第207話 洗脳
ルフィが去った翌日。今日も変わらずソラ達は見回りである。と言ってもまだ朝も早く、見回りを開始する時間には、少し早かったのだが。
「ふぁ……ねみぃ。」
起きたばかりのソラがあくびをして、目を擦る。依頼を受けてからというもの、朝5時には起床する様にしたからだ。農家の朝は早い。それに合わせてソラ達の仕事の開始時間も早いのであった。まあ、その代わりに夜も早いのだが。
「ソラー、寝癖、付きっぱなしだよー?」
「げ?マジ?」
由利の言葉にソラが自分の頭を触る。そうして手櫛で寝癖を治そうとしているのだが、どうやら場所が若干ずれているらしい。寝癖は全く解けていなかった。
「あー、そこじゃないよ。あ、ちょっと待ってて。」
それを見たナナミが、ソラにそう言う。そうして、すぐに戻ってきた。その手には、湯気を上げるおしぼりが握られていた。
「しゃがんで?」
「ん?ああ。」
ナナミはそう言ってソラを少しだけ屈ませて、ソラの頭を自分の腕より下に下げさせた。
「こうやって、少しだけ抑えてやれば……」
そう言ってソラの頭に暖かいおしぼりをソラの頭に当てて、少しだけ待つ。
「ほら。これで大丈夫!」
そうして、少しして、おしぼりを頭からどけると、寝癖が治っていた。
「おお!マジか!ナナミさん、サンキュー!」
更にナナミが持って来ていた手鏡で頭を全体的に確認し、寝癖が無くなっている事を確認したソラは、喜びナナミに礼を言う。
「どういたしまして。」
ソラに礼を言われたナナミは、嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「なーんか、面白く無いなー。」
一方、恋人が別の女性と仲良くしているのを見ていた由利が、少しだけ不機嫌そうにする。まあ、当たり前だろう。一方のソラは喜んでいて、由利が不機嫌であることに気付かなかった。まあ、此方も仕方がない。ソラには圧倒的に人生経験が足りていなかった。
「ん?どうした?」
「なんでもないよー。」
そう言った由利だが、少しだけ不機嫌さを滲ませている。ソラはそれを感じ取るも、すぐにいつもの由利になったので気のせいかと流した。
「……じゃあ、私とコリンは畑仕事を手伝ってくるね。今日はお昼作っていけないから、こっちに戻ってきてね。」
それから暫くして、ナナミが告げる。少しだけ気まずい空気が流れるも、村長邸のプライベートエリア――村長の家族の為のエリアとして、ドアを隔てて設けられてある――から現れた村長がナナミとコリンに畑仕事を頼むと、村長は自分の執務室に入って行った。それを受けて、ナナミがコリンと共に仕事の容易を整え始める。
「あ、うん。こっちも時々様子を見に行くよ。」
「そうだねー。近くによったら顔を出すよー。」
ソラと由利はナナミの言葉を受けて、頷いた。ナナミとコリンの二人は週の半分農作業を手伝い、残りは家の家事を手伝うのである。今日は丁度農作業の日であったらしい。
「うん、ありがとう。じゃ、行ってくるね。」
「行って来ま……」
まだ寝起きのコリンは眠そうに目をこすりながらも、ナナミに手を引かれて行った。幾ら悪戯っ子のコリンといえど、こういうところは、普通の少年と一緒だった。
「いってらっしゃい……ソラ、君も段々カイトに似てくると思うよ。」
出て行った二人を見送り、アルが少しだけ苦笑してソラに告げる。
「ん?どういうこった?」
「ちょっとやだなー……」
わけがわからないので首を傾げるソラと、少しだけ共感した由利が苦笑している。
「まあ、僕もご先祖様の血を引いてるから、他人の事言えないんだろうけどね……」
カイトとソラ、そしてアルの中で、唯一自分の現状が把握できている――と思っている――アルが、小さく苦笑する。
「何のことだかさっぱりなんだが……取り敢えず、見回り開始するか。」
