第2186話 二つの槍 ――攻略者――
中津国に来たもののカイトの師であり瞬の師のクー・フーリンの師であるスカサハからの命令により、マクスウェルへ帰還出来なくなったカイトと瞬。そんな彼らは時間潰しを兼ねて、『榊原』にある『夢幻洞』へと挑む事にしていた。
というわけで、50階にて一度合流した彼らであるが、誰も欠ける事なく50階を突破。51階へと進む。そうして、少し。瞬が52階にて今までとは違う戦場に躍り出た一方で、カイトはというとすでに60階を突破していた。
「うーん。絶好調……とまではいかんが、楽勝か」
カイトは唯一この『夢幻洞』の中で持ち込みが許されている<<零>>の柄をくるくると回しながら、塵と消えた幻影の跡を見る。
「円卓の騎士ってのは、もっと強いんだがね。この程度で再現してもらっちゃ困る」
どうやらカイトの所に出現した60階のボスは<<円卓の騎士>>の誰かだったらしい。が、それも一太刀で消し飛んだらしい。
そもそも元々100階まで踏破している彼が今更60階で苦戦する筈もないだろう。弱体化した状態で再現された存在なぞ、鎧袖一触にしかならなかった。
「さてと……ここでの報酬は、と」
カイトは半透明の板の出現を待ちながら、首を鳴らす。別に<<零>>があるので武器は良いし、防具についても実はあれは使い魔という分類になる為、没収される事はない。しかも瞬とは違って実質無限大にも等しい魔力を持つ彼だ。武器を魔力で編んだからとスタミナ切れになる事もない。実質彼にとって『夢幻洞』とは他の迷宮と大差無いのであった。
「ふむ……回復薬各種と、5階層突破か……面倒だし罠とか食らう事考えたら、これで良いか……?」
実は瞬が見たのは偶然にもあの四つというだけで、実はあれ以外にも選択肢は幾つかあったらしい。四つとも実用的というのは意外と珍しいらしく、一つ二つ使えない物が混じっている事は少なくなかった。
まぁ、使える使えないは瞬もそうだったがその当人次第という所が強い為、結局はそれ次第という所だろう。その中でカイトは階層を一気に抜ける選択肢を選んだようだ。そうして、彼の目の前の半透明の板がワーム・ホールへと変貌する。
「っと」
カイトがワーム・ホールを抜けると、僅かな木々の匂いが彼の鼻孔をくすぐる。そうして、彼は直径数十メートルはあろうかという巨大な切り株の上へと降り立った。
「ふーん……森か……」
しゃんっ、と音が鳴って<<零>>が大鎌へと変貌する。そんな彼であったが、楽しげに周囲を取り囲む魔物の群れを見る。
「初っ端モンハウとかさいっこうに笑えるね」
ひのふのみのよの。カイトは敵の数を数え、牙を剥く。モンハウ、とはモンスターハウスというハックアンドスラッシュという系統のゲームの用語だ。
部屋に大量の魔物が配置される場所で、それ故にモンスターハウスと呼ばれるのであった。そうして、獰猛に笑うカイトを取り囲む魔物の群れが、一斉にカイトへと襲い掛かった。
「はぁ!」
迫りくる虎に似た魔物の一団を、カイトは大鎌で一薙ぎする。そうして第一陣を一網打尽にした彼はそのままジャンプで跳び上がる。そんな彼に向けて、植物に擬態した魔物達が一斉に蔦を伸ばす。
「そりゃ……読めるってもんよ!」
迫りくる無数の蔦を見ながら、上昇するカイトはその最中に仕込んでおいた魔術を始動させる。そうして予め決められたルールに従って、火のルーンが起動して蔦を焼き尽くした。
「ほらよ!」
空中に躍り出たカイトが、ポケットに仕舞っておいた幾つかの小石を蔦が焼き尽くされた小さな木に似た魔物達へ向けて投げつける。そうして小石が木の表皮に似た体皮に突き刺さると、樹液に似た血が少しだけ吹き出した。
「次だ!」
突き刺さった小石から業火が吹き出して木に似た魔物達を焼き尽くすのを見もせず、カイトは第二陣として控えていた骸骨騎士の一体に向けて退魔の光を宿した大剣を振り下ろした。
「はぁ!」
やはり技術が違いすぎるからだろう。瞬があれだけ手こずった骸骨騎士にも関わらず、カイトはまるで平然と一撃で撃破していた。と言っても数が数だ。まだまだ何体も残っていた。というわけで、彼は<<零>>に命じて大剣から蛇腹剣へと変貌させる。
「ふっ」
息を吐くと共に、カイトが蛇腹剣と化した<<零>>で骸骨騎士達を薙ぎ払う。そうして瞬く間に、魔物の群れは殲滅される事になった。
「ふぅ……こんなものかな。『白き骨の騎士』が群れで出て来るようになったか。流石にここまで来ると、先輩はもう脱落かね」
どうやら骸骨騎士は『白き骨の騎士』という名前だったらしい。これはランクBでも最上位の魔物の一体で、攻防共に整ったバランスの良い魔物らしかった。
能力値的には今の瞬より少し低いぐらいで、カイトの把握している限りなら一体一体ならまだ勝てる。二体になると辛勝、三体以上になると逃げた方が良いと言える相手だった。と言っても、所詮その程度だ。カイトにとっては何体集まろうとまだまだ余裕でしかなかった。
「さて……とりあえずどっちに行こうかな、という所なんですが……」
木々に覆われた空間の中で、カイトは周囲を見回して現状を確認する。ここからワーム・ホールが見えれば良いが、流石にそう幸運は起きなかったようだ。
