第2198話 二つの槍 ――上昇――
榊原家からの要請を受けてユニオンの創設者の一人である榊原・花梨の墓所に設置されていた迷宮へと挑む事になったカイト。そんな彼はユリィと共に最高難易度の迷宮に挑戦する事にすると、第一層を超えて第二層へとたどり着いていた。
そんな第二層で現れたのは、カイトにより<<空飛ぶ巨大魚>>と名付けられた数百メートル級の魚型の魔物だった。そうして、<<空飛ぶ巨大魚>>を圧倒的な戦闘力差で撃破した後。カイトとユリィは無重力の草原の中をぷかぷかと浮かんでいた。
「うーん……そんな強くはなかったけど、同時に弱くもなかったねー」
「そこは同意。ランクSが初手から出て来たり、と考えればここは確かに最高難易度と言って良いだろうなぁ……しかも無重力やらなんやら、とわかってないと対策も難しいようなトラップも大量に仕込まれてるだろう。おまけに、今みたいにオレでさえ見たことのない魔物……難易度は相当高いな」
「ここまでの中間結果は?」
「エネフィア最高難易度、としておこう」
ユリィの問いかけに、カイトははっきりとエネフィアでも最高の難易度である事を明言する。そしてこれは勿論、ユリィも同意する所であった。
「だねー……ぶっちゃけ、私の記憶からすると五本の指に入るかも」
「どーだろ。オレはまだ五本の指には入らないかなー、って所か」
「ここ以上、そんなあったっけ?」
「『夢幻洞』は百以上、ウチの『秘密迷宮』、ラエリアの『始祖の洞穴』、魔族領の『魔天楼』、双子大陸にある『移動迷宮』……この五つは確定でここより上」
「『夢幻洞』はわかんないけど……他は納得。あ、後カイトが持ってる『無限回廊』もやばくない?」
「あー……」
存外思い返してみるとここよりヤバい所はいくつもあるもんだ。カイトもユリィも指折り数えて出て来る迷宮の数々にどこか感心したように頷いていた。
「まぁ、『無限回廊』は無しでよくね? あれガチで無限回廊の名に恥じないメビウスだからな」
「そーかなー。難易度の高低だけ鑑みるなら、ここよりヤバいよ」
「まー、そこはなー」
どうやら二人共まだまだ余裕らしい。カイトもユリィものんきなものであった。と、そんな二人がのんきに話をしていると、遠くで光の柱が上がった。
「お帰りはこちらから、か?」
「次はあちら、じゃないかな」
「だな……じゃ、行くか」
「らじゃ」
カイトの意見にユリィが応ずる。そうして、虚空を蹴って二人は更に次の階層へと進む。
「っと……」
「あー……やっぱり地面に足が付くって良いねー」
「お前ほとんど地面に降りてないだろ」
どうやら第三層は重力があるらしい。カイトは足の裏でしっかりと地面を踏みしめ、内心でユリィの言葉に同意する。そんな彼は周囲を見回して、この階層のトラップを確認する。
「で……今度はどんなトラップが待ち受けてるんでしょうね」
「んー……なんだろね?」
「ぱっと見た感じだと、何も無いように見えるが……」
先程のように即座に見たり感じたり出来るような系統ではないらしい。カイトとユリィは何も起きない現状をそう理解する。と、そんな二人は少しだけ周囲を見回して、改めて状況を確認する。
「……地面は……岩盤かね。ん。しっかりしてる。無茶は出来そうだ」
「目印はないね……広さは……んー……一キロ四方って所……かな」
「ふむ……何やら厄介な予感はプンプンしてるが……」
どうなる事やら。カイトは腰に帯びた刀に手を乗せて、何時でも抜刀出来るように準備しておく。そうして何も起きぬままに数秒。唐突に突風が吹き荒ぶ。
「っ」
「カイト!」
「あいよ!」
