第2210話 二つの槍 ――感性――
イズナと睡蓮の兄妹との再会を経て、現在二人が寄宿している国が運営する施設の購買部へと足を伸ばしていたカイト達。そんな彼らであったが、瞬は目的としていた槍を収納する為の魔道具の購入を終える。
そうして、しばらく。カイトとユリィの掘り出し物に、瞬も参加させてもらっていた。どうやら彼も睡蓮との目利きの腕の差を見せられた事で、少しやってみようと思ったらしかった。
「何がどう良い、というのは基本はわからん。が、なんというか……良い品は良い品と本能的にわかるもんだ。逆もまた真なり、という具合にな」
「ふむ……」
カイトの手にする青いかんざしを見ながら、瞬は一つ唸る。これが良品なのかどうか、というのは当然のように彼にはわからない。が、それでも自分の感想を得る事は出来る。故に、カイトは問いかけた。
「……これを見て、どう思う?」
「……何か少し色が……どぎつい? 濃すぎるというか……」
「そうだ。色が濃すぎる。悪い塩梅にな」
何時も以上に時間を掛けた瞬の述べた感想に、カイトはしかめっ面で頷いた。どうやら彼も一致する所だったらしい。
「ま、これが正解かどうかはオレにもわからんがな。少なくとも、オレも先輩もこのかんざしは色が濃すぎると思うわけだ。となると、オレと先輩にとってこのかんざしは良品ではないと言うわけだ……が、こんな感想は所詮は主観的なものだ。絶対的な評価には成り得ん。そこは注意しておけ」
「なら、どうすれば良いんだ?」
「いや? それで良い」
「へ?」
「本能的に嫌、って場合は大抵の場合、大半の奴が本能的に顔をしかめるわけだ。大抵はそれが正解だ。下手な理由を付けるより、そっちの方が正しい」
困惑気味に唖然となった瞬に対して、カイトは店主にかんざしを差し出す。
「やっぱダメだな」
「そういう話だろ? 失敗作だって」
「わかってる。が、失敗作を良品と言わないだけの品性と感性があるか、確認は出来る」
「違いない。こいつを良い出来だ、なんて言ったら俺はそいつの感性を疑うね」
笑うカイトの指摘に、店主もまた笑って同意する。そうして彼が机の下にかんざしを置いたわけであるが、それに瞬が再度困惑を露わにする。
「引いてしまうんですか?」
「元々売り物じゃない。カイトにそろっと頼まれて出しただけだ」
「この購買部の店主の目利きの腕は確かです。少なくとも、ここにあの品は置かれる事は無かったかと」
店主の言葉に続けて、睡蓮が補足の説明を入れる。これに、カイトが更に補足を入れる。
「さっきも言ったが、ここの店主。目は確かでな……ある程度の品質が保証されていない物はこの購買部では売っていない。オレがここに割と来ていたのも、ここはある程度の品質が保証されているからでな。外で粗悪な粗悪品を取り扱う露店より、ここの方が良い品が多いんだよ」
「ふむ……」
カイトの言葉に、瞬は改めて購買部に陳列されている品々を確認する。そうして、彼も確かに全てある程度の品質を有している品だろう、と納得した。
「言われてみれば確かに、先のかんざしはここにあると不思議だ……不思議? これで良いかはわからんが……」
「あははは。それで良い。明らかに、あのかんざしはここに置いてあったら浮いていただろう。悪目立ちする、という意味でな」
そうだろう。瞬ももしここのどこかにあのかんざしがあった場合、どうしてもそちらに注目が行ってしまったかもしれない、と思う。無論、理由はカイトの述べた通り悪目立ちするという理由で、だ。そして勿論、それがわかっていて店主もこの品は裏に下げていた。
「だろうな。あのかんざしを作った当人もそれはわかってて、意見を求めに来たって感じだ。これは出来栄えとしては下も下。形はかんざしで整ってるがな。色がな……ほら、これが彼女さんの髪にあってみろ。どう見える?」
「む……?」
このかんざしがリィルの髪にあった時、どう見えるだろうか。店主の指摘に瞬は少しだけ考える。すると一瞬だけ、彼は顔をしかめる事になった。
「あっははは。兄さんが誰を想像したかは知らないけどな。そうだ。こいつが頭に乗ってると、彼女さんの顔よりこっちに注目が行っちまう。かんざしってのはあくまでも飾り物だ。こいつが主役になっちまったらダメだ……勿論、そういう品として用意したなら話は別だけどな」
「それだ……」
店主の言葉に、瞬は自分が感じていた違和感を理解してわずかに目を見開く。これに店主も頷いた。
「そ。そういう事だ……だから、こいつは失敗作ってわけだ」
「なるほど……」
「な? 意外と本能的ってのも重要なわけだ」
店主の言葉に納得ししきりにうなずく瞬に、カイトは笑ってだろう、と告げる。これに瞬も納得した。
「ああ……だが、こんなので良いのか?」
「ああ。この程度で良い。オレ達は芸術や美術の専門家じゃない。どう良くてどう悪いか、なんて口に出来んよ……が、武器に関しちゃ専門家だ。いくつもの武器に接する。良い品も、悪い品もな。それをいくつも見てくれば、自然とこれはどう良い品でこれはどう悪い品か、と理解できる。何時かは、見ただけで良不良がわかるぐらいにな」
「そうか……やはり、色々と見ていくしかないのか」
「そういう事だ」
「そうか……が、今の一幕になにか意味があったか?」
今のかんざしの一幕の意味。それを瞬は苦笑気味に問いかける。が、これにカイトは笑って頷いた。
「勿論……武器ってのは無骨でも良いが、悪目立ちする武器ってのはどれだけ性能が良かろうと良いものじゃない。冒険者として見れば、貴族達からの受けは確実に悪くなるだろうな」
