第2201話 二つの槍 ――手足のように――
失った鬼の力の代用となる力を求め、カイトと共に中津国へと渡っていた瞬。そんな彼は地球からやって来た己の師であるクー・フーリンと共に、ユニオン創設者の一人である榊原・花梨の遺した迷宮へと挑む事になっていた。
そんな中で彼はクー・フーリンからの指示により魔術中心での戦いを行う事になるわけであるが、その初戦はあまり良い結果ではなかった。というわけで、百々目鬼のような魔物の討伐後。少しだけ苦い顔で戻ってきた瞬に、クー・フーリンが問いかける。
「どうやら、自分でもいまいち良くないってのがわかってるみたいだな」
「はい……まだまだもっとやりようがあったのではないか、と」
「そうだな。魔術ってのは基本どれだけ魔術を知っているか。覚えたかが重要になる。今回は突発的な訓練である事を鑑みても、ちょっとサボりすぎた、ってのが出ちまっただろう」
苦い顔の瞬に、クー・フーリンも悪い点は悪いと認めはっきりと頷いた。これについてはクー・フーリンもダメと言うしかなく、瞬もそれが自覚出来たからか少し落ち込んだ様子ではあった。が、悪い事が元々わかっていた以上、クー・フーリンとしてもこれ以上なにか突っ込むつもりはなかった。
「ま、これに関しちゃ追々魔導書読んだりして覚えろとしか言えん。今のだってお前もわかったろ? 最初から魔術で遠距離攻撃が出来てれば、罠を仕掛けて回ったりしなくても良いわけだ。まぁ、今までのお前なら槍を投げつけて倒せるから、問題は無いだろうけどな。勿論、今回は敢えてやり投げは禁止してたってのもあるが」
今回はあくまでも訓練で、実際の戦闘で投槍を禁止する事はクー・フーリンとしてもない。が、彼は二千年生きてきている。何時如何なる時でも自分の得意分野の攻撃が可能ではない、というのはわかりきっており、遠距離であれば投槍しかない瞬を危惧したのも致し方がない事であった。
「さて……で、その上でお前に言っておく事があるとすれば、はっきりとこれだ。まだまだお前は槍の扱いに慣れちゃいない。これは、カイトがサボってたって所為もあるから俺も声高には言わんがな」
「慣れていない……ですか? 単純な槍捌きなら、人並みには出来ると自信はありますが……」
「そっちは俺も違うとは言わねぇさ」
くるくると槍を回す瞬に、クー・フーリンもそれに関しては問題無い事を明言する。無論、これについてはクー・フーリンからすればまだひよっこと言える領域ではあったが、それは大英雄である彼と比べればの話だ。瞬の槍捌きは今までの時間を鑑みれば天才的と言うしかなく、これに関してはクー・フーリンをして満足だった。が、そういう事ではなかった。
「俺が言いたいのは、普通じゃない槍の使い方だ。槍を自分の手足のように使うって意味のな……っと、丁度良いな。丁度魔物が近づいて来てる。そいつで実演してみるか」
「あ、はい」
クー・フーリンの言葉に、瞬は慌ててその場を離れて師の動きを見せて貰う事にする。そうして二人の前に現れたのは、重厚な鎧を身に纏った鬼だった。
「っと……こいつはわかるな。『騎士鬼』。攻防整った割と強い魔物だ。が、魔術に対してはさほど耐性が無いから、攻めるなら魔術だろう」
先程の百々目鬼のような魔物はどうやらクー・フーリンをして未知の魔物だった――似た魔物なら知っていたらしいが――らしいが、今回の魔物は一般的なゴブリンの進化種の一体だったらしい。
話をするには丁度良い、とクー・フーリンはこのままこいつを実験台として使う事にする。と、そんな事を話しているとクー・フーリンへと『騎士鬼』が襲い掛かった。
『オォオオオオオオオオオオオ!』
「っと」
「っ」
おそらくクー・フーリン自身ほどもある幅広の両手剣による斬撃に対して、クー・フーリンは平然と槍を突き出して両手剣を食い止める。そうして更に繰り出される剣戟に対して、クー・フーリンはその出だしの時点で槍を突き立て剣戟を放てないようにしてしまう。