「ちっ……どうせバッドラックで始まったなら、この程度のグッドラックが貰えても良いもんなんだがね……どうするかな」
無駄に歩き回っても、体力を消耗するだけだ。カイトはそれを理解していた。故に彼は一度道具袋を確認し、現状で保有する手札を確かめる。
(『導きの札』……五枚。こいつはなるべく上層階で使いたいんだが……というか、可能なら使わずに置いておきたいなー。倉庫が来れば速攻突っ込むんだが)
『導きの札』とは、『夢幻洞』のように階層をワーム・ホールで移動する迷宮においてワーム・ホールの場所を教えてくれる便利な呪符だ。これの利点は言うまでもなく、無駄な体力や魔力を使わなくて良い所だろう。
が、基本莫大な魔力を有し、無双の戦闘力を有するカイトにとってスタミナ管理は必要の無いものだ。故に無駄な行動はさほど気にする必要がない。なので彼は来たるべき100階以上の攻略に備え倉庫に保管しており、今回も余った『導きの札』は全て倉庫にあずけておくつもりらしかった。
(そういや、倉庫は今どうなってんだろ。時間でロスト……にはならないと思うんだが……どっかで『倉庫の腕輪』出てこないかな……それか階層報酬で倉庫へアクセスが出てきて欲しい所だが)
倉庫。それは『夢幻洞』で手に入れた武器や道具類を仕舞っておけるものだ。再挑戦の際にはこの中に入れた物は失われず、次回攻略の際に取り出せるのである。
が、この倉庫へのアクセスする方法が曲者で、『夢幻洞』内で手に入る『倉庫の腕輪』か50階以上のボス部屋で出て来る倉庫へのアクセス権――もしくは報酬として『倉庫の腕輪』を手に入れる――を手に入れるしかアクセスする方法が無かった。
(体感上に行けば行くほど倉庫関連のアイテムが手に入る事は多いから、今回も手に入ると思うんだが……一応、今まで何度か入った内で一個も見付からなかった事はないし……まぁ、今はまだ良いか)
とりあえず『導きの札』を今使う必要はないだろう。カイトはそう判断を下すと、次に役に立ちそうなアイテムを確認する。
(『製図符』……一瞬でマッピングしてくれる物だったか……枚数は8枚……これも、なるべく使いたくないが……ランダム性無しに使えるのは、このどちらか、か)
さて、どうしようかな。カイトは二種類の札を見比べ、どちらにするか考える。一応使わないという選択肢があるにはあるが、流石にここまで来ると罠も厳しい罠が増えてくる。スタミナ消費こそ気にしないカイトでも、罠に関しては警戒していた。なるべく最短ルートでの攻略を心掛けたい所だった。
(まぁ……まだこの階層だし『導きの札』にしておくか)
地図さえ出来てしまえば必然としてワーム・ホールの場所も分かる。となると、有用性が高いのは明らかに『製図符』の方だろう。
なので必然こちらの方が取得難易度は高いのだが、今回は偶然にもカイトはこちらの方が多く手に入れられていたらしい。というわけで、カイトは道具袋から『導きの札』を取り出すとそれを空中へと投げる。すると、青白い光と共に『導きの札』と引き換えに青白い発光体が生み出された。
「さって……ワーム・ホールはどちらですかーと」
青白い発光体の動きを見ながら、カイトはどちらへと向かえば良いか確認する。そうして、青白い発光体がカイトの周囲をわずかに旋回して丁度反対側を指し示す。
「あっちか……じゃ、行くかね」
方角を見極めたカイトは、木々の合間を移動せずに敢えて通路に沿って移動する。一見すると見えているのでジャンプや飛空術で移動出来るように見えるが、実際にはそんな楽が出来ないように見えない壁があるらしい。後のカイト曰く、概念として小部屋というものがあり、それ故に見えない壁が覆っているのだろうとの事であった。
「何時も思うんだが……別にこれ、通り抜け出来て良いと思うんだがね」
こんこん、と通路の見えない壁を叩きながら、カイトは一つため息を吐いた。これで厄介なのは、敵は自由に移動出来る所だろう。おそらく魔物という概念で出入りを制御しているのだと思われるが、それ故に壁の中で見えている相手なのに指をくわえているしか出来なかった。
とまぁ、それはさておき。愚痴を言いながらも青白い発光体に導かれるように歩き続け、十数分後にはカイトはワーム・ホールの前へとたどり着いた。
「良し……これで、66階もクリアだな。後は4階を地道に攻略するしかないか」
ここから先、何時悪辣な罠に引っ掛かって明らかに階層に見合わない魔物と戦わされるかわからない。かつて一度ならず通り抜けた事のあるカイトはそれを警戒していた。
が、なんと言おうとよほど幸運な罠を引っ掛けない限りは、地道に進むしかなかった。というわけで、意を決したカイトは次の階層へと続くワーム・ホールをくぐり抜ける。
「次は……っと。水か。水辺はあまり好きじゃないんだがな」
周囲に満ちる水気に若干辟易としながらも、カイトは即座に攻略方法を考える。とはいえ、現状で取れる手は少ない。なのでここからもしばらくの間、カイトは地道な攻略を進める事になるのだった。
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