第2184話 二つの槍 ――報酬――
『夢幻洞』の50階にて中ボスとして現れた、もう一人の瞬の祖先である源頼光。そんな彼の幻影と戦う事になった瞬であったが、ここまでで手に入れた魔鉱石製の槍を失う事になった上に、暴走の危険性を引き換えにして鬼の血を解放させる事でなんとか頼光を撃破する事に成功する。そうして頼光の幻影を撃破した後。瞬は疲れた様にその場に尻餅をつく。
「ふぅ……なんとか、なったか」
『賭けたものだな』
「ああするしかなかった」
呆れたような、しかし称賛するような酒呑童子の声に、瞬はわずかに笑う。そんな彼も今回は相当な賭けである事は理解しており、酒呑童子の言葉に自嘲混じりにそう言うしかなかった。が、そんな彼に酒呑童子が告げた。
『そう拗ねるな……それが正解であり、そしてあそこであの札を切れたのは、十分に称賛に値する』
「……は?」
『通常、あそこであの札を切る事は早々出来る事ではない。特に、今の貴様のような状態ではな』
「そう……か?」
滅多に無い酒呑童子からの称賛に、瞬は困惑気味だった。
『普通の奴は暴走の危険性を理解していれば、土壇場でも切れないものだ。が、貴様は勝機を察すると本能的に切った。その一瞬が、勝敗を分ける事もある……特に、上の奴との戦いではな』
「自分より上の奴と戦った事があるのか?」
『……なぜ、無いと思う?』
「え?」
どこか試す様に問いかける酒呑童子に問われて、瞬は僅かな困惑を見せる。記憶にある限りの彼は最初から最後まで怪力無双の大傑物だ。山を切り崩し山を投げ。その二振りの大太刀で雷を切り裂き炎を吹き消す。それが、彼の知り得る酒呑童子だ。
『ふっ……この世のどこにも一度も勝利をせぬものが居ない様に、この世のどこにも一度も敗北をせぬ者が居るわけがない。どちらもしていないと豪語するのであれば、それは勝利にも敗北にも気付いていないだけだ。俺も敗北なぞ何度も築いた。勝利もまた』
酒呑童子の語りを聞く瞬は、酒呑童子が思い出す無数の戦の中を駆け抜けていく。そうして見たのは、何度となく敗走する彼の姿であり、同時に何度となく勝利する彼の姿だった。と、そんな彼はその中でも異質な記憶を見て、言葉を失った。
「何だ、これは……」
『今の地球からは消えた、もしくは眠りに就いた化け物共……くっ。頼光の奴と話すきっかけも、そんな一つだった。俺一人では……いや、俺達だけでは勝てなかった。こちらでは、厄災なぞと呼ばれているような奴だ』
「……」
厄災種。瞬は酒呑童子の記憶の中に、その存在を見付け思わず戦慄する。それは彼が酒呑童子の生まれ変わりであればこそ、感じられたものだった。間違いなく、こんな化け物の前に出て生き残れる可能性はない。そう思えるだけの圧があった。
『わかったか? 誰もが、最初から最強だ強者だなぞと呼ばれているわけがない。敗北すればこそ、自身の短所を理解出来る。勝利すればこそ、自身の長所を実感出来る……その両者を何十と経験した者こそが、真の強者だ』
「……」
酒呑童子の語りを、瞬はしっかりと胸に刻む。そうしてそんな彼に、酒呑童子がわずかに笑った。
『……そうなりたければ、戦え。戦って戦って戦い抜いて、生き延びろ』
「ああ」
酒呑童子の言葉を瞬は受け入れて、一つ気合を入れて立ち上がる。と、そんな彼であったがそんな彼の前に唐突に半透明の板状のなにかが現れた。
「『……ん?』」
どうやらこれは酒呑童子が出した物ではなかったらしい。二人が揃って首を傾げる。と、そんな瞬の前に現れた板状のなにかに、瞬は見覚えがあった。
「これは……そういえば『通信符』を使った時に似た物が現れたな。となると……カイトか……?」
この状況でなにかあったのだろうか。瞬は状況からあり得るならカイトからだろうと判断し、わずかに訝しむ。とはいえ、浮かび上がった文字は以前とは異なったが、彼にとって非常に有益な物だった。
「50階踏破……おめでとうございます?」
『……称賛されているようだな』
「の、ようだな……」
