第2191話 二つの槍 ――修繕――
色々な事情によりパワーダウンした瞬の新たな力を手に入れるべく中津国へとやって来たものの、そこで再会した瞬の師にして地球のケルト神話の大英雄であるクー・フーリンから師スカサハの命令を受けて数日間中津国に留まる事になってしまったカイト。
そんな彼は同じくスカサハからの命令で中津国滞在となったクー・フーリン、クー・フーリンに正式に弟子入りし『赤枝の戦士団』見習いとなった瞬、更にはクー・フーリンを案内して中津国に来ていたユリィと共に、『榊原』へと訪れていた。そうして『榊原』の名物である『夢幻洞』への挑戦を行ったわけであるが、その後はユリィが確保してくれていた旅館へと入り、骨休めとなっていた。
「はぁ……あー、美味い」
「ねー……」
「後一応聞いとくんだけど、汗臭くない?」
「んー……」
カイトの問いかけに、彼の腰の上に座っていたユリィが後ろを向いてカイトの匂いを嗅ぐ。そうして、彼女が笑った。
「わかんない。まぁ、ちょっと、っていうぐらい?」
「そか。まぁ、割と運動にはなったつもりだったんだが……そこまで言うほど汗は掻かなかったか」
ユリィの返答に、カイトは一つ安堵を浮かべる。幾ら彼でも汗臭いまま女性を膝に座らせるつもりはなかった。なお、別に彼が座らせたわけではなく、酔ったユリィが勝手に座っただけである。
「ふぅ……とりあえず特に問題もなく、時間潰しは出来そうかね……」
カイトは酒を呷りながら、現状を再確認する。悲しいかな、カイトはスカサハに対する反骨心はかなり前の時点でへし折られている。なので彼女の命令であれば嫌はなかった。
「にしても……相変わらずここは騒がしいな」
「五月蝿いじゃなくて?」
「騒がしいさ。流石にな」
笑うユリィの問いかけに対して、カイトもまた笑う。やはり武芸者達が多く、そして旅館もそこそこにある。なので以前にカイト達が宿泊した温泉街よりは少ないが酒場などもあり、そこかしこで騒がしい様子だった。流石に飲兵衛のカイトもそれを悪し様に言うつもりは微塵も無かった。と、そんなカイトにユリィがふと問いかけた。
「そう言えばさ。結局今回の収穫どうだったの?」
「うん? 今回の収穫ねぇ……まぁ、悪くはないか。大体……んー……大ミスリル50枚分ぐらいか」
「これが一般家庭ならしばらく遊んで暮らせるのにねー」
「言うな。悲しくなる」
マクダウェル公爵家では手に入る手に入る金額も金額であるが、同時に使う額も使う額だ。まぁ、為政者である事を考えれば当然としか言いようのない事ではあるが、それでも金銭感覚が何故か更新されていない二人にとっては大金なのであった。
「ま、そりゃ良いとして……ん?」
「注いで?」
「はいはい」
どうやら良い塩梅に酔っているらしい。ユリィの言葉にカイトは笑う。そうして膝の上の彼女へと酒を注ぎ、カイトもまた自身の杯に酒を注ぐ。そんな彼に、ユリィが問いかけた。
「で、それはそれでどうしたの?」
「ん? ああ、そりゃ良いとして、か……結構な闘気が渦巻いてるな、とな」
やはり武芸者として有名な者たちが多い中津国で、そして現在は『リーナイト』の一件や天覇繚乱祭があった後だからだろう。多くの者達が修行をしにこの街へやって来ている様子だった。
「さっき『夢幻洞』に入った時も、割と大入り満員って感じでさ。結構人が来てた」
「あー……ここ確保する時も、今空いてるのがここだって言う話しだったしなー」
「高いからなぁ……」
実を言う所、この旅館で空いているのはこの部屋だけではない。部屋の内装などを一切斟酌しなければ空いている部屋はあったが、そういう格安の部屋は当然サービスもその程度となる。
となると、あと空いていたのは高すぎて冒険者達が嫌厭したこの最上階のいろんな意味で高い部屋になってしまったのであった。
「ま、そこらを気にしないで良いぐらいに金は持ってるって事は良い事か」
