第2195話 二つの槍 ――墓所の迷宮――
剛拳からの依頼を受け、ユニオンの創設者の一人にしてかつてはギルド<<粋の花園>>のギルドマスターであった榊原・花梨の墓所へとやって来たカイト達。
そんな彼らは剛拳の息子にしてカリンの弟となる空拳なる男に案内され、以前立ち入った地下の入り口区画から更に奥へと進む事になっていた。そうして最奥付近にて榊原・花梨が作ったと思しきメッセージがあり、迷宮への攻略を開始する事になっていた。というわけで榊原・花梨謹製の迷宮へと足を踏み入れたカイトであったが、そんな彼を出迎えたのは少し広めの広間だった。
「カイト?」
「うん? 入って早々に分けられるわけじゃないのか」
「……カイト。あいつ、見えるか?」
『夢幻洞』と同じなら入って早々に別々のところに出る事になるはずなのに、一緒のところに立っていた事に困惑する瞬に対して、クー・フーリンはすでに迷宮の中であるが故に一切の油断無く――と言っても余裕は見え隠れしていたが――構えていた。そうしてそんな彼の言葉に、カイトもまた部屋の中央を見て小さく口を開く。
「なにかの装置、という所か……水晶……に見えるが見えるだけだろうな」
「どうする?」
「援護頼む。ルーンならそっちのが一歩も二歩も先を行くからな。最悪は即時封印で」
「オーライ」
カイトの返答にクー・フーリンが少しだけ後ろに下がる。優秀な槍使いである彼であるが、師が師故にルーンを使った魔術も大凡一通りは習得している。そして必要とあらば使う事に躊躇いはなかった。
というわけで彼は周辺にあった手頃な小石をひっつかむと、慣れ親しんだ動きでルーンを刻む。そうして支度が出来た所で、カイトへと告げた。
「良いぞー」
「おーう」
三個の小石を弄ぶクー・フーリンの声を背に、カイトはユリィを伴って広間の中央へと歩いていく。そこには一つの水晶の乗った台座があり、更にその奥には閉じられた石の扉があった。
「ユリィ。万が一の場合は即座にシールド頼む」
「りょーかい。ま、変な事しなければ大丈夫は大丈夫でしょ」
「初手即死トラップは時々見るぞ」
「油断しなければ大丈夫」
こちらもやはり強者だからだろう。余裕は見えていたが、同時に油断はなかった。そうして数言喋っている内に、気が付けば部屋の中央の妙な台座までたどり着いた。と、それと同時に水晶が勝手に起動して、空中のカイトから見やすい位置に映像が投影された。
「これは……難易度選択?」
「あー……そういえばさっきのメッセージでも最高難易度は榊原・花梨と初代ユニオンマスターが組んで攻略失敗する事もある程度の難易度とか言ってたっけ」
「ふむ……てっきり最下層とかそういう話かと思ったが……そんなわけでもなさそうか」
ユリィの言葉にカイトは自身の思い違いを把握し、どうするか考える。一応、今回の剛拳からの依頼は別に最下層まで到達する必要はないと言われている。どの程度の攻略難易度がありそうか、と調べて欲しいだけだ。というわけで、カイトは自身に望まれるものを理解して、それを選択する事にした。
「ユリィ。最高難易度、行くぞ。ヤバくなったら即時帰還で」
「りょーかーい……ま、私らなら余裕っしょ」
「さて……余裕と思っても本気でやるのがプロってもんだぜ?」
「わかってまーす」
カイトの言葉に楽しげに笑うユリィであるが、そんな彼女が水晶の近くにあったコンソールを操作。映像に表れていた選択肢を動かした。
「えっと……あ、右側にデフォルメされたカリンが……あ、違うか」
「多分、創設者の方の榊原・花梨の方だな」
ここらはやっぱり同じ血統でも違う所か。カイトはデフォルメされた榊原・花梨にまるで漫画の吹き出しのように現れたコメントを見て笑う。曰く最高難易度に関してはゲキムズとの事で、ひよことロートルお断りなる挑発的なメッセージが記載されていた。それを笑いながら、ユリィが選択を決定させる。
