第2212話 二つの槍 ――惨敗――
師のスカサハからの許可を受けて、睡蓮を連れて中津国からマクダウェル領マクスウェルへと帰還したカイト。そんな彼であったが、帰還から程なくスカサハがマクスウェルでも有数の猛者達と矛を交えた事を知り、大慌てで公爵邸へと帰還する。そうして帰った自宅で見たのは、アル達三人がボロボロになって横たわる姿と、その三人に呆れ顔で暇そうにしていたスカサハの姿であった。
そんな彼女はクー・フーリンが初弟子という事で紹介した瞬に興味を示すと、ケルトの戦士の一人として名を連ねる事になった彼へとケルトの戦士の習わしの一つとして、自身との手合わせを命じていた。
「ふぅ……」
「ほぉ? それは……あのバカ弟子一号が作っておった槍か。なるほど、あのバカ弟子も存外弟子は可愛かったか」
<<赤影の槍>>を構える瞬に、スカサハはそんな勘違いをしたらしい。どうやら彼女もクー・フーリンが<<赤影の槍>>を作っている様子を見ていたようだ。
まぁ、そもそも<<赤影の槍>>の素材は『影の国』でしか取れず、そしてクー・フーリンにとって今の『影の国』は戻るべき場所だ。それに対してスカサハは統治者であり師匠だ。必然わかっていたのだろう。というわけで弟子の意外な側面に少し楽しげなスカサハに対して、瞬は呼吸を整え意識を研ぎ澄ます。
(……っぅ……これが、カイトをして惨敗させられたという戦士の圧か)
笑っているだけ。未だ槍の一つも見せないスカサハに対して、瞬は圧倒されていた。迂闊に攻め込めば負ける。それを理解出来るだけの存在感が、そこにはあった。そうして、彼は圧に負けないように腹に力を込めて、深く息を吐く。
「はぁ……ふぅー……」
「ふむ……ああ、そうだ。一応、お主にもハンデをくれてやろう。儂に槍を掴ませれば、お主の勝ち。儂は武器は持たんよ。ああ、それと蹴りも封じておいてやろう」
「魔術封じろよ、魔術」
「卑怯だぞー」
「はははは。まぁ、魔術もおまけでつけておいてやるか」
外野二人――カイトとクー・フーリン――の言葉に、スカサハは楽しげに笑って魔術も使わない事を明言する。敢えて言うが、彼女は魔術師である。魔術師に魔術を封じろ、なぞ巫山戯るな、と怒鳴られてもおかしくない話であったが、スカサハは怒るどころかまるでその程度どうでも良いと言わんばかりであった。が、これを瞬は自分への侮辱とは思わず、それどころかこれだけ与えられて尚、勝てるとは思わなかった。
(攻め筋が見えん……どうするべきか)
身体能力は明らかに自分より上。これで魔術師だというのだから、確かに笑うしかない。が、こういう場合の攻め筋なぞ、最初からわかっていた。
(……しかないか)
どうするべきか。そんな意味のない事を考えた自分を戒めるように笑い、瞬は一つ深呼吸をする。
「……ふぅ……はっ」
ばちんっ。瞬の身体から雷と炎が迸り、彼の身を包む。そうして<<雷炎武・参式>>を起動させた彼は、一気呵成にスカサハへと突っ込んだ。
「はぁあああああ!」
「む?」
雄叫びと共に、瞬がスカサハへと肉薄する。そうして、一瞬の内に両者の距離がゼロになり、瞬は紫電と焔を宿す<<赤影の槍>>を突き出した。
「はっ!」
おそらく大きく距離を取るはずだ。瞬は槍を突き出す一瞬前、スカサハの動きをそう予想する。彼が停止する一瞬前に浮かんでいたスカサハの顔は驚き。自身の速度を読み違えていた事による驚きの表情だ。ならば、仕切り直す為にはこれしかない。その想定は正しく、そして相手が普通ならそうなっても不思議はない。が、相手は普通ではなかった。
「……は?」
「ほぉ……速度は中々良いではないか。そして思い切りも良い。あのバカ弟子一号の初弟子として選ばれるだけはある。懐かしいのう。大昔、儂が初めて相手をしてやった時のバカ弟子一号も勝てないと踏むと遮二無二向かって来おったのう」
「た、たははは」
