉強をしている気分になってきた」
魔術の勉強なんてそんなものなのかもしれないが。瞬はそう思いながらも、若干げんなりとした様子を滲ませる。これに、カイトは笑った。
「あははは。ルーン文字は文字だ。だから単語一つで出来る物でない限り、どうしても二つ以上の文字を組み合わせる必要がある。そうなると、言語のお勉強にもなるさ。それこそ、現代のルーン文字でも何十文字とつなげれば神話級に遜色ない威力を発揮出来る……効率は最悪だがな」
「そ、そうなのか……ということは、並び順に応じて言葉が変わる事もあるのか?」
「勿論、ある。どの文字を先に持っていくか、に応じて意味が変わる。まぁ、そこらは追々学べば良いから、今は考えなくて良い。そもそも接続詞は各種ルーン文字を安定して記述出来るようになってからの話だしな」
そもそも炎と雷以外のルーンを作れない瞬に、各種のルーン文字を組み合わせ別の意味を作り出す事なぞ夢のまた夢だ。なので接続詞以前の問題としてまずは各種のルーン文字を覚える事が肝要だった。
「か……よし。わかった。ありがとう」
「ああ……まぁ、話は逸れたが、そういうわけで基本何文字記述してもそれらが反応する事はない。とりあえず何個も記述して、安定してルーン文字を生み出せるようにする事が先決だ」
「わかった……どの文字からやれば良いか、とかはあるか?」
「うん? そうだな……基本的には記述量が少ないルーン文字からしていくのがやりやすいだろう。そうだな。画数が少ないの、で良いだろう。とりあえずは魔導書を見ながら、練習あるのみだ」
「そうか……よし。じゃあ、これからやるか」
カイトの指南に、瞬は魔導書を改めてペラペラとめくって中を確認。幾つかあった簡単そうなルーン文字の中から一つを選び出して、試しに生み出してみる。が、やはりまだ一度目だからか直線的に描くべき部分はぶれていたし、逆に曲線的にせねばならない所が角ばったりしてしまっていた。
「……ダメか」
「文字としての意味をなしていないからな。線が少し違うだけで別の文字になってしまうのは、日本語も一緒だ」
「そうか……良し。もう一度だ」
カイトの言葉に少しだけ残念そうだった瞬であるが、すぐに気を取り直して次のルーンを生み出すべく意識を集中する。そうして、この後しばらくの間瞬はカイトの指導の元、ルーン文字の練習をする事になるのだった。
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