第2194話 二つの槍 ――墓所――
時の榊原家当主にして、ユニオンにおける創設者の一人である榊原・花梨。そんな彼女の墓に押し入った元大工のダオゼの一件により見つかった墓所の地下の修繕が行われる事になっていたのであるが、それに関してカイトは墓所へ向かう依頼を剛拳から受ける事となる。というわけで、依頼を受けた数時間後。彼は瞬らを伴って、墓所へとやって来ていた。
「そういえば前にここまで来た時には、奥までは立ち入らなかったな」
「あの時はそんな場合じゃなかったからな」
「それもそうだが……にしても、本来はこんな場所だったのか」
カイトの言葉に同意する瞬であったが、彼は周囲を見回して興味深げだった。そんな彼に、ユリィが問いかけた。
「なにか気になる?」
「いや……前に来た時には夜だっただろう? だから周囲はほとんど見ていなかった。しかも戦闘中である事もあいまって、人はいても全員が戦士だった。普通の状態を見た事がなかった」
「あー……」
瞬の言葉に、ユリィも周囲を見回して納得する。ここはユニオンの創設者の一人である榊原・花梨の墓所だ。現存するユニオンの創設者の墓で自由に行き来出来るのはここぐらいなもので、それ故にある種の観光名所になっている。
なので冒険者のみならず、観光客らしい人の姿もちらほら見受けられた。この光景の方が通常のユリィやカイトにとっては見慣れたものだが、彼にとっては初めての光景かつ本来のものだった。
「まー、そう言っても中央の一角は封鎖中。中は修繕の真っ最中だから、そっち関連の大工達も多いな」
「そうか……で、俺達はどこへ行けば良いんだ?」
「とりあえず、まずは中へ入ろう。先んじて剛拳殿のご子息が伝令で入ってくれているから、行けば通じるはずだ」
瞬の問いかけに、カイトはひとまず一同を先導するように歩いていく。その道中、クー・フーリンが楽しげに呟いた。
「にしても、無敵キャラねぇ……師匠ならサクッと殺しちまいそうだが……カイト。どんなもんだった?」
「んー……姉貴なら瞬殺するだろうなぁ……それかブチギレてその程度で儂に勝てると思うか、で圧で殺すか」
「やっぱ場数踏んでない雑魚は所詮雑魚か……瞬。お前はそうはなんなよ」
「はい」
所詮虎の威を借る狐か。クー・フーリンはカイトの言葉に特段の侮蔑も嘲笑も浮かべず、瞬に対してそうならないようにしっかりと言い含めるだけに留める。
というわけでそんなかつてのダオゼの事や彼の話、榊原・花梨の話を繰り広げながら歩いていき、墓所を封鎖していた榊原家の家人に頼み中へと通される。そうして入った墓所の入り口区画であるが、そこにたどり着いて瞬は思わず驚きを浮かべる事になった。
「……こんな広かったのか」
「戦闘時の速度じゃ、一瞬に感じるだけだ。実際にはかなりの広さだという事だ。詳しい値は知らんがな」
戦闘中であったがゆえに一瞬で端から端まで移動出来たからか、瞬はこの区画がかなり小さいものだと体感的に思っていたらしい。が、実際には一般的な体育館と比べても遥かに勝る大きさがあり、それだけでこの墓所の地下が非常に広い事が察せられた。
とはいえ、そんな広い空間も今では招かれた大工達が所狭しと資材を置いたりしていた為、先の一件で入った以上に手狭にはなっていた。と、そんな一角から、家人からの連絡を受けた空拳が顔を出す。
「カイトさん、ユリィさん……彼らが?」
「ああ。オレの兄弟子のクー・フーリンとウチのサブマスターの瞬・一条だ」
「よぅ」
「はじめまして」
カイトの紹介にクー・フーリンと瞬の二人が挨拶を交わす。これに、空拳も応じた。
「榊原・空拳です。よろしくお願いします」
「そちらは?」
「クグミ・ムブシ……ムブシ組棟梁でさぁ。こっちは跡取りのオビキです。話は聞きました。ウチのバカがご迷惑をお掛けしました」
「と、言いますと……」
いきなりの謝罪に、カイトが若干困惑気味に首を傾げる。これにクグミが告げた。
「ダオゼは俺の息子です」
「っ……それは……こちらこそ申し訳ない」