「これで良し……って、ちょっ!?」
「準備も無しか!」
カイトもユリィも更に奥に扉があった為、あそこから迷宮に入っていくものだと思っていた。が、実際はここから直接迷宮の内部へと転移させられる様子だった。そうして転移させられたカイトであったが、即座になるほど、と納得する事となった。
「さぁて……一応、聞いとく。ユリィ?」
「あいあいさー。私ちゃん肩の上です」
「であってくれて欲しいもんだ」
一寸先は闇どころか自身の手足さえ一切見えない闇の中。カイトは耳元で聞こえるユリィの言葉にため息を吐いた。一応、何時も通り彼女の感覚は肩の上にある。が、その自身の肩の上さえ見えないのが現状だった。しかも転移させられたおかげで彼女が本当に居るかどうかは、自身の感覚を信じる他になかった。
「なんなら大声で叫ぼっか?」
「やめろ。耳が痛い」
「じゃ、どうする?」
「どうするねぇ……選択肢、これあるかね」
目を開けていても意味がないなら閉じていても一緒。カイトは意識を集中させるべく目を閉じて周囲の状況を確認する。が、そうして返ってきた感覚にはただただ笑うしかなかった。
「ふつーに魔物居るな」
「居るでしょ、迷宮なんだし」
「そりゃそうだがね……」
そういう事じゃない。カイトは気配を読み取って、確かに最高難易度に相応しいだけの事はあると思う。なにせ飛ばされた部屋の中だけでもすでに3体の魔物が居たし、どれもこれもランクS級の魔物ばかりであった。無論、更に先に居る魔物も軒並みランクSばかりであった。というわけで、流石にこの真っ暗闇の中をまともに戦ってはいられないと二人は小声で相談を開始する。
「……どうする? ひとまず動かない限りは大丈夫だろうが」
「やらない事には先にも進めないでしょ」
「なんですよね……で、面倒なのはこの上のか」
カイトはユリィの言葉に同意すると、意味はないとわかりながらもつい癖で天井側と思しき方角を確認する。無論、真っ暗闇出なにかが見えるわけではない。が、相手は見えるだろうと考えられた。そうして、二人は会話の方法を魔糸を直接接続する事によるやり取りに変更する。
『どんな感じ?』
『おそらくコウモリ系だな……詳しい事はわからんが』
『その場合は、基本的な作戦としては光属性で攻撃する事だけど……』
『その場合、状況如何では他二体も起きて三つ巴以上の大混戦になる可能性は無いな』
通常時の場合においてこういう場合どうするか。それはユリィの言葉が正しかった。無論、その後のカイトの返答も正解だ。が、最悪なのはこの状況だった。
『敵の詳細がわからん暗闇の中で、初手光属性による攻撃は下策中の下策だな。光源に向けて敵が呼び寄せられる可能性もある』
『なんだよねー……それに、ここで出せるか微妙だし』
ユリィはここら一帯に満ちる闇属性の空気を見て、ため息交じりに首を振る。あまりに闇属性が強すぎて生半可な攻撃では通用しないだろう事が察せられた。そうして、二人は次の策をどうするか決める。
『……ユリィ。下二体の内どっちやりたい?』
『カイトの移動場所から近い方』
カイトの問いかけに対して、ユリィはわずかに首を鳴らしながら腕を伸ばす。そうして、彼女がカイトの肩をとんとんと叩いた。それを受けて、カイトが音もさせず地面を蹴る。
「ふっ」
ずしゃ。天地逆さまに天井に着地したカイトが、一瞬で肉薄したコウモリ型の魔物の首を刎ねて胴体を縦に両断する。そうしてそこでユリィが彼の肩を離れ、大型化。血しぶきで目覚めた残る二体の片方へ向けて弓矢を構える。そうしてそれと同時に今度はカイトが天井を蹴って、一番遠い魔物の眼前に肉薄していた。
