第2187話 二つの槍 ――英雄達の到達点――
瞬の師であるクー・フーリンの師にして、カイトの地球での二人の師の片方となるスカサハ。そんな彼女がクー・フーリンの頼みで彼と共にエネフィアに来た事により、カイトは彼女とティナやリルとの話し合いが済むまでマクスウェルへ帰れなくなってしまう。
というわけで、空いた時間を利用してクー・フーリン、瞬の両名と共に中津国で暇つぶしをする事になったのだが、そこで三人は『榊原』にある『夢幻洞』へと挑む事にしていた。
そうして瞬が51階を終わらせたとほぼ同時に60階の攻略を終えてそこでの報酬を使い一気に65階まで一気に攻略完了にしたカイトは、そこで『導きの札』と呼ばれるワーム・ホールの場所を教えてくれる呪符を使いそこを攻略。更に次の階層からはそのまま移動する事になっていた。そこから、しばらく。カイトは更に上へと進み続け、気付けば80の大台に乗っていた。
「ふぅ……流石に80を超えたら平然とランクS級の魔物が出て来るようになったな」
そもそも50階層の時点でランクBも高位の魔物が普通に出て来だしたのだ。必然として更に上の70階を超えたあたりからランクSの魔物が運悪ければ遭遇するようになり、80階を超えたあたりからは逆にランクS以上の魔物と出会わない方が少なくなっていた。というわけでここらからはカイトも魔力の消耗をなるべくは抑えるように気をつけるようになっていた。
「んー……やっぱりまだオレも武器がこれ一つだと厳しいか……」
少しだけ無念そうに、カイトは<<零>>を眺める。瞬に彼や酒呑童子が助言していたように、彼自身も魔力で武器を編む事は出来るが、基本はきちんと鍛冶師達が作成した武器を使った方が強い。
無論それで言えば試作品に近いとはいえ<<零>>もきちんとした専門家の手が入った武器なのだが、これは如何なる武器にも変貌するその性質上純粋な刀や槍などには劣ってしまう。それでも魔力で編むよりは随分と性能は良いが、カイトほどの領域になると<<零>>一つで良いほどではなかった。
「無いよりはマシといえば無いよりはマシだが……やはり100階以上攻略するなら、如何にボス部屋で武器の入手を引き当てて、か」
前にカイトが言及していたが、基本的に100階を超えた時点で出て来る魔物はランクSしかいないと考えて良い。そして彼の推測では、そこも更に果てに行けば厄災種クラスが出没するのではないか、と思っていた。
「……ふむ……今回は99階で引き返すから良いといえば良いんだが……ん?」
どうしたものかね。そう考えていたカイトの前に、青い半透明の板が出現する。それに、カイトは見覚えがあった。
「フリンか?」
『おう、カイト。まだ生きてたか』
「ああ……そっちも、まだピンピンしてるみたいだな」
どうやらクー・フーリンが『通信符』を使い、カイトへと接触を取っていたらしい。瞬に対しては実力差も相まって連絡は取れなかったが、この二人ならここぐらいまでならなんとか同じぐらいのペースで移動出来た。というわけで、必要に応じて連絡を取り合っているのであった。
『まな……今何階だ?』
「今は……89階だな。今入った所で魔物ぶっ潰した所だ」
『こっちは88階のワーム・ホール前だ……90で合流しておくか? お前、確か100階までは行かないんだよな?』
「というより、100階に到達しちまうと面倒になるからな。99階でやめとくつもり」
先に瞬達がこの『夢幻洞』に入った際に言われていたが、100階に到達すると脱出時に50階とは別の現象が起きるという。それを出してしまうと現状のカイトとしては非常にマズかった。なので99階で引き返すつもりだった。その為の準備はすでに整っており、後は到達するだけだった。
「で、合流だが……ちょっと厳しいだろ。お前も分かると思うが、ここはもうランクSしか出ない領域だ。ヤバい罠かヤバい奴にぶち当たると、一戦10分はザラだ。罠に引っ掛かって複数の魔物が出たりすると、目も当てられん」
『ま、そうなんだがね』
カイトの指摘に対して、クー・フーリンも半ば苦い顔で笑う。さすがの彼もここまで来るとこの『夢幻洞』のヤバさというものを身に沁みて理解しており、当初は腕試し気分で挑んでいた彼も70階層も後半まで到達すると本腰を入れて攻略に挑んでいた。
「で、お前はどうするんだ?」
『流石に次の90階で武器手に入れらんなかったら退くわ……これってお前と報酬交換とか出来ねぇよな?』
「無理だろうな。流石にそう便利な事は聞いたことはない……やった事はないが」
『だろうな……ちっ。ちょっと舐めてたな』
少しだけ嬉しそうに、クー・フーリンは自身の目論見の甘さに言及する。後に彼が瞬に語っていた事だが、『夢幻洞』を本気で攻略するなら50階などの比較的楽な領域で武器を引き当てる事が重要。70階まで到達して武器が手に入れられなかったら諦めて脱出しろ。そう言わしめるほどだった。というわけで、それを実感していたクー・フーリンに向けて、カイトが笑った。
「あっははは。楽しめたなら、何よりだ」
