第2196話 二つの槍 ――墓所の迷宮――
冒険者ユニオン協会の創設者であるユニオンマスターに賛同し、ユニオンの創設者の一人に名を連ねる榊原・花梨。彼女の墓所の地下に設けられていた施設にて見付かった迷宮の調査を行う依頼を受けたカイトは、瞬らを連れて久方ぶりに榊原・花梨の墓所へと訪れていた。
そうして剛拳の息子である空拳の案内を受けて迷宮の入り口までやって来たカイト達は、そこで一旦迷宮のルールに従って二手に別れて行動する事になる。
というわけで、カイトは何時もと同じくユリィを相方として迷宮に潜入。初手から完全に真っ暗闇という『夢幻洞』にはないトラップに遭遇するという不幸には見舞われたものの、特別問題もなく次へ続くワームホール前にたどり着いていた。が、そこですぐに入る事は出来ず、少し遠目にワームホールを見る事になる。
「……逆に目立たない、これ?」
「目立つな……おかげで魔物達がわんさか集まっちまってる。天然のモンハウになってるな」
暗闇に潜むカイトとユリィは、ワームホールの光に集まったらしい魔物の一団を見ながら、ただただ嫌そうな顔で顔を顰めていた。ワームホールに入ってさっさと次の階層と行きたい所であるが、この様子では周囲の魔物を一旦なんとかする必要がありそうだった。
「でも、どうなってるんだろ。この闇、光属性吸収効果のある闇だよね」
「さてな……皆目検討もつかん。ちっ……少し目が痛いな」
久方ぶりの光源とあって、目がワームホールの輝きに慣れないらしい。カイトはしかめっ面で舌打ちする。が、ここらで慣らしておかないと後で痛い目に遭う。痛かろうがなんだろうが、慣らす必要があった。というわけで、ユリィがカイトへと問いかけた。
「どうする?」
「潰す」
「それはわかってるから、どうやってって話」
「さて、どうするかね」
ユリィの問いかけに対して、カイトはわずかに笑う。一応、手は幾つか考えている。その中で最も効率の良い戦い方を探りたい所であった。とはいえ、ワームホールという光源がある事で目が見えるようになり、その結果として敵の情報も把握出来るようになっていた。
「……全部、魔術に対してさほどの耐性の無い相手だな」
「のくせ、ここら一帯が魔術の使い難い空間ってのが、性格悪いよねー」
「言うな。そうじゃないと修行にならんのだろ」
もう少し気配を読む訓練を積むべきか。カイトは気配だけで相手の力量や大凡の存在は理解出来るにもかかわらず、まだ更に修練を積む事を心に決める。
「無茶言わない。目に頼らず魔物の種類やら全部当てるのってもう神業超えて化け物だから」
「目指せ化け物……出来そうな人一人知ってるから……」
おそらくあの人なら出来るんだろうなぁ。カイトは自らの師にして自身が知る限り最高位の剣士の事を思い出し、わずかに遠い目をする。が、それも一瞬だけだ。即座に気を取り直すと、彼はもう一人の師の力を使う事にする。
「ユリィ。声を上げてくれ。仕掛ける」
「良いの?」
「仕込みは済ませた。暗闇のおかげで、何時もより威力高めにしてある……多分、ミスはない」
「不安だなー……」
「暗闇で文字書くってのキツイんだよ」
どこか茶化すようなユリィの言葉に、カイトは笑う。何時もなら相手にバレないように不可視化させる魔術も併用したりするのであるが、この真っ暗闇だ。可視化してようがなんだろうが見えないので問題はない。無論、先のコウモリ型の魔物だろうと平面を探知する事は不可能だ。十分だった。
「……じゃあ、行くよ?」
「おう」
通路の中に掘った穴の中で息を潜め、カイトはユリィの行動を待つ。作戦は単純だ。彼女の声におびき寄せられた魔物が通路へと入ってくると同時に、カイトが通路一面に仕掛けたルーンを起動。残った奴は放置するか面倒なら撃破。これだけだった。そうして、ユリィが声を上げた。
「わぁあああああああああ!」
大声を上げた――もちろん要らぬ魔物を呼び寄せないように指向性を持たせてだが――ユリィの声に気が付いて、魔物たちが軒並み彼女の方を振り向いた。そうして、まるで吸い込まれるように通路の中へと入っていった。
「ふぅ……」
自らの真横を通り抜けていく魔物達を気配だけで察知しながら、カイトは僅かな時を待つ。そうして最後の一体が横を通り抜けたと同時に、カイトは自らとユリィの魔力的な繋がりを辿って彼女を召喚する。
「ほいよ」
「良し……っと。流石にランクSにもなると召喚術を使えば気付くか」
「それが、狙いなんだけどね」
今しがた通った道を今度は戻ろうとする魔物たちが通路に再度入ってくるのを見て、カイトとユリィはわずかにほくそ笑む。そうしてワームホールの光により二人の姿が照らし出されるのを見て、魔物達は一気に加速した。
「ユリィー。後ろ見といてー」
「はいはーい……ゴール!」
「はい、どーん!」
ユリィの合図に合わせて、カイトが指をスナップさせて仕掛けに仕掛けたトラップを一斉に起動させる。そうして爆炎や雷鳴が轟いて、通路の中を埋め尽くす。それを背に、カイトは前に飛びながら空中で軽やかに反転した。
「ユリィ」
「あいさー」
弓矢を構えるカイトの要請を受けて、ユリィが前面に幾つもの魔法陣を展開する。そこへ、カイトが矢を放った。そうして虹色の光を纏いながら矢は吸い込まれるように通路へと入っていき、一直線に並んだ魔物達を貫いていった。それを見ながら、カイトはワームホールへと飛び込むのだった。
