第2209話 二つの槍 ――購買部――
黒羽丸として木蓮流の再興を目指すイズナと再会したカイト。そんな彼はイズナの妹を守護していた<<百合水仙>>の付喪神である水仙からイズナの現状を聞くと、その流れで睡蓮と僅かな会話を交わす。
そうして一通りの話し合いが終わった所で、瞬の本題となる槍の格納用の魔道具を見繕うべく、イズナが寄宿する屋敷に併設されていた販売所へとやって来ていた。
「はー……すごいな。野菜などの食べ物以外なら、なんでもあるんじゃないか?」
「実際、何でもあります。野菜も欲しければ食堂に行けば手に入ります。ただ、ここはこんな置き方ですから……どこに何があるかは、探さないと」
「ま、まぁ……それはそうだが……」
ここを運営している管理者はおそらく物を売るつもりが無いのだろう。瞬は所狭しと置かれているだけで見栄えなぞ一切考えられていない陳列を見ながらそう思う。
実際、その陳列にしたって適当に置かれているに等しく、例えば武器や防具、絵画などで一箇所に固められてさえいなかった。一応、固めていた形跡がある、という程度だった。とはいえ、一時行商人として活動していた睡蓮はさすがだった。
「えっと……槍の格納用の魔道具でしたよね?」
「ああ……だが、ここから探すのか……中々に手間になりそうだ」
「あ、いえ……大体で良ければどこらへんかわかります。こっちです」
「へ?」
この乱雑な陳列の中から、目的の物を見つけ出せるらしい。案内をしてくれるらしい睡蓮に、瞬は思わず目を丸くする。とはいえ、この何の目印もない状況だ。彼は素直に従う事にした。
「ここら辺……ですね。基本武器という一括で保存出来るので、槍専用という事は滅多にありません。専用は大半がワンオフです」
「へー……色々とあるな……」
本当に多種多様としか言いようのない格納用の魔道具の数々に、瞬は思わず感心さえ覚えてしまった。
「これは……ネックレス型か。こっちは……イヤリングに付ける物か。ソラがしていたものと同じ……か。ふむ……」
どれが自分にとって一番扱いやすいんだろうか。瞬は様々な形状、用途で作られている保管用の魔道具を見ながら、必死に頭を働かせる。これが今後の彼の武器の取り回しに関わってくるのだ。真剣だった。その一方のカイトはというと、持ち前の目利きの力を活かして色々な物を物色していた。
「ふむ……これは東の天川流の茶器か? なにかあったのか?」
「あー……天川流、確か二百年ぐらい前に当主が土取りに行って魔物に襲われて死んだんじゃなかったかな。で、折しも父一人子一人でここに……って、天川流?」
「ほら、この茶器……この拵え、天川流によくあるものだろ?」
「マジだ……良く残ってたね……んー……でもやっぱりまだ味わいが深くないね」
やはりこんな乱雑な置かれ方をしているのだ。本当に今の一線級で活躍している偉人達の掘り出し物や、もはや達人として歴史に名を残した偉人達の見習い時代の品が眠っていた。そんな二人を見ながら、瞬がふと呟いた。
「……俺も目利きの腕を鍛えた方が良いのだろうか」
「良い物をひたすら見続けて、その果てに本当に良い物がわかるんです。鍛えたいなら、ありとあらゆる分野の良い物を見続けるしかありません」
「そうか……美術はあまり得意じゃないんだがな」
「美術にも明るくなければ槍の真の良し悪しはわかりません」
「そ、そうなのか……」
睡蓮の言葉に、瞬はわずかに打ちのめされる。流石にこうも年下の女の子に物の見方を指摘されては、こうもなろうものであった。が、残念な事にカイトの様子を見ていればそれが事実だと察せられた。頑張るしかなかった。というわけで、彼は改めて気合を入れて格納用の魔道具一式を見る。
「ふむ……む」
「どうしました?」
「いや……良く思えば、これらはどうやって使うんだ?」
格納用の魔道具を使って持ち運ぶ。これについては瞬も理解するし、納得も出来る。が、これをどうやって扱えば良いかはわかっていなかった。
「あー……これら魔道具は対象を指定して、小型化して収納させるような形です。やり方は各種魔道具とさほど変わりません」
「そうか……ふむ……店主、か? 試用は出来るか?」
「……ん? ああ、なんだ。冷やかしじゃなかったのか。てっきり睡蓮ちゃんの連れだから、冷やかしかと思ったよ」