その動きのあまりの見事さに、瞬は思わず見惚れ言葉を失った。とはいえ、一方のクー・フーリンは一撃で殺せるし魔術による実演も出来るが、敢えて語る為にこんな事をしていた。
「まぁ、こんなぐらいはお前にも出来るだろう。で、こいつ相手にもし物理で攻撃するなら、鎧の隙間を通すように槍を突き立てたり、こうやって槍の薙ぎ払いで物理的に鎧を叩き割ったりするわけだ。ま、今は倒さないように敢えて皮膚の少し前で寸止めにしてるけどな」
放たれる剣戟に対して、クー・フーリンは今度は槍を薙いで柄で迎撃する。そうしてまるで刀のように槍を振るい、その剣戟の一切を食い止めてみせた。というわけで一通り戦い方の実演をしてみた所で、クー・フーリンは本題に入る事にした。
「で、だ。ここからが本題だな。お前に出来てない槍を手足のように扱う……それはこういう事だ。ちょっと見てろ」
瞬の見守る前で、クー・フーリンは再度槍を突き出して『騎士鬼』の剣戟を迎撃する。が、ここからが先程と違う点だった。それを見て、瞬も目を見開く。
「なるほど……」
「そうだ。手足のように本当に槍を使えるのなら、こうやって槍を突き立てる、打ち付ける際にルーンを敵に刻む事だって出来る。勿論、こんな事もな」
自分が何をしているか理解した様子の瞬に、クー・フーリンは論より証拠と地面に槍を突き立て棒高跳びのように飛び上がる。そして同時にその動きで地面に突き立てられた槍の穂先から、地面にルーンが刻まれていた。
このルーンは初歩的なルーンで、瞬も何度かカイトから見せて貰った事があるものだった。単なる実演で、これで倒すつもりはないのだろう。
そうして、クー・フーリンは『騎士鬼』の兜に覆われた後頭部を蹴って距離を取る。その際、おまけとばかりに『騎士鬼』の後頭部にもルーンを刻んでおいた。
「ま、こっちはお前もやってたから、あくまでもおまけな……こんなもんで良いだろう」
『ギャァアアアアアア!』
もう見せたいものは見せたから、問題無いか。そう判断したクー・フーリンは、槍の穂先で地面を叩いて全てのルーンを同時に起動させる。そうして知らぬ間に身体全体と剣に無数のルーンを刻まれた『騎士鬼』の身体が灼熱の業火に包まれて、消し炭になって消え去った。
これですごいのは、後頭部を蹴った際に敢えて押し出してやる事で地面に刻んだルーンの真上に移動させていた事だろう。完全に、全てが計算されていた様子だった。
「と、いうわけだ。これがお前がまだ槍を手足のように使えていない、って事だな。本当に手足のように使えるのなら、ああやって槍を『手足』のように使える」
本当に手足のように扱ってみせたクー・フーリンの言葉に、瞬はただただ納得するしか出来なかった。とはいえ、そうなると次に気になるのは、どうやればそれが出来るかという事だ。そして勿論、それを教える為にクー・フーリンは居た。
「で、だ……どうやったらそれが出来るかって言うと……こればっかりは練習しろとしか言えん。やり方は非常に単純だ。瞬、お前槍に魔力通してるな?」
「はい。それは勿論……というか、そうしないと攻撃出来ないですよ」
「そりゃな」
瞬の指摘に、クー・フーリンも笑う。これは彼の言う通り、人は誰しもが大なり小なり魔力的な障壁を張る事が出来る。その強弱はその当人の戦闘力次第という所であるが、基本的には強い奴ほどこの障壁は多重かつ強固なものになる。
例えば最強と謳われるカイトであれば、常時――寝ている時でさえ――数千という多重防壁に守られているし、一枚一枚の強度は現代科学の通常兵器であれば一枚も破れないほどだ。戦闘時であれば、枚数・強度共にこれを更に上回る。
無論、彼でなくても瞬クラスの冒険者であれば数十枚はザラだし、強度も重機関銃でさえ貫けない程度だ。ソラら防御特化の冒険者であれば、同程度の強度なら数百枚というのは普通に居る。
が、これはあくまでも魔力を使わない攻撃方法であればこの強度というだけで、魔力があれば喩え物理的には拳銃程度でも十分に何十枚と貫く事は可能だった。重要なのは魔力の有無なのである。
