第2205話 二つの槍 ――持ち運び――
榊原家からの依頼により榊原・花梨の墓所地下に設置されていた迷宮の調査に赴いていたカイト達。そんな彼らは調査を終えると、榊原家当主の剛拳へと報告を行う。
そうして報告も一通り終わった所で榊原・花梨の姪である大婆様からの呼び出しを受けたわけであるが、そんな彼女から出されたのは『裏八花』の活性化とその原因となる呪いの抑制を行う為の魔道具を探して欲しいという要請だった。というわけで一通りの打ち合わせが終わった後。榊原家邸宅を一同は後にして旅館に戻っていたわけであるが、その道中でクー・フーリンが瞬へと問いかける。
「瞬。良かったのか? <<陸号>>なかなかの業物だろう?」
「ああ、あれですか……」
クー・フーリンの問いかけに、瞬は少しだけ困ったように、しかし恥ずかしげに頭を掻く。今回の依頼において瞬へと大婆様から出された報酬は、榊原家が保有している『表八花』の一つ<<陸号>>の貸与――カイトほどの武名が無い為、武器を失った彼に武器が出来るまでの代替品として貸してあげる、という形――だ。が、これに対して瞬は敢えて首を振っていた。
「多分、俺もその<<陸号>>とやらが優れた槍だというのはわかります。カイトが管理を任されているぐらいですからね」
「だろうな。俺も実物は見てないが、多分なかなかの領域に到達している槍なんだろう」
瞬の返答に、クー・フーリンも一つ頷いた。<<陸号>>が一体どんな武器なのかは二人にはわからなかったが、少なくとも優れた武器だというのはわかっている。それを授けよう、というのが大婆様からの申し出だった。
「はい……だから、お断りさせて頂きました。今の俺はこいつ一つで手一杯……それに槍ならもう一つ、手に入れました」
ぼぅっ。瞬は今回の旅路で手に入れたルーン文字を手のひらに刻み、発火させる。
「ルーンとこの槍。この二つの槍で、今の俺には十分過ぎます。これ以上は、多分手に負えない」
「そうか。あまり手を出しすぎても確かにダメか」
「はい……もっと俺自身が強く、そして槍をもっと上手く使いこなせるようにならないと、手にしても一緒だと思うんです」
「だな……ま、でももしもの時に手を取る事を忘れんな。強い武器ってのはそれだけでアドバンテージだ。戦士であれば、くだらん誇りは捨てろ。真に大切な誇りだけを胸に秘めておけ」
「はい」
クー・フーリンの助言に、瞬ははっきりと頷いた。そうして一通りの話を終えた所で、カイトへとクー・フーリンが問いかける。
「おい、カイト。師匠、なんだって?」
「……」
「……そか」
無言でただただ盛大に呆れた顔を浮かべるカイトに、クー・フーリンは大凡を察したらしい。カイトはそろそろ良いか、とマクスウェルのティナに連絡を取って、スカサハにご機嫌伺いを行っていたのである。が、結果はお察しという所で『なぜ聞くのだ』と言われたそうであった。というわけで、カイトがため息を吐いて肩を落とす。
「はぁ……かといってあの時点で帰ってたら二人揃ってボコボコにされてるもんなぁ……」
「そ、そんなに強いのか?」
「強いよ……少なくとも戦うのはやめておけ、と言えるぐらいにな。オレが一度惨敗させられてるし」
「そ、そうか……」
そんな人物が師匠の師匠なのか。瞬は若干慄いた。そうして、一同は『榊原』を後にする事になるのだった。
さて、『榊原』でのあれやこれやを終えて師のスカサハからの帰還許可が降りた事もあり、改めてマクスウェルへと帰還する事になったカイト達。そんな彼らであったが、マクスウェルへ帰還する前に再度『暁』へと降り立っていた。というわけで降り立った『暁』にて、クー・フーリンが口を開く。
「なんだ。直接戻らねぇのか」
「ちょっと鍛冶師の知り合いの所に寄らねぇとなんなくてな……一泊付き合わせる詫びはしっかり用意してるから、そこは許せや」
「お、さっすが。良い領主様ってのはそこらがわかってるから有り難いねぇ」
カイトの返答に、クー・フーリンは上機嫌に笑う。とどのつまりキャバクラに近い店を用意しているので、今日の夜はそっちで楽しんでおいてくれ、というわけであった。
「で、俺はどうすりゃ良い?」
