第2202話 二つの槍 ――気配を読んで――
榊原家の要請を受けて、ユニオン創設者の一人である榊原・花梨の墓所地下に存在していた迷宮の調査を行う事になったカイト達。そんな彼らはカイト・ユリィの何時もの二人、瞬・クー・フーリンという師弟に別れて調査を行っていた。
そうして正式な依頼による調査として最高難易度に挑んでいたカイト達と、瞬の訓練の一環として高難易度に挑んでいた瞬達はそれぞれ戦いを繰り広げながら、奥へと進んでいた。というわけで、瞬が再びの訓練に励む一方、カイト達はというと若干の苦戦をしながらも順調に調査を進めていた。
「ふぅ……さて、次の階層はどんな罠が待ち受けてるんでしょうか、と」
「本当に色々な罠あったねー」
「真っ暗闇だの無重力だの、普通には無いような罠まで仕掛けてくれてたからな。しかも順当な迷宮の構造もあるから、総合的な対応力が問われる。良い迷宮だな」
ユリィの言葉に今までの階層で見掛けた罠をカイトもまた思い出し、榊原・花梨の遺した迷宮が訓練に非常に向いている事を改めて実感する。
この迷宮では先の無重力やらのカイトをして見た事がないような罠から、彼らをしてほとんど見た事がないというような罠、例えば踏む事で発動する一般的な罠まで多種多様に仕掛けられていた。訓練として考えれば、ここは非常に良い迷宮だった。が、そんな迷宮にも一つ悪い点があった。
「とはいえ……実入りはあんまりよくないなぁ……」
「経験こそ最大の報酬、ってわけだよ……ここまで面倒だともうちょっと良い報酬が欲しいのも事実だけど」
やれやれ。そんな具合でため息を吐いたカイトに対して、ユリィも少しだけ困ったように笑う。実際、今まで戦った敵の数々は非常に強大な魔物が多く、二人をしてあまり連続して戦いたくないな、と言わしめるものだ。それなのに実入りというかドロップ率はあまり良くなく、報酬が労力に見合うかどうかと言われれば首を振る。というわけで、そんな彼女がカイトへと一応の弁明を行っておいた。
「でもまぁ、武器やら防具やら持ち込み可かつ元々訓練用として使ってくれって言ってたから、多分安全面は大丈夫なんでしょ。そこら考えれば、この程度の報酬でもしょうがないんじゃないかな」
「どうなんだろうな……まぁ、確かにオレ達があくまでも調査で来てるから、ってのもあるか」
ここが訓練用だとするのなら、カイト達は訓練用の迷宮に訓練以外の目的で入っているのだ。二人が調査の為に入っているのはある意味目的が違うと言わざるを得ないだろう。それで言えば、瞬らの方が目的に合致していた。
「求める物が違う所に、報酬が美味しくないと言うのは筋違い、か」
「そういうこと。ま、調査だから仕方がない、って事で」
「か」
趣旨が違うのに自分の目的に合致していないと文句を言うのは筋が違う。ユリィの言葉にカイトはそう納得する事にしたようだ。というわけで気を取り直した彼は改めて、この階層の状況を確認する。
「えー……現在8階なのですが、ここは……暗黒じゃないし、無重力という事も無し、と」
少なくとも完全に特異なパターンと言えるこの二つはないか。カイトは戦うにあたり面倒なこの二つが無かった事にひとまずの安堵を覚える。それに更にユリィが口を開く。
「無音、という事も勿論無しだね」
「話せてるからな。お前の声が聞けて嬉しいよ」
「おじょーず」
ぽんっ。カイトの冗談にユリィが楽しげに笑う。数階前の階層にて二人は完全に無音という状況に陥ったらしく、その際は魔糸を繋いで念話を介して話して事なきを得た。
が、音がしない時点で魔物の接近にも気付きにくくなるわけで、非常に面倒な罠だった。勿論、それはどれだけ派手に暴れまわっても音が響かない、という事でもあり、カイト達にとっても有利に働く側面はあった。
「となると、通常パターンか……」
「まだ発覚してない罠か、だね」
注意深く、二人は周囲を確認する。ここは本当に二人をして想像を超えた罠が仕掛けられている事があり、油断するわけにはいかなかった。そうして拡大した感覚の中、二人は物音に気が付いた。
