第2172話 二つの槍 ――鬼の里――
瞬に起きている異常の対応策の考案の為。そして彼の戦力低下を補う武器を手に入れるため、中津国へ向かう事になったカイトと瞬。そんな二人は『転移門』技術を応用した飛空艇で移動し中津国へと入ったわけであるが、新技術を用いた事もあり一旦中津国の首都である『暁』にて数時間の滞在を行う事にする。そうして『暁』にて燈火との間で木蓮流再興についての話等を経て、少し。カイトと瞬は昼食を食べると、改めて飛空艇に乗り込む事になっていた。
「良し。昼もしっかり食ったし、システムチェックも終了済みと」
『ま、また立ち寄れ。今回はなんだかんだ事務的な話ばかりで碌に話も出来なんだからのう。寂しゅうてならん』
「あっはははは。また時間を見付けて来るよ。そこらは何時もの事と言えば何時もの事だしな」
『うむ。あ、そじゃ。爺様が酒感謝する、と先ごろ来おったぞ』
「あいよー」
どうやら仁龍も起きた――到着した時には寝ていた――らしい。なので挨拶は出来ず仕舞いであったが、酒の話を聞いて跳ね起きたそうだ。カイトとしても彼の酒盛りに付き合うと時間が遅れる可能性――それどころか日を跨ぐ可能性もあった――があった為、せっかく時間を短縮出来たのに意味がない、と話さずに出る事にしたのであった。
「良し。先輩。そっちは?」
「こっちも問題無い。ここからは、普通の移動なんだな?」
「ああ。通常飛行で移動する。まだ短距離移動には向いてないそうだからな」
ゆっくりと飛空艇の出力を上げながら、カイトは一つ頷いた。そうして彼は緩やかに飛空艇を発進させる。そうして緩やかに発進した飛空艇は一度空中で停止すると、機首をわずかに西寄りにして北へ向けて発進させた。
「これで、後は待つだけか」
「そうか……道中、なにかしておかないといけない事とかもなさそうか」
「だろう。ああ、二時間ほどは暇になるから、また好きにしとけ。オレも今回は楽にしとくからな」
「わかった。そうさせて貰おう」
此処から先は基本的には自動操縦で一直線だ。そもそも本来飛空艇の旅は自動操縦で良いのだが、単に新規の移動方法による不具合を鑑みてカイトが見ていただけである。
故にここからはカイトも自動操縦に任せる事にしており、リクライニングを深く倒して本を取り出していた。そうして、そんな彼に倣って瞬も休む事にして、二人はしばらくは呑気な時間を過ごす事になるのだった。
さて、二人が『暁』を出てからおよそ二時間。まだ昼日中の日も高い時間に、到着する事となる。というわけで、里が近付いてきた事を聞いた瞬は後ろの居住スペースから前のコクピットへと戻ってきていた。
「っと……それで、もう到着か」
「ああ……『幻燈の里』。もう少し早い時期なら、良い紅葉が見られたんだが……ま、時期が時期だ。諦めろとしか言えんな」
「あまりそこに興味はないが……何かすごい圧というか、肌にピリピリ来るな」
僅かなしかめっ面で、瞬が腕を擦る。これにカイトはなるほどと頷いた。
「ああ、そうか……先輩は共鳴するのかもしれないな。ここら一帯は鬼族の領地だ。勿論、そういっても他者を排除するようなわけでもないがな」
「ここらの鬼族達と共鳴している、という事か」
「だろうな。同族なら異族の血が共鳴するのは自然とある事だ……どこかに、居るのかもな。強大な力を持つ奴が」
カイトの言葉に、瞬はコクピットから周囲を試しに見渡す。と、そうして少し周囲を見ていると、思わず彼は二度見する事になった。
「……は? ……え?」
「ど、どうした、急に……」
「……あれは……鬼? それも山の様に巨大な……」
「ん?」
ぽかーん、と鳩が豆鉄砲を食ったような顔で一点を見つめる瞬に、カイトもまたそちらを見る。するとそこでは巨大な赤肌の鬼が巨大な岩を打ち砕いている様子が見て取れた。
「ああ、開拓してるのか。そう言えば前の一件でここら荒れたつってたっけ」
「……かいたく?」
なんというか明らかに土地を荒らしている様に見えるんだが。瞬はおそらく数十メートルほどもある巨大な岩を砕いている巨大な鬼を見て、思わず二度見三度見と確認する。間違いなく子供が見れば泣きわめくだろう光景が、そこにはあった。
