第2183話 二つの槍 ――もう一人の祖先――
武器の調達と時間潰しの為に『榊原』を訪れていたカイト達。そんな彼らはひとまず榊原家当主の剛拳に挨拶をすると、その後は旅館の確保に動いたユリィと別れて『夢幻洞』へと潜入する。そんな『夢幻洞』の50階にて一旦合流したわけであるが、そこで瞬は己の成長を実感。改めて更に下へと進む事になる。そうして進んだ50階は、以前瞬がひとたまりもなくまさしく秒殺された場所だった。
「さて……」
前はここでカイトの幻影が現れて、一瞬の内にやられてしまったんだったな。瞬はかつての事を思い出し、わずかに強く槍を握りしめる。何が待ち受けているかはまだわからないが、少なくともここから先は彼にとって未知の領域だ。今まで以上に油断なく進む必要があった。というわけでワームホールを抜けた彼が見たのは、どこかのススキが生い茂る場所だった。
「ここは……」
『ほぅ……中々に面白い事をしてきたな』
「酒呑童子?」
『……この場を選んだ以上、来るのは奴だ。奴にだけは、負ける事は許さんぞ』
「奴?」
どうやら瞬には何がなんだかわからなかったものの、酒呑童子には理解出来たらしい。彼がわずかに楽しげな声をあげる。そうして、すすき野を割って一人の男が姿を現した。
「……ほぅ。これは面白い」
「……誰だ?」
「ふむ……」
誰だ。瞬に問われた男は、少しだけ楽しげに笑ってどう答えようか悩む様子を見せる。そんな彼はどこか瞬に似ているようでもあり、同時に既視感というものが感じられた。そうして、男と酒呑童子が異口同音に名を告げた。
「『源頼光。またの名を、源頼光』」
「……え? あ、し、失礼しました!」
「……は?」
頼光。男がそう名乗ったのを理解すると、瞬が慌てて頭を下げる。が、これは無理もない事だった。
「い、いえ……まさかご先祖様だったとは思いもよらず……その、気付かなかくて……し、失礼しました……」
「そ、そうか……いや、これはおそらくお前の記憶の中にある俺がただ表に出ただけなのだと思うのだが……」
前の時にカイトも言っていたが、この『夢幻洞』は潜入者の記憶を読み取って50階層以下のボスを構築している。が、ここで読み取られたのはどうやら酒呑童子の記憶らしい。
彼自身、源頼光は自身が唯一比肩する好敵手と認めており、ここで選ばれても無理はない。そしてこういった事が起きるのは、カイトが実証している。起きてもおかしくはなかった。
と、そんな頼光であったが、様々な要因が重なっている事により酒呑童子が見ていた頃の彼と同様の性格を有している。なので瞬に対してなんと言えば良いか困惑気味だった。
「……え、えーっと……と、とりあえず。瞬。良くここまで来たな」
「ありがとうございます」
「うむ……それで、俺もここに居てここで何をするべきかは理解している。そして勿論、お前もわかっているな?」
「はいっ!」
ここは迷宮で、中ボスが出現する階層。この場には敵と己の二人だけしか入れない。である以上、ここに居るのは源頼光という自身の祖先にして好敵手の幻影に過ぎなかった。
なら、瞬に迷いはない。故に彼はこの『夢幻洞』の中で手に入れた蒼い穂先の槍を構える。それを答えと受け取って、頼光もまた刀を抜き放った。
「「……」」
雷を宿す刀を構える頼光と、まだ槍に雷も炎も宿さない瞬がにらみ合い、一瞬の沈黙が舞い降りる。そうして先手を打ったのは、頼光だった。
(速い!)