『ユリィ』
『うん。右後ろ……居るね。ゆっくりと、こっちを狙ってる』
まるで草むらに潜む猛獣のように息を潜め、何かしらの存在が自分達を狙っている。二人はそれを察すると、静かに待ち構える。
『どうする?』
『初撃で仕留められれば、そのまま仕留める。無理なら至近距離から叩き込んでくれ』
『りょーかい』
まだ気付いている様子を見せる必要はない。カイトとユリィは魔糸を介して念話で会話を行い、即座に方針を固める。そうして数秒。かさっという乾いた音が鳴って、背後に居たなにかが動いた。
「ふっ!」
何者かがもう止まれない速度に到達したと同時に、それを遥かに上回る速度でカイトが刀を抜き放って振り向きざまに剣戟を放つ。そうして、彼はなにかを切り裂く確かな手応えを感じた。
「!?」
手応えを感じたカイトであったが、得たのは驚きだ。確かに彼の刀はなにかを切り裂いて、一刀両断に魔物を倒している。神陰流を習得している彼には、流れが一つ途切れた事を理解出来ていた。
が、これまた厄介な事に切り裂いたはずのなにかは切り裂いてなお目視出来ず、それどころか血の一滴滴り落ちていない。切り裂いた、とはっきり言い切れるのはカイトの手応えと、なにかが飛び去って地面に崩れ落ちる大きな音。そして濃密な血の匂いだけだった。
「……えっぐいトラップ来たねー」
「エグすぎだろ」
これはいくらなんでもきつすぎないか。カイトもユリィもこの階層の仕掛けを理解して、ただただしかめっ面になるだけだ。そうして、カイトはなにかが落下したあたりへと移動して、魔力で棒を編み出して周囲を探ってみる。
「……あった。感触は確実に存在している……っと」
「血……だね」
「どうやら、ある程度離れると実体化はするらしい」
魔物の死骸から棒を離してみると、それで血が見えるようになったらしい。と、見えるようななった血を含め、大凡討伐から1分ほどで魔物の死骸が消滅する。それを気配だけで察すると、カイトは棒を投げ捨て消滅させて、この階層の仕掛けをはっきりと口にした。
「……なるほど。完全不可視の魔物達と。オレじゃなけりゃ、どうなる事やら、って話だぞ」
「私も結構厳しいかなー……森なら兎も角、迷宮だし……」
「気配読みだけはなー」
やはりどうしても生き物は目から得られる情報が多くを占めており、それはどれだけ戦士として熟練になっても変わらない。実際、カイトもどれだけ気配を読む事が出来るようになろうとも、目に頼らない事はない。
どれだけ気配が読めるようになろうと、実際に見た方がわかりやすいのは事実だ。無論、気配を読むのに精神力を使用しないで良いので、それだけ疲労も軽減される。
それが出来ないというのは、かなり不利な状況と言っても過言ではなかった。とはいえ、ここらはやはり冒険者として十数年渡り歩いたカイト達だ。なのですぐに代替案も考えられた。
「んー……でも存在そのものはあるし、手応えはあるんだよね?」
「そっちは普通にあるな。流石に存在も無いじゃあ鬼畜ゲーも度が過ぎる」
「なら、どうにでもなるでしょ」
「ま、そりゃそうだがね」
見えない敵は確かに珍しいが、長くエネフィアで英雄として活躍していれば両手の指では到底足りないぐらいは戦ってきた。勿論ここまで連戦になる事は無いが、戦い方はわかっていた。なら、それをするだけである。
「適当に色水でもぶち撒いて姿見えるようにしとく?」
「それで良いか。あんまどぎつい色にしてくれるなよー」
「はーい。何にしよっかなー」
見えなくても存在しているのであれば、上から色でも塗りたくってやれば良いだけだ。というわけでユリィは色の付いた水を魔術で編み出し、空中へと浮かび上がらせる。そうして準備が整うと同時に、彼女はおもむろに色水を周囲一面に投げ放つ。
「さて……面白い状況になってきたもんだが」
「ま、それでも形さえわかっちゃえばそれで問題無いんだけどねー」