「だね。女の子も選びたい放題だし」
「選びたい放題で痛い目遭ってるんですがねー」
「あははは。そこら、カイトは損な性格だねー」
潔癖というかなんというか。カイトの言葉にユリィは笑う。まぁ、これは彼の良い所であり、同時に悪い所でもあった。と、そんな彼女の言葉にカイトも笑い、立ち上がった。
「わっと」
「ま、選びたい放題ではあるし、囲いたい放題なのは良い事だ」
「え? もしかしてもうヤるの?」
「カタカナにすな、カタカナに……単にお風呂。たまにはのんびり浸かるのも良いかとな」
少しだけ頬を赤くするユリィに、カイトは笑いながら彼女をベッドへと横たえる。戻って駆けつけ三杯と酒を貰ったが、さすがの彼も何十戦にも及ぶ激闘を経た後だ。汗は掻いており、お風呂に入りたい気分だった。
「それなら私も入るー」
「お前もう入っただろ」
「それでも入るー」
酔ってんなー。カイトは自身の背にへばり付いたユリィに笑う。まぁ、別に知らぬ仲ではない以上、今更断る理由もない。というわけで、カイトはそのまま脱衣所へと入っていき、ユリィには好きにさせる事にするのだった。
さて、カイトとユリィ、クー・フーリンと瞬がそれぞれ自由気ままな夜を楽しみだした一方、その頃。事件は『榊原』からそう遠くない場所で起きつつあった。
それはかつてカイトが久秀達と再会した、かつての榊原家当主にしてユニオン創設者の一人である榊原・花梨の墓での事である。そこではかつての一件から道化師達に唆されたダオセの生家が中心となり、墓の修繕や内部の確認が行われていた。
「棟梁」
「おう、おめぇか。地下、どうなってるって?」
「ダオゼのバカが軒並み錠前解除してやがった」
「ちっ……あのバカ野郎……へんな所だけは覚えてやがって……」
棟梁。そう呼ばれた老年の男は吐いて捨てるように言いながらも、若干だが涙声だった。無理もない。彼はダオゼの実父であり、大工としては師だった。
今回、彼らは一族総出で息子が仕出かした大事件の詫びとして参加していたのである。無論、そういうわけなので報告に来たのはダオゼの実兄だ。二人は若干怒りながらも、肉親の死だからか悲しみがあった。
「で、壊されてたか?」
「いや……あのバカもどこまで落ちぶれても、大工の誇りは捨ててなかったみたいだ……全部、そのまま横に置いてあった。丁寧に解錠してたみたいだ。壊れてる形跡もない」
「けっ……どうせなら壊せや……」
棟梁はどこか悲しげに、そう吐いて捨てる。とはいえ、そのおかげか貴重な情報が失われずに済んでおり、ここらの修繕にはさほど手間も時間も掛からないだろう、というのがこの場の一同の見立てだった。
「……で、下はどうなってた?」
「そっちは結構酷い有様だ。全部修繕しようと思ったら、一年か二年は掛かるだろう」
「そうか……ま、壊れたもんはしょうがねぇ。それに、そっちはしゃーねぇからな」
先程とは一転して、棟梁はにかっと笑う。それはまるで腕が鳴る、とばかりの様子であった。まぁ、ここまで大規模な遺跡の修復だ。
修理するべき点は本当に山のようにあったし、彼ら以外にも中津国でも腕利きの大工達が集まっていた。集まった誰も彼もが他の所に負けるか、とやる気に満ちあふれていた。と、そんな彼に今度は息子の方が問いかけた。
「そういや、棟梁。こっちでの会合はどうなったんだ?」
「ああ、それか。とりあえずは一旦下の様子確認してからにすっか、ってなった。まだ下がどうなってるか、完璧にわかったわけじゃねぇんだろ?」
「ああ。榊原の人達もこっから本格的な調査をやろう、って話らしい」
これは仕方がない事ではあったが、中津国中から大工を集め、修繕を行うとなると集まるだけでもかなりの時間を要してしまっていた。しかも場所が場所だ。中津国政府側の許可なども必要で、今日まで入っていなかったのだ。その日にカイトが『榊原』に来たのは全くの偶然であった。
