第2193話 二つの槍 ――依頼――
『榊原』を治める榊原家当主の剛拳からの朝一番の呼び出しを受けて、榊原邸へと訪れていたカイト。そんな彼は当主である剛拳のところに赴くと、そこでおよそ三百年ぶりに彼はカリンの実弟にして剛拳のもう一人の子である空拳という青年と再会する。そうして剛拳からの申し出により空拳との一試合を終わらせたカイトは、改めて本題に入る事にして貰った。
「それで、剛拳殿。貴殿のことです。ここで空拳とオレを引き合わせ、そして稽古を付けさせる意味はあるのでしょう?」
「あははは。お見通しでしたか。ええ……実は今回お呼び出しさせて頂いたのも、そこが一因があるのです」
カイトの問いかけに対して、剛拳は少しだけ恥ずかしいという様子で頷いた。そうして、彼は本題を語る前に語らねばならない事を問いかける。
「カイト殿。まず一つお尋ねしたいのですが……現在、当家が主導して榊原・花梨の墓所の修繕が行われている事はご存知ですか?」
「ええ。燈火からもバルフレアからも聞きました。そういえば近々開始されるのでは?」
「ええ。実は昨日、ようやく調査の手が入りましてな。この空拳が主導しております」
剛拳の紹介に、空拳が無言で頭を下げる。これにカイトはわずかに目を見開く。
「本当にドンピシャなタイミングでしたか」
「ええ。本当にドンピシャでした。おそらく後一日早くとも遅くとも、このようにはならなかったでしょう」
「それは……何かしらの縁があったのでしょう。今回、私が来たのは全くの偶然。師のスカサハより戻るなと言われればこそ、こちらに居るだけの事です」
「そういえば昨日はさほど聞いておりませんでしたが……流石は勇者カイトの師というわけですか。世界間転移さえしてのけるとは」
カイトの言葉に、剛拳は改めてスカサハについて言及する。とはいえ、これは本題ではなかったし、カイトからしてみればまた要らぬ事を言って肝を冷やしたくない。なので彼はそのまま本題に入る事にする。
「あの人なら、やってのけるでしょう。伊達に、地球に戻った後に弟子入りすると決めれるだけの腕ではないのです……それで、本題とは?」
「ははは。そうですな……本題。そう、本題です。空拳。お前が語りなさい」
「はい」
剛拳の指示に、空拳が一つ頭を下げる。そうして、彼が一つカイトへと確認する。
「それで、カイトさん。一つお伺いしたいのですが……ダオゼという男は覚えていらっしゃいますか?」
「奴らに唆された哀れな盗賊、だったか」
「はい。元々は大工の一族に生まれた大工の一人で……」
カイトの返答に、空拳は自分達が手に入れたダオゼの来歴についてを語っていく。と言っても大工であった頃の事は父と兄が今回の修復工事に関わっている以上、調べるまでもない。
そしてこれはカイトにも報告は上がっており、語られたのは大工をやめて盗賊となった後の事であった。が、これにめぼしいものは何もなかった。
「と、いうところです」
「まぁ、よくある話といえはよくある話か……で、そのダオゼがどうした?」
「はい。先にも語りました通り、ダオゼが得意としたのは錠前関連。故に彼は道中で無関係な扉の鍵も開けていた様子なのです」
「それはまた命知らずな」
こういった未知の遺跡では何が起きても不思議ではない。カイト達でさえ、未知の遺跡では安易に扉を開けたりはしない。それがユニオンの創設者の一人である榊原・花梨の墓であれば尚更だ。冒険者が冒険者対策のトラップを仕掛けると厄介な事になるのは目に見えた話だったが、そこでふとカイトは気が付いた。
「ああ、なるほど……帰り道に開けたか」
「学者達もそう判断している様子です。そうでなければあまりに無策だと」
「調子に乗ってた、ってわけね」
あの当時、ダオゼはほぼほぼ無敵と言って良い状況だった。なので彼は自分の力を試す意味合いも含め、手当り次第に錠前を解錠していたのだろう。それを指摘するカイトに、空拳もはっきりと頷いた。
「そうですね」
「あはは……で、何だ? 奴が開けっ放しにしちまった扉の中に厄介なのがあって、手が出せなくなったか?」
「半分正解、半分不正解というところです」
「ほぅ……」
どうやら少しばかり楽しい話になってきそうだ。カイトは空拳の言葉に少しだけ楽しげに笑う。そうして、彼は少しだけ前のめりに問いかけた。
「何があった?」
「まずは、こちらを」
「これは?」
「墓所の地下に刻まれていた榊原・花梨の伝言の写しです」
「拝見しよう」
空拳から差し出された一通の書類をカイトは確認する。そうして少しして、彼はわずかに驚いた様子を見せた。