「ああ……ああ、そういえばあんな巨大な鬼は滅多に見ないよな。あのサイズになると邪魔つってならない奴多いし」
「……割と居るのか? あのサイズ……」
おそらく10メートルは優に超えているだろう巨大な鬼を見て、瞬は信じられないとばかりに問いかける。これに、カイトはこともなげに頷いた。
「ああ。割と居る……が、さっきも言った様にあの巨体だ。力は強いが速度が遅くなる事も多くてな。なりたがならない奴が結構居る」
「確かに、あの巨体だと速度は稼げなさそうだな……」
言われてみれば尤もな事ではあるか。瞬は冒険者達の考えに納得する。実際、先の『リーナイト』の一件にせよ天覇繚乱祭の一件でもこの巨体であれば無数の魔物に狙い撃ちにされるのが関の山だろう。
カイト達ほどの馬鹿げた戦闘力でもなければ多勢に無勢。早々にやられるだけだ。ああなれる冒険者は高位である事を考えれば、使わないのは当然と考えられた。
「ああ……まぁ、使ってたとしても外周部。巨大な魔物を食い止めたりしてたから、どっちにしろ見なかっただろう」
「そうか……に、にしてもすごいな……」
飛空艇に入っているが故に何も聞こえないし何も感じない――圧以外はだが――が、実際には相当な轟音と振動が轟いている事だろう。瞬は一撃一撃で巨大な岩を砕いていく巨大な鬼に思わず頬を引きつらせる。
しかもこれでとてつもないのが、ハンマーなどではなく素手で砕いている事だろう。勿論、鬼の拳はそれそのものが本物の鉄腕以上と言っても過言ではなく、砕け散っているのは巨岩のみである。
「まー、ああいうレベルの奴はちらほらいる。あの圧ならランクAという所だろう」
「……流石、中津国か」
中津国は魔境。瞬はかつてウルカの冒険者達が口々にそう言っていた事を思い出す。無論、中津国にも<<暁>>の支部はあり、その支部に所属する冒険者達は誰も彼もが粒ぞろいだった。そんな事を思い出した瞬が、ふと呟いた。
「戦闘力であれば神殿都市やウルカにも劣らない、か」
「ん?」
「ああ、ウルカで聞いたんだ。<<暁>>の中津国にある支部の奴らは平均値だけならその二つにも匹敵するだろうな、と」
「……だろうな。ここは魔境。国に生息する魔物の平均ランクが他より一つ二つは高い場所だ。安全と言われる所でさえ、平均ランクはD以上。ランクCの魔物が生息する一帯が安全と言われるぐらいだからな」
他国の新人の冒険者はまず来れないし、中津国の新人は基本は他国では普通に冒険者を名乗れるレベルの戦闘力を持つ。カイトは瞬の言葉にそんな事を思い出す。それだけの戦闘力を有すればこそ、この国では兵士の基本的な戦闘力は他国を凌駕していた。
「何だ!?」
「魔物が居ただけだろう」
「い、いや……それはわかるが……」
今の一撃。普通に軽く放てるような一撃じゃないぞ。瞬は目の端で迸った何かしらの閃光に、思わず仰天する。無論、本気の彼には及ばないが、それでも皇国ならそう頻繁にお目にかかる領域でもなかった。と、その次の瞬間だ。二人の乗る飛空艇の眼前に、着物姿の女侍が立ちはだかる。
『待て』
強制的に停止させられた――里が近かったので速度はかなり落としていた事もあった――飛空艇の中。女の声が響き渡る。
「<<鬼剣隊>>か。なるほどなるほど。大層な奴らに見付かったもんだ」
「<<鬼剣隊>>……確か鬼族の里を守る精鋭部隊だったか」
「ああ。その剣士の一人だな」
カイトは女侍の持つ刀の柄に取り付けられた紋様を見る。そこには鬼を思わせる意匠と刀の意匠が掘られており、彼女がどこかの所属である事を示していた。そうして、そんな彼女が告げる。
『申し訳ないが、現在は以前の『八岐大蛇』の一件で各里の往来が制限されている状況だ。許可無く通る事は出来ない。許可証があるなら提示せよ』
「これで良いか?」
『確認する……む』
カイトの提示した許可証を見て、女侍は思わず目を丸くする。まぁ、それはそうだろう。許可証にあったのは代理でも誰でもなく、長その人の花押だったのだ。
魔力を含む花押の偽装は魔力の波長の関係からティナでも出来るものではなく、長その人が発行した物に他ならなかった。というわけで、少し呆気にとられた彼女であったが、しばらくして気を取り直した。
