第2208話 二つの槍 ――イズナと黒羽丸――
榊原・花梨の墓所地下に存在していた榊原・花梨と初代ユニオンマスターが拵えた迷宮の調査をカイト達が行っておよそ一日。彼らは改めて『暁』の地に降り立つと、まずは旅館に荷物を置いて木蓮流の当主として新たに襲名したイズナの所へと赴き話をしていた。
そうしてしばらく。カイトはとりあえずマクダウェル家の名代として――後ろ盾の一つである為――一応の彼の修行の進捗を確認すると、それもそこそこで『木蓮』の精製を行っている炉の確認に向かったイズナを見送り、再度試作されている『木蓮』の様子を見ていた。
「ふむ……良い出来だな」
「だろう?」
「水仙か」
イズナと入れ替わりに現れた水仙に、カイトは一つ笑う。が、この水仙がわかったのはカイトと睡蓮だけだ。故に、瞬が問いかける。
「誰だ?」
「水仙……あ、もしかして<<百合水仙>>?」
「ああ。その付喪神だ」
「付喪神……ウチのあいつらみたいな奴らか」
今更言うまでもないが、冒険部のギルドホームでは付喪神達が大量に生活している。なので付喪神は冒険部の面々にとって非常に馴染みの深いもので、こう言われれば瞬も即座に察したらしかった。
「そういう事……で、その水仙がどうした?」
「一応、私から話をしておく方が良いと思ってね」
「そういえば……もしかしてイズナには何も教えていなかったのか?」
「言わない方が良いだろう?」
カイトの問いかけに対して、水仙が笑う。勿論、言わない方が良いのは事実だ。が、本当に言っていないとは思っていなかったらしい。前に当主襲名の際はあくまでも名代として来ただけなので事情を知る者だけで話す機会には恵まれず、自身の正体を知っていたかは確認出来ていなかったのだ。
「ま、それはな」
「それに、あの子はあれでも意外と色々と悪く考えやすくてね。根は、真面目で良い子なんだが。あの子自身気付いてはいないんだろうが、道具の管理であれば歴代でも有数の腕を持っている。そこから発展してか、『木蓮』の精製も歴代でも有数の安定を見せているよ」
「なるほどね……やっぱり根は真面目だったか」
水仙から語られるイズナの人物像に、カイトはなるほどと納得を示した。とはいえ、これについては実はかなり昔から察していた。理由は、彼が保有していた<<黒牙>>だ。
あの手入れは相当に行き届いており、木蓮流を放逐されながらも一級品の切れ味を損なっていなかった。刀鍛冶から離れつつも、独学で鍛冶を学んでいた証だった。
「で、悪く考えやすいねぇ……存外、ソラと似た性質だったか」
「そうなのか?」
「ま、当人が居ない手前あまり語らんが……昔はあれでも天神市では名のしれた不良だったからな」
「そういえばなんか言っていたな……」
当人が恥ずかしがっているのであまり語られないが、ソラは数年前まで天神市では高校生さえ恐れる不良だった。エネフィアから帰還したカイトと共に、という前提はあるが、数十人の不良に囲まれボロボロになりながらも全滅させた事もある――無論半分以上はカイトが片付けたが――武闘派だった。とはいえ、これは今は関係のない話で、あくまでも身近に似た人物が居たのでふと口をついて出ただけだ。
「ま、それはどうでも良い……ま、それなら語らない方が良いだろう。下手に気負いになっても、あれだしな」
「そうだね……まぁ、その『木蓮』。良い出来だろう?」
「ああ……正直、オレが見た三百年前の『木蓮』より随分と質が良い」
「そうなんですか?」
どこか目を輝かせて、睡蓮がカイトへと問いかける。これに、カイトは一つ頷いた。
「ああ……当人には言ってやるなよ。これで満足するにはまだ早い。おそらく、あいつならもっと繊細な配合が出来るようになるはずだ。ここで良しと思わせるのは、あいつにとって不利益だ」
「はい」
「ああ……」
自身の言葉に兄の飛躍を信じ何も言わない事を決めた睡蓮にカイトは再度頷くと、再度イズナの拵えた『木蓮』を見て感心する。
「こうなると、しばらく鍛えるのは狐火にした方が良いだろうな。おそらく『木蓮』の配合はある程度の段階に来ている。後は自然、最適解が見付かっていくだろう。次に集中的に鍛えるべきは狐火……『木蓮』の練り合わせに使う狐火だろう」
