第2178話 二つの槍 ――助言――
瞬に起きた異変を聞きつけ、師であるスカサハに頭を下げて駆けつけたクー・フーリン。そんな彼と知らず師弟関係であった瞬は、来訪したクー・フーリンと一つ模擬戦を行う事になる。
そうしてやはり神話に語られる英雄というだけの技術を見せつけたクー・フーリンの圧勝で終わった模擬戦の後しばらく。一同は改めて先に酒盛りを行った部屋に集まっていた。
「にしても、お前も中々色々な技を覚えてたな」
「ありがとうございます」
再び始まった酒盛りの中で、瞬はクー・フーリンの称賛に少し照れくさそうに頭を下げる。男子三日会わざれば刮目して見よ、とは言うが数ヶ月も見ていなかったのだ。その間に色々とあったからか、瞬はクー・フーリンにも驚くべき成長を遂げていた。
「そうだ。そういや、あの魔爪。こっちの技術か?」
「あ、はい。少し前に昔のカイトの仲間の子孫の方の所にお邪魔してまして……」
「なるほどねー。道理で戦場仕込みの奴らが好みそうな動きだと思った」
瞬からの報告に、クー・フーリンは得心したような顔で頷いた。と言っても勿論、クー・フーリンとて古代の戦場を生き延びてきたのだ。瞬が槍以外の武術を学ぶ事には大賛成であり、異世界の技術に興味を示すだけで怒ったりは一切していなかった。そうしてしばらく。二人はこちらの武術についての談義を行うわけであるが、そこでふと瞬が気になった。
「そういえば……カイトとはそこらを語らないんですか?」
「いや? 普通話すだろ。実際、話したし。なぁ?」
「ああ……勿論、赤枝の奴ら以外にもフィンの叔父貴とも話したし、他にも北欧はベオウルフやジークフリート達とも話したな」
なんでそう思ったんだ。そんな様子のクー・フーリンの言葉を受けたカイトも当然とばかりに同意する。彼とて武芸者の一人だ。幾ら異端や鬼才と言われようと、そこだけは他の英雄達と変わらない。
それこそ彼の場合は地球での立場もあって世界中の猛者達と話す機会を得られている為、英雄だけでなく各国の軍人達とも話をしていた。これに、瞬は思わず呆気にとられた。
「あ、そうなんですか」
「そりゃそうだろ。お前らが来る前に、大輝さんともそこらの話してたしな」
「おう……お前だってそうだろ?」
武芸者が武芸者に出会ったというのだ。ならば話す事は必然、武芸に関する事だ。勿論、それでも隠すべきは隠すし、酔っていて自分の流派の秘密を明かすようでは修行のやり直しを言われるだろう。あくまでも、話の種になる程度の話しかしない。が、それでも中心はこれである事だけは間違いなかった。というわけで、大輝の問いかけに瞬もまた頷いた。
「それは、まぁ……勿論」
「だろ? 聞くまでもない事じゃねぇか」
「はぁ……」
ならなんで自分からわざわざ聞こうと思ったのだろうか。瞬はエネフィアの武芸であればカイトに聞けば良いのでは、と思うが故にか、そう思ったようだ。これにクー・フーリンは瞬の疑問を理解した。
「ああ、なるほど……お前、なんで自分に、って思ってんのか」
「え、えーっと……はい」
「あっははは。そりゃ、そうだろ。カイトが見てきたものはあくまでもカイトが見てきたもの。お前が見てきたものはお前が見てきたものだ。違うに決まってる。たとえ、同じ道のりを歩いていようと、喩えお前がカイトより下だろうとな」
「はぁ……」
そんなものなのだろうか。瞬は楽しげに笑うクー・フーリンに対してそう思う。ここらはまだまだやはり修練が足りていない、という所なのだろうし、カイトの事を若干過大評価し過ぎていたとみなす事も出来た。
「それに、ま……やっぱ同じ槍使いから見て見える事もあるだろ。そっちの方が俺には重要だ。そう思っとけ。実際、そうだしな」
「はい」
それならそれで良いか。実際、瞬としても同じ槍使いとしての意見が聞きたい、と言われた方が素直に理解も納得も出来たらしい。今度はクー・フーリンの言葉を素直に受け入れる。そうして更に話す事、しばらく。カイトが大輝へと問いかける。
「で、大輝。結局の所、どんなもんなんだ?」
「ん? ああ、瞬のか?」
「そそ。そもそもお前が許可したのも、先輩の現状をしっかりと見ておきたい、って話だったろ?」
大輝の問いかけに対して、カイトは改めて本題を問いかける。というわけで、彼の問いかけを受けた大輝が瞬の見立てを語った。
「そうだな……ぶっちゃければはっきりとした所はわからん。属性は殊更だな。が、一つ言える事はあった」
「それは?」