突風と共に背後に現れた気配に、カイトは即座に振り向き刀を抜き放つ。そうして迫りくる敵に向けて、問答無用に斬撃を放つ。
「っ! とぉ! ユリィ!」
「あいさ!」
仕留めきれなかった。カイトは自身の攻撃がなにか固いものに当たって弾かれたのを理解すると、地面を蹴って即座にその場を離れる。その上でユリィが追撃を防ぐべく無数の魔弾を放って牽制する。そうして生まれた土煙の中から、無数の斬撃が迸った。
「っ」
どんっ。迸った無数の斬撃に、カイトが虚空を蹴って急降下。地面を砕くほどの勢いで着地すると、即座に横薙ぎに斬撃を放つ。が、その斬撃が立ち昇るような斬撃により、両断された。
「おいおい……三戦目から随分と殺意の高い敵じゃないか」
「カイト! 来るよ!」
「ふぅ……」
ユリィの言葉を聞きながら、カイトは一度だけ乱れた呼吸を整える。そうして、彼は土煙を切り裂いて現れた魔物の姿をしっかりと認識する。
「<<阿修羅>>!?」
「違う!」
現れた骸骨剣士を見たユリィの言葉に、カイトははっきりと首を振る。と、そんな彼へと骸骨剣士はすでに肉薄し、両手に構えた刀を振り抜いていた。
「ぐっ!」
「っ! カイト! おぉおおりゃぁあああああ!」
慣性の法則で取り残されたユリィが、猛烈な勢いで吹き飛ばされるカイトの身体を魔糸で絡め取って強引に引き戻す。その急減速に、カイトは更に自身も虚空に魔力の爪を立てて急減速。ユリィを狙おうとする骸骨剣士に向けて、急加速で襲い掛かった。
「はっ!」
どんっ、という轟音と共に、骸骨剣士が思いっきり吹き飛ばされる。が、吹き飛ばされた骸骨剣士は熟練の身のこなしを披露して、地面を滑って急制動を掛けた。とはいえ、その隙きを利用して、カイトはユリィへ魔糸を巻きつけて即座に合流する。そうして合流した彼女は、額に冷や汗を掻いていた。
「あっぶなー……何、あいつ」
「<<阿修羅>>の亜種の一体……だな。バランのおっさんから噂には聞いた事があった。おっさんも伝説だ、とか言ってたが」
地面を滑りながら急制動を掛ける骸骨剣士を睨みながら、カイトはわずかに乱れた呼吸を整える。そうして自身の記憶を確かめるように、相手の容姿を確認した。
「『阿修羅』は腕が複数だが、こいつは腕が二本。更には<<阿修羅>>よりも小柄だ。その癖、動きは腕の本数や体躯なぞ意味をなさないほどに良い……いや、それどころか腕が少ない分、動きはより一層洗練されている。そして手にするのは、分厚い業物の両手剣……」
がしゃんがしゃん、と言う音を立てながら、骸骨剣士が持ち直す。そうしてまるで人がそうするかのような動きで、両手剣に付いた埃を払うかのように振り払う。それを見ながら、カイトはかつてバランタインが語った骸骨剣士の名を告げた。
「その名は、『羅刹天』……アンデッド系の中でも剣士類になる内、最強の一体。まさか、こんな所でお目にかかるとはな」
「私聞いた事ないねー」
「あのおっさんが伝説、とさえ言うぐらいだからな。こいつにお目にかかるまで、本気で単なる与太話と思っていたよ。実際、おっさんも遭った事はないって話だったしな」
ユリィの言葉に、カイトは肩を竦める。どうやらそれほどまでにはレアな魔物らしい。が、このレアな理由は生態系の頂点に位置するが故のものだ。だからこそ、非常に強かった。それこそ、カイトが少しは本気でやるか、と思うぐらいには。
「ふぅ……」
カイトもまた、両手に双剣を構える。そうして刹那にして一瞬の膠着の後。先手を取ったのは、やはり『羅刹天』だった。
「ふっ……はっ!」