「ふむ……やはり榊原・花梨は<<裏八花>>の呪物化を察していたのか」
「はい……それ故、メッセージにもはっきりと迷惑を掛けたとありました」
「ああ……まぁ、これについてはしゃーない事だ。彼女の存命中にはあくまで可能性でしかなかった以上な」
「かと」
カイトの言葉に空拳も一つ頷いた。結論から言ってしまえば、カイトの言う通り<<裏八花>>の呪物化を榊原・花梨は察していた。それ故に彼女は手紙の最初にそれで迷惑を掛けた事を詫びていたのであった。とはいえ、これは単に彼女が筋を通したというだけの話で、特別驚くような事ではなかった。なのでカイトが気になったのは、この後の部分だった。
「それで、この後ろの詫びと言っちゃぁなんだが、で始まる部分……これはどういう意味なんだ?」
「は……実は榊原・花梨の墓所の奥に、迷宮が見つかったのです。それで私も様子見で潜入を試みたのですが……」
「苦い顔だな。何か問題でもあったのか?」
わずかに苦い顔の空拳に、カイトがその先を促す。それを受けて、空拳が意を決したように口を開いた。
「ええ……基本的な性質は『夢幻洞』と同じだったのですが、こちらはどうやら面倒な仕掛けが施されている迷宮の様子でして。それで攻めあぐね、一度父に相談する事にしたのです」
「それで相談を受けた私が、カイト殿を呼び立てさせて頂いたというわけです」
空拳の言葉を引き継いで、剛拳がここまでの流れを語る。それを空拳もまた認め、頷いた。
「はい……丁度帰った時に、カイトさんがいらっしゃっているので話をしてみるか、と」
「なるほど……それで、何が面倒な仕掛けなんだ?」
「迷宮のフロア全体に影響を与えるような罠が初手から仕掛けられてしまっている事があるのです」
「それはそれは」
フロア全体に影響を与えられるような罠。それは例えば浸水などによりフロア全体がまともに動けなくなると、必然としてそこに居る者たちも全員一瞬で動けなくなるだろう。
よしんば動けても、カイトのように水の加護などの大精霊達からの支援や、人魚族達のような存在でなければ行動は大幅に阻害されるだろう。そういった罠が最初からだ。罠の回避や解除なぞ出来るわけもなく、非常に難しい作業が予想された。
「今の所、水没、暗闇などは確認出来たのですが……ここからどれだけ先があるかわからない以上、無策に突っ込める物ではありませんでした」
「当然の判断だ。未知の状態であれば退くのもまた戦略だ」
「はぁ……」
カイトのたとえ話に、空拳は若干困惑気味だった。ここらの戦略面に関しては空拳もヤマトもあまり得意としているわけではなく、単にそういう物だと思うだけだった。と、そんな彼にカイトが問いかける。
「まぁ、それはともかく。何が起きるかわからないのです。初手から初見殺しを繰り広げる事も考えられました」
「となると、現有の戦力では些か怖いな、と」
「そうなります」
カイトの言葉に、空拳ははっきりと頷いた。一応仕様が『夢幻洞』と同じなので攻撃を食らって本来は死ぬような状況でも外に出されるだけで済む。実際これについては先の潜入で実証もされており、危険性については考えなくても良いだろう、との言葉であった。
「が、それでも罠がフロア全体に影響を与えていたり、挑戦者をコピーした幻影が現れたり、と中々に厄介そうな報告が上げられています」
「ふむ……」
確かに厄介は厄介な迷宮の様子だ。そして空拳もそれが分かればこそ、増援の要請に来たのであった。そしてこういった場合に役に立ってくれるのが、エネフィアの冒険者達だ。彼らを連れて行こう、という空拳の判断は全く正しいものであった。が、カイトは一応の確認を行っておく。
「それで、オレ達にもお声が掛かったと」
「はい……情けないようですが、一つ受けて頂ければ」
「それは別に構わんさ。オレとしても興味があるからな」
頭を下げた空拳に、カイトは笑って快諾を示す。そもそも彼が『榊原』に来たのは単なる暇つぶしだ。その暇つぶしの内容が若干変わろうと問題はなかった。というわけで、カイトは念の為に確認を取っておく。
「で、聞きたいんだけど、『夢幻洞』と今回の迷宮の違いを教えてくれ」
「はい。これについては、昨日人海戦術で判明した内容を記載させて頂きます」
カイトの要望に、空拳は更に別のメモを持ってこさせる。カイトは対面に居てよくはわからなかったが、この中に昨日までに判明した内容が記されているらしかった。そうして、それからしばらくの間カイトは空拳から『夢幻洞』との差を確認させて貰う事になるのだった。
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