第2203話 二つの槍 ――調査報告――
榊原家からの依頼を受けて榊原・花梨の墓所地下に設けられていた迷宮への調査を請け負っていたカイト達。そんな彼らはカイト・ユリィの伝説の勇者とその相棒ペアと、瞬とクー・フーリンという師弟ペアに別れて調査に臨んでいた。
その片方であるカイト達であるが、彼らは最高難易度に設定された迷宮を第十階層まで到達。セーフゾーンの存在を確認すると、それを以って攻略を終えていた。そんな二人を出迎えたのは、剛拳の息子でありカリンの弟である空拳だった。
「っと……ふぅ」
「戻られましたか。どうでしたか?」
「とりあえず、最高難易度で第十階層まで攻略してきた。時間としてはどれぐらい掛かっていた?」
「……およそ二時間ほど、でしょうか」
カイトの問いかけに、空拳は時計を見て大凡の時間を告げる。これにカイトはやっぱりか、と口にした。
「あー……やっぱそうか。若干時間狂ってるなー、とは思ってたんだよ」
「では、やはり?」
「ああ。オレ達の体感としては大体三時間ほど、という所だった。まぁ、遅延率は『夢幻洞』と同程度と考えて良いだろう」
今回、あくまでも調査としてカイトもユリィも完全に本気では戦っていなかったし、第一階層にてかなり危険度の高い仕掛けが施されていた時点で調査に時間を掛けるつもりで動いていた。
そしてそれ故、中で時計を確認した時点で『夢幻洞』と同じく時計がゆっくり動いていた事に気付いており、外と内側で経過時間が異なっている可能性に気付いたのである。
「で、体感として難易度はどうでした?」
「んー……オレ達の所感としては最高難易度……の一端には名を連ねて良い領域ではある。おそらく更に奥になると、最高難易度にふさわしい領域まで難易度が上がってくる可能性はなくはないだろうな」
セーフゾーンがあるという事は、そこから先が更に難易度が上がる可能性は高いとカイトは考えていたようだ。というわけで、そんな彼の言葉に空拳は一つ頷いた。
「なるほど……わかりました。一応、死んでも死なない系統の迷宮ではありそうですので、後は追々こちらで調査を行っておきます」
「それが良いだろう……そういえば誰かやられたのか?」
「初手で侮って、全員で最高難易度に挑んで私以外全員第一階層で壊滅です。私もこれはまずい、と第二階層で『帰還符』を手に入れて、戻りました」
「なるほど」
それで『夢幻洞』と同じように倒されても死なない事がわかったのか。カイトは空拳からの情報になるほど、と納得する。まぁ、これについてはカイトも予め聞いていたのでそうだろうとは思っていたが、どういう経緯で判明したかは謎だったのである。というわけでそこからはしばらく、今回の調査でわかった情報を空拳へと伝えていく。
「……わかりました。私も見た事も聞いた事もないような罠や仕掛けが盛りだくさん、ですね」
「だろうな。オレも見たこともない罠がいくつかあった。どんな状況にでも対応出来るように、備えておくべきだろう。幸い、下準備をした上では挑めそうだ……まぁ、そうでもないと最高難易度は些か厳しい領域だろうが」
どこか呆れるような空拳に対して、カイトもまた僅かな呆れを滲ませる。こればかりは二人もそう思うしか無かったようだ。
「最高難易度をそう簡単に仰られるのは、変わらずですか」
「ん? なんかあったか?」
「昔、貴方が『夢幻洞』を100階まで攻略された時のことを思い出しただけです。あの時、貴方はまるで何事もなかったかのように戻ってらっしゃった。今みたいに、最高難易度とはなんだったのか、と言わしめるほどだった」
「あっははは。最強、という名が伊達ではない事を思い出してもらえたなら何よりだ」
確かに、最高難易度の一端に名を連ねると言いながら、カイトもユリィもさほど疲弊した様子は見えない。本来、最高難易度の迷宮とは攻略出来るのは一握りの超上位の冒険者達だけ、その超上位の冒険者達でさえ攻略後は疲労困憊だったり、ボロボロに成り果てていたり、というのが一般的だ。その常識が通用していないカイト達は確かに、相変わらず尋常ではないのであった。というわけで、それを思い出した空拳が一つカイトとユリィに問いかける。
「はい……そういえばふと思ったのですが、良いですか?」
「何だ?」
「何?」