なんだろうか。わずかに警戒しながらも、これがこの『夢幻洞』が出しているいわばシステムメッセージのようなものと瞬は理解する。そうして、最上部に少しだけ大きめのフォントで現れた文字の下に、幾つかのメッセージが現れた。
「50階踏破おめでとうございます。区切りとなる50階踏破を成し遂げたあなたに、褒美が授けられます。以下の中からお選びください……以下?」
ここでメッセージは終わっているが。瞬がそう思ったと同時だ。更に下の空白部分に、四つの選択肢が現れた。それを、瞬が読み上げる。
「これは……一番。あなたが外で手にしている武器から一つ。二番。あなたが外で着用している防具の中から一つ。三番。回復薬セット。各十個セット。四番あなたを補助する魔道具セット。脱出用など……むぅ……」
これは中々に悩ましい問題だな。瞬は表示された選択肢を見ながら、どれにしようか真剣に悩みを見せる。
「ふむ……四番はひとまず不要……か」
現状、一通り必要と思われる魔道具は揃っている。これを気にするのはどちらかと言えば魔術師達だろう。かといってこの迷宮に魔術師が挑む事はさほど無い。道具使いなどの特殊な者たちか、武器も回復薬も防具も足りているような一部腕利き達ぐらいだろう。武器も防具も、無論体力にも余裕の無い瞬にとっては一番不要なものだった。
「となると、残るはそれ以外だが……」
どうやら酒呑童子は何も言うつもりはないらしい。悩む瞬に対して無言を貫いていた。
(回復薬……今の残数は幾らだ? そういえば、タイムリミットなどはないのか。なら、ここでなるべく回復も出来るな)
瞬は手持ちの回復薬の残数を確認する。惜しむらくは、ここで先の頼光の幻影との戦いから一つ使ってしまった事だろう。時間があるなら急速回復をせず、この場で待機するのも手だった。と言っても勿論、もう後の祭りだ。今回は諦めるしかなかった。
(残数は……五本か。これ以上多くても使い切れない可能性もあるか……コーチが一つ捨てて行かれたのが、幸いだった……いや、多分敢えて俺が拾えるようにしてくださったんだろうが)
そういう人なんだよな、あの人は。瞬はクー・フーリンに対してを思い出す。なんだかんだ厳しい事を言う事もある彼であるが、弟子には甘い所もあった。
(まぁ、もし聞けば気付けるかどうか、見栄や外聞に拘らず、きちんと探せるか試したのだ、と言われるんだろうが……いや、逆説的に言えば俺に施しが出来るぐらいには、コーチもカイトも圧倒的に上の所に居るのだ、という事だ……良し。一つ気合を入れ直そう)
瞬は一つ気合を入れ直し、気を引き締める。今回一緒に潜入した二人は共に彼より圧倒的に格上の存在だ。なので50階まではまるで散歩でもしてきたかのような感じで到達しており、それこそここからが本番だと言わんばかりであった。そうして、気を引き締めた彼は最後の残る二択を考える。が、これは答えが出ているようなものだった。
(……一番と二番、か。答えは、決まっているな)
武器か防具か。瞬は残る選択肢を見て、答えが出ている事に気がついて笑う。そうして、彼は答えを読み上げる。
「一番を頼む」
『……一番選択。手にしたい武器を思い描いてください』
「よし……」
半透明の板に表示される情報に、瞬は自身が相棒とした真紅の槍を思い描く。そうしてそれを読み取った『夢幻洞』が、真紅の槍を彼の手へと呼び寄せた。
「良しっ!」
これがあれば百人力。瞬は己の手に収まった槍を数度振り回し、一切の問題無い事を確認する。これが本物か偽物かは定かではないが、少なくとも本物と思えるだけの質感はあった。
「丁度武器を失った所だったし、こいつを担いで戦いたい所だった……有り難い」
誰も教えてくれなかったのは、やはりかつて言われていた通りここではなるべく情報無しで挑む事を望まれているからだろう。瞬は知り得なかった内容をそう判断する。と、そんな彼が見得を切るとほぼ同時に半透明の板が消失する。
「……そういえば。ここで少し鍛錬しても……大丈夫そうか?」
『何をするつもりだ?』
「いや……まだこいつを手にして間もない。せっかく誰もおらず、何も無い空間なんだ。どうせなら一つ試運転をしてみようかな、と」
