第2213話 二つの槍 ――教え――
鬼の力を十分に使えなくなった瞬の力の代替となる力を求め中津国へと渡ったカイトと瞬。そんな二人は中津国で合流したケルト神話の大英雄クー・フーリン、そんな彼を案内していたユリィと共に数日を中津国で過ごすと、大凡全ての用事を終えてマクダウェル領へと帰還する。
そうして戻ってきた一同を出迎えたのは、ボロボロになったアル達とその原因となるクー・フーリンの師スカサハであった。そんな彼女からの命令により彼女と矛を交えた瞬であるが、彼はあまりに圧倒的なその戦闘力により惨敗する事となっていた。というわけで、それから一時間ほど。同じくスカサハの手でボロボロになった瞬であったが、なんとか復帰していた。
「これで、わかっただろ? 姉貴は化け物。おそらくアイシャぐらいにならないと、敵として認定さえされんよ」
「アイシャか。あれは中々良い腕であったな」
「やっぱりやったのね……」
そんな噂を耳にしたから大慌てで帰ってきたんだが。カイトは楽しげなスカサハに只々肩を落とす。そうして、そんな彼女は楽しげなまま頷いた。
「うむ……まぁ、流石にこの短時間では勝敗は付けられなんだがな。まともにやりあうのなら、今の数倍の時間と広さが欲しい。流石に儂も町中では全力は出せぬし、アイシャも全力は出せなんだ」
「そりゃそうだろ。ここをどこだと思ってる。街のど真ん中だぞ」
「わかっとるわ。だからやらんかった」
盛大に顔を顰めたカイトに、スカサハは少し呆れるように首を振る。と言っても少しも矛を交えなかったわけではなく、単に数度矛を交えこの相手と戦う場合ここではダメと判断しただけの事であった。
無論、アイシャもそれを察して引いたし、その後に試しに戦ってみたクオンも早々に本気でやらないと無理と判断。彼女らからしてみれば狭すぎる公爵邸やマクスウェル近郊では到底戦えない、と今回は顔合わせで決着となったらしかった。と、そんなスカサハがカイトへと告げる。
「まー、その三人相手に勝ってみせたお主はやはり最強で良いのであろうな」
「……そういえば、カイトはどうやって勝ったんですか?」
「む? ああ、カイトの勝ち方か。単に儂に心臓貫かせ、その上で儂の心臓を貫いて魔術で儂を叩きのめしおったわ」
「……」
正気か、こいつ。瞬はスカサハの語るカイトの勝ち方を聞いて、思わず盛大に顔を顰める。が、ここまでやらねば勝てなかったのがスカサハだったし、カイトをして魔王ティステニア以上と言わしめるわけではなかった。
「流石にあんた相手に生半可な戦い方じゃ時間が掛かってしゃーない。ああもなるわ」
「今更思えば、もう少しスマートな勝ち方もあったと思うがのう」
「ねぇよ。あんたにだけは泥臭い勝利しか無理だ」
「そうか? 存外、大精霊様方のお力を使えば儂でさえ圧勝出来た可能性はあろう」
「そりゃ単なる力技。あんま良い勝ち方とは言えんな」
何度となく言われているが、カイト最大の持ち味はその馬鹿げだ出力だ。それにかけてであればスカサハでさえ到底及ばず、勝ち目はなかったらしい。
「そこら、お主は妙なこだわりがあるのう」
「力技で勝つってのはあんまり良いもんじゃないさ」
「勝ちは勝ち、そこに違いは無いが……ま、こればかりはお主の考えか」
変なこだわりを持つカイトに、スカサハは若干呆れるも当人がそう考える以上はそれで良い、と受け入れる。というわけで、そこらの話が終わった所で、彼女が瞬に視線を向ける。
「で、小僧。まぁ、腕は見てやったが、些か直情的過ぎるきらいがある。もう少しフェイントを覚えた方が良いやもしれんのう」
「あ、はい。精進します」
「そうよな。精進はせねばなるまい……まぁ、なにか詳しい話は言うまいよ。儂の弟子というわけでもないからのう」
瞬はあくまでもクー・フーリンの弟子だ。クー・フーリンが自身の弟子かつ義理の息子であるので教えを授けても良いが、スカサハ自身はそういうつもりはないらしい。