「む……」
言われてみれば確かに。瞬はカイトの指摘にわずかに目を見開く。彼も試しに今のかんざしと同じ色の槍を想像して見たが、思いっきり顔をしかめる事になった。
「……少なくとも、俺はあまりあの色の武器は持ちたくないな」
「だろう? 武器にとって見た目も一つの重要な要素だ。ほら、今の一幕に意味があっただろう?」
「そうか……」
見落としていた。目からうろこと言った具合の瞬は、カイトの言葉に再度の納得を示す。そうして、彼が口を開く。
「なるほど。それだと俺は今の一幕で少なくともこの色の武器はあまり良い品ではない、とわかったというわけか」
「そういう事だな……まぁ、ああいった色を使って尚、良品に仕立て上げる事が出来るならあっぱれだがな。あの青は中々に難しいだろう」
頭を掻きながら、カイトは瞬の言葉に首を振る。そうして納得を示した彼は再度陳列棚の確認に戻る。
「ユリィ。何か良い品はありそうか?」
「んー……今回はあんまり掘り出し物はなさそうかな。さっき買った物ぐらいになりそう」
「そうか……ま、あれだけで十分か」
首を振ったユリィに、カイトはこのぐらいで良いだろう、と納得する事にしたようだ。なお、先に店主に不良品を一つ出してくれ、と頼んだのはこの購買の際だ。この時密かに瞬の目利きの現状を確認するべく、不良品を敢えて棚にそっと出しておくように頼んだのである。
「うん。あの天川流の茶器。普段遣いなら良いと思うよ」
「か……良し。まぁ、こんなもんか。店主、世話になった」
「あいよ。相変わらず、金持ちなのにこんな所に来て買うかね」
「ある程度の品質の方が潰しが利くんでな」
店主の言葉にカイトは笑う。相変わらず世界でも有数の金持ちと言われているにも関わらず、庶民的な感覚が抜けていないのであった。というより、そうでもないとこんな掘り出し物を探せる穴場のような店を知っているわけもなかった。というわけで、購買部での買い物を済ませ、一同は外に出る。
「まぁ、今後先輩もフリンと共に動くなら、こういった良品は見ておいた方が良いだろう。ああ見えて、フリンの奴は存外目利きの腕は確かだ」
「それは知っている……が、まさか俺もそうならないといけないとは思っていなかった」
「ま、あいつの場合は女にウケるからってのがデカイがな」
「あははは」
だろうな。瞬は自身の師であるクー・フーリンの性質を知っていればこそ、彼の目利きの腕は女性にモテるからの一言に尽きると理解していた。それが結果として、武芸者としての役にも立つというだけであった。
「あはは……とはいえ、こういった美的センスが重要になる事もある」
「む?」
「魔術ってのはある種芸術的な才能を要求される。複雑奇怪極まりない魔術ってのはどこか美しいもんだ。ティナの魔術なんかがまさにそれだな。あれはある種の芸術にも等しい」
「そ、そうか」
魔術を見て美しいとのたまうカイトの感性に、思わず頬を引き攣らせる。が、これにカイトが一つのルーン文字を編み出した。
「呆れてどうする……これを見て、どう思う?」
「っ……すごいな。これもルーンなのか?」
「らしいな。たった一文字の癖に、とんでもない書き込み量だ。いくつの魔術式を編んでいるか、数えたくもないだろう? 姉貴いわく、フリンやフェルディアにも教えていない神代のルーンだそうだ」
あまりの繊細かつ高度な様相に思わず飲まれてしまった瞬の言葉にうなずくと、カイトは即座に神代のルーン文字を消失させる。あれは攻撃用の魔術で、発動させるつもりはなかったがあまり見られたくはない光景だった。
「今みたいに、ヤバい魔術ってのはどこか芸術品じみた危うい美しさも醸し出す事がある」
「今のはヤバいのか?」
「効果は言わんが、攻撃系のルーンに間違いない。オレは姉貴がこれを使ったら即逃げするね。寝込みに使われた時は思わず跳ね起きたな。姉貴は楽しげに笑ってたが」
なんとなくだが、わかる気がする。瞬は一瞬だけ垣間見えたルーン文字を思い出し、内心で納得する。そんな彼にカイトは続けた。
「ま、そんなわけでマジでヤバい領域の魔術ってのは、ある種美しくさえある……ま、こんなのを笑って使える奴は魔術師としては狂人の領域だ。出会ったら逃げろ。今の先輩じゃ話にならん」
「そうしよう」
あのルーンが何なのか、どれだけ構築に苦労するか、というのは瞬にはわからない。が、ひと目見てあのルーン文字はヤバいと理解出来た。故にカイトの助言に彼は納得しか出来なかった。それに、カイトも呆れ気味に頷いた。
「それが良い」
「……何かあったのか?」
「こいつをベッドの上で目覚まし代わりに使われたのを思い出したってだけだ」
「こ、これを……」
「やった当人は笑いながら良い目覚ましだろう? と言ったがね。なるかよ」
確かに先程の魔術なら目は覚めるだろうが、同時に肝も冷えそうだ。瞬はおそらくこれを使った人物が自分の師の師になるのだろうと思いながら、同時にカイトに僅かな同情を抱く。こんな目覚ましは少なくとも彼はごめんであったし、リィルはそんな冗談をしない類の人物で良かったと思うばかりであった。
「まー、こんな感じで魔術をきれいだ、とか圧倒されたら基本はヤバい魔術だと思え。実際、ヤバい魔術が基本だ」
「そうしよう」
カイトの助言を瞬は受け入れる。そうして、この後は睡蓮は移動の用意の為に部屋に戻り、瞬はカイトとユリィに行動を共にして、感性を養う事にするのだった。
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