「それをもっと洗練させるんだ。それこそ、槍が自分の延長線と言えるほどにな」
ずずずずずっ、とクー・フーリンは己の真紅の槍に纏わせている魔力を伸ばし、まるで本当に指先から出しているかのように自由自在に形状を変化させる。無論この程度なら瞬にも出来る事だが、こういう事だ、という実演だった。そうして、彼は一つ瞬へと教える。
「お前も聞いてるかもしれないが、この武器を自身の延長線にする事に関しちゃカイトが本当に天才的だ。まぁ、あいつ自身出力が高すぎてそうならないとダメってのもあったんだろうけどな」
「それは聞いてます……ですが、それほどなんですか?」
「ああ。ぶっちゃければこれに関しちゃ師匠が訓練前の時点で儂を上回ってた、とはっきり言ったほどだ。それが、奴が数多の武器の扱いに長けてるって所以の一つでもある。俺は槍は出来るし短剣やら杖やらある程度は出来るが……あいつみたいに斧だのの一般的な奴から、なにかよくわからん武器まで平然と扱えちまうからな。こればっかりは俺も無理だわ」
その代わり、あいつには一つの武器に対して変態と言い切れるほどの天才的な腕はないんだけどな。クー・フーリンはどこか憐れむように、カイトを評する。そんな彼に、瞬は問いかけた。
「やっぱりカイトはそこまで才能が無いんですか? 前々から、槍ならいつか自分が上回るだろう、と何度となく言ってたんですが……どうしても、信じられないんです」
「あー……そりゃ、いつか槍だけならお前が上回るだろうな。槍だけならな」
どこか含みのある言い方だ。瞬はクー・フーリンの言葉にそう思う。そして実際、含む所はあったのかクー・フーリンは困り顔で笑っていた。
「実際、俺が見ても奴は天才じゃない。才覚はお前以下だ……が、その代わりとばかりに全部の武器に適性がある。さっき言った通りな。正直、あいつは天才じゃなくて鬼才なんだよ。普通、下手な武器を使うぐらいなら素手、ってのが俺らだ。槍がベストってだけでな。が、あいつばかりは素手やるぐらいなら変な武器使った方が強い、っていうわけのわからん才能してやがる……お前、鞭とか使えるか?」
「鞭ですか? いえ……使った事もないですし、使おうと思った事もないですね」
「だろ? 普通はやらん。が、あいつはやる。そしてやった方が強いし、やれちまう。そういう意味では、あいつは天才だ。数多の武器を使える、っていう俺達とは別の天才と言って良いだろう」
だから鬼才なのか。瞬はクー・フーリンの評するカイトを理解して、納得する。そうしてそんな彼に、クー・フーリンは告げた。
「まぁ、そこらも当然武器に魔力をどれだけ上手く通せるか、が重要になるわけだ。で、ここらは天才的な奴だから、全部の武器に上手に通せちまうってわけだな。で、勿論武器に通す事が天才的なら、武器を自分の延長線として見做す事も天才的なわけだ」
「なるほど……それは納得です」
才能の有無は最終的にはどれだけ武器を自分の延長線のように使えるか、という所に集約する。であればこの武器に魔力を通す技術に関しては天才的と評させるカイトは、確かに己の延長線として見做す技術に関しても天才的だと言い切れたのだろう。瞬としてもカイトの才能の歪さを再認識すると共に、同時にそれ故にこそ納得だった。
「ま、これに関しちゃ後でカイトにでも見てもらえ。どーせ奴もとりあえず練習しろ、としか言わんだろうがな」
「はい」
「おう……じゃあ、こっからはとりあえず今の話を徹底的に反復練習だ。ここからは槍に上手く魔力を通す事に意識を集中させて戦え」
「はいっ!」
かつてと同じく自身に指南を行ったクー・フーリンに、瞬もまたかつてと同じく威勢よく応ずる。そうして、それから最後まで瞬は武器に通す魔力の訓練を行いながら、墓所の迷宮を駆け抜けるのだった。
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