懐かしげなスカサハの言葉に、クー・フーリンは恥ずかしげに視線を逸らす。流石に今更二千年も昔の事を言われてはこうもなろう。そうして、楽しげなスカサハが軽く瞬の槍を押し戻すように人差し指を押し出した。
「ぐっ!?」
軽く押し出したように見えたが、その実スカサハが込めた力は瞬を思いっきり押し出すに足る力だったらしい。しっかりと地面を踏みしめていた彼が大きく押し戻され、地面を滑る。
が、この程度はああなった瞬間に想定していた。故に彼はその反動を利用して、地面を強く踏みしめる。そうして、彼は先を遥かに上回る速度でスカサハへと肉薄した。
「ほぉ?」
先を遥かに上回る速度での接近に、スカサハも少しは感心したらしい。僅かな感心と驚きを浮かべていた。そうして残像さえ残し移動した瞬は、一切の容赦なく<<赤影の槍>>を突き出した。
「……え?」
一体どうやって。瞬は一瞬前まで驚きの表情を浮かべていたスカサハが消えたのを受けて、思わず目を丸くする。一切の動きの兆候もなく、気付けば消えていたのだ。
スカサハの発言から身体強化以外の魔術は使わない、との事なのでこれは純然たる体術だけでなし得ているものなのだろう。尚更、瞬には理解が出来なかった。そうして、背後から彼に声が掛けられた。
「ふむ……小僧。年は幾つだ?」
「……え?」
「年は幾つだ、と聞いている。まさか忘れたわけでもあるまい」
「あ……十七歳……の筈です。まだ……エネフィアに来てから、若干月日の差があるので正しいかはわかりませんが……」
気を取り直し、瞬はスカサハの問いかけに答える。これに、スカサハは笑った。
「ははは。そうか……バカ弟子一号。速度だけなら、当時のお主を超えておるな」
「速度だけな」
その速度を遥かに上回る速度を見せているんですが。瞬は楽しげなスカサハとクー・フーリンの会話に、そう思う。それにクー・フーリンは加護を持たないが、瞬は雷と炎の加護を二つも授けられている。これで上回っていると言われても何ら慰めにもならなかった。そんな事を内心で思う瞬に対して、スカサハは地面を蹴って距離を取る。
「さて……仕切り直し、よ。攻めて来い……そうでなければ、そろそろ儂の方から行く事にしようか」
「ぐっ……」
一瞬だけ漂う圧倒的な強者の圧に、瞬は僅かに気圧される。が、そうして気圧された彼であったが、自らを奮い立たせて地面を踏みしめた。
「はぁ!」
再度一気呵成に地面を蹴って、瞬がスカサハへと肉薄する。そうして槍を突き出すわけであるが、これにスカサハは身じろぎ一つで全てを回避する。
「はぁあああああ!」
「ふむ……まぁ、悪くない速度ではあろうな」
突き出す速度。引き戻す速度。狙い。それら全てを総合的に判断し、スカサハは悪くないと評価を下す。が、これはあくまでも悪くないという評価であり、良いというわけではない。故に彼女は次を見定めるべく行動に移ろうとしたその瞬間、先手を打つように瞬が次の一手を切る。
「っ」
ばちんっ。そんな雷が弾けるような音と共に<<赤影の槍>>の各所から細い雷の線が伸び、網状に広がってスカサハへと襲いかかる。
先程の一幕は別にカイト達と常日頃行動を共にすれば、されるだろうぐらい瞬にも理解出来ていた。ならばどうするか。それは彼が常日頃考えている事だった。故に、行動に移る一瞬をしっかりと見抜くべくそこに意識を向けており、スカサハの行動の変化を読み抜けたのだ。そしてそれ故、彼女が次にどう出るかも想定出来ていた。
「ほぉ……」
背後に跳んだ自身の更に背後に回り込んだ瞬に、スカサハが僅かに喜色を浮かべる。色々な面でまだまだ及第点レベルと言うしかなかったが、総合的な戦士としては中々育っている。そう思ったらしい。が、ここで。瞬はスカサハのぶっ飛びっぷりを目の当たりにした。
「……はい?」
空中で軌道を変えたスカサハに、槍を突き出した瞬は思わず困惑する。現状、スカサハは身体強化以外の魔術の一切を使えなくされている。空中で軌道を変えるなら<<空縮地>>になるのであるが、なんとスカサハはそれも無しで動いたのである。そんな一幕に、カイトは盛大に呆れていた。
