第2182話 二つの槍 ――再戦――
地球からやって来たクー・フーリンの要望を受けて『榊原』へとやって来たカイト達。そんな彼らはひとまず榊原家当主の剛拳へと挨拶を済ませると、改めて『夢幻洞』へと挑む事になっていた。と、言うわけで再戦になる瞬であるが、今回はカイトもまた参戦する事になっていた。
「お前も行くのか?」
「せっかくだ。運動して行こうと思ってな。まぁ、ここしばらく碌な運動が出来てなかったから、少しな」
瞬の問いかけに対して、カイトは屈伸しながら頷いた。と言っても、そんな彼であるが今回は中間地点からの再挑戦ではなく、1階からの登坂にするつもりだった。今回はあくまでも暇つぶしだ。本気の本気で挑むつもりはなく、スロースターターである事も相まって準備運動程度にするつもりだった。
「なるほどね……武器持ち込み無し。完全身一つで挑む迷宮か。下に行く度、危険度が増していくって類はよくあるな」
「そういう事だな……ただし、ここはかなり深い」
「最下層、何階だ?」
「誰も知らん。100までは数えた」
「こっちで言うと魔物の最高ランクは?」
「ランクSまでは、普通に出る」
「へぇ……」
それは中々に楽しめそうだ。カイトの言葉にクー・フーリンは猛犬の笑みを浮かべる。下は初心者向け。上になると本当に猛者や英雄向けの修練場。その印象を受けた。というわけで、楽しげに笑うクー・フーリンが瞬へと確認する。
「瞬。お前が前に挑んだ時は、50階で倒れたんだったな?」
「はい……なんとかそこまではギリギリたどり着けたんですが、そこでボスと戦ってあえなく、と」
「そか……その時は一人か?」
「はい……ただ、その時はギルドで挑んでいたので連携を取りながら、物資の融通をしながらでした」
クー・フーリンの問いかけに、瞬は当時の事を思い出す。というわけで、彼の今回の目標はこれだった。
「今回は、それも無し。本当に身一つで行ける所まで行けるか目指してみようかなと思います」
「当たり前だな……良し。そんなお前にアドバイスだ」
「あ、はい」
「おう……基本的に補給線が確保出来ない状況で戦うなら、一度に相手にする数をなるべく減らせ。逃げるのもありだ」
背筋を伸ばした瞬に、クー・フーリンは補給線の確保が難しい場合に生き延びる術を伝達する。まぁ、それは大半が冒険者の基本に近かったが、瞬は改めて基礎として胸に刻み込む。
「じゃあ、行くか」
「はい」
瞬とクー・フーリンは一つうなずきを交わすと、『夢幻洞』の中へと進んでいく。それを見送る形で、カイトもまた進む事にした。
「さて……久しぶりだが、頑張ってくれよ」
カイトは一つ、腰に帯びた<<零>>へと声を掛ける。いつか言われていたが、カイトの持つ榊原・花梨の遺品の一つとなる無貌<<零>>は唯一持ち込みが許可された武器だ。
今回は別に本気で挑むつもりも無い為、これを持ち込んで肩慣らしとするつもりだった。勿論、これが無くとももはや魔力で武器を編める彼にとって意味のない事ではあった。というわけで、そんな彼もまた<<零>>片手に『夢幻洞』へと潜入していくのだった。
さて、時は進み数時間。やはり完全無補給で手に入れた物だけをやりくりする事になった瞬であるが、以前より腕は上げたものの苦戦は免れなかった。
「はぁ……中々に厳しいな」
40階を踏破し、魔物も基本的にはランクB相当の魔物が出現する様になった事でパワーアップした瞬でも一戦一戦に掛かる時間はかなり長くなっていた。それは彼の独り言が多くなっていた事にも現れており、やはり『夢幻洞』が並々ならぬ難易度を誇る場所である事が如実に現れていた。
「前も、ここからが厳しくなってきたんだったか……毒耐性が生まれた事には感謝するしかないな」
鬼の血を封じている瞬であるし、ここでも基本的には鬼の血を封じて戦っている。が、それでも身体に宿る鬼の血が全て失われたわけではなく、基礎的な頑強さや各種の状態異常に対する耐性は純血の鬼と同等か少し劣る程度だった。
なのでここまでの階層で飛来した毒矢の罠などでの毒はほぼほぼ無効化出来ており、ここまでの踏破が可能だった要因の一つだった。というわけで、そんな彼は自身の中に宿る血に感謝しながら、更に先へと進んでいく。そうして、以前は疲労困憊でほぼほぼ幸運にもたどり着けた50階の目前にまで、多少の疲労感だけで到達する事が出来る様になっていた。が、そこで彼は少し立ち止まる事になった。
「これは……」
瞬が見たのは、先程までは全ての階層で白色だったワームホールが変色している様子だ。それに一瞬彼は警戒を浮かべるも、すぐに思い出した。
(そういえば……確かここで合流出来るなら色が変色したんだったか。ということは……カイトかコーチが?)