「やはり、そう思うか」
カイトの提案に、水仙もまた同意を示した。どうやら彼もそろそろそちらにシフトした方が良いだろう、と思っていたらしい。これにカイトははっきりと頷きつつも、嘆息する。
「ああ……が、これが少し悩ましいな。黒羽丸は何族なんだ? イズナは木蓮流の頭目の一族なら狐族だったんだろうが……」
「一応、獣人族らしい。系統としては黒鴉族らしいが……イズナが言う所によると、かつて幼少期に髪が濡烏のように美しい黒だった事から、黒羽丸と言われるようになったそうだ」
「なるほど、確かに。あの黒髪は黒鴉の証か」
カイトは出会った当初。まだイズナが黒羽丸の表の顔を見せていた時を思い出す。今もそうではあるが、イズナは建前上黒羽丸であるので身だしなみには気を使っている。なのでその艷やかな黒髪は失われておらず、彼の美貌を引き立てていた。
「にしても……それなら尚更嘆かわしい。黒鴉と言えば修験者としても有名な者たちを排出するストイックな一族だ。黒鴉の鴉天狗と言えば、名のしれた修験者も何人も居るというのに」
「黒鴉?」
「ああ。鴉の獣人、とでも言えばわかりやすいか」
まぁ、知らないか。カイトは首を傾げる瞬に、一つ頷いた。が、そんな彼に瞬は尚更困惑を深める。
「鴉の獣人……何人か知っているが、そんな名は聞いた事ないぞ?」
「黒鴉は基本中津国に暮らしているから、外だとお目にかからん事が多い。が、世界中を巡る修行の旅している者も居る。総じて、武術にも魔術にも長けた奴が多いのが特徴だ」
「黒鴉の修験者の使う符は強力だから、気を付けた方が良いね。後は棒術、剣術、呪術……そこらに長けてるかな」
カイトの言葉を受けて、ユリィが更に補足を入れる。そこに、カイトが続けた。
「ま、さっきも言った通り、黒鴉族の修験者の一部は世界中を旅しているが……母数が母数。そこから世界中を旅している者だから、更に少ない。知らない方が普通だ。エネフィアに住んでいても知らない、という方が多いだろう」
「というより知ってたら驚きぐらいの一族だからねー」
「そうなのか」
ユリィの補足に、瞬はどこか安心した様子を見せる。やはり物を知らないというわけではない、とわかって安心したようだ。そんな彼に、カイトは少しだけ考える。
「だが……黒鴉なら逆に良いのかもしれん。黒鴉も火は得意だったはずだ」
「ふむ?」
「黒鴉の<<黒炎>>だ。あれには確か若干だが退魔の力があったはずだ。あれで練られた『木蓮』は良い力を持つかもしれん……やってみない事には、だがな」
「なるほど……確かに、それは良いアイデアかもしれない……イズナは、良い顔をしないだろうけどね」
カイトの提起に水仙はそれは考えた事が無かった、と思ったようだ。実際、今までは木蓮流である以上は狐火を使う、と考えており、魂はイズナなので狐火を使っていたわけだが、肉体側が保有する<<黒炎>>も使えた。そちらを試してみるとどうなるか、はやってみないとわからなかった。
「良し。それを試すように説得してみよう。時間は掛かるだろうけれど」
「それなら、どうせプライドを捨ててるなら下手なこだわりを見せるな、とでも言ってやれ。木蓮流の再興を周囲に認めさせたいなら、ただ再興させるだけでなく自分なりの色も必要だしな」
「なるほど。そこらはさすがは公爵という所か」
やはり政治的や外聞などに関しては、カイトの方が一歩も二歩も先を行くようだ。水仙はカイトの助言に思わず納得する。そうして一通りの助言を受けた水仙は、早速と立ち上がった。
「良し。じゃあ、その線で説得しよう……ありがとう」
「いや、良いさ。イズナにも語ったが、良い刀鍛冶が一人でも増えればその分、冒険者にとっては命脈が繋がる事になる。こちらの利益になってくれる」
「そうか……なら、恩には着ない事にしよう」
カイトの返答に水仙は一つ笑うと、刀の姿へと変貌して消える。契約を利用してイズナの所へと向かったのだ。
「ふむ……十年……いや、十五年かな」
「何の話だ?」
「木蓮流の再興だ……ここから刀鍛冶として独り立ちするのに数年。そこから更に周囲に腕を認めさせるのに十年……全部ひっくるめて、木蓮流の再興を周囲に認めさせるには十五年は掛かるだろう」
