第2204話 二つの槍 ――今後――
榊原家からの依頼により榊原・花梨の墓所地下にあった迷宮の調査を行う事になったカイト達。そんな彼らはカイト・ユリィの二人と瞬・クー・フーリンのペアに別れ、二つの難易度の調査を行っていた。
とはいえ、それも大凡二時間ほどで一通りの調査を終えて迷宮の外へと出てくると、空拳への報告と共にクー・フーリンよりカイトへとルーンの習得を行わせる依頼が行われていた。そうして、そこから少し。迷宮に挑んだ四人に加えて空拳は『榊原』へと帰還し、榊原家当主の剛拳へと報告を行っていた。
「と、いう感じでしょうか」
「なるほど……最高難易度であればお二人でさえ見た事のない仕掛けが多数と」
「ええ。一応、これでも最高難易度と呼ばれる迷宮には何度か足を運んでいます。その我々が見た事がない、という点。そして魔物のランクや今後想定される上昇率を総合的に加味すれば、総合的には最高難易度の一角と言っても過言ではないでしょう」
剛拳の確認に対して、カイトははっきりと榊原・花梨の墓所地下の迷宮が最高難易度である可能性が高い旨を報告する。勿論、これはあくまでも現状で推測される難易度の話だ。本格的な調査はこれから、となるのであった。とはいえ、そうなるとそうなるで頭の痛い話もあった。
「となると、面倒ですな。如何せん実入りが少ないというのがなんとも」
「そこは、まぁ……修行用と銘打てば、乗ってくる冒険者や武芸者は少なくないでしょう。少なくとも、並の迷宮なんぞ目がないぐらい、修行の効率は良さそうでした」
「なるほど……確かにその一点に目を向ければ、希望者は現れそうですな。何分『夢幻洞』は実入りもあるが、長い」
「あはははは」
『夢幻洞』最大にして何よりもの難点に言及した剛拳に、カイトも少しだけ困ったように笑う。カイトが百階層まで到達し、なお終わりが見えていないというように、これについては『夢幻洞』にて修練を積む全ての武芸者が問題としており、かといって段階的に難易度が上昇するという性質上仕方がないと言われれば誰も何も言えない。
しかも金銭もある程度の実入りを求めるのであれば、それ相応に階層を上げねばどうにもならない。勿論、高位の武芸者や冒険者であれば十分な修練となるのは後半だ。必然として、腕利きほど挑戦は長時間に及んでしまうのであった。というわけで笑ったカイトは気を取り直して、改めて言及する。
「まぁ、そこは短期間でのレベルアップと金銭的効率などを考えた総合的な効率を求めるのか、という所で諦めてもらうしかないでしょう」
「ですか……そうだ。カイト殿」
「なんです?」
「かくいう貴方は、なにか実入りがありましたか?」
武芸者という意味でなら実入りはあるだろう。榊原・花梨の墓所地下にある迷宮についてそう言及したのだ。であれば、カイトになにか実入りがあったのか、と気になったのは無理のない話だろう。
「さて……私としても未知の仕掛けを経験出来たのは良かったでしょう。そういう罠もあるのか、というのは経験してみなければわからない事だ。情報は無形の財産です」
「なるほど。確かに、貴殿ほどの武芸者であれば今更力としての経験は意味がない。それより、実戦としての経験値の方が重要ですな」
「あははは。まさか。力としてのレベルアップもまだまだしたいですよ」
「あっはははは。空恐ろしい方だ……それで、お二人はどうでしたかな?」
カイトの返答に笑った剛拳は、ついで瞬とクー・フーリンに視線を向ける。ここらは彼の癖というか、『榊原』を取り仕切る榊原家の当主の性のような所があったらしい。
武芸者を広く招き修練を見ているからこそ、なにかに挑んだ者が何を得たのか、と聞きたくなる事があるそうだ。そんな彼に、クー・フーリンは笑う。
「俺は特段は得られていませんよ……が、そういうものでしょう? 弟子と共に挑むというのは」
「あっはははは。なるほど。確かに、そういうものだ」