というわけでそこらはクー・フーリンがするべき事として、言及は避けておく。単に彼女はケルト神話の戦士達の統率役として、新たにケルトの戦士に名を連ねる事になった瞬の腕を見たというだけにすぎなかった。
「フリン」
「おう」
「お主はお主で教えを授ける事により、更に上に至れよう。そこら、ウチのバカどもは自身の強化にのみ邁進し、目を向けぬ事ではあった。それについては悪うない、と久方ぶりに手放しに褒めてやろう」
「本当に久しぶりだな……」
基本、スカサハが手放しに褒めてくれる事はない。まぁ、クー・フーリンとしても褒められたいわけでもないが。とはいえ、久方ぶりの手放しでの称賛に若干彼も嬉しそうではあった。そんな彼は気を取り直し、師へと告げる。
「まぁ、そりゃ置いといて……誰かに教えを授けるってのは存外難しいもんだ。自分がどう理解してるか、ってのを考えてその上でそれを説明せにゃならんからな」
「そうよ。教える、という事はまず自身がそれを理解せねばならん。教えよう、と思ってからであろう? あれを完璧に自分の物としたのも」
「……まな」
少しだけ恥ずかしげに、クー・フーリンはスカサハの言葉に頷いた。あれ、というのは瞬に伝授したルーンを自身に刻む強化術だ。<<雷炎武・参式>>に利用されるこれはそもそもクー・フーリンが自身の強化を瞬に伝えたのが発端となっている。
それをどうやってやっていたか、という詳細は彼も天才にありがちな自らの感覚一つで行っており、本能的な理解で理論的な理解はしていなかったのだ。これを瞬に教えてやろう、と思った事で彼はこの方法をしっかりと見つめ直す事になり、結果として自身の強化をより深く理解する事に繋がったのであった。
「うむ……とはいえ、小僧。お主はまだ教えを授けるにはあまりに拙い。師の師よりの命として、武芸に関して教えを授ける事は禁ずる。フリン、お主も異論は無いな?」
「当たり前だ。流石にそこまで、俺も瞬の腕を認めたわけじゃねぇな」
「で、あろうな。年並外れ、ではあるがまだまだ一流には程遠い……小僧。お主も、良いな」
「はい」
自分の腕が未熟である事なぞ、わかりきった事だった。それを理由に他者への教授を禁じられるのは瞬からしても自然な事であり、スカサハの命に一切の異論はなかった。これに、スカサハが何故かため息を吐いた。
「はぁ……お主らもここまで素直であればのう」
「反抗的で悪うござんした」
「あんたが無茶苦茶ばっかりするからだろ……」
どうやらため息は素直に自分の命令を受け入れる事に対してだったらしい。一方のクー・フーリンは楽しげに笑い、カイトは呆れ返っていた。というわけで、そんな彼が気を取り直してスカサハへと問いかけた。
「はぁ……まぁ、良いわ。で、これからどうするんだ?」
「む? そりゃ、地球へ戻るぞ。別に儂らは自由自在に戻れるからのう」
「知ってるよ。そもそもオレも戻れるっちゃ戻れるからな」
そもそもカイトが居なければ、誰も異世界への渡航なぞ考えていなかった。彼が居ればこそ地球の英雄達は異世界への渡航を意識し出したし、エネフィアの各国は地球との国交を意識する事になった。無論、地球側の各国もエネフィアの各国との国交を考える事にもなった。全ては彼が発端だったし、その彼が戻れないわけがなかった。というわけで、そんな彼女にスカサハも少しだけ苦笑する。
「ま、それもそうではあるが……いや、良いか。戻る前に何か聞いておきたい事でもあるか?」
「んー……いや、別に。一応、浬達の件も片付いてるっちゃ片付いてるんだろ?」
「祢々の事か?」
「そこらは知らんよ。あのニャルラトホテプの娘だってのは聞いたがな」
勇者の弟妹に外なる神の娘。なんとも因果な物であったが、地球ではカイトの弟妹達と外なる神の娘の間でひと悶着あったらしい。これにカイトは若干気を揉んでいたらしいが、地球からの報告によるとすでに解決済み、との事であった。
「まぁ、それについては解決済みは解決済み、と言ってよかろう。それ以外については細々とした事は起こっておるが……特段でかい事は起きてはおらんな」
