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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第88章 新たなる力編

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第2192話 二つの槍 ――拳闘士――

 師のスカサハからの命令により中津国から数日帰れなくなったカイト。そんな彼は彼と行動を共にしていたがゆえにマクスウェルへと帰還できなくなった瞬。瞬の異変を聞きつけて力になるべく地球からやって来たクー・フーリン。そのクー・フーリンの案内役を務めたユリィの三名と共に、『榊原』にて滞在していた。

 そうして、カイトと瞬、クー・フーリンの三人が『夢幻洞』へと挑んだ翌日の朝。カイトは早朝から榊原家から来た使者と会っていた。


「はぁ……剛拳殿が」

「はい。できれば今から来て頂けないか、との事。詳しくは来られてから話したいと」

「はぁ……今から、ですか。私は構わないのですが……」


 一応、榊原家には自分達がどこに滞在する予定か告げていた。なので朝一番に使者が来る事そのものは不思議ではないが、それでも別の所に泊まっている時に剛拳がわざわざ朝一番に来てくれと言うのは非常に珍しいと言わざるを得なかった。

 とはいえ、だからといってカイトに否やがあるかというと、それもない。というわけで、彼は手早く着替えを行うと足早に榊原家の邸宅へと向かう事にするが、流石に時間が時間だった。


「……オレ一人で大丈夫ですか?」

「無論です。呼びに行くように頼まれたのは、カイトさんお一人ですので」

「わかりました。それなら、構いません」


 ちらりとユリィの方を見たカイトであったが、彼女は絶賛爆睡中であった。カイトがこの時間に起きているのは言うまでもなく朝の鍛錬があるからだ。彼とて武芸者の端くれ。鍛錬を怠る事はなかった。が、武芸者でないユリィにそれを強いるのは筋違いだ。なのでカイトは書き置きを残し、静かに旅館を後にした。


「「「はっ! はっ! はっ!」」」


 訪れた榊原家では、やはり朝一番の稽古を行う者たちが数十数百人と居たようだ。邸内のそこかしこで気合の入った声が聞こえてきた。と、そんな様子を横目に見ながら、カイトは呼び出しに来た家人に案内され先へと進む事になる。が、その道は何時もとは違う道だった。


「こちらへ」

「む? こっちなのか?」

「ええ……今の時間ですと、剛拳様は朝の鍛錬中ですので……」

「そうか……まぁ、剛拳殿だ。客が来たからと鍛錬に淀みが出る方ではないだろう」


 剛拳の腕前はカイトもよく知っている。武芸者として尊敬に値する人物の一人と言って過言ではない。なのでカイトは朝の稽古の邪魔にならないだろう、とそのまま案内される事にする。

 そうして、少し。何時もとは違う通路を通って、彼は邸内の一角に設けられた家人専用の稽古場へと通された。そこでは数人の家人達と共に、剛拳が型稽古を行っていた。


「剛拳様! 客人をお連れ致しました!」

「おぉ、カイト殿。朝早くから申し訳ない。無礼を承知ではあったが……」

「いえ……それで、如何しました?」


 朝早くからの呼び出しだ。幸い鍛錬そのものは終わっていたので良かったが、時間を考えれば少し気になったと言うしかない。というわけで、中腰のまま正拳突きを繰り返す剛拳にカイトが問いかける。これに、剛拳が顔色一つ変えずに問いかける。


「ええ……ああ、そうだ。右のは……ああ、貴方から見て右です。こちらの青年は覚えておいでですかな?」

「右……? いえ……失礼。どなたですか?」

「ははは。致し方がありませんな……私だったとてそうなったでしょう。これは空拳(くうけん)ですよ」

「空拳? あの!?」


 空拳。そう紹介されたのは、カリンの実弟だった。三百年前はまだ少年だったので、カイトも気付かなかったのだ。が、言われてみれば確かに彼の面影があり、確かにと納得出来た。