瞬は数ヶ月前。手も足も出ないままに終わったカイトをわずかに幻視する。その速度は彼よりは遅いが、しかし技はそれより遥かに洗練されていた。が、数ヶ月のレベルアップが、以前とは異なり彼を対応させた。そうして、真正面に肉薄していた頼光の刀と瞬の槍が激突する。
「ふっ」
「はぁ!」
「っ!?」
思わず、瞬は目を見開く。頼光の刀を防いだ瞬間、その刀身から雷が迸って襲いかかってきたのだ。そうして、雷に打たれて瞬の身体が雷鳴と共に吹き飛んだ。
「ぐっ! ちぃ! やはりここからは油断していると一瞬か!」
雷に打たれた瞬であったが、間一髪<<雷炎武>>の発動が間に合った。雷が直撃する寸前、彼は自身を雷化してダメージを低減していたのである。
本当はもう少し様子見をしたかった所であるが、ここからはやはり段違いのレベルアップだった。と、雷化しつつ吹き飛んだ彼が体勢を立て直すとほぼ同時に、頼光が肉薄していた。
「さぁ、行くぞ」
「ぐっ!」
マズい。瞬は目の前に肉薄する頼光にわずかに顔を顰める。そんな彼に、酒呑童子が問いかけた。
『手を貸すか?』
「必要ない!」
どうやら好敵手の出現とあって酒呑童子は少しだけ子供っぽい様子が見て取れる様になっていたらしい。何時ものどこか落ち着いた様子ではなく、わずかにテンションが高かった。そしてそれ故そこには本気の様子が一切なく、茶化すような様子しかなかった。そんな彼の問いかけをバッサリ切り捨てた瞬は、<<雷炎武>>を弐式から参式に引き上げて一気に後ろへと跳んだ。
「はっ!」
「おぉ!」
だんっ、と大音を上げて飛び跳ねた瞬であるが、それからワンテンポ遅れて頼光が雷を宿す刀を振りかぶる。そうして、空中で瞬は思わず言葉を失う事になった。
「なぁ……」
『ほぅ……幻影にしては、悪くない。が、この程度か』
「……」
わかってはいたが、お前らはどんな領域で戦っていたんだ。瞬は楽しげにうそぶく酒呑童子にそう思う。そんな彼の眼下では、雷が通り過ぎた後が灼熱地獄と化していた。
『この程度、本来の奴なら造作もない。本来の奴であれば、一太刀で溶岩となっていただろう』
「まだメラメラとなっていたぐらいでは、か……ふぅ」
どうやらこれでもマシらしい。燃え盛るすすき野を見下ろしながら、瞬は一瞬だけ乱れた精神を深呼吸で取り戻す。そうして、そんな彼へと再度頼光が肉薄する。
「逃げるだけか?」
「いえ……これからです!」
近付いてくる頼光の問いかけに、瞬が如何な技法か急加速。弾かれた様に方向転換して、一気に頼光への距離を詰める。
「む」
「おぉ!」
僅かな驚きを露わにした頼光に向けて、瞬が槍を突き出す。これに、頼光はふわりと舞う様に横を通り抜けた。が、その次の瞬間だ。頼光は瞬が再度急加速するのを見る。
「はっ!」
『「ほぅ……」』
頼光と酒呑童子の感心した声がわずかに溢れる。が、頼光の太刀筋に迷いはなかった。
「はっ、おぉ!」
一直線に向かってくる瞬の槍を頼光の刀が叩き落とす。そうして、その膂力を以って頼光は瞬を地面へと押し出した。
「ぐっ」
轟音と土煙を上げて地面へと着地した瞬は即座に上を見上げ、頼光の姿を探す。が、その前に頼光が土煙を切り裂いて彼の背後へと回り込んでいた。
「っぅ!」
背後に回り込んだ頼光に対して、瞬は思いっきり地面を蹴って前に飛び出す。そうして空中で反転し頼光を視界から外さない様にしようとするも、反転した瞬間には頼光の姿はなかった。
(どこ、っ!)
どこに消えた。左右に首を振って頼光の姿を探そうとした瞬であったが、その直前に背に寒気を感じて思わず槍を地面へと突き立てて強引に上へと飛び跳ねる。そして、次の瞬間だ。瞬の槍を頼光の剣戟が切り裂いた。
「はぁ! む」
「行けっ!」
槍のみを切り裂いた頼光がわずかに驚いた様子を見せたと同時に、瞬は空中で無数の槍を生み出して投ずる。そうして降り注ぐ無数の槍の雨に対して、頼光は僅かな笑みを見せた。
「ふぅ……おぉ!」
僅かな雄叫びと共に、頼光は刀に宿す雷を極大化させて無数の槍を一息に飲み込んだ。そしてそれだけに留まらず瞬へと肉薄する。
「ふぅ……おぉおおおおおお!」
迫りくる雷の波に、瞬は魔力を乗せた雄叫びを発して押し止める。更にはその反動を利用して更に距離を取り、魔力で槍を編み出して即座に武器を取り戻す。魔力の消耗は痛いが、武器がない状態では勝ち目は限りなくゼロに近かった。
(ふぅ……まさか魔鉱石製の槍がああも簡単に斬り裂かれるとは……やはり今までの領域とは格が違うな)
魔鉱石はランクAの冒険者でも普通に武器や防具に使っている素材だ。これを使用者が持った状態でいとも簡単に切り裂いたのだ。今までのボスと同等と考えていると、敗戦は必須だった。
「「……」」
じりじりとすり足で移動しながら、僅かに両者が距離を測る。そうして、瞬はにらみ合いを利用して僅かな逡巡を見せた。
(このままでは敗戦とまではいかずとも、消耗が激しくなるな……どうする?)