尚も首を傾げるソラだが、仕事をしないわけにも行かないので、立ち上がる。既に時刻は朝6時を回った所。後30分もすれば村を覆っている結界が解除されるのだ。結界はそこまで正確なものではなく、時間は若干前後するのでそろそろ見回りを始めないと早かった時に問題だった。
「よし!じゃあ、今日が最終日……予定だけど、頑張ろうぜ!」
「おー!」
ソラの号令に、全員が手を上げて同意する。そうして、最終日かもしれない警護任務が、開始されたのであった。
それから数時間後。相変わらず大事の起きない警備任務が続いていた。
「やっぱ、何にも起きないよなー。」
「ソラー、起きて欲しいみたいなこと言わないでよー。」
相変わらず二人で見まわるソラと由利。少し離れた所では、アルが屋根から周囲を見まわっているのが見えた。
「おーい、そっちどうよー!」
屋根の上にアルを見つけたソラが、大声でアルに呼び掛ける。
「こっちは何も……え?」
異常はない、そう言おうとしたアルが、村の反対側の森の方を見て目を見開いた。それに気付いた由利が、異変を感じ、ジャンプで屋根に登る。それを見たソラも、ジャンプで屋根に登った。
「おい……どうしたんだよ?」
「ソラ、あれー!」
そう言って由利が指差す方を見れば、何十体ものゴブリンが森から大挙して、森に近い畑へと押し寄せていた。更に見れば、遠くのアルが大急ぎで畑に向かっているのが見える。それに気付いたソラが、大慌てで畑を見ると、そこには腰を抜かしたナナミとコリンの姿があった。
「やべ!ナナミさんとコリンが逃げ遅れてる!このままじゃ連れて行かれるぞ!」
二人を含む、数人の村人達がいきなり現れた大勢のゴブリンに腰を抜かして、取り残されていた。それに気付いたソラと由利が一気に駆け出した。
『此方スカイ!南東の森からゴブリンが数十匹単位で現れた!村人が何人か取り残されているぞ!至急増援を頼む!ただし、見張り台の二人はそのまま周囲の警戒をしていてくれ!』
ソラは走りながら大急ぎで魔導具を使用し、他の面子に声を掛ける。すると、村の各地に散っていた見回りの生徒達が屋根に乗って森の方角へと急行し始める。流石にこんな状況では呑気に村の道を通るより、屋根の上を通って直線を行くのが一番早いのだ。
「ダメ!間に合わない!」
ソラと由利、そしてアルは運悪く森から正反対の場所に居たので、ゴブリン達が村人達へと襲いかかる前に到着出来ない。そこで由利は比較的高い屋根に飛び移ると、そのまま弓を構える。
ゴブリン程度の相手なので本当ならば近接戦闘に入り村人の護衛に入りたかったのだが、遠すぎた事もあり敵数を減らす事を優先したのである。
「ソラ!先に行って!私はここで援護するから!」
由利は大声で、走って行くソラに対して声をかける。そうしてすぐに矢を放った。既に到着できている面子は居るには居るが、流石に状況が状況だ。援護の手は早いほど良かった。
「ああ、頼んだ!」
由利の援護を受けつつ、ソラが畑まで辿り着くと、すでに戦闘が開始されていた。
「ソラ!村人を何人か連れて行かれちまった!すまん、流石に間に合わなかった!」
残っていた村人を護るため戦闘をしながら、男子生徒の一人がソラに詫びる。他にも、何人かの生徒が応戦していた。この場に居ない面子は少し離れた屋根の上から魔術で援護を行っていた。
「いや、良い!それより、そっちは任せて良いか!?」
「おう!任せろ!こっちはこの程度じゃ問題にならねえよ!」
そう言うのは峰岸である。先ほどから村人に襲いかかろうとするゴブリンに対して、短剣を使用して牽制をしていた。そうして牽制され、動きを止められたゴブリンは、魔術や矢で撃ちぬかれ、討伐されていた。
この程度のゴブリンならば、問題なく戦える、そう判断したソラは少しだけ足を止めて作戦を考える。思い起こすのは、カイトである。カイトならばどうするか、最も近くでその考えを見てきたソラが、結論を出して命令を下し始めた。
「遠距離組の全員はこのまま村人に近づくゴブリン共を排除!峰岸と白石先輩はこのまま護衛を続けてくれ!」