「間違いなく、火属性との相性は物凄い高い。とんでもない圧だった。それこそ、俺の目で生前と同様の姿が見えるぐらいにはな」
「相当か」
「相当だ」
それこそ、今の瞬の小僧じゃどうやっても制御出来ないぐらいにはな。大輝ははっきりとそう断言する。それぐらいに瞬の中に眠る鬼神の生命力は強いらしく、結果として荒ぶる鬼神の血に抗えず、彼もまた荒ぶる鬼神として暴走してしまうのであった。そうしてそんな断言を行った大輝であるが、苦い顔で改めて瞬を見る。
「んー……そいつ、多分ゲニウスの誰かが作ったものだよな?」
「これ……ですか?」
「おう。そのネックレスだ」
瞬の問いかけに対して、大輝は改めて瞬のネックレスを見る。言うまでもなくこれは封印具で、これのおかげで瞬は戦いにおいてもあまり意識的に力をセーブする必要がない。が、それを見る大輝の顔は苦かった。
「まぁ、急場しのぎって意味じゃ十分だし、それ以上の物は中々無いだろう。それは俺も認める」
「ジュリエット・ゲニウス。<<知の探求者>>の幹部の作だ。大本はまた別だけどな」
「そうか……まぁ、鬼単体を封じ込めるなら、十分な品だろうが……いや、何もわからない状態でそこまで抑え込めているんだ。十分過ぎるどころか、ほぼほぼ完璧な出来上がりだと鬼の棟梁として称賛する」
流石に大輝としても見事に抑制出来ているネックレスを貶す事は道理に反すると思ったらしい。完璧ではないとしながらも、完璧と口にする。
「が、やはり鬼という広範囲の概念を抑制しているから、完璧じゃない。抑え込みが弱い」
「そりゃ、しょうがない。急場しのぎの騙し騙し。んで、何もわからんからこそ、お前を頼ったんだろ」
「ま、そりゃそうだな」
カイトの指摘に、大輝は笑う。そしてそんな彼は改めて瞬を見る。
「鬼の闘気を見ればおおよそ、その鬼がどんな格を有するかが分かるが……瞬。やっぱりお前の中に眠る鬼は最上級。鬼神と断じて良い領域だ」
「鬼神……」
「ああ。鬼の神。それも荒々しい鬼神だ」
改めて、大輝は瞬へと彼の裡に眠る鬼について言及する。そうして、大輝は一気に真剣な顔になり、彼へと語る。
「そいつのコントロールだが……ぶっちゃけると俺にも無理だろう。その鬼神は間違いなく俺以上の格だ。今のお前がコントロールする、なぞ考えるな。そいつのコントロールが出来た酒呑童子は鬼の本能のコントロールの面で言えば俺を上回っている。最低、俺と同等の戦闘力を持っていないと鬼の力の完全開放は無理と考えろ」
「それほど……」
「ああ。それほど、だ」
どこか警告するような圧を伴い、大輝はわずかに青ざめる瞬へとはっきりと断言する。が、そんな彼は抑圧はこの程度で良いか、と少しだけ圧を緩める。
「ま、そう言っても。全部が全部悪い話ってわけでもない。さっき、俺は火属性との相性が良いって言ったな?」
「はい」
「おう。で、見た感じだとお前も火属性と相性が良いんじゃないか?」
「ええ。火と雷は八属性の中でも最も得意としています」
大輝の確認に対して、瞬ははっきりとこの二属性を得意としている事を明言する。これに、大輝は一つ頷いた。
「だろうな。雷についちゃ、俺もわからんが……おそらく火属性に適性を持っているのは、この鬼神のおかげだ。さっきの妙な強化術。あれが出来てるのも、間違いなくそのおかげだろう。俺の見立てだが……クー・フーリン。あんたと同等には火属性への適性があるな」
「だろうな。だから、俺はこいつに目を掛けている」
「そ、そうだったんですか……」
自分も知らない内に自身の火属性への適性を見抜いていたクー・フーリンに、瞬は驚いた様にそちらを向く。これに、クー・フーリンは笑った。
「そりゃそうだろ。俺だって誰彼構わず教えてるわけじゃない……それに、これでも武術の面でみっちり教えようと思ったのはお前が初めてなんだぜ?」
「そ、そうだったんですか……」
再度、瞬は初めて知らされる事実に驚きを露わにする。クー・フーリンほどの大英雄だ。弟子なぞ山程居ると思っていたらしい。が、彼は彼の事情があり弟子なぞ取っていられず、瞬と出会わなければ弟子を取ろうなぞ思いも寄らない事だった。
ちなみに、余談にはなるが瞬を弟子とした事は彼自身にとっても飛躍となったので、これについては彼も少し視野が狭かった、と反省していた。と、そんな彼に大輝が軌道修正を行った。
「ま、そこらの話は俺は知らん。兎にも角にも、お前の火属性への適性は鬼神の血のおかげだ。あまり抑制しすぎない方が良い」
「はい」