「なにか未知の魔物と戦う上での心掛けというか、心構えのような物はあるんですか? 私はそう何度も未知の魔物相手に平然と戦えるわけではないですから。勿論、今回は退けなかった、という所ではあるでしょうが……それでも、貴方方は基本は戦うように聞いています」
「「未知の魔物相手にねぇ……」」
空拳の問いかけに、カイトもユリィもそういえばなにか考えた事はないな、と思い出す。が、こんなものは冒険者でも実は非常に稀な存在で、この二人だからこそとさえ言えた。
「未知の魔物を相手に戦わず逃げ帰る、という冒険者は割と少なくありません。なにせ未知、ですから。様子を見る、情報を集める為に退く事は恥ずべき事ではない。なのに、お二人は基本退く事をせず戦って情報を集められる。中々、出来る事ではありませんよ」
「ま、確かにそうだな……」
言われてみれば、カイトとしても普通は退いて情報を集める方が常道だろうと思ったようだ。勿論、戦えるなら戦う冒険者は居るだろうが、それは決して多数派ではない。危険だからだ。というわけで考え込む二人であったが、しばらくしてカイトがユリィへと問いかける。
「別に何か考えた事って無いよな?」
「うーん……そうだよねー……というか、昔は未知の魔物ならとりあえず私らぶつけといたら良いんじゃない、で戦わされてたしねー」
「なんだかんだなんとかなるからなぁ、オレらの場合。で、オレらもなんとなーくなんとかなるかー、ってどっかでわかってるから、とりあえずやってみるかー、でやってるし」
「……相変わらずで助かります」
そうだ。こんな人達だった。空拳は今更ながら、カイト達がこういう無茶苦茶な事をさせられ、そして無茶苦茶な事をしてきた者たちだった事を思い出した。
無論、このとりあえず二人をぶつけとけば良い、というのは彼らが最強という称号を手にする者だからこその信頼が前提にある。良くも悪くも、この二人だからこそ任された事であり、そしてこの二人もそうやって何度も任された結果、未知の相手だろうと平然と挑めてしまうようになったのであった。
「良くも悪くも慣れか」
「だね。慣れてるから、危険を察せるって感じだし」
「……わかりました。まぁ、その慣れを手に入れられるまでが難しいのですが」
「それは……」
「まぁ……」
空拳の指摘に、カイトもユリィも半笑いで同意する。カイト達は慣れるほどにやらされたわけであるが、普通はそうなるほど戦う事はない。第一危険も過ぎるからだ。
「……まぁ、それならなるべく色々な魔物と戦って、とりあえず情報を集める事からやれば良いと思うよ? 基本、魔物も似た様な奴から行動推測は出来るわけなんだし」
「そうですね。そうします」
ユリィの助言に、空拳もそうする事にする。なお、この助言をもとに彼はこの数年後世界中を巡る旅に出るのであるが、それはまた別の話であった。それはさておき、そんな事を話していると一同の背後に光が生まれた。
「「ん?」」
「ああ、えっと……確かクー・フーリンさんでしたか。彼らも出てこられるようですね」
どうやらこの光は中から出て来る際の兆候だったらしい。そして事実、三人が見ている前で光が収束して人の形を形作り、クー・フーリンと瞬の師弟が姿を現した。
「っと……外か」
「二人共、お疲れ様」
「おう。カイトにユリィの嬢ちゃんか。待たせたか?」
「特別待ったわけじゃないな」
クー・フーリンの問いかけに、カイトは一つ肩を竦める。というわけで二人にカイトはスポーツドリンクを投げ渡すと、改めて高難易度側の話を聞く事にする。
「で、そっちはどうだった?」
「こっちか? こっちは至って普通の割と難易度の高い迷宮って所だった」
カイトの問いかけに、しばらくの間クー・フーリンと瞬は空拳へと高難易度設定での迷宮の状況を語る。それに空拳も一つ頷いた。
「なるほど……一通り戦った所によると、やはりそちらも未知の魔物の頻度は高い様子でしたか」
「そうだな。おそらく普通よりも見ない魔物の頻度は高いだろう」
「ふむ……そうなると、やはり別世界からも魔物の情報の読み込みが行われていると考えた方が良さそうか」
「だろうな。つっても、俺はお前ほどにこっちの魔物を知ってるわけじゃねぇけどな。だから瞬の話によると、って所だ」
カイトの言葉に、クー・フーリンは笑う。彼がエネフィアに来たのは、以前瞬に二つのルーン文字を学ばせた時と今回の二回限りだ。そのうち前の時はあくまでも瞬の様子見やカイトを冷やかしに来た趣が強かった為、今回のようにがっつりと戦いを行ったわけではない。なので彼にはこちらの魔物なのか、それともエネフィアには現れない魔物なのかはわかりかねた。これにカイトもまた笑う。