「了解!」
「アルと朝比奈さんと新垣は、俺と一緒に森に入るぞ!アルと俺で先導する!アル!悪いけどもしヤバイ奴が現れたら頼んだ!」
「うん!任せて!ソラも無理しないでね!」
ソラの指示を受けたアルは、周囲を取り囲んでいたゴブリンに対して、一気に斬りかかり、道を作る。そうして出来た道を通り、森への活路を切り開いた。
「行くよ!」
「おう!」
そうして、ソラとアル、近接組の残り二人は森の中に入っていった。
「なんだ、こりゃ?」
そうして森に入って、ソラがまず感じたのは、異質感。アルとソラだけでなく、今回護衛に来た面々はゴブリン目撃の報告を聞いて、念の為昨日までにも何度か森へ入っては居たのだが、様子が異なっていた。
「森が……動いてる?」
同じく異常を感じ取ったアルも、異質感を感じる。アルとて軍人として幾度も森に入ってはいるが、こんなことは滅多に無い事だった。考えられるとすれば、森に影響を与えられる魔物が動いているぐらいだった。それに気づいて、アルが一気に警戒感を高める。
「こんなことってよくあるのか?」
「ううん。無いはずだよ。それに……」
ソラの言葉にアルが周囲を見れば、ゴブリン達が今にも襲いかからんばかりの態勢であった。それを見て、アルはソラへと掛け声をかけた。
「行くよ、ソラ!」
「おう!合わせっぞ!」
そう言って二人は一度大きく息を吸い込み、同時に一瞬の溜めを作った。
「邪魔だよ!」
「どけぇ!」
そう言ってアルとソラが同時に魔力を周囲に放出する。今の二人の実力ならば、二人の内片方だけでも十分である。これで普通ならば下級のゴブリン種は、例えオーガやその他の上位種に支配されていようとも、逃げ出す筈であった。アルなら上級ぐらいまでならば追い払う事が出来た、筈だった。
「やっぱり……」
先ほども同じ事をやったのだが効果の無かったアルが、ゴブリン達が操られている事を確信する。普通なら逃げ出す筈のゴブリンたちは、一切逃げ出すこと無く、よだれを垂らしながら襲いかかってきた。明らかに正気ではない、それが見て取れた。
「っつ、なんだよこいつら!」
そうして応戦しつつ、新垣が舌打ちする。腕を斬られようと、足が吹き飛ぼうとも、遠慮なしで襲いかかるゴブリンに、少し狼狽していた。
「多分、操られてる!拐われた村人達も多分、そいつの所に居る!」
その言葉に呼応するように、一羽の青い鳥が鳴き声を上げる。だが、それは戦いの大音に紛れて誰にも聞こえなかったが。
「だけど!」
そう言って朝比奈がゴブリンの首を切り飛ばす。
「この程度じゃ相手にならないわよ!」
朝比奈は更に別のゴブリンに対してケリを入れ、一気に吹き飛ばした。魔力によって強化されたキックは、ゴブリンの命を奪うのに十分であった。そうして、三分もかからない内にゴブリン達は全滅する。
「多少のゴブリンは無視しよう!このままじゃいくら相手にしても無駄!それより操っている奴を倒した方が早いよ!」
ゴブリン達の襲撃に相手をしていては時間がいくらあっても足りない。尚も群れをなして襲い掛かってくるゴブリン達にそう判断したアルが、一気に駆け抜ける事を提案した。だが、それに新垣が顔を顰めた。
「でも、何処に居るかわかんねえぞ!」
「大丈夫!」
そう言ってアルが指差す方には、蒼い鳥が滞空している。それはまるで一同を案内するかのように、その場に滞空していた。
「あれは……なるほど。」
蒼い小鳥に気づいたソラが笑みを浮かべる。この状況で蒼い鳥である。誰の援護かなど、考える必要もなかった。相変わらずの心配症だな、と内心で笑みを浮かべるが、今はその万が一に備えた行動が有りがたかった。
「行くぞ!」
そう言って蒼い鳥の道案内に従い、ソラとアルが駆け抜ける。それを見た他の二人は事情が理解できないものの、それに付いて行く。
「ねえ、その鳥何!?」