「え、えぇ……」
道理で入ってきた時にちらりと一瞥しただけで本を読むのに戻ったわけか。瞬は自分の声で自分達が客と理解したらしい店員に思わず頬を引き攣らせる。そんな彼に、店員だか店主だかが読んでいた雑誌を置いて深く腰掛けていた椅子から腰をわずかに上げて接客用の顔に戻る。
「っと……で、俺は店主兼店番兼管理人って所だ。この寮の奴からはこの購買部の主とか言われてるな」
「「管理……」」
「あー、睡蓮ちゃん、そんな顔すんなよ。これでも壊れたりしたりした物はきっちり回収してる。陳列してないってだけだ」
抑えて抑えて。わずかに眉を上げる睡蓮――瞬はかなり引いていた――に、店主はそんな様子で両手を上げ下げする。そうして改めて接客に戻ろうとした彼だが、それ故にカイトとユリィにも気が付いたようだ。
「お? ああ、兄さん方か。なんだ、あんたの連れか」
「よう……何か良いのあるか?」
「お知り合いなんですか?」
「ん? そういう睡蓮ちゃんこそ、知ってるのか?」
どうやらカイトと知り合い――兄さん方と言っている所を見るとユリィとも知り合いらしいが――だったらしい店主であるが、睡蓮がカイトを見知っていた所を見て首を傾げる。それに、カイトは相変わらずなにかを物色しながら答えた。
「今度ウチでその子引き取るんだよ。木蓮流への支援の一環だ。流石に子供の面倒見ながら鍛冶の勉強はキツイ。特に木蓮流だとな」
「ん? あ、いや……そうだな。すまん」
黒羽丸が居るじゃないか。そう言おうとした店主であったが、黒羽丸を兄と慕おうと兄ではないと思い出したらしい。少しだけバツの悪い顔で謝罪していた。そうして彼は少しだけ逃げるように、真面目な話をする事にした。
「で、兄さん好みの掘り出し物だと……ああ、そういえば包丁がどっかあったと思うぞ。どこだったかなー」
「包丁ねぇ……相変わらず片付けないから探す羽目になるんだろ」
「いーんだよ、俺はある場所わかってっから」
わかってるなら探さないと思うのだが。瞬はカイトとの会話を行いながら目的の包丁を探す店主に、内心でそう思う。と、そんな事を思っている彼に、店主が唐突に水を向けた。
「で、そっちの兄さん。試用なら好きにしろ。身に付けるもので身に付けてみないと感覚がわからないってのは正しい話だ」
「え、あ、すいません。ではお言葉に甘えさせて頂きます」
唐突に話を振られたからか、瞬は一瞬反応が遅れてしまったようだ。とはいえ、そんな彼もすぐに気を取り直すと、手にとったイヤリングに装着する類の魔道具をイヤリングに装着する。
「これで……」
瞬はイヤリングに取り付けられた格納用の魔道具に魔力を通しながら、自身が背負っていた槍に魔術的な照準を合わせる。すると、本当に格納用の魔道具に収納されてしまった。
「……意外と重くならないんだな」
「内部は小型の異空間化をしているそうです」
「そうか……」
とどのつまり、カイトが使っているという物を収納する異空間を限定的に魔道具内部に発生させているわけか。瞬は睡蓮の補足にそう判断する。と、そんな彼に店主がふと声を掛ける。
「兄さんなら、ネックレスの方が良いと思うぞ。睡蓮ちゃん、そこの棚の木箱の中、出してやってくれ」
「あ、あれですね」
「ああ。あれが一番合うだろう。あまり気取らず、かといってデザイン性が悪いわけでもない。胸元だから隠す事も容易だ」
カイト向けだという掘り出し物の包丁を探す店主であるが、驚くべき事に瞬の事をしっかりと見ていたし、更に言えば彼の言う通り場所までしっかり把握していた様子だった。
まぁ、にも関わらず包丁は見付かっていなかったが。それはさておいてもそんな店主の助言を受けて、睡蓮は机の上の一角からいくつかの木箱を確認し、その中の一つを瞬へと差し出した。
「これは?」
「ネックレス型の格納用魔道具です。イヤリング型と双璧を成す人気を持っている物、です」
「ふむ……」
確かに丁度次にネックレス型を試そうと思っていた所ではあったが。瞬は睡蓮から木箱を受け取って、中を開いてみる。するとそこにはルビーのように透明な魔石が取り付けられたネックレスが入っていた。
「これは……さっきのとは随分と違うな。少し洒落すぎじゃないか?」
「そういう品だ……兄さんには似合うと思うがね」
「はぁ……」