弟子の修練の為に挑んだ以上、師匠が多大な収穫を得るのは些かおかしいだろう。そんな事を言外に指摘したクー・フーリンに、剛拳もまた笑って同意する。が、クー・フーリンからしてみれば、この指南の一時こそが得難い収穫だった。とまぁ、それはさておき。そんな事を語ったクー・フーリンに次いで、剛拳は瞬を見る。
「君は、どうだったかな?」
「自分は……非常に得難い経験が出来たかと」
ぐっと拳を見ながら握りしめ、瞬は剛拳の問いかけに対してはっきりと明言する。そうして彼は新たに自らの相棒となった槍を見る。
「初めて本格的な槍を持って戦ってみて、今まで自分が持っていた槍の拙さや今までの自分の戦い方の不出来さが浮き彫りになりました。次に挑む時は、より効率的に戦えるようになって挑みたいものです」
「そうか……それは良い事だ。悪い点が見えれば、そこを修正すればより高く飛翔出来る。そうなってくれる事を、楽しみにしよう」
「ありがとうございます」
次の挑戦への決意を語った自身を認めた剛拳に、瞬は深く頭を下げる。そうして一通りの話を交わした所で、ふと榊原家の家人が剛拳へと耳打ちする。
「む? そうか。まぁ、すでに聞きたい事は聞いているし、話したい事も話している。私としては問題はない……空拳。何か聞いておきたい事や話しておきたいなどはあるか?」
「いえ……私の方は戻りの道中でお話をさせて頂いております」
なにかがあったらしい剛拳の問いかけに対して、空拳は一つ首を振った。というわけでそんな彼の返答に、剛拳は改めてカイトを見る。
「カイト殿。申し訳ないのだが、大婆様がお会いになられたい、との事だ」
「大目付が?」
「ええ……申し訳ないが、お三方もご一緒にご足労願えますかな?」
カイトの確認に頷いた剛拳が、更にユリィ達へと問いかける。まぁ、この場の全員が物の道理は心得ている面々だ。なので誰も拒む事なく、一同は再度家人に案内されて大婆様の所へと向かう事となった。というわけで、案内されて到着した所では以前と変わらぬ様子の大婆様が待っていた。
「カイト殿。それにお客人の皆様。ご足労頂きありがとうございます」
「いえ……それで、大目付。どうされました?」
「いえ……一つ依頼がありまして、お呼び致しました。と言っても、そちらの方には意味のないお話にはなるやもしれませんが」
大婆様はクー・フーリンを見ながら、一つ言外に承諾を確認する。それにクー・フーリンは肩を竦め、どうぞ、と促した。
「ありがとうございます……それで依頼なのですが、とある品を手に入れては頂けないでしょうか」
「とある品? 『八花』……では無いですよね?」
「無論です。それについては当家が探し出すべきもの。情報収集をして頂けているだけで十分です」
カイトの確認に対して、大婆様ははっきりと頷いた。が、彼女は一つため息を吐く。
「とはいえ……『八花』関連ではあります」
「ということは……裏の『八花』と」
「はい……かつて貴殿の同郷の方々が起こした事件。覚えておいでですか?」
「忘れようもありません」
なにせあの久秀達が蘇ったのだ。忘れようにも忘れられるわけがなかった。勿論、瞬にしても自身の過去世となる酒呑童子の関係から、忘れられるわけがなかった。そんな彼らに、大婆様が告げた。
「実は先の一件以降、『裏八花』の呪いがどういうわけか活性化してしまっているのです。伯母上の墓所の調査と修繕を行っているのも、それ故という所もあります」
「呪いが?」
「はい……おそらく、先の一件にて『裏八花』が死人に使われてしまったからでしょう。基本的に呪いとは陰陽の陰の性質を持つ。死人も無論、陰の性質が強い。故に、死人であれば使えるわけですが……」
「それ故に、共鳴のような現象が起きてしまい、活性化してしまったと」
「なのでしょう。招いた学者様もそう仰られておいででした」
カイトの推測に対して、大婆様は嘆かわしげにため息を吐いた。そうして彼女は依頼の内容を改めて語った。
「それで、今回の依頼はその呪いを不活性化させるなにかを手に入れて頂きたいのです」