「いや……あれはウチのバカがどうしようもないバカだったってだけでさぁ。あまつさえ、あの……<<死魔将>>にさえ利用される始末。本来なら、俺もオビキも腹掻っ捌いて詫びにゃならん立場。ですがどうか、この頭ひとつでご容赦くだせぇ」
なんと言えば良いかわからない。そんなカイトに対して、クグミは横のオビキと並び再度深々と頭を下げる。まぁカイトにしてみれば騙されただけの取るに足らない小悪人というところであったが、普通は世間一般からすれば<<死魔将>>に協力した極悪人だ。
一応ムブシ組の名誉などからダオゼが<<死魔将>>に――良いように扱われただけであるが――与していたことは一般にはされていないが、流石にこの二人には語られたらしかった。なのでダオゼが殺されても一切の文句は言えず、そしてそれ故に頭を下げるしか出来なかったのである。
「いえ……私に関しては何も言えません。体内に取り込まれた以上、ああする以外に手は……」
「わかってまさぁ……本来捨てれば良い物を欲を掻いてああなった。仕方がない事でさぁ」
カイトの言葉に、クグミははっきりと首を振る。無念ややりきれない思いはあったが、それでもこればかりは仕方がない事だと彼らも諦めがついていた。と、そんな気まずい空気が流れる事になるわけであるが、そこに空拳が口を挟む。
「では、棟梁さん。私は彼らの案内がありますので……」
「あ、あぁ、わかりやした。では、俺達はこれで」
「……」
空拳の言葉に、クグミとオビキの二人が頭を下げてその場を辞去する。そうして彼らと別れて、カイト達は奥へと向かう事になる。
「ここから先は……前の時に立ち入られていなかったのでしたか?」
「ああ。さっきの鳥居までだ」
「そうですか……道中、幾つかの扉がありますが、無関係なのでそちらについてはスルーして進みます。ご了承ください」
カイトの言葉に頷いた空拳であるが、そんな彼は四人を先導して更に奥へと向かっていく。と、その道中でクー・フーリンが空拳へと問いかけた。
「空拳さん。この横の扉の先、何があんだ?」
「この先、ですか。基本はトラップまみれの侵入者防止エリアですね。一切の情報が無いまま進めば、というわけです」
「そっちは、行かなくて良いのか?」
少しだけ猛犬の笑みを覗かせるクー・フーリンが、空拳へと問いかける。これに空拳は首を振った。
「ええ……今回の修繕に際して、改めて榊原家の書庫や蔵書の類を確認しました。その中に幾つか、この墓所に関する情報が記されていました」
「そこに罠についても記されていた、と」
「ええ……わかっているところの攻略は我々でも出来ます。が、わかっていない領域の攻略は並の者では不可能……貴方方に頼むべきはどちらか、は自明の理かと」
クー・フーリンの問いかけに対して、空拳ははっきりとそう述べる。空拳からしてもクー・フーリンの力量が自分以上である事は彼も武芸者であればこそ理解出来た。攻略を任せるに足ると察したのである。
「そうかい……ま、そりゃ良い。でもそれならなぜ、今回の依頼なんだ?」
「今回の依頼の迷宮は一切情報が無かったのです。実際、ダオゼにしても迷宮の存在は想定外だったらしく、立ち入った様子はありませんでした」
「なるほどね。完全に未知と」
「はい……我々も単なる暗闇と思い潜入し、痛い目に遭いました。認めたくはないですが、ダオゼの判断は正確だったのかと」
若干の苦味と共に空拳はクー・フーリンの問いかけに頷く。これについては彼が剛拳に支援を求めてきた事からも分かるだろう。というわけで、彼らが得た僅かな情報をカイト達は共有してもらう。
「と言う感じです。基本的には『夢幻洞』と同じ形式で作成されており、その点で不測の事態は起きないかと」
「が、罠の種類は増え難易度は全体的に上昇している、と」
「はい」
カイトの問いかけに対して、空拳ははっきりと頷いた。現状ほとんど何もわかっていない状態になっているわけであるが、それでもこういった情報こそ重要な情報だ。なのでカイトはその一言一言を完全に暗記しておく。と、そんな彼に空拳が問いかけた。
「そういえば、今回皆さんはどうされるのですか?」
「どうする?」
「潜入です」
