第2211話 二つの槍 ――帰還と対面――
中津国にて以前の天覇繚乱祭にて出会った木蓮流の兄妹と再会したカイト。彼は『リーナイト』の一件などで伸びていた睡蓮の引取を行うべく話を進めたわけであるが、その後彼はイズナが世話になっていた施設の購買部にて掘り出し物を見繕う。その一方、瞬はというとそんな彼と行動する事により感性を学んで、時を過ごしていた。そうして、しばらく。一夜を『暁』にて明かした一同は睡蓮と共に中津国を後にすると、マクスウェルへと帰還していた。
「やーっと戻ってこれた。なーんで自分の領地に戻るのに他人の許可が居るんやら……」
「カイトの場合、そういうの多いよねー」
「事実だから悲しい……」
どうやらカイトが自分の領地に戻れなくなるのは割とある事だったらしい。楽しげに笑うユリィに、悲しげに肩を落とす。とはいえ、帰ってこれたのは帰ってこれたのだ。一安心という所であった。そんな彼に対して、睡蓮が驚きを露わにしていた。
「これが……エネフィア最大の都市……」
「ま、無茶のし過ぎで金だけはあったからな」
「そういや、お前もギルガメッシュ王も金持ってるよな……」
「流石にオレも先生ほどはいかんよ」
ふとカイトの言葉にクー・フーリンは彼が金持ちである事を思い出したようだ。実際、エネフィアでも世界最大の多国籍企業を傘下に収め、地球では地球でいくつもの企業を裏から統率している立場だ。
それを自分一人の意思で使えるか否かは別として、資産総額としては相当なものだった。まぁ、その分厄介事も引き受けている以上、それぐらいは対価として不自然ではなかった。そんな彼であったが、一転して気を取り直す。
「ま、それはさておいて……とりあえず睡蓮。君をウチに連れて行かない事には何も始まらない」
「どこにあるんですか?」
「ウチはわかりやすい。街のど真ん中だ。当然だけどな」
「あ……そっか」
ここまで大きな都市はやはり睡蓮は見たことがなかったのだろう。完全に呆気にとられてエネフィアでの都市構造の常識――基本的に領主の館は街の中央にある――さえ失念していたようだ。というわけで、そちらに向かうことになるが、道中はのんきに話しながらだった。
「そういや、師匠が話したいって魔女はどんな奴なんだ?」
「ああ、リルさんか。ウチのティナをして弟子入りさせるほどの大魔女だ。オレやティナはまだ地球とエネフィアの両世界しか行った事がないわけだが、リルさんは数十の異世界を巡っていたらしい」
「そいつはまた……」
師匠が話したいわけだ。クー・フーリンとて二千年を生きて英雄として数多の英雄と関わっているわけであるが、カイトと出会うまで異世界からの旅人は出会った事さえなかった。
そしていくら英雄とて、これが一般的だ。この時点で世界を跨いだカイトの凄さが如実に現れるわけであるが、その彼を遥かに上回る数十である。魔術師として、リルがどれだけの逸材かわかろうものであった。というわけで、流石に専門外とはいえリルに興味を見せたクー・フーリンとカイトであるが、そこでふと気になる話を耳にする事になる。
「おい、聞いたか?」
「ああ、聞いた。どえらい美人らしいな」
「で、あのアイシャとほぼほぼ互角に戦ったって」
「……」
「どしたよ」
今の今まで自分と馬鹿な話や真面目な話を交わしていたカイトが唐突に青ざめ停止したのを見て、クー・フーリンが訝しげに問いかける。と、その一方、カイトは言うまでもなくマクスウェルの有名人の一人だ。マクスウェルに居を構える冒険者であれば、大半が見知っている。故に知り合いも少なくなく、立ち止まったカイトに気が付いたようだ。
「ん? おぉ、アマネじゃないか。お前、戻ってたのか?」
「へ? おぉ、マスター。久しぶり……って、イチジョウも一緒か」
「あ、あぁ……」
「ん? どした。鳩が豆鉄砲を食ったような顔して」
どうやらカイトに気付いた内の片方は冒険部に所属していた冒険者らしい。その片方がカイトが訝しげに首を傾げていた。が、そんな彼はふと何かに気が付いたかのように、にやりと笑う。
「あ、あんた……また女って聞いて興味見せたな?」
「いや、そうじゃなく……普通に考えてみろよ。アイシャと互角に戦ったって方に興味見せない方がおかしいだろ」
「あー……まぁ、あんたああ見えて武人肌だからなぁ……」
そっちか。カイトの返答に冒険部の冒険者が若干鼻白みながらも納得する。女好きと見られているカイトであるが、同時にギルドでも有数の武芸者としても通っている。故にアイシャと互角に戦った、という言葉を気にしたのも無理はなかったようだ。