 そんな彼に、空拳が型稽古の手を止めて一度だけ頭を下げた。剛拳と並ぶと彼は二回りほども小さく見えたが、筋肉にはしなやかさがあり決して線が細いような印象はなかった。


「お久しぶりです」

「ああ、久しぶりだ……見違えたよ。前に見た時はなよっとしたように見えたんだがなぁ。今はもう一端の拳闘士や格闘家だ」

「三百年も前の話です……失礼」


 カイトの言葉に空拳は少しだけ恥ずかしげに笑うと、そのまま一度カイトに断りを入れて再度型稽古に戻る。それに、カイトも笑って了承する。


「構わんさ。それで、前にオレが来た時は何をしていたんだ?」

「前の時は……偶然武者修行に出ておりました……近場を一週間ほどぐるりと巡る旅だったのですが……まさかその間に来られるとは思いませんでした」

「ここを一周か。それはそれは」


 なるほど。どうやら見た目だけでなくしっかり腕の方も鍛えられているらしい。この『榊原』周辺はかなり強い魔物も少なくない。それを、一週間も渡り歩いたのだ。間違いなく猛者と呼んで良い腕前だった。


「……剛拳殿。中々、育ったみたいですね」

「ええ。幼き頃はひょろっとしてどうしたものか、と思ったのですが……それをバネにこのように。もう遠からず、柔の拳では私を超えるでしょう」

「まさか貴方が柔の拳を学ぶようになったのは、それ故?」

「ははは。その通りです。私もまた、学ばされた」

「え?」


 どうやら剛拳が柔の拳を学び始めたきっかけが自分だと空拳は知らなかったらしい。思わず手を止めて目を見開いていた。が、これにカイトと剛拳が揃って指摘する。


「鍛錬中だ」

「動きが止まってる」

「っと……」


 先は旧知かつ榊原家にとって縁あるカイトが来たので挨拶で手を止めたが、そういった特別な事情が無い限りは一切手を止めてはならないのが榊原家での朝稽古のルールだ。なので空拳は慌てて型稽古に戻るが、その動きはどこかぎこちなかった。


「……まだ、精神では及ばないようですね」

「ははは。それで追い越されては、立つ瀬がない。まだまだ後三百年は追い抜かされるつもりはありません」


 笑い、叱咤しながらも剛拳の一挙手一投足に一切の淀みはない。おそらく彼ならばここが轟音の鳴り響く戦場の真横だったとしても、この通りにしてみせるだろう。そうしてそんな彼と話しながら待っていると、一通りの型稽古が終わったらしい。


「ふぅ……」

「お疲れ様でした」

「ああ、かたじけない……それで、カイト殿。改めておはよう」

「おはようございます」


 型稽古が終わったので、二人は改めて朝の挨拶を交わし合う。そうして挨拶を交わした後に、カイトは改めて本題を問いかけた。


「それで、この時間にどうしたのですか?」

「ええ。一つは、この時間でないと私に時間が取れなかったというのがあるのですが……もう一つはこれと引き合わせる為でしてな」


 カイトの問いかけに、剛拳はこの時間に来てもらった二つの理由を語る。が、そう語られた空拳側は聞いていなかったのかまるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔で振り向いていた。


「私ですか?」

「うむ……まぁ、兎にも角にも。カイト殿。せっかくなのでこいつを一つ揉んでやってはくださいませんか。話はひとまずそれから、と」

「え?」

「承りましょう」

「え?」


 唐突な展開に、空拳はまるでこれが予め話し合われていたのでは、とばかりに困惑する。そうして父を見てカイトを見た彼であるが、そんなカイトはとんとんと飛び跳ねてすでに準備運動を行っていた。そんな彼は楽しげに剛拳と話していた。


「いやぁ、久しぶりだ。前に稽古を見たのは何時でしたか」

「あれは確か武蔵殿やらと一緒に来られた時ではありませんでしたかな」

「……」


 あれは思い出したくない。空拳は若干だが青ざめた様子で、父の言葉にそう思う。が、一方のカイトは楽しげだった。


「そうだそうだ。武蔵先生が熱の籠もった指導をされていたんでしたか」

「ええ。カイト殿もそれに釣られてか熱心に」

「あははは」

「……」


 おそらく、この場にカイトと武蔵を知る多くの者達が居れば思わず空拳に同情を浮かべていただろう。実際、空拳の青ざめた様子が何よりの証拠であった。とはいえ、それも昔の話、と空拳は記憶を振り払うように首を振る。