『おう。正直武器も無しにここまで来たってのは完全愚策だったわ。舐めて掛からず60階の時に<<束ね棘の槍>>をもらっとくんだったな』
「だろうな。オレも若干村正やらを貰わず後悔してる」
『あっははは』
だろうな。クー・フーリンはカイトの後悔に同意するように笑う。これでもまだ余裕を見せられるのはやはり二人が英雄と言われる者だからであり、それほど強いからでもあった。
が、それでさえ80階層も後半になると空元気の様子が見え隠れしていたのだから、どれだけ『夢幻洞』が難易度の高い迷宮かわかろうものであった。
「で、そっちどうするよ」
『言ったろ? 90階の報酬次第で退くって……流石にちょいと消耗が激しい。武器が出ても100階まではやんね』
「そか……ま、それが正解だろう」
何度となく言われている事であるが、英雄達と彼らを輔けた武器は不可分だ。英雄達にとっても相棒である武器の有無は非常に重要になってくる。
ではクー・フーリンにとってそれがなにか、と言うと今更語るまでもなく<<束ね棘の槍>>だ。それも無しにここまで到達しているのは彼が尋常ではない英雄である証拠であるが、それでも消耗は常より激しかった。諦めても無理ない話だった。
『カイト。まーたここらの案内頼むわ。今回は様子見で我慢だな。次は100階まで到達する』
「りょーかい……ま、存分に戦ってくれ」
『あいよ……じゃあな』
「おう……さて。じゃあ、攻略を再開するか」
カイトとクー・フーリンは最後に短い言葉を交わして、通信を終わらせる。そうして、カイトは溶岩の流れる89階の攻略を開始する事にするのだった。
さて、それからしばらく。溶岩の流れる89階の攻略を行ったカイトであるが、やはり地球・エネフィア二つの世界において最強と言われ、<<零>>を持ち込めていただけの事はあった。89階も若干の消耗で攻略を終えていた。が、灼熱地獄にも匹敵するだろう溶岩流で満ち溢れた89階の攻略は彼から容赦なく精神力を奪っていた。
「あっつー……流石に極寒から灼熱地獄は精神に来るな……」
どうやらカイトの88階は氷岩で覆われた極寒の大地だったらしい。急激な温度の落差は殊更彼から体力や精神力を奪っていた。そう言っても本来は立ち入るだけでダメージを負う筈で、暑い寒いと不平不満を言うだけで良いのは彼だからだろう。
と言っても、もうその89階も攻略は終わっており、後はワーム・ホールに突入するだけであった。というわけで、彼は一切の迷いなくワーム・ホールに突入。90階のボス部屋前のセーフルームにたどり着いた。
「はぁ……助かった。ちょっと休むか」
流石にこの状態からそのままボスに挑むつもりはカイトにもなかった。というわけで失った魔力の回復や体力回復に務めるわけであるが、いくらなんでも彼も一人で駄弁る事はない。なので瞑想をして体力と魔力、精神力を回復させると、ゆっくりと立ち上がった。
(さて……何が来るか)
90階のボスは流石にカイトも強敵と言える領域になってくる。というわけで彼は一度だけ、ワーム・ホール前で立ち止まる。
「ふぅ……よしっ」
一つ気合を入れると、カイトは意を決して90階へ続くワーム・ホールへと突入する。そうしてワーム・ホールを抜けた彼が見たのは、赤黒く染まった空であった。
「……これは、中々」
面倒な事になりそうか。カイトは<<零>>の柄をぐっと強く握りしめる。基本的に50階以降のボスは挑戦者が強敵と考える相手が選ばれ、幻影として現れる。
なので現れるのは決して人物に限ったわけではなく、挑戦者が戦った中でも強いと感じた魔物が出て来る事も大いにあり得た。そして今回もそうだった。
(赤色する空……奴、か?)
この現象、知っている。カイトは明らかに尋常ではない様子に赤黒く染まった天空を見る。そうして、まるで地獄を思わせるような物々しい気配が漂った。
(忍び寄る死、禍津夜の主、国崩し……天をも血に染める大化け物)
ずしん。ずしん。まるで巨大ななにかが一歩ずつ進撃するような振動が、周囲に響き渡る。それを聞きながら、カイトはこのボスの異名を思い出していた。そうして、はるか彼方の山を砕き、『鬼』が姿を現した。
(巨人・ゴブリン種混合の最上位種の中でも最強クラスの亜種の一体……『天獄鬼』。良いねぇ……やばくなってきたじゃないの)
流石にこれはヤバい。カイトは数百メートル級の山さえ子供が盛った砂山に見えるほどの巨大な鬼を遠目に見ながら、ちろりと舌なめずりする。
見ればわかろうものであるが、『天獄鬼』なる魔物はランクSでも際立ってヤバい魔物だ。しかもそのサイズから道中で出す事は不可能に等しい為、ボスに選ばれた様子だった。
「ふぅ……はぁ……」
猛る気分を宥めつつ、カイトはあまりの巨大さに狂いそうになる距離感をしっかりと掴みながら呼吸を整える。流石にこの魔物を相手に生半可な状態では挑めなかった。そうして、数度の深呼吸の後、カイトは一直線にこちらを睨み付ける『天獄鬼』へ向けて突撃していくのだった。
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