瞬にとって火属性と雷属性の複合による<<雷炎武>>は切り札だ。鬼の血を使い難くなった今、これまで使えなくなるのは死活問題に直結する。が、それ故にこそ、と大輝が告げる。
「ああ……んで、更に言えば火の加護を得ていた事が良く働いているな」
「火の加護が、ですか?」
「ああ。上位の力による抑制だな。鬼神の力による暴走が図らずも、火の加護で抑制されてるんだ。こっちも、火属性への適性が高い事によるものだな。幾ら鬼神の力が強かろうと、火属性に関しちゃ加護が上。なにせ加護以上となると契約者しかないぐらいだ。そっちの暴走防止が鬼神の血による暴走を防いでいる、というわけだな。まぁ、これは流石に大精霊様も想定していない副次的な効果だろうが」
「なるほど……」
そういう事が起きるのか。大輝の解説に瞬は納得した様に頷いた。というわけで、そこらの納得を見た大輝がカイトへと告げる。
「まぁ……もし本気で使いこなそう、抑制しようと思うのなら、火の契約者になるってのは一つの手として考えても良いだろう。お前なら案内とか出来るんだろ?」
「まぁ……昔バランのおっさんを案内したからな」
「……何かマズいのか?」
大輝の問いかけに苦い顔を浮かべたカイトに対して、瞬が問いかける。これに、カイトはわずかに苦笑いを浮かべた。
「マズいってわけじゃない。大精霊の試練は受けようと思えば誰でも受けられるものだし、契約者になって良いか否かってのは大精霊達が決める事だ。オレが決める事じゃない。先輩が本気で試練に挑みたい、ってのなら、案内はしてやる……がなぁ……場所がなぁ……」
「危険なのか?」
「んー……まぁ、危険だ。今の先輩じゃ挑めない。少なくとも、以前の力を取り戻すぐらいには戻る必要がある」
つまり、ランクA相当の実力を取り戻してからか。瞬はカイトの返答をそう理解した。そして更に、カイトが続けた。
「それに何より、問題になるのは試練の攻略面だな。オレは……多分助力出来ても微力ながら、って言葉がマジで入るだろう。ティナに至っては一切無理だ」
「そんな事があるのか?」
「あいつは特例として契約者になれないんだ。ここらは世界のシステムに関する話があるから、本気で知りたければフリンの師匠……スカサハに聞け。みっちり教えてくれるだろうさ」
「やめとけやめとけ。師匠、教えるのは得意だし上手いが、座学になると途端魔術師になる。スパルタと思って挑むと、痛い目に遭う」
カイトの言葉に対して、クー・フーリンは盛大に顔を顰めながら首を振る。まぁ、これについては誰もが今は必要ない、と思っている事なので、瞬も機会があれば、としか考えていなかった。というわけで、そんな彼がそう明言する。
「き、機会があれば、で……それで、カイト。攻略面だと他に何が厳しいんだ?」
「練度が足りてない、ってのと、火の大神殿……ああ、契約者になる為の試練に挑む場所な。火の大神殿は大神殿の中でも難しい方だ。今の先輩が挑んでも、突破出来る可能性は低い。ちなみに、一番キツイのは闇な。ルナ、ああ見えてガチでクリアさせる気ない試練作る時あるから。意外ときびしーんだ、あいつ」
「そ、そうか……」
どうやら少なくとも最難関である闇の大神殿に挑まなくて良いと安心しても良いらしい。瞬はわずかに呆れるようなカイトに、そう胸を撫で下ろす。
「で、サラの神殿でヤバいのはラスだな。何があるか、ってのは明言出来んが……ラスは今の先輩だとどうあがいても無理だ。さっき言った通り、以前の力を取り戻す必要はある。そうしないと突破はさせて貰えないだろう」
「そうか……結局、一朝一夕に元通り、は無理なのか」
「そうだな。それについては諦めるしかない」
可能性の一つとして、火の契約者になる事は考えても良い。が、そのためには元の戦闘力に戻らないといけない、というなんとも微妙な話であった。とはいえ、これに瞬は気落ちするどころか、楽しげでさえあった。
「そうか……良し。なら、修行するだけだ」
「何だ。妙にやる気だな」
「はい……だって、そうでしょう? 前の力に戻れば、更に飛躍出来るとわかったんです。気付いたらパワーアップしていて気持ちが悪かった所なんです。元々無かったなら、経験だけ取り入れてまた訓練するだけです」
「あっははは。だな。お前らしいぜ」
自身の問いかけに笑って明言した瞬に、クー・フーリンは上機嫌に称賛を口にする。この何度でもへこたれずに進んでいく姿勢は評価に値したらしい。そうして、瞬は決意を新たに再び修行を重ねる事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