「黒髪のすごい美人が今マクダウェル邸に宿泊しててな? 噂じゃアイシャや剣姫クオンと矛を交えたって話だ。いや、美人ってのは噂じゃなくてマジだ。この間、町中をこれまたどえらい美人の魔女と歩いてるの見たからな」
「「……」」
間違いない。カイトとクー・フーリンの二人はこの女傑が誰かを即座に察して、顔を見合わせる。そうして、カイトは無言で行動に移った。
「ひゃ!」
「瞬、ついて来い」
カイトは睡蓮を抱きかかえユリィを肩に乗せ、クー・フーリンは呆れ顔で瞬に同行を命ずる。それに、男性冒険者達が驚きを露わにした。
「あ、おい!」
「ウチのバカししょ、ってうぁ!?」
飛来したクー・フーリンと同じ拵えの真紅の槍に、カイトは咄嗟の判断でその場でバックステップで回避する。
「へ?」
「ちぃ! ウチの師匠だ! ったく、あの人は!」
「「「……」」」
苦労してるなぁ。男性冒険者一同はおそらくその師匠とやらが戯れに投げたらしい槍が消えるのと、カイトが飛び上がるのを見てそう思う。そうして睡蓮を抱きかかえたカイトが一気に公爵邸を目指すわけであるが、たどり着いた公爵邸では死屍累々の有様だった。
「ふんっ……造作もない。ウチのバカ弟子一号二号もおらんから暇でならん」
「姉貴!」
「お? バカ弟子二号か」
「あー……こりゃ酷い」
「一号も一緒か」
死屍累々の中一人立っていたスカサハであるが、カイト達の帰還に喜色を浮かべる。その一方、瞬はただただ困惑する事になった。
「アル、リジェ……それにリィルまで。どうしたんだ、お前たち……」
倒れ伏していた馴染みの者たちの様子に、瞬はただただ困惑しか出せなかった。これに、スカサハが教えてくれた。
「なぁに、かつてのカイトの仲間の子孫というので少し揉んでやっただけよ」
「あ、あはは……カイトの師匠だっていうから胸を借りるつもりでやったけど……あはは……」
「わ、笑うしかありませんね……三人同時にやって、一切動かす事さえ出来ませんでした……」
「きゅぅ……」
アルとリィルはただただ圧倒的な戦闘力の差に笑うしかなく、一方のリジェはというと完全に気絶していた様子である。後の三人曰く、カイトを前にした絶望より遥かに絶望だった――カイトは負けがわかっていればこそ覚悟も出来ていた為――とのことだ。そんな光景を横目に、カイトは睡蓮を降ろしながら盛大なため息を吐いた。
「はぁ……姉貴なぁ……少しは手加減……してるか」
「しとらんかったら、秒で消し炭にしておったからな」
「だよなー」
カイトをして、本気で殺しに行かねば秒速で負けると言わしめる女傑だ。その彼女に挑んだ時点で、アル達の敗北は必須だった。故にカイトも彼らの敗北には何ら疑問はなく、道理として受け入れていた。と、そんな彼の一方、スカサハが瞬に気が付いた。
「む?」
「っと……師匠。一応、俺の方から紹介させてくれ。こいつが、俺の初弟子だ」
「ほぉ……」
「瞬・一条です。よろしくお願いします」
クー・フーリンの紹介を受けて、若干値踏みする様子のスカサハに対して瞬が頭を下げる。と、スカサハがカイトに問いかける。
「カイト。どの程度だ?」
「姉貴が戦った三人に加えても意味はない……てか、姉貴と互角に戦える領域ならエネフィアでも有数の化け物だろうさ」
「そうか……とはいえ、せっかくケルトに属したのなら、少々腕は見てやって良いか?」
「ダメって言ってもやるだろ」
スカサハの問いかけに、カイトはただただ盛大にため息を吐いた。まぁ、ここらで確認を取るあたり、一応カイトの顔は立ててくれていた。そうして、彼女は次にクー・フーリンへと告げる。
「バカ弟子一号……異論は無いな?」
「あっても気にしないだろ、あんたは」
「くっ……ま、そういう事よ。瞬とやら……一応、教えておいてやろう。儂こそがお主の師の師のスカサハ。ケルト神話においては『影の国』を治める者……今のケルトの習わしのようなものであるが、どれ。一つ揉んでやろう」
「……ありがとうございます」
師の師が直々に稽古を付けてやる、というのだ。瞬としては否やはなかった。というわけで、マクスウェルに戻って早々に瞬は師の更に師であるスカサハと一度試合を交える事になるのだった。
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