完全に取り囲まれている現状に、カイトもユリィも獰猛な笑みを浮かべる。が、どうやら完全に見えない敵にランクSの魔物となるといくらなんでも厳しいと判断されていたのか、どいつもこいつも揃ってランクA相当の圧しか持っていなかった。そして何より、水浸しだ。どう料理すれば良いかなぞ、わかりきった話だった。
「サンダー!」
ユリィが手を天に掲げると、雷鳴が轟いて無数の雷が降り注ぐ。それは水浸しになった魔物達へと降り注ぐと、その多くを問答無用に黒焦げにしてしまった。とはいえ、それで全てではないし、全てを倒せるわけでもない。故に残る魔物へと、カイトが剣戟を叩き込んで完全に処理していく。
「ふぅ」
「ま、こんなもんでしょ」
「だな。厳しいっちゃ厳しいけど、同時に気配読んで先手防げて、尚且対抗策さえ理解してりゃさほど問題にゃならんか」
「厳しいっちゃ厳しいけど、そう考えれば案外ここが今までで一番楽かもね」
カイトの言葉にユリィが笑いながら、そんな事を口にする。最初こそ面食らったが、何が起きていて敵がどうなのか、がわかっているのなら問題にはならなかった。というわけで、二人は若干の温存をしながら更に奥へと進む事になるのだった。
さて、完全に見えない敵がひしめく階層を突破し、更にしばらく。カイトとユリィは目標としていた第十階層に到達していた。そしてそこまで到達すると、大凡この迷宮の特性も理解出来るようになっていた。
「さて……これでラスト、と」
「中々に珍しい迷宮だね。敵の強さが一定にならない、っていうか……普通は階層が上に行けば行くほど強くなるもんなんだけど」
「罠と魔物の戦闘力を総合して判断してるんだろう。一体だけなら『羅刹天』やあの見たこともない『空飛ぶ巨大魚』みたいに強く、そうでないなら少し前の完全に見えないような状況やら……もしかしたら強さとしては安定しているのかもしれない」
「あー……確かに、それはあり得るかも」
カイトの推測に、ユリィも思わず納得したようだ。そう考えればここの敵が先の第九階層より弱かったのも納得が出来た。と、そんな彼女が上を見上げ、わずかに感心したように口を開く。
「とはいえ、仕掛けや罠としては多種多様だね、本当に」
「こんな場所、外ではわりかしお目にかかるが……迷宮内だとあんまり見ないな」
轟く雷鳴と降り注ぐ雷に、カイトもどこか感心したように頷いた。と言っても降り注いでいるのは雷だけではなく、しっかりと雨も降り注ぎ風も吹き荒んでいる。
擬似的ではあったが、嵐の中で戦っているようなものだった。迷宮の中なのに嵐が吹き荒れているのはおかしいかもしれないが、所詮迷宮は異空間だ。気にしたって無駄だった。
「ま、ここは楽だったか。雷使って攻撃力増大とかしやすかったし」
「私としてもやりやすかったなー。でも全部辛いのも有り難くないから、こういう所が一つ二つあっても良いんじゃない?」
「それもそうだな。何時もなら休憩所やらあるんだし……そういえばセーフゾーンやらセーフルームなかったな」
「そういえば……ここ超えた先、とかなのかな?」
「さぁ……」
考えたって未知の迷宮である以上、わかりっこなかった。というわけで二人は第十階層を抜けて、次のエリアへとたどり着く。が、そこは丁度二人が話し合っていたセーフゾーンだった。
「ここは……」
「セーフゾーンだねー。まぁ、ここらで切り上げなさいよ、って事なんでしょ」
確かに十階層毎にセーフゾーンがあるのであれば、キリの良い形ではあるだろう。ここまでの道のりは二人をして楽なものではなかったと言えるだけの事はあり、この二人だからこそここまで余裕を残せたとも言いかえられる。となると、ここらでセーフゾーンを置いておかねば攻略さえ難しいものになりかねなかった。というわけで、二人はここを節目として、迷宮から脱出する事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