この二人なら相当先に行っているかと思うんだが。瞬は内心で訝しみながら、しかしほぼ同時に入ったのがこの二人しか居ない上、自身と合流が可能な相手もこの二人しか居ない事からこの二人のどちらかだろう、と判断する。というわけで、彼は青色に変色したワームホールへと突入する。
「お、来たな」
「コーチ……それにカイトも」
「ああ。ここまで全員到達出来たみたいだな」
驚いた。そんな様子の瞬に向けて、カイトは笑いながら頷いた。勿論、この二人は若干ではない疲労が見え隠れする瞬に対して先程まで本当に彼と同じ道程を歩いていたのかと思えるほどの様子で、ここまでの道のりが単なる準備運動程度にしかならなかった事を知らしめていた。とはいえ、それ故にこそ瞬は二人がここで待っていた事に驚きを隠せなかった。
「あ、ああ……でもどうしたんですか? 二人なら、もっと早く先に進めたと思うんですが……」
「ああ。使える物は一回使って確かめてみる。それが鉄則だ。後で痛い目に遭いたくないならな。で、道具も余ってきたから一回ここらで不要な物を片付けて、としてみるかとな」
瞬の問いかけにクー・フーリンが笑う。そんな彼の周辺を見てみると、確かに彼が捨てたであろう様々な道具類が置いてあった。そんな彼の視線に気付いて、クー・フーリンが告げた。
「だんだん、魔物も強化されだした。ここらで荷物整理しとかねぇと、後で困る……何か必要な物があったら、持っていけ」
「あ、はい。ありがとうございます」
クー・フーリンの許可に、瞬は有り難く物資を物色させて貰う事にする。と、そんな彼の一方で、クー・フーリンは立ち上がった。
「良し。カイト、瞬。身体冷える前に俺は行くわ。まーだ疲れる領域じゃないが、ここでこれだと少しは楽しめそうだな」
「安心しろ。ここまではまだ初心者向け。70階ぐらいから、やばくなる。90階ぐらいまで行けば、多分前のアメリカの時みたいになるぜ」
「あっはははは。そりゃ楽しみだ。あの時も神様相手に大暴れしたからなぁ……その後のインドもだったけど」
「あっははは。懐かしい……その後そんな事起きてないか?」
「お前が居ないからな」
カイトとクー・フーリンは楽しげに笑い合う。内容に瞬は仰天するしかないが、この二人だとあり得ると思ってしまえるのが悲しかった。というわけで、一つ雑談を交わしたクー・フーリンが、一同に先駆けて50階の中ボス部屋へと向かう。それを見送ったカイトが、瞬へと話しかけた。
「で、先輩。ここまでどうだった?」
「ん? ああ、ここまでか……やはり完全に物資の融通が出来ないと苦戦したな。体力としても前以上に消耗はしていないが、それでも思った以上に疲れている……か」
「だろうな……まぁ、これが基本だと思っておけ」
「そうだな……お前はやはり疲れていないんだな」
「そりゃ、この程度が雑魚の領域で戦ってきているからな」
どこか称賛を浮かべる瞬に対して、カイトは笑う。そもそも尋常ではない魔力を保有している彼だ。一日二日丸々戦い抜いても平然としていると言われている彼にとって、この程度の魔物との連戦は連戦にもならなかったのだろう。
「そうか……やはりまだまだ遠いな。ランクB相当の魔物が相手だと、まだ時間と労力が掛かってしまう」
「それでも、前に比べれば飛躍的な進歩を遂げていると言っても良いだろう。ウルカで持久力を増す修練も積んでいるからな。その分はしっかり、身になってくれているようだ」
「まさかそこらを確認する為に、ここで待っていたのか?」
「あっははは。これでも、ギルドマスターだからな。ギルドメンバーの力量把握は仕事の内だ」
クー・フーリンが待っていた理由は聞いていたが、カイトが待っていた理由は聞いていなかった。が、とどのつまりこういう事なのだろう。
「まぁ、ここまで単なる疲労だけでたどり着けたのだったら、それはもう運ではなく実力と言って良いだろう。前に言われていたと思うが、ここから先に進むのは運もあるが地力が物を言う。前に先輩には無かった地力がしっかり養われている、というわけだ」
「そうか……良し。これぐらいで良いか」
カイトの称賛に一つ頷いた瞬は、クー・フーリンが不要と判断した物資の確認を終わらせる。やはり力量差からクー・フーリンが不要と判断した物資の中には使える物が眠っており、ここからの役に立ってくれそうだった。と、いうわけで支度を終わらせた彼が一つ残念がった。
「にしても……少し残念だな」
「うん?」
「せっかく槍を手に入れたのに、使えていないからな。どうせなら使って挑みたかった」
「あはは……それは仕方がないだろう。ここは原則持ち込み禁止だからな」
「わかっている……それでも、な」
カイトの返答に瞬も少しだけ困った様に笑う。こればかりは、仕方がないのだから諦めるしかなかった。と、そんな彼はふとカイトの付属品とも言えるユリィが居ない事に気がついた。
「そういえば……ユリシアは?」
「ああ、ユリィなら温泉でのんびりしてる。オレもそれでも良かったんだが……運動してから入るか、とな」
「俺もそちらの方が良いな」
一応、今回は榊原家の邸宅ではなく街にある旅館に宿泊する事になっている。そこには温泉などもあるらしく、『夢幻洞』で掻いた汗はそこで流すつもりだった。
なお、旅館に行くより先に『夢幻洞』に先に挑んだのは、『榊原』では踏破した回数で受けられる待遇が異なるからだ。カイトが本来の踏破階層を提示すれば良いのだろうが、それは流石に今回は使えない。なので色々と考えた結果、先に挑んでいたのであった。
「だな……まぁ、部屋の確保やら何やらを含めて先にやってくれている。こっちも時間が掛かるからな」
「それもそうか……良し。じゃあ、俺も先に進む」
「そうか……おそらくここから先は合流は無いだろうから、手に入れられた物資は自分でやりくりしてなんとかしろ。もし厳しいと思えば、脱出する様にな」
「大丈夫だ。『帰還符』はすでに手に入れられている」
カイトの助言に、瞬はここまでの間で確保しておいた『帰還符』を提示する。これがあれば、最悪は脱出も可能だった。『夢幻洞』では死ぬ事はないが、金はあって損はない。脱出出来るなら脱出して物資を確保してくのは、重要な事だった。というわけで、カイトと瞬は50階で別れ、再び各々の踏破を開始するのだった。
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