おそらく負けはしないだろう。瞬は現状を鑑みて、そう判断する。が、同時に彼は手酷いダメージか消耗を強いられる事も理解しており、なにか一つ手を打たねばならない事を理解していた。故に、彼は僅かな逡巡を行う。
(このままだとダメだ……勝つなら、なにか必要だが……今の俺に何が出来る……?)
鬼の血は封ぜられ、ここまでの消耗とここからの消耗。さらには頼光相手にどこまで力を溜められるか、を鑑みれば<<原初の魂>>も使えない。瞬は切り札と言える二つを封じられている現状を考えると、自分に使える手がほとんど無い事を理解する。と、そうして考え込む彼に、頼光は距離を詰めて来た。
「はっ」
「つぅ! ちぃ!」
「逃さん!」
距離を取った瞬に向けて、頼光は刀の切っ先を向ける。そして、切っ先から雷の光条が迸った。
「っ! はぁ!」
迫りくる光条に向けて、瞬は地面を踏みしめて思いっきり槍を投げる。そうして、炎と雷を纏う槍と雷の光条が激突し、光条を切り裂いて頼光へと槍が肉薄する。
「はっ!」
自らの雷が押し負ける事を理解した頼光は即座に雷の光条を消失させると、頼光は一息で槍を切り捨てる。それを見ながら、瞬はわずかに笑う。
(……あれを失ったのは痛かったか。いや、あっても一緒だったか)
魔鉱石の槍は今回の潜入で瞬が手に入れた中で最も良い槍だった。無論それでも頼光には焼け石に水であったが、実体がある上に素材も中々のものだ。強度としては間違いなく、瞬が魔力で編んだ槍を上回っていた。
(……槍? ……あれを、創り出してみる……か……?)
瞬が今魔力で編み出しているのは、あくまでも彼が槍という概念で編み出したものだ。そして彼にとって槍とは、昔から慣れ親しむ槍投げの槍だ。故に競技用の槍に近く、戦闘用ではない。が、今の彼には相棒となる槍が一つ存在していた。
(……)
思い出せ。瞬はたった数日ながらも、自らに一秒でも早く順応させようと振るい続けた真紅の槍を手繰り寄せる。重さ。手に持った時の握り心地。内包する殺意。そういった全てを記憶の奥底から手繰り寄せて、瞬は今手にする槍にそれを上書きした。
「……む」
「……」
とてつもない殺気の塊。頼光は真紅の槍を見て、わずかに警戒を浮かべる。そんな彼へと、今度は瞬の側から肉薄した。
「おぉ!」
「っ」
雷と炎を纏い雄叫びをあげて肉薄する瞬に対して、わずかに頼光は顔を顰めつつも刀を振り抜く。が、先程とは違い確かな実像を得た槍は強度が段違いで、傷一つ付かなかった。そうして、瞬はその手応えをとっかかりとしてこのまま一気に攻める事にする。
「む!?」
「ぐっ……」
瞬の額に生えた鬼の角と真紅に染まる瞬の目を見て、頼光が大きく目を見開いた。このまま戦ってもジリ貧となるだけ。そう理解した瞬はこの場なら暴走しても被害は出ないと判断し、賭けに出たのだ。そうして瞬は左手を槍から離すと、頼光の腹を打った。
「ごふっ!」
「おぉおおお!」
肺腑の空気を吐き出して大きく吹き飛んだ頼光に向けて、瞬は鬼の容赦の無さを利用して槍を思いっきり投げ放つ。そうしてどす黒い真紅の光の塊と化した槍が頼光を飲み込んで、消し飛ばすのだった。
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