「何も。適当に時間潰しておいてくれ。こっちは領主やらなんやらのやり取りをやらないと、ってわけだからな」
「お前、そういう所はマジでしっかりしてるよなぁ。俺無理だわ」
やれやれ、と肩を竦めるカイトに対して、クー・フーリンは僅かな尊敬を露わにする。実際、彼はかつて王侯貴族達のやり取りを見てきており、親友でもあったフェルグス・マック・ロイをその軋轢で失っている。この面倒さと厄介さは身に沁みて理解しており、政治とはやりたくない事の上位に位置するほどであった。
「オレだってやりたかない……が、やらんわけにもいかんならやるしかない」
「素直に、お前のそういう所尊敬してるぜ。俺も女の為なら大抵の苦労はやれるが、そこまでは無理だわ」
「うるせぇ」
カイトへの掛け値なしの称賛を述べたクー・フーリンであるが、彼がそもそも『影の国』へ向かったのは惚れた女を娶る為だったりしている。
なので彼も大抵の苦労ならしてやれる、と断言するわけであるが、その彼でさえカイトと自分、どちらが苦労しているかと言われるとカイトと言うらしかった。というわけで、そんな彼にカイトは心底嫌そうな顔でそっぽを向くわけであるが、いつまでも照れてはいられない。
「とりあえず、旅館行くぞ」
「おーう。良いねぇ、異国情緒溢れた女が沢山……この新しい街で女見てる時が一番旅の醍醐味って感じがするんだよな」
「お前、もうちょっと他の所に目線向けようとは思わんかね」
「あっははは。ケルトの英雄達なんてこんなもんだぞ」
「ノイシュ達も一緒にしてやんなよ」
やはりこの二人は同じ師を持つ兄弟弟子だからだろう。馬鹿な男友達同士の会話を繰り広げながら、歩いていく。と、その一方で珍しい事に瞬とユリィが話をしていた。といっても、聞いていたのは町中で武器を持つ場合の注意点だった。
「槍のカバー?」
「うん。異空間に仕舞っておくにしても、一応穂先を守るカバーは持っておいた方が良いよ」
「そういえばみんな持っているな……これにも一応、かぶせてはいるが……」
「かぶせてる、というより巻いてるかな」
瞬と同じく<<赤影の槍>>を見る。と言っても今は<<赤影の槍>>は『幻燈の里』でもらったボロ布で厳重に巻かれており、町中では使いませんよ、という意思表示を行っていた。更には布には札で封もしており、持ち歩いていても誰も気にしてはいなかった。
「そういえば、異空間に武器を仕舞うには専用の魔術が必要なのか?」
「うん。カバーをしておくのは勿論だけど、それ以外だと専用の魔術や専用の魔道具を持っておくのが一般的だね……これをどちらにするかは、その人次第という所かな」
「なにか判断基準はあるのか?」
「持ってる武器の数、という所かな。カイトとかほら、本当に軍の武器庫以上に武器持ってるから、流石にそうなると魔道具じゃ保管しきれないからね。でもソラは、ね」
「なるほど……」
確かに言われてみれば、ソラは異空間に保管する為の魔道具ではなくイヤリングに専用の保管用の魔道具を装着して持ち運んでいる。これはあくまでも武器が片手剣一つだから、という理由があるのであった。
「なにかメリット・デメリットがあるのか?」
「勿論。異空間は当然、接続出来なくされると使えなくなる。けど持ち運ぶ数に制限はない。逆に魔道具に格納すると持ち運べる数は限られるけど、環境に制限されない。勿論、奪取される危険性もある。どっちも良い所悪い所があるね」
「ふむ……まぁ、俺の場合はそこらを考える必要はなさそうか」
瞬は魔道具での格納にしておくか、と考える事にしたようだ。彼の場合、メインは<<赤影の槍>>に補佐に自らの魔力で編んだ槍が使える。なので万が一の場合でも対応出来ると判断したようだし、これについてはそれで正しかった。
「そだね。まぁ、武器の保管用の魔道具はどこでも買えるから、ここで買っておけば良いんじゃない? それにカイトが行くのも工房だから、絶対置いてるし。カバーと一緒に見繕うのも良いかもね」
「ふーむ……どういう物が良いのだろうか」
「それは瞬が自分で見繕うべきだね。こればっかりは、私らが言ってなんとかなる問題でもないし」
「ふーむ……」