道中で立ちふさがるゴブリン達を蹴飛ばしながら一直線に突っ走る一同。その最中で朝比奈が声を上げる。明らかにゴブリンが攻撃を仕掛けてもそれを弾き飛ばす等、普通では無い鳥であった。
「使い魔!誰のかは聞かないで!」
目の前で飛びかかってきたゴブリンを回し蹴りで吹き飛ばしたアル。そうしてすぐに再び走り始める。
「使い魔って……公爵家の誰かか?」
「そんな所だよ!」
カイトも公爵家なので嘘ではない。公爵家の――と言うかカイトの――イメージカラーが蒼であるので、それに因んでいるといえば、蒼い鳥の説明としては説得力も十分だった。
「!危ない!全員、跳んで!」
そうして進むこと約10分。目敏く異変を感じ取ったアルが、ジャンプで飛び上がる。その注意に気付いた他の三人も、同様に跳び上がった。
そうして跳び上がった場所に、太い木の触手が鞭の様に振るわれた。そうして着地した一同だが、更に連続して幾つもの木の触手が振るわれるのが見えた。
「邪魔だ!<<草薙剣>>!」
連続して回避して時間のロスを厭うたソラは、敢えて武器技を使用することで道を切り開いた。カイトに教えられた<<草薙剣>>はその名と来歴に相応しく木等の草木に絶大な効果を発揮し、立ち塞がる木の触手を全て薙ぎ払った。
「やるね!ずいぶんと慣れたみたいじゃないか!」
そんなソラを見て、アルが少しだけ面白がる。かつては一発打つだけで――そもそも一発も打てない事もあった――膝を突いていたのであるが、今では一発打っただけではなんともなかった。これでもソラとてとんでもなく辛い修行を耐え抜いていたのだ。強くなっていて当たり前だった。
「まあな!伊達にあの修行をしてないって!」
ソラはティナの特殊な異空間での鍛錬を思い出して苦笑する。しかし、その成果は存分に発揮されていた。
「確かに!」
そう言って二人は立ちふさがる樹の枝を切り捨てつつ、後ろの二人の道を作る。後ろの二人は横からの前の二人への攻撃を防いでいた。道を作る二人と、その援護をする二人。これが、今回のフォーメーションだった。
そうして、更に数分。一同がかなり開けた場所に出ると、拐われた村人が木で出来た4体の木の魔物の触手に縛られていた。そして目の前に広がる光景を見て、ソラが声を上げた。
「ナナミさん!コリン!大丈夫か!」
「ソラ……くん……たす……けて……」
ナナミの声はかなり弱々しかった。他の村人もかなり弱っており、特にコリンは最も幼いからなのか、助けを求める事さえできなくなっており、呻き声もかなりか細かった。
「あれは……トレント!急がないと身体の精気を吸い取られて衰弱死する!」
高さ10メートル程度の木出できた魔物を見たアルが、即座にその正体に見当をつけた。アルの説明を聞いたソラ達は、大急ぎで態勢を整える。
「ちぃ!急いで助けるぞ!」
「じゃあ、一人一体で行くか?」
新垣が提案するが、アルとソラがそれを却下した。
「ダメだ!あいつはランクCだったはずだ!」
「うん!僕が三体を引きつけるから、三人は一体ずつ仕留めて!」
アルといえど、さすがに人質を取られながらの戦闘では得意の広域を凍らせる技を使えない。一体ずつ剣で討伐する必要があった。
とは言え、アルとて人質を取られている状況で即座に魔物を討伐するのは不可能に近い。魔物なので盗賊達の様に人質を取って脅される、ということが無いので普通に戦闘は可能だが、それでもまずは人質を取り返す事を優先する事を選択したらしい。人質に危害が及ばない様に半数を自分で受け持つ事を提案し、ソラによってそれは了承された。
「おし、じゃあまずはコリンを縛っている奴から片付けるぞ!」
最も衰弱しているコリンを助けるのが最優先と決めたソラは、その一体へと突撃する。それを開始の合図として、4人対トレント達の戦闘が、開始された。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第208話『加護』