「ま、それで言えばオレだって全部わかってるわけじゃない。あくまでもオレが見た事も聞いた事もない、ってだけだ。勿論、それでもあの領域でオレが知らんってのはまず無いとは思うがな」
「そっち、そんなヤバそうだったか?」
「仕掛け次第って所はあったが……並でランクSはありそうだな。最終的には『夢幻洞』の上層階を上回るだろう」
「そりゃ、面白そうだ」
カイトの言葉に、クー・フーリンは楽しげに笑う。流石に彼としてもこのまま最高難易度設定で挑むつもりはなかったが、次回のエネフィア渡航の際のやりたい事リストに加える事にしたようだった。というわけで一通りの報告を終えたわけであるが、そこでクー・フーリンがカイトにそういえば、と申し出た。
「ああ、そうだ。カイト、悪いんだが、一つ頼まれてくれるか?」
「ん? まぁ、またぞろ馬鹿げた話じゃないなら断らんが」
「女紹介しろとかじゃねぇよ。いや、してくれるんなら断らねぇけどな」
地球での事を思い出しているかのようなカイトに対して、クー・フーリンも笑ってしかし首を振る。そうして、そんな彼は少し前の事をカイトへと語った。
「というわけでよ。瞬に一通りのルーンの講習と武器の扱い方を教えてやっておいてくれ。この二つは日々の練習が物を言う。帰ってから俺がじっくり仕込むより、お前がやっておいてくれた方が助かる」
「ああ、なるほど。それなら別に問題はない。こっちの利益にもなるからな」
クー・フーリンの申し出に対して、カイトは渡りに船とそれを受け入れる。そもそも言われていた事であるが、カイトが瞬を教えられない最大の理由は自身がまだ免許皆伝を貰っておらず、相手が免許皆伝を貰った兄弟子の弟子になるからだ。が、同門だ。許可があれば、教えても良いのである。というわけで、二つ返事で応じたカイトに瞬が頭を下げる。
「すまん、助かる」
「ああ」
「おう……まぁ、お前なら師匠の秘奥も教えてもらってんだろ。多分ルーンにせよケルトにせよ、俺よりは詳しいはずだ」
「娘婿が言うなよ。姉貴、ああ見えて身内には甘い所があるからな」
瞬との会話でも出ていたが、スカサハはクー・フーリンから見て義理の母親に当たる。そして彼がルーンの秘奥を手に入れたのは、スカサハの娘・ウタアハが勧めたからだ。そしてスカサハも娘の頼みならば、とそれを受け入れてクー・フーリンに教えを授けたのであった。これに、クー・フーリンは笑う。
「あははは……それでも、多分お前の方が更に色々教えてもらってると思うぜ。俺は国への帰りしな、本当におまけ程度で教えられただけだからな。日数としちゃ一ヶ月も無かったんじゃねぇか?」
「そりゃ、元々基礎があったからそれだけで覚えられただけだろ。オレは基礎と平行して、更には武芸側も平行して、だ。今もまだ特訓中の身だ」
何度か言われているが、カイトはまだ弟子の身だ。それにも関わらず秘奥を授けられているのはやはりカイトとしか言いようがないが、彼はまだまだ見習いと自身を認識している様子だった。実際、見習いで間違いはない。が、そんな彼にクー・フーリンは問いかける。
「それでも、お前一年以上教えられてるだろ? みっちり度合いだとお前の方が上だろうぜ」
「ま、そこは否定せんがね」
「だろ? 多分魔術側も含めれば一番全般を教わってるのは俺たちケルト勢よりお前だ。俺たちは如何せん魔術より武術側に偏ってるからな。勿論、出来ないってわけじゃないが」
「そこは全員言ってるな……オレからすればやれよ、としか言えんが」
どこか呆れるようなクー・フーリンに対して、カイトもまたわずかに呆れるように首を振る。こればかりは当人達の性質である以上、仕方がない事ではあったし、言っても詮無きことだ。故にカイトもクー・フーリンもこれ以上なにか突っ込んだ話をするつもりはなかった。
「言うな。魔術は面倒なんだよ……ま、それはさておき。その二つは頼んだ」
「あいよ。まぁ、ケルトの見習い戦士程度には教え込ませておく」
「頼むわ」
カイトの返答に、クー・フーリンは一つ頭を下げる。そうして、瞬の練習について少しの打ち合わせを行いながら、一同は再び『榊原』へと帰還する事になるのだった。
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