おそらくそうなのだろう。瞬は直感的にそう理解したようだ。実際、これは彼が使うものだ。なので彼の手に馴染む物でなければ意味がない、という事は真理であった。
というわけで、彼は自分にどういう物が良いだろうか、と考えながらカイト達の後ろを歩いていく。が、それもそこそこで自分ではやはりわかりかねた為、助言を求める事にした。
「コーチ。少し良いですか?」
「おう、なんだ」
「持ち運ぶ為の魔道具を考えているのですが、どういう物が槍使いなら良いでしょうか」
「あー……持ち運びね。確かに、それは考えなきゃなんない所か」
瞬の問いかけを受けて、クー・フーリンもまたそこを忘れていたと思い出す。彼はそもそも地球で生活しているのだ。そして当然、<<束ね棘の槍>>は喩え何を質に入れても手放さない彼の半身とも言える存在だ。町中でも密かに持っている。勿論、瞬のコーチングをしていた時も常に持っていた。
「まぁ、これはあくまでも俺の意見って所で話半分に聞いておけ。俺の場合は併用してる」
「併用ですか?」
「ああ。例えば魔物が主敵だって場合には魔道具に入れて保管してるし、主敵が人だって場合には異空間に入れて保管してる。前者は戦闘重視。後者は小賢しい奴らに奪われない為に、だな」
「あ、あー……」
クー・フーリンが敗北する事になった原因。それは神話によれば<<束ね棘の槍>>が敵の策略によって失われ、そして最終的には<<束ね棘の槍>>で刺殺されたと言われている。
故に彼が何より恐れているのは、<<束ね棘の槍>>が奪われる事であった。そして瞬もそれを知ればこそ、なんとも言い難い顔だった。そして勿論、クー・フーリンも半ば呆れ気味だった。
「あっははは。みみっちい話だとは俺も思うがな。同じ轍は踏まねぇさ」
「い、いえ……普通の事だと」
「あはは……ま、そこらを踏まえて考えておけ。俺の場合、あくまでそうだって話だしな。それに、俺の場合は契約をしててもしょうがない所もあった」
「契約?」
唐突に出て来た単語に、瞬は困惑気味に首を傾げる。これにクー・フーリンは語っていなかった、と思い出した。
「ああ、そういやすっかり契約の話してなかったな。契約ってのは武器との契約だ。ある程度強い武器ってのは内在的に意思を有している、ってのは聞いた事あるか?」
「武器技の事ですね」
「ああ、それだ。それを使えるようになった武器ってのは持ち主と契約を交わす事が出来る。まぁ、契約つってもそんなかたっ苦しいものでもなく、単なる専属契約みたいなもんだ。俺がお前の主人だ、と認めさせる事で契約を交わすわけだ」
「<<赤影の槍>>も、出来るでしょうか」
「出来るぞ、そいつほどならな」
瞬の問いかけに、クー・フーリンははっきり頷く。そもそも<<赤影の槍>>は<<束ね棘の槍>>と同じ素材で作られていて、単に作り手がクー・フーリンかスカサハかという違いだけだ。
作り手の腕としてはスカサハが上なのでこの槍の性能は<<束ね棘の槍>>に比べ若干落ちるが、それでも<<束ね棘の槍>>と比肩し得る武器だ。今はまだ発露出来ていないが、ゆくは武器技も発露するだろう、と誰もが思っていた。
「契約しておくと、奪われても即座に自分の所に呼び寄せる事が出来るようになる。他にも武器技を使うにも有利に働く」
「デメリットとかは無いんですか?」
「特別なデメリットはないな。あくまでも自分のものだ、と明記するみたいなもんだ。人によっちゃ、契約じゃなくて魔術で縛ったりしてるが……俺ら戦士からすりゃこっちの方が楽で良い。やり方は後で教えるが、詳しい指南はカイトにでもしてもらってくれ。初めてだと時間掛かるしな。二日三日じゃ終わらん」
「またオレに丸投げかよ……」
「いーだろ、弟弟子なんだから。フェルディアとかにもそう言ってるじゃねぇか」
呆れるようなカイトの言葉に、クー・フーリンは笑う。まぁ、実際滞在時間が限られる彼だ。仕方がない所はあった。そうして、そこからはしばらく武器の取り扱いについてを学びながら旅館へと向かう事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