『……失礼した。確かに確認した。案内は必要か?』
「いや、大丈夫だ。大輝とは長い付き合いでな」
『そうか……ならば、道中気を付けられよ。先の一件で眠っていた魔物が目覚める事が時々起きている。我らもその討伐に勤しんでいるが……どうしても、完璧とはいかないのだ。許せ』
「構わないさ。こちらとて冒険者だ。大抵の事なら、なんとか出来る」
『そうか』
カイトの返答に女侍は道を譲る様に僅かに移動する。その横を、飛空艇が通り抜けた。そうして先の女侍が再び土木作業を行う鬼達の所へと戻っていくのを遠目に見ながら、瞬が呟いた。
「もっと杓子定規な人かと思ったが……案外すんなりと通してくれたな」
「そうじゃない。この許可証がそれだけ効果絶大だって事だ」
「その許可証か? まぁ、たしかに正規の許可証があれば普通は通すか」
なにせきちんとした許可証である。これを提示していて通さないのであれば、それは政府機関に所属する者としてどうなのだ、と苦言を呈するしかないだろう。そして勿論、それもあるが今回はそれ以外の理由も大きかった。
「いや、それだけじゃない。こいつが長から貰った書類だってのが大きいんだ」
「長……酒呑童子・大輝だったか?」
「ああ。こちらだと酒呑童子の名は鬼の長の名……称号みたいなものか。どこかで日本から来た鬼の影響があるか、逆かだろうが……」
おそらく前者だろう。カイトは地球とエネフィア。二つの世界に通じる名を思い出す。こういった二つの世界が似ているという痕跡はどちらの世界にも残されている。それが中津国には特に多い、というのは前々から言われていた事であったが、どれだけか、そしてどちらが先かまではカイトもわからなかった。
「それはともかくとして、だ。鬼族は基本的に弱肉強食の風潮が強い。強い奴が偉いってあれだな」
「弱肉強食……ということは、こちらの酒呑童子もやはり鬼族の中で最強なのか?」
「まぁ、総合力なら最強は間違いないだろう」
「……そこは総合力なのか」
てっきり腕っぷしで最強と言われると思っていたらしい瞬であるが、返ってきた回答に思わず拍子抜けする。これにカイトもまた笑った。
「あっははは……先輩だって酒呑童子の記憶を見れば分かるはずだ。ただ腕っぷしが強いだけ。ただ暴れるだけの長なぞ誰もついてこんよ。だから歴代の何人かは長を決める戦いで勝利しながらも、里の長老衆から突き上げ食らって却下された事はあるらしい」
「そこらは組織ゆえに、か」
「そういう事だな。それで言えば大輝は三百年前の戦争でエースの一人として活躍していたから腕っぷしは十分に実証されていた。後は長としての統率力やカリスマだけだった」
「それが満たされた、と判断されたわけか」
「だろう、とは思うがな。そこらはオレも知らんよ。他国だし、各里の長の選出は各里で決める事だからな」
確かに知っていてもおかしいか。瞬はカイトの返答に納得を示す。それに瞬とて別に聞きたいわけではない。と、そんな事を話していると、すぐに魔物と戦う鬼達の一団が見えてきた。
「ん?」
「魔物の討伐中、という所だろう。相手は……群れか」
「すごいな……各々の戦闘力がかなり高い。ん?」
思わず称賛を述べた瞬であったが、そんな彼が急に明後日の方向を見る。そんな彼の脳裏では、酒呑童子が称賛を口にしていたらしい。
『……良い軍だろう。おそらく一団の長が荒々しいのは、見える。が、同時にそれだけではない』
『それは俺にもわかった……なんというか、各個人が荒い戦いをしているが、軍としてのまとまりもきちんとある』
『そうだ……お前にも、見えるはずだ。この光景を縁にしてな』
『これは……』
酒呑童子の言葉に、瞬はかつて酒呑童子が彼の四天王を率いていた頃の記憶を呼び寄せる。そこでは、これと似た光景が繰り広げられていた。そうして、瞬はその過去の光景と今の光景を見比べながら、この軍勢の長がどのような人物かを考える事になるのだった。
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