さて、弓矢の反動でワームホールへと突入したカイトとユリィ。そんな二人は次の階層へとたどり着いたわけであるが、そこは先程とは打って変わって見た目は普通の草原であった。
真っ暗闇に覆われているわけでもないし、水浸しや雪原というわけでもない。溶岩流が流れている、などと言う事もなく、至って普通の草原だ。が、何も無いのはあくまでも見た目だけで異常は常に二人へと襲い掛かっていた。
「何、これ……」
「重力か……流石にこれは想像もしてなかったぞ」
真っ暗闇の次は無重力か。カイトはプカプカと浮かびながら、思わず笑うしかなかった。と、二人が入ったからだろう。周囲にも無重力が適用されだしたのか、色々なものが浮かび上がりだした。そんな光景にユリィが僅かな感心を得た。
「おー……なんか不思議な光景」
「風もあるし空気もあるのに、無重力か。しかも閉鎖された空間というわけでもなし……大凡、概念として無重力空間となっているという感じかな……」
ふわふわと浮かびながら、カイトはこの階層の原理を推測する。これはあくまでもカイトの推測でなにかの学術的な裏付けがあるわけでもないが、そこらを考えるのも仕事といえた。
「そなの?」
「そうじゃないと物理法則が……ああ、そうか。ここも訓練場という当てはめで内部空間扱いになってる可能性もあるな……」
ユリィの言葉になにかを言おうとしたカイトであったが、更になにかに気付いたのか色々と呟いていた。とはいえ、いつまでも駄弁ってもいられなかった。というのも、そんな二人の上を黒い影が横切ったからだ。
「「ん?」」
雲かな。二人はゆっくりと暗くなっていく周囲に目をやって、上を向く。が、そこで二人は思わず呆気に取られる事になった。
「……何、あれ」
「さぁー……」
呆然となるユリィの問いかけに、カイトもまた半笑いで応ずる。彼ももう笑うしかなかったようだ。と、そんな二人の見守る中、超巨大な魔物がその全貌を明らかにする。それは全長数百メートルはあろうかという巨大な魚型の魔物だった。それが、空を飛んでいたのである。
「……ちょっと前の『リーナイト』思い出した」
「思い出したくない」
「……やる?」
「やりたくない」
ユリィの問いかけに、カイトはゆっくりと回れ右をしようとする。が、そもそも無重力空間なのでさすがの彼でも空回りしている様子だった。そうして見たこともない巨大な魚型の魔物を見て、カイトはここがなぜ無重力か納得する。
「……そりゃ、無重力だわな。あんなの無重力じゃないと飛べないわ」
「それは良いけど……どうすんの? まだなーんにも見れてないよ?」
「多分大部屋系だろ。どっかにあるか、それとも……あいつを倒さないと出てこないパターンか」
カイトは再度上を見上げ、もはや全貌もわからないような魔物を再確認する。それに、ユリィもまた見上げた。
「魚と岩石をあわせたような感じ……?」
「んな感じか……より言えば長く生きた結果、苔やらフジツボやらが付着しちまった老齢の魚という所かもしれんが」
「……とりあえず写真撮っとくね。多分高値で売れるだろうし」
「そうしろ……多分、あのフジツボに見えるのは迎撃用なんだろーなー……」
今はまだ気付かれていないので良いだろうが、フジツボらしき物体からはわずかに魔力の粒子が光条として漏れ出していた。明らかにここから攻撃用の魔力が放出されそうな様子であった。そんな事を思いながら見ていると、ユリィがユニオンに提出用の写真の確保が終わったらしい。
「終わったー。そっち、なにか考えついた?」
「考え付いてなんとかなる大きさじゃねぇな……」
敵は以前にクラス3の<<守護者>>に乗って戦った魔物達とさほど変わらない大きさではあったが、逆に言えば本来はそういった数十数百メートル級の兵器兵装が必要な相手という事でもあった。
「そりゃ、こんなの居れば早々に逃げたくもなるよなぁ……」
「ねー……ねぇ、カイト。素直に再挑戦やんない?」
「痛いのいやだし、ここで『帰還符』探しても出て来るかも微妙なラインだ」
「ですよねー」
悲しいかな。二人は熟練の冒険者と言って損のないだけの経験は積んでいる。故に交戦しか残されていない事を理解していたが、同時にそれ故にこそ決心したくなかったらしい。
しかもここはまだ第二階。更に奥深くがある可能性が高い以上、下手にここで魔力を消耗したくはなかった。が、諦めるしかなさそうでもあった。というわけで、意を決するではなく諦観を滲ませてユリィが告げた。
「はぁ……カイト。私が防御やるから、カイトは攻撃に専念して。そうじゃないと多分、きつくなる」
「あいさー」
カイトもユリィも盛大にため息を吐いた。この魔物はおそらくエネフィアには居ても宇宙空間が本来の生息地だと思われた。先の階層が暗闇で情報が集められなかったのに対して、こちらは魔物の関係から一切の情報無しだ。情報収集も仕事である以上、覚悟を決めて戦うしかなかった。
「やるか」
「やりますかー」
カイトの言葉に、ユリィも嫌そうな顔をしながらもそれを受け入れる。そうして、二人は意を決して空中へと躍り出るのだった。
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