ああ、なるほど。確かにそれは重要か。というわけでカイトは一つ頷くと、今回なぜ四人で来たか、という理由を語る。
「まー、オレとユリィは言うまでもないだろう。今回は完全に未知の迷宮だ。『夢幻洞』の難易度を鑑みた場合、なるべくツーマンセルで動いた方が良い」
「なるほど……それで、兄弟子の方は? その……あまり言いたくはないのですが……」
「あー。別に言っても良いぜ。瞬がこの場で段違いに弱い、ってのは事実だからな」
「ぐっ……」
わかってはいることだし瞬も覚悟していたが、直接はっきりと言われては瞬も言葉を詰まらせるしかできなかったようだ。とはいえ、そんな彼にクー・フーリンが笑う。
「そういうな。せっかくだからここで鍛えてやろう、って話じゃねぇか」
「は、はぁ……そりゃ、まぁ、わかってはいますが……」
どうやら瞬が来た理由はここでクー・フーリンから教えを授かる為だったらしい。
「ま、そんな感じで俺は最後まで行く気はさほどねぇんでな。それに、俺は別に賢いわけでもない。ウチの弟弟子に基本は全部任せちまってる」
「そうですか……それで一応ですが。先にお話しました通り、トラップの種類が飛躍的に増加している。おそらく通常の罠でさえ、色々な変更点が加えられているでしょう」
「もとより承知だ」
空拳の言葉に、カイトははっきりと問題無い事を明言する。そうしてまるでカイトの意思を確認するのを待っていたかのように、空拳が立ち止まった。
「ここが、その迷宮への入り口前です」
「これが入り口じゃないんですか?」
「ええ。どうやら誤って入ってしまう事の無いように、二重扉にされていました。ここはその外側の扉というわけですね」
瞬の言葉に頷いた空拳は、そのまま外側の扉を開いて一同を中へと招き入れる。そうして招き入れられた場所では、先に空拳が剛拳へと報告した通りのメッセージがあった。そうして写し出されたのは、初代榊原・花梨の映像だった。
『あー、あー……まぁ、ここに来たって事は誰かがここの事ゲロったか、何かしらの事情で私の事知ってる身内が攻め入ったか、というところだな』
やはりご先祖様だからだろう。榊原・花梨の見た目は<<粋の花園>>ギルドマスターにしてカリンとそっくりと言えばそっくりだ。着流しの着物を着ていたり、と若干の違いが見受けられていた程度であった。
『まー、詳しい話はいっそ置いとこうか。とりあえず、ここは詫びとでも考えてくれ……ま、私も詫びで修行場提供すんのはどうか、とは思うがね』
少しだけ困り顔で、榊原・花梨は笑う。そうして一つ笑った彼女は、一転して気を取り直して告げた。
『とはいえ、ここが良いところだってのは保証する。私の言葉の真偽は、入ってみて自分で確認してくれ。ああ、この奥の迷宮は好きに使ってくれて構わんよ。が、最高難易度は正直私とあのバカが組んでも何回かに一回は失敗するぐらいの設定にしてるんで、挑戦する時は覚悟決めてやんな』
「だ、そうだ……どうする?」
榊原・花梨のメッセージを見終えて、カイトが改めて一同へと問いかける。これにクー・フーリンが笑う。
「おいおい……意味もない質問をするなよ。どの程度かは知らんが、相当自信があるみたいだな。楽しみだ」
「そうか……で、どうする?」
「どうするもこうするもない。ま、こっちは何時も通りやるさ。手頃な相手がいれば、瞬の相手させながらな」
「そうか……ま、そこらはそっちに任せる。今はもうオレが殊更口出し出来る状況でもないしな」
何度も言われているが、カイトにとって瞬は兄弟子の弟子だ。なので一切口出しは出来なかった。と、そんな事をのんきに話していると空拳がメッセージが保存されている台座を操作して、目の前の扉を開く。
「これが、件の迷宮へと進むワームホールです……どうされますか?」
「どうするもこうするもない……さ、行くか」
「「おう」」
「はーい」
カイトの号令に、三人が応ずる。そうして、カイトを先頭にして一同は新たに見つかった迷宮へと挑む事になるのだった。
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