「……やらせて頂きます」
「……あ、ありがとうございます」
なぜいきなりこんな仰々しく頭を下げたんだろうか。大婆様はカイトの反応に困惑し、一瞬反応が遅れてしまったらしい。彼女にとって非常に珍しい反応だった。
「……えっと、どうされました?」
「いえ……同郷の者がご迷惑を……」
しかもその半分がよりにもよって元部下に兄弟子である。しかも残りの四人の内一人は源次綱となっており、こちらはこちらで瞬の関係者だ。故にカイトとしてはただただ頭を下げるしかなかった。そして勿論、瞬もまた即座に申し出る。
「じ、自分も協力させて頂ければ」
「良いのですか? いえ、確かに頼んだのはこちらではありますが……」
「……その、そのうち一人は源次綱というその……私のかつての知り合いらしくて。どうやら奴らに与する事になったのは私が原因の様で……その、責任を負うつもりはないですが、奴の仕出かした事ぐらいは尻拭いはしてやるか、と」
あー、これは酒呑童子か。カイトはどこか変な様子の瞬から、実際には酒呑童子が発している言葉なのだと理解する。とはいえ、その彼の言葉には瞬も同意しているだろう事は察せられており、なにか言うつもりはなかった。
なお、気付いたのは奴、という瞬であればしない発言からだ。酒呑童子もまた自分の不出来さが原因である、としてこれぐらいはしてやるか、と思った様子だった。存外、彼は面倒見が良いのである。
「そうですか……いえ、責任感が強い、というわけなのでしょう。そうだ。それでしたら、カイト殿」
「なんでしょう」
「<<陸号>>はまだお持ちですか?」
<<陸号>>。それは『表八花』の一つ。六番目の槍の事だ。かつて『榊原』に来て大婆様と謁見した際、万が一に備えて彼女から管理を任されたものであった。その際に使い方についてはカイトに一任する、と言われているのであるが、結局何も使う事はなかった。
「ええ。勿論ですが……まぁ、使いませんでしたが」
「貴方ほどでしたら、そうでしょう……であれば、瞬さん。そちらを、貴方に預けましょう」
「はぁ……」
そもそも『八花』の話はソラと行われていたものであり、瞬は詳しくは知らないものだ。なので大婆様の言葉に彼は困惑気味に首を傾げるだけであった。そんな彼の様子に、大婆様が問いかける。
「何も語っていないのですか?」
「ええ……ここらはソラと話していた事ですので」
「ああ、彼と」
なるほど。カイトの返答に大婆様は得心が行った様子で頷いた。そんな彼女に、瞬が問いかける。
「俺達の事をご存知なんですか?」
「ああ、いえ……あなた方でお会いしたのは、カイト殿の義理の姉という灯里さんだけです」
これは多分何も知らないな。そういう様子で大婆様が苦笑する。カイトもカリンも何も語っていない事が察せられたのだ。そうして彼女が一瞬だけ目を閉じて、再度まぶたを開く。そうして開かれた瞳に、瞬が目を見開いてクー・フーリンが感心する。
「へぇ……」
「それは……」
「魔眼だな。先天的……それも相当な領域の魔眼だ」
困惑気味な瞬に対して、さすがのクー・フーリンが見たままを語る。とはいえ、流石に彼もどんな魔眼かまではわかりかねたようだ。が、大婆様も隠しているわけではないので、普通に頷いた。
「ええ。<<千里眼>>系の魔眼です。正式名称は長ったらしいので必要無いでしょう」
「別に興味ありませんよ。異世界まで通用するわけではないでしょうし」
「ふふ。素直ですね……ええ。通用しません。が、この『榊原』の中ぐらいなら、何があろうと見過ごしません。それが喩え魔術で隠そうとも、です」
クー・フーリンの返答に笑いながら、大婆様は再度目を閉じて魔眼を封印する。とまぁ、そういうわけでソラや瞬達の事は知っていたらしい。それはさておき、カイトと瞬は大婆様からの依頼を受諾する事になるのだった。
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