「姉貴の特段でかい事は起きてない、はあんまり当てにならんが……逆に姉貴が居てくれるなら安心は安心か。そこらは悪いが、もう少し頼むよ」
「よかろう。弟子の困りごとよ。聞いてやろう……仕事としての依頼もあるからのう」
カイトの依頼にスカサハは笑い、一つ快諾を示す。これに、瞬が首を傾げた。
「なにかなさってるんですか?」
「ま、傭兵という所か。天道の依頼を受けて、彼らの護衛をしておるよ。理由は、言うまでもあるまい?」
「なるほど……」
ケルトの戦士達がどれほどの強さかは瞬にはわからなかったが、少なくとも最低でも自分以上ではあるだろう、と思っていた。その彼らが護衛に居るのであれば、相当動きやすいだろうと察せられた。というわけで大凡は察した瞬に、スカサハが告げる。
「ま、こっちはこっちでお主らの助力をしてやる。が、如何せん限度はあるし、残りたいのでもなければそちらとこちらで協力した方が良いのは道理であろう。そちらの面でも、精進を忘れぬようにな」
「はい」
「うむ……いや、これについてはそもカイトがやっておることであろうが」
自身の言葉に応諾を示した瞬に対して、スカサハはふと気づいて笑う。というわけで一通り話を終えた所で、スカサハはカイトへと告げた。
「で、バカ弟子二号」
「あいあい。お戻りね」
「うむ……まぁ、明日にするが」
「なんで」
ようやく帰ってくれる。そんな思いがあったらしいカイトであるが、スカサハの返答に思わずそうツッコんだ。これに、スカサハが笑う。無論、彼の喉元に槍を突き付けながら、である。その抜き打ちの速度は瞬には一切見えなかったし、カイトも反応出来ていなかった。
「なにやら、嫌そうな雰囲気があるのう」
「いやいやいや! まさかまさか! 師匠をもてなせて嬉しい限りっすよ!」
「で、あろう?」
冷や汗を掻くカイトに、スカサハが楽しげに笑って槍を下ろす。そうして、そんな彼女が告げる。
「いや、まぁ儂とてあまり長々厄介になるつもりはない。単にリル殿との議論がまだ終わっておらんというだけよ。いやさ今回は非常に有意義な時間を得られた」
「そういや……ティナも見掛けないな」
そもそもスカサハが帰ってくるな、と言った最大の理由はリルやティナとの談義に熱が入ったから、というのが最大の理由だ。三人共世界間転移術を使えるし世界を越えた通信も可能なので何時でも話せるは話せるが、時間経過の関係などからこうやって会って話す方が色々と良いのだ。というわけで、カイトはその残る二人が居ない事に今更ながらに気が付いたらしい。
「ああ、二人なら軽食を用意しにな。もうそろ、戻ると思うが……」
「戻っておるぞ……そして戻ったか」
「ん? ああ、ティナか。ただいま」
「うむ、おかえり」
自身の言葉に応じたカイトに、ティナが一つ頷いた。が、リルの姿は見えておらず、カイトがそれを問いかける。
「リルさんは?」
「リル殿なら、紅茶を用意してくださっておる……あとついでに知恵熱出した二人の看病という所か」
「あー……」
この三人の議論に参加させられたのか。カイトはリルの弟子二人の事を想像し、思わず同情する。彼女らの議論なぞカイトでさえ裸足で逃げ出したいのだ。参加すれば自分も知恵熱が出ると思うし、出たのは仕方がないと思った。というわけで引いた様子の顔を浮かべる彼に、ティナが告げる。
「まぁ、それは良いわ。とりあえずお主は一度ホームに戻り、帰還を知らせて来た方が良いじゃろう。こちらはこちらで好きにしておく故な」
「あいあい……何か変わりごとは?」
「無いのう。昨今は平和という所か……いや、平和ではないんじゃがな」
カイトの問いかけにティナは一つ笑うと、彼と瞬を送り出す。それに二人もギルドホームに顔を出していない事を思い出し、一度そちらに戻る事にするのだった。
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