興味深げな酒呑童子の問いかけに、瞬は槍を数度振るって力を溜める。すると、禍々しい力が槍に満ちる。
「っ……やはりきついな」
『当たり前だ。その力……生半可なものではない。その素材となった魔物……『影の鯨』……だったか? そんな名の魔物はおそらく相当な領域の力と特異性を有していたのだろう。少し、貸してみると良い』
「……わかった」
せっかく酒呑童子がやる気を見せて力を貸してくれるというのだ。瞬は一瞬逡巡したものの、その言葉に素直に従う事にしたらしい。そうして、瞬から酒呑童子へと切り替わる。と言っても今回はさほど主導権を握るつもりはなかったのか、姿はそのままだった。
「……なるほど。凄まじい死の力だ」
やはり瞬と酒呑童子では圧倒的な戦闘力の差があるのだろう。酒呑童子は槍を握るなり、この槍の大凡の性質は見極めたらしい。無論、槍の方も瞬以上に圧倒的な酒呑童子だ。素直にその命令を聞く様子だった。
「影よ」
『これは……ソラの分身……?』
酒呑童子の命令を受けて生まれた黒い半透明の分身に、瞬はソラの使う分身を幻視する。そんな彼に、酒呑童子が教える。
「この槍の素材になった魔物の特性を利用した分身だ……無論、攻撃力も持ち合わせている」
『すごいな……』
これがあれば、より多くの手札を手に出来る。瞬は酒呑童子の操る影を見ながら、僅かな感嘆を口にする。無論、これが瞬自身が使えるようになるのはまだずっと先の事だろう。それでも、使えるか否かがわかっている事は重要だった。
「ふむ……<<影走り>>」
『は?』
唐突に影を踏んで移動した酒呑童子に、瞬は思わず困惑する。何が起きたかはさっぱりだが、転移術に似た現象が起きて酒呑童子が影から影へと跳んだのだ。
「なるほど。面白い槍だ。この槍は影そのものの概念も有しているらしい。使いこなせば、指定した影から影への移動もできそうだ」
できそうだ、ではなく実際に今していたじゃないか。瞬はわずかに楽しげな酒呑童子に、内心でそうツッコんだ。と、そんな酒呑童子は真紅の槍でひとしきり遊んで満足したのか、瞬へと身体を明け渡す。
『こんな、所だろう。後は実際に使ってみて感覚を慣らせ。それ以外に使いこなせる道はない』
「わかっている。そのために、ここにこの槍を呼び寄せたんだ」
『そうか……そうだ。そう言えば一つ、聞いておくが良いな』
「なんだ?」
今更ながらにかしこまった酒呑童子の問いかけに、瞬は少しだけ不思議そうな様子で問いかける。これに、酒呑童子が問いかけた。
『その槍の名は、なんとする。それは長く貴様の相棒となるだろう。名無しの槍ではあまりに情けない』
「この槍の名前……?」
それは考えていなかった。瞬は自らの手にある真紅の槍を見て、先程の選択肢を前にした以上の悩みを見せる。この槍はそもそもクー・フーリンが手慰みで拵えた槍だ。
なので生まれてまだ数ヶ月程度――瞬の異常発生より前に暇つぶしで作っていた――にしかなっておらず、そして単なる手慰みであった事から名前は付いていなかった。が、名前も無しではあまりにもったいない。故に、瞬は今後長い相棒として苦楽を共にするだろう真紅の槍の名を考える。
(何が、良いだろうか……)
瞬が思い出すのは、自身がコーチと慕うクー・フーリンやここまで自身を守り導いてくれたカイトの事。そして自身が加わる事になったケルトの一門の事だ。そうしてしばらく。瞬は口を開いた。
「<<赤影の槍>>……これからお前は<<赤影の槍>>だ」
自身でもありきたりな名前だとは思うが、瞬は奇を衒うよりこんな名前が良いと思ったようだ。彼としても下手に凝った名前だと今後なにかがあった時に呼び難かった。
こういう時、そういった見栄え以外の面も考えるのは彼らしさと言えただろう。そうして、彼は新たな相棒である<<赤影の槍>>と共に、『夢幻洞』の奥深くを目指して進む事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