突き出された片側の両手剣を左手の大太刀で受け流し、カイトはがら空きの胴体に向けて右手の大剣を突き出す。が、これに『羅刹天』はもう片方の両手剣を打ち上げるように振り上げて、軌道をそらした。そうして両者胴体が一瞬だけがら空きになった瞬間、カイトがサマーソルトキックを繰り出した。
「ちっ」
避けられた。カイトは自らのつま先が何も感じない事を受けて、『羅刹天』の回避を理解する。が、それでも良い。そうして彼が身を屈めて着地する寸前だ。彼のサマーソルトキックに合わせ肩を降りていたユリィが、後ろへ跳んでいた『羅刹天』に向けて魔力の光条を撃ち出す。
「っと!」
「ふっ」
敢えて攻撃の反動を完全には殺さず自らをカイトに衝突させるようにしてユリィが彼の肩へ着地すると同時に、カイトが全身をバネにして前へと飛び出す。
その一方、ユリィの砲撃により吹き飛ばされた『羅刹天』は地面に両手剣を突き立てて減速していたが、それを中断。かかとを地面に一瞬だけ衝突させ、反動でわずかに上に跳ぶとそのまま後ろへ飛びながらカイトに向けて無数の斬撃を飛ばした。
「オレが、双剣だけだと思うなよ!」
自身に向けて殺到する無数の斬撃に向けて、カイトは双銃を構え地面を蹴りながら乱射する。そうして更に距離を詰めていき、近接戦闘の距離になると同時に双銃を後ろへ放り投げる。
「キャッチ!」
「そしてオレはロッドだ!」
双銃を大型化したユリィへと渡すと、カイトは自身とほぼ同じぐらいの長さの棒を取り出して『羅刹天』へと突き出す。これを『羅刹天』が叩き切らんと両手剣を振り下ろすが、如何な素材で出来ていたのか棒はびくともしなかった。
「たたたたたっ!」
両手剣による攻撃を弾き返し『羅刹天』へと一撃加えたカイトが、そのまま棒を連続して突き出して完全粉砕を狙う。が、『羅刹天』は肋骨に一撃を受けたものの即座に立て直すと、その連撃の一切を完全に受け流す。
「ファイア!」
刹那の攻防を繰り広げる所に、ユリィが魔銃による連射を叩き込む。さしもの『羅刹天』も、カイトとの攻防戦の最中のこれには対処が出来なかったらしい。双銃による連射なので一撃一撃で削られる程度こそ小さいものの、ゆっくりと、そして確実に身体全体に細かなヒビが入っていく。
『ッ』
「っぅ!」
どうやら、ユリィによる支援攻撃が危険と判断したらしい。一瞬だけ『羅刹天』から強大な力が迸ると、カイトのロッドを弾き飛ばす。そうしてカイトを無視してユリィに肉薄しようとしたが、その前にカイトは次の武器を取り出していた。
「甘い! はぁあああああ!」
ロッドを失ったカイトが次に選んだのは、一件なんの変哲もないヌンチャクだ。そうして彼は舞い踊るように、自身に側面を向ける形になっていた『羅刹天』を打ち据える。
そしてどうやら、これが決着への一手になったらしい。初撃の直撃を受けた『羅刹天』が打ち上げられ、そこにカイトが猛烈な連撃を叩き込む。
「……ふぅ」
数秒の内に数十もの打撃を叩き込み、カイトが一つ息を吐く。そして彼が止まった事により、彼の打撃で空中に浮かんでいた『羅刹天』が地面へと落下。そのまま白い閃光を骨の内側から放つ。
が、まだこれでも、『羅刹天』の討伐には至っていなかった。『羅刹天』はゆっくりと手を上げて立ち上がろうとする。
「……残念。一手、遅かった」
だんっ。カイトが無情に『羅刹天』に告げると同時に、その頭蓋骨に先に吹き飛ばされたはずのロッドが突き立てられる。実は飛ばされたロッドは敢えて回収せずに上空に置いておいて、罠として有効活用するつもりだったのである。
そうして頭蓋骨が完全に粉砕された事により、『羅刹天』は骨の内側から放たれる圧に耐えきれないとばかりに、内側から弾け跳んで消え去るのだった。
お読み頂きありがとうございました。