「超高速で空気を踏み抜いて二段ジャンプとか……無茶苦茶も過ぎるだろ。アニメや漫画じゃねぇっての」
「師匠、あれで空中走れるからな。ギャグにもならねぇんだ」
「あっははは。あれで魔術師っていうんだから、世の中おかしいよ」
嘆いているのか笑っているのかわからない複雑な表情で、カイトとクー・フーリンは話し合う。伊達に一つの神話において最強級と言われる戦士たちの師匠というわけではなかったようだ。というわけで、圧倒的な技術を見せ付けたスカサハは空中で軌道を変えて瞬の槍を回避すると、天地逆さまになり再度空気を踏み抜いて瞬へと襲いかかる。
「はぁ!」
「っ!」
猛烈な勢いで襲い掛かるスカサハに、瞬は慌てて<<空縮地>>を使いその場を離れる。と、そんな彼の様子にスカサハが僅かに首を傾げた。
「む? 飛べんのか?」
「あ、はい」
「むぅ……それだけの力量があれば、少し訓練するだけで飛べるようになると思うがのう」
「は、はぁ……」
まぁ、実際戦士としての戦闘力はアルやリィル達とほぼ同等だ。なので身体面で考えれば、瞬も十分飛空術を使えるだけの土台はある。が、これはやはり瞬の成熟度を知らぬが故の言葉で、あくまでも総合的にここなら魔術の面ではここだろう、というスカサハの見立ての話だった。
「バカ弟子二号。教えとらんのか?」
「先輩、魔術苦手でな。つい先日、フリンに魔術の教授頼むわ、って言われたとこ」
「そうか……であれば、総合的にはもう少し下げておくか」
今までの体術と同程度なら、割と良い線行ったのだがな。スカサハはカイトの返答に対してそう判断する。と、そうしてひとしきり瞬の力量を確認したスカサハは、そろそろ良いか、と自分からも攻める事にした。
「さて……では、行くぞ」
「っ……」
僅かに漂う圧倒的な強者の風格に、瞬は知らず息を呑む。一瞬の気の緩みが即敗北に繋がる。そう察したのだ。そして、その判断は間違いではない。唯一彼が誤っていたとするのなら、相手がスカサハという女傑だった事であった。
「ほっ」
「ごふっ!」
まるで軽くボディブローを叩き込むような動きで、瞬の身体がくの字に曲がる。鬼の血を僅かに解き放ち身体の強度を上げ、そこに<<雷炎武・参式>>まで加えているのだ。にも関わらず、その一撃は源次綱が酒呑童子を呼び起こす時の力の何倍も強かった。が、これにスカサハが笑う。
「ほぉ……一撃で昏倒せなんだか。肉体面はなるほど、相当なものだ。こっちで加点しておくか」
「一撃で仕留めるつもりだったのかよ」
「耐久度よ、耐久度。戦士たらば傷を負わぬ事があり得まい」
カイトのツッコミに対して、スカサハが楽しげに笑う。なお、これによって瞬は総合的には先程の評価で間違いない、となったそうである。というわけで、知らず上方修正を食らった瞬はなんとか意識を手放さずに耐えると、その場で踏ん張って背後へと飛ぶ。が、これにスカサハは追撃を仕掛けなかった。
「さて……」
「うーわ。懐かしいの来た」
「やられた事あんのか?」
「あれで土手っ腹に風穴空けられた」
クー・フーリンの問いかけに対して、カイトは盛大にしかめっ面だった。その二人が見るスカサハの手にはいつの間に手にしたのか小さな小石があり、何度か小さく放り投げて遊んでいた。そうして、彼女は瞬の着地の瞬間を狙い定めて、小石を投げる。
「はっ!」
「ごっ!」
どんっ。音速を超える速度で投げられた小石が、瞬の頭を打つ。幸い単なる物理攻撃だったのでさほどのダメージはなかったが、元々とんでもないダメージを受けている所にこれだ。最後のひと押しとなったらしい。ぐらり、と揺れるように瞬の身体が一度だけ前後に揺れて、そのまま彼は前のめりに倒れ込む事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