「はっ!」
唐竹割りに、カイトは問答無用で一刀両断に真っ二つにする。そして彼が仕留めると完全に同時にユリィが矢を放ち、一息で消滅させた。
「ふぅ……ここだと魔糸は繋いだ状態で動かないとヤバいな」
「一回はぐれたら合流厳しそうだね。それに、魔物も強いから念話とかであまり居場所悟られたくないし」
「か……」
どうやら流石は伝説の勇者とその相棒という所らしい。二人にとって真っ暗闇は問題になっていない様子だった。というわけで魔糸を頼りにして再びユリィを自身の肩に乗せたカイトは、神陰流の応用で周囲の状況を再確認。風の流れなどを複合的に判断して通路を見つけ出すと、そちらに向けて歩いていく。
「というか今思うけどカイトこの真っ暗闇の中でよく平然と動けるね」
「神陰流の修行の一つに、完全に感覚を閉ざされた状態に身を置く事があるからな。視覚が閉ざされた程度じゃ、苦にもならん……ま、流石にどんな魔物か、程度しかわからんけどな」
「ふーん……あ、そうだ。そう言えばコウモリ型の魔物ってなんとかなるの?」
「超音波?」
「そそ」
基本的な話として、自然界の動物と形状が似ている魔物はその生態も似通っている。故にコウモリ型の魔物は超音波を発して暗闇でも見れるようになっている。しかもその精度はコウモリより段違いに高い。こちらもまた暗闇は意味をなさなかった。
「ま、そこはなんとかするしかない。それに……」
「まー、それもそうなんだけどね」
カイトとユリィは呆れるように笑うと、通路の前に向けて手のひらを伸ばす。そうして二人は同時に魔力の光条を解き放ち、飛来していたコウモリ型の魔物を消し飛ばした。
「音が五月蝿い。もう少し静かに飛べないものかね」
「飛ぶつもりも無いでしょ……第一言っても無駄だし」
せっかくの真っ暗闇だというのに、ここまで大きな音を出しては意味がないのではないか。二人はそう思う。が、敢えて言えばこのコウモリ型の魔物の飛翔音はサイズから鑑みればかなり静かに飛んでいる。ただ二人の感覚が鋭敏である為、気付けているだけであった。と、そんな二人であったが、そこでふとユリィが問いかけた。
「あ、そうだ。カイト……マップとかってどうなるのかな」
「む……確かにこの真っ暗闇の状態じゃマップとかも見れないな……そこらも調査しておいた方が良い……とは思うが、そのマップを開く為の魔道具をまずは探す必要があるか……あ、そういえば階層を示す指輪とか……無いか」
どうやらここは『夢幻洞』と似ていても、完全にシステムが一致しているわけではないらしい。カイトは自らの指を一度触れて確認し、『夢幻洞』なら潜入と同時に自らの指に嵌っている指輪が無い事を理解する。これが何を意味するかはわからないが、それだけは事実だった。
「うーん……少しゆっくり目に行きたい所ではあるが……」
「この真っ暗闇じゃ、ゆっくり行っても、って感じはあるよねー……」
「なんだよなー……運が悪かったのかもしれんか」
もし真っ暗闇でなければ、ドロップやトラップ、その他『夢幻洞』との違いをもっと事細かく確認出来たかもしれない。カイトもユリィもそう思うが、初手から真っ暗闇を引き当てた以上は仕方がなかった。
「ま、とりあえず次の階層まで行ってみて、次がまた真っ暗闇でない事を祈るしかないんじゃない?」
「だな……良し。とりあえず行ける所まで行ってみるか」
ユリィの提案にカイトも同意すると、改めて気を取り直して先へと進む事にする。そうして、二人はそれから三十分ほど掛けて第一階層の攻略を終わらせる事になるのだった。
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