「そんなに……」
気の遠くなるような話だ。瞬はほぼほぼ自分が生きてきたと同じ年数が掛かると言われ、思わず愕然となる。とはいえ、これに睡蓮は告げた。
「クロ兄様も、同じ事を言われていました。クロ兄様は二十年は掛かるだろうな、でしたが」
「そりゃ、あいつ自身がまだ自分の才覚をしっかり理解していないからだろう。あいつの『木蓮』の腕はなかなかのものだ。あれを考えれば十五年で木蓮流の再興と言って良いだけの刀は出来る。あくまで、再興だけだがな」
「なにか違うんですか?」
どこか含みのある言い方をするカイトに、睡蓮が問いかける。これに、カイトは頷いた。
「ああ……再興はあくまでも再興。再び興る、というだけだ。そこから刀鍛冶として認められたいなら、あいつの一生を掛ける覚悟が要るだろう」
「……兄様なら、出来ます」
「ああ……やってみせるだろう」
真摯に兄を信じる睡蓮に、カイトもまた同意する。自身の家族を殺した男の姿と立場、そして本当の自分への汚名やらを受け入れて、一族の誇りを潰えさせないと決めたのだ。イズナなら、見事成し遂げてみせるだろう、とカイトも思っていた。そうして、彼が睡蓮へと告げる。
「……睡蓮。君の兄は君より先に逝くだろう。彼はイズナであって、イズナではないからな。そして彼がイズナである事を知るのは、オレ達だけだ。だから、君だけは木蓮流を再興した男がイズナ……木蓮流の一族の、君の兄だったと覚えておいてやれ。それが、君が唯一彼にしてやれる孝行だろう」
「……はい」
何十年も先。イズナが木蓮流が再興を遂げたとて、その名誉は全て黒羽丸の物となる。そしてイズナはそれを覚悟の上で、再興させる事にしたのだ。それを睡蓮も理解し、カイトの言葉に神妙な顔で頷いた。
「良し……じゃあ、明日からは新しい生活の場に居を移す事になる。しっかり今日は休んで、明日に備えておけ」
「はい!」
カイトの言葉に、睡蓮は力強く頷いた。覚悟を決めた兄の邪魔になるわけにはいかない。なら、彼女は自らの意思でこの場から去るだけであった。と、そんな二人に瞬が問いかける。
「あー……一つ良いか?」
「ああ」
「はい」
「ここに槍の格納用の魔道具がある、と聞いたんだが……取り扱っていないのか?」
「槍の格納用……ああ、それだったら販売所に行けば良いと思います。多分、普通に買うより安く、しかも良い品が手に入ると思います」
瞬の問いかけに、睡蓮が一つ立ち上がる。カイトもすっかり忘れていたが、そもそも瞬がこちらに同行した理由は槍の格納用の魔道具を探す為だ。この質問は当然だっただろう。が、そんな彼も普通より安いのに良い品が手に入る、と言われて困惑するしかなかった。
「普通より安いのに、良い品なのか?」
「ここの事をお聞きになられていますか?」
「ああ……何かの事情があって正常に後継出来なかった者たちがここで修行している、と聞いている」
自身の問いかけに逆に問いかけた睡蓮に、瞬は自分が聞いている限りを答える。これに睡蓮は頷いた。
「はい……その成果の一部を、ここで販売しているんです。まだクロ兄様の物は並んでいませんが……いつかは、並ぶ事になると思います。そんな感じで、色々な物が売られているんです。勿論、誰も彼もが名門の出です。確かにまだその一族の品には及ばないかもしれませんが、並の品よりは良い品だと言い切れます」
「なるほど……所謂訳アリ品、という所か……」
睡蓮の言葉に、瞬は自分なりに噛み砕いて理解する。というわけで、別にそこらで一流の品を求めているわけでもない――金銭的にも厳しい事もある――為、瞬はそれで決める事にした。
「すまないが、案内してくれ。見繕いたい」
「わかりました……カイ兄様達はどうしますか?」
「ついでだから見ていくよ。存外、ここの販売所は面白いしな」
「私もー。色々と意外な掘り出し物とかあるからねー」
カイトの言葉にユリィもまた続いて、彼の肩に腰掛ける。こうして、一同は屋敷に併設されている販売所へと向かう事にするのだった。
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