「昔の話です」

「そうだ。昔の話だ……だから、少し見せてくれ。今のお前を」

「徒手……ですか?」

「出来ない、と思うか? そして出来ない男か?」

「……」


 侮られている。そんな様子を見せた空拳であったが、どこか挑発するようなカイトに気を引き締める。こうやって侮って掛かって、何人もの猛者が地べたを這いずり回らされている。

 流石に空拳はそうではなかったが、ヤマトがそうだった――年齢が近いので懇意にしている――と聞いていた。舐めてかかるつもりは一切なかった。そうして呼吸を整えて、空拳が構えを取った。


「では、はじめ!」

「「……」」


 開始の合図と同時に、カイトと空拳は一礼をして即座に構えを取る。が、どちらも距離を詰めようとはしなかった。これに、カイトはため息を吐く。


「やれやれ……む?」

「聞いていました」

「っと……ヤマトだな、告げ口したのは」


 即座の裏拳を叩き込もうとした空拳に対して、カイトはわずかに一瞬だけ後ろへと跳んだ。が、次の瞬間。彼が消える。


「!?」

「おいおい……この展開は予想しろよ。バカ正直に真正面から来ると思うか?」

「っ」


 とんっ。空拳は軽い感じで床を蹴って、その場を離脱する。そんな彼は斜め上へと飛んでおり、天井に張り付くようにカイトをしっかりと視界に捉えようとして、しかし出来なかった。すでにカイトはそこには居なかったからだ。


「どこ」

「遅い!」

「ぐっ!」


 どこへ消えた。そう口にしようとした空拳の横っ面をカイトの拳が捉え、空拳が吹き飛んだ。そうして吹き飛んだ後、彼は床を滑り停止。再度カイトの姿を確認しようとして、しかしやはり出来なかった。


「っ!」


 なぜ捉えられない。空拳は全周囲を見回しても尚見つからないカイトに、僅かな焦りを浮かべる。


「なるほど。気配を読む腕はまだまだか。これについては如何せん才覚も効いてくるから仕方がなくはあるか」

「っ! どこだ!」


 声はすれども姿は見えず。まさしくそんな状況のカイトに、空拳が思わず声を荒げた。が、見つからないのも無理はない。常にカイトは死角に居るように移動しており、呼吸を落ち着け気配をしっかり読まねば彼の場所は掴めなかった。

 まぁ、そうできないように動いているのだから、カイトも相当たちが悪いだろう。そしてそれは空拳もわかっていた。だから、彼は焦り苛立つ自身を自覚すると即座に呼吸を整えようとした。


「っ……ふぅ……ぐっ!」

「んー……考えは良いのだがな。如何せん、遅い」


 これは才覚というよりも、練度の関係かもしれないな。カイトは焦ってからの立て直しに数秒以上を要していた空拳に対してそう評価する。とはいえ、これで十分だった。


「そこまで! いやぁ、カイト殿。相変わらず手荒に見えて、きっちり見るべき点を見ていらっしゃる」

「そう言って頂ければ幸いです……肉体面は文句なしでしょう」

「ええ。受け身の取り方、ダメージからの回復……そういった大凡基礎中の基礎は完璧と言って良いでしょう」


 カイトの評価に対して、剛拳もまたしっかりとそれを認める。実際、空拳の肉体面に関しては一切の問題はなかった。


「空拳。カイト殿の言われた通り、お前に足りていないのは精神面の修練だ。わかったな?」

「はい……カイトさん。ありがとうございました」

「いや、良いさ。肉体に関してはオレも文句がないほどに整っていた。武にとって大切な三要素。怠るなよ」

「はい。胸に刻みます」


 カイトの指南に対して、空拳は改めて頭を下げる。そうして、一つ稽古を終えたところで、稽古を持ちかけた剛拳が本題に入る事にするのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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