「ああ。てなわけで、まずはここから手始めにやって、そっから下にゆっくり進んでくか、って感じだ。まぁ、下の状況次第じゃここを急いでやるか、とかもあるかもしれねぇがな」
「そうか……見たとこだと、ここよりヤバい所はちらほらありそうだった。ダオゼの奴が扉開いてそこで潜入やめたような所もちらほらな」
「そうか……まぁ、あいつも大工の端くれだった。壊れそうな所は本能的にわかってやがっただろう。そこらは重点的にやらねぇとなんねぇか」
棟梁にせよ実兄にせよ、ダオゼの腕を認めていたのは何も錠前に関する事だけではない。総合的な腕前も自分たちよりは下ではあるが、十分に大工として通用するだろうと認めていた。故にダオゼが入らない方が良いと判断した部屋には重点的な修繕が必要と考えたようだ。と、そんな所に榊原家の家人の一人がやって来た。
「オビキさん。少々、良いですか?」
「おう……あぁ、こっちはウチの棟梁のクグミだ」
「ムブシ組の棟梁のクグミでさぁ……この度はウチのバカがご迷惑をお掛けしました」
「いえ……我々も彼のおかげで、ここの事が知れたぐらいです。そうお気になさらず」
クグミ。そう名乗り深々と頭を下げた棟梁に対して、榊原家の家人の一人が柔和に笑って首を振る。彼が今回の一件において全体的な統率を行う者となっており、剛拳の実子、カリンの実弟だった。
まぁ、性格はカリンとは似ても似つかぬほどに礼儀正しく、似通っているとすれば見た目の華々しさぐらいだろう。そんな彼に、クグミが問いかける。
「それで、どうしたんです」
「いえ……回収した錠前を一度そちらにお預けしたく。解錠にせよ何にせよ、おそらく貴方方の流儀で解錠されているでしょう。なら、なにか仕掛けられていても貴方方が一番わかるのでは、と」
「なるほど……わかりました。そういう事であれば、ウチが責任を持ってしっかり見させて貰いまさぁ」
カリンの実弟の申し出に、クグミははっきりと頷いた。それを受けて、カリンの実弟も一つ頷く。
「ありがとうございます。では、こちらに後ほど錠前をお持ちします。確認が終わり次第、我々の所まで持ってきて頂ければ」
「へい……何時まで、とかはありやすか?」
「いえ……どうにせよ、今回の修繕工事は中津国全体の歴史を見通してさえないほどに大規模な物だ。さらにはここだけの話……実はユニオンからも人を出したい、という話がありまして」
「ユニオンから?」
カリンの実弟の言葉に、クグミが驚いたように目を見開く。とはいえ、これは少し考えればわかろうものだった。
「ええ……ここはユニオン創設者の一人である榊原・花梨の墓。冒険者にとっても聖地の一つとなっています。故に、ユニオンも黙ってはいられなかったのでしょう」
「それで、剛拳の旦那は」
「受け入れるとの事です。ただ、今は『リーナイト』の一件もありすぐに、というわけではないらしいですけどもね」
クグミの問いかけに、カリンの実弟はそう言って笑う。そうして、彼は続けた。
「まぁ、そういう事もあり一年二年では終わらないでしょう。ですので錠前を使うのも数年先……どちらかというと、管理側に力を割いて頂ければ幸いです」
「へい。では、管理も含めてしっかり」
「お願いします」
「へい……ん? どちらへ?」
話が終わったと同時に地下へ続く方向へ向かい出したカリンの実弟に、クグミが首を傾げる。これにカリンの実弟が答えた。
「下の調査隊から報告がありまして。そちらへ」
「はぁ……っと、それなら、ご武運を」
「ありがとうございます」
クグミの言葉と無言で頭を下げたオビキにカリンの実弟が頭を下げて背を向ける。そうして下からの報告を受けたカリンの実弟は、それを榊原家へと伝える事になるのだった。
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