若干しかめっ面ではありながらも、せっかくの店主の言葉なので瞬はそれを受け入れて首に掛ける。そうして、先程と同じ様に槍を収納してみた。と、その様子を見て、カイトとユリィが僅かな感嘆の声を漏らした。
「ほぉ?」
「へー……中々凝ったデザインだね」
「ん? どういう……ん?」
先程までルビーのように透明な赤色だったのに、槍を格納した瞬間まるで猫目のようなデザインが現れた魔石に瞬はわずかに驚きを浮かべる。先程のルビーのようなネックレスも洒落てはいたが、こちらもまた洒落たデザインだった。
「猫目石を模した形か? 下手に赤色を使うと禍々しくも感じられてしまうものだが……」
「しかも下手なデザインをすると女性物っぽくなるけど……これは色合いを丁度良く調整していて、男性用としても悪くないね」
「ああ。なるほど。一見すると、格納用の魔道具には見えないな」
「だろ? 槍ならそいつが良いかと思ってな。丁度良い兄さんの槍を見たもんだから、おすすめさせてもらった。まぁ、本来は中に槍を入れて赤枝っぽく見せる技法だそうだが……幸か不幸か、兄さんの槍が丁度良い塩梅に同系色でラインになったみたいだな」
カイトとユリィの称賛に、店主は少しだけ嬉しそうに笑う。どうやらここまで見通した上で、瞬へと勧めたらしい。
「赤枝……」
「丁度良かったじゃないか。先輩に似合いの品だと思うぞ」
「……ああ。店主、申し訳ないが、これをこのまま頂きたい。いくらだ?」
「おう、ちょっと待ってな……っと、そうだ、この間こっち置いたんだよ。思い出した思い出した……こっち、兄さん用。見といてくれ」
瞬の言葉を受けた店主は、丁度見付かったらしい包丁の入った木箱をカイトへと手渡すと、そのまま瞬の会計に入る。
「えっと……あー、こいつだから……」
「この木箱の値札は違うんですか?」
「あ、そうそう。それそれ」
「えっと……」
瞬は木箱に張られていた値札を指し示すと、それを受けた店主が値段がそれである事を明言する。それを受けて、瞬は財布からピッタリの額を差し出した。
「はい、丁度ね。まいどあり……包装とかしとく?」
「あ、いえ。大丈夫です」
「そか……どした?」
「いえ……案外高くないんですね。カイト達が称賛するぐらいだから、もっと高くても良いと思ったんです」
「あー……ここらにあるのは全部見習い共が作った品だ。あいつらにもプロの矜持ってもんがあるし、そもそも税金で作らせてもらってるって立場だ。優れた良品でも、あんま高値は出せんのさ」
「へー……」
そういえば確かここは国が運営する施設なんだったか。瞬は店主の言葉に納得する。と、そんな二人に、包丁を見ていたカイトが告げた。
「まぁ、品質については基本は安心して良い。そんないい加減な性格の店主だが、目利きの腕はかなり良い。ここにあるのはある程度の品質が保証されているものだけだ」
「いい加減なのは認めるな」
「認めないでください……」
楽しげに笑う店主に、睡蓮が肩を落とす。が、同時に彼女もまた店主の目利きの腕は認めており、実際に先もここにある品々が良品である事を認めていた。
「あはは……ま、そのネックレス型も外なら倍以上の値は張る。十分、お買い得だ」
「そうなのか……」
やはりこういった方面はまだまだ不勉強か。瞬はカイトの言葉に改めて自身の相棒を入れておくネックレス型の魔道具を見る。小ぶりでおしゃれなものであるが、同時に邪魔にならないような大きさで冒険者としての取り回しも良さそうだった。そんな彼を横目に見ながら、カイトが告げる。
「んー……悪くはないが、良くもないな。相応だろう」
「やっぱ刃物にゃ一家言あるか」
「まぁな……他になにかあるか?」
「他にねぇ……さっきの天川流やらが兄さん好みではあるが……さて」
カイトの問いかけに、店主は少しだけ記憶を手繰り、カイト好みの出来栄えと品を思い出す。
「あー、いくつかありそうだが、ぴんっと来るかは微妙か。まぁ、見てくか?」
「ああ」
店主の提案に、カイトは一つ頷いた。どうやらぜひ欲しい、と言わしめるほどの品はなさそうという所だが、そこらはカイトが判断する事だ。というわけで、一同はそこからしばらくの間、屋敷に併設されていた購買部に留まる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




