第2170話 二つの槍 ――何時かへの船出――
瞬に起きている鬼の血の活性化と、それに伴う封印措置による戦闘力の低下。その二つに対処するべく、カイトは瞬と共に中津国へと向かう事を決める。
そんな彼はオプロ遺跡から帰還し数日をその支度に費やす事になったのであるが、それも終わり出発の日となっていた。なっていたのだが、そんな二人が居るのはマクダウェル公爵邸の敷地内だった。
「良し……出力も問題無し、と」
「今回はこれなのか」
「今回は急いで行って戻って来たいからな。それに二人で行くのに、大型艇を借りるわけにもいかん。諸々考えると、これが一番だった」
今回二人が中津国へ向かう為に用意したのは、カイトが個人所有で持っている飛空艇だ。といってもこれは天音カイトとして持っている物――つまり元ハンナの飛空艇――で、それ故にカイトが自由に使えたのである。
「と言っても、実はこいつの飛翔機を換装しててな。長距離移動用の物になっているから、そこまで時間は掛からん」
「そうなのか」
「割と自由に使えて、こうやって自由に弄れるのは無いらしくてな。おかげでプラモみたいに組み換えをされてるよ」
驚いた様子の瞬に対して、カイトは少しだけ困った様に笑う。まぁ、なんだかんだそれを楽しんでいる彼も彼で同罪とは言えるので、特段悪い事でもないのだろう。
「で、そんな中でも今回はまーた変なの乗っけられたみたいだ」
「何故そう思うんだ?」
「……これ見りゃ普通そう思うだろ」
首を傾げる瞬に対して、カイトはコクピットから見える外を見ながら、盛大にため息を吐いた。そこではティナを筆頭にした何人かの技術者達が飛空艇の上部に取り付けられた妙な装置の設定をしている様子だった。
「おい、まだ終わんないのか!」
「急いでやっとるわ! これが成功すりゃ、移動の時間は結構短縮出来るんじゃぞ!」
「それが終わらないのが問題なんだろ! てか、何でもかんでも実験台にすんじゃねぇよ!」
「お主ぐらいしか安心して任せられるのがおらんのが問題なんじゃ!」
カイトとティナが声を大にして、言い合いを行う。と言っても、別に喧嘩をしているというわけではなく、単に窓は小さくしか開けられず、声を大きくしないと届かないからだ。外部スピーカーはあるのだが、外の声は当然中には届かない。なら念話を使え、と思うのであるが、使っていなかった。
「はぁ……」
「……何をするんだ?」
「『転移門』の亜種の改良……だそうだ。正確には『熾天の玉座』の技術をデッドコピーした次元移動装置……だそうだが詳しくはわからん」
『ま、更に正確にはその技術試験じゃ。まー、お主らにわかりやすーく言えばワープ航法と思え』
「なんでだからオレにそれをやらすんさ……」
またオレですか。カイトは念話に切り替えたティナの言葉に、肩を落とす。何かわからない新技術の試験のテストは専らカイトの役目らしく、この状況でのこれには流石に彼も呆れていたのであった。
『そーりゃ異世界転移なぞやったのは余かお主しかおらんからじゃろ。別に? 余が操縦するのでお主が外で実験機器の調整やらなんやらやってくれても良いんじゃぞ?』
「そっちは絶対イヤ。こっちやります」
『ほれ。そういうではないか』
ほれ見たことか。カイトの返答にティナが笑う。基本的にカイトは考えるよりぶん殴った方が楽という武闘派だ。そこに色々と乗っけた結果が、今の彼なのである。なので実験装置をあれやこれやといじくり回すより、こっちの操縦をやっている方が遥かに良かった。
「ま、そりゃそうなんだけどさ……なんで今さ」
『そりゃ、お主に超長距離移動の予定が無かったからじゃろ。そこにお主が行ってくるー、なんぞ言うんじゃから、実験台にもなろう。大急ぎで全員の予定調整するの、大変じゃったんじゃぞ』
「いや、それなら今やらんでも……」
まるでこれが因果律として自然とでも言わんばかりのティナに、カイトは再度ため息を吐いた。これに、ティナが口を尖らせる。
『だーってお主滅多に長距離の移動せんではないか。しかもここしばらくは転移術だなんだ、と使っておるからのう』
「そりゃ、そっちのが楽かつ速いからな……てか、なんで今さらこんなもん作ったんだよ。前に位相をずらす奴は作ってたけどさ」
どこか不満げかつ妙なテンション――徹夜している為――のティナに対して、カイトが訝しげに問いかける。
『そりゃ、依頼を受けたからに決まっておろう。まぁ、余らも面白い、で乗ったがのう』
「……は?」
『っと……忘れろ。どうせお主にゃ止められん相手じゃ』
「おい、ちょっ、まて! お前、裏で何やってやがる!」
絶対にこれで終わっていない。カイトはティナがうっかりこぼした言葉に大慌てで問いかける。これに、ティナは平然と嘯いた。
『安心せい。予算はそっちから出ておるからな』
「……あの人か! あの人だな!? あの人以外居ないよな!?」
『いや、流石お主の師。的確な投資と的確な運用じゃ』
「だろうね!?」
こんな事が出来る人物はエネフィアと地球の二つの世界を見渡してさえ一人しかいない。カイトの脳裏には自身が地球で恩師と慕っている相手の笑う顔が浮かんでいた。
なお、別に明かしても良い、とはその当人の言葉なので、ティナもそこまで本気で隠しているわけではなかった。と、そんな彼女がわずかに笑った。
『ま、それはともかく……十年か二十年先を見越した話で、お主の目論見なぞお見通しじゃったぞ。この装置……何時か遠い未来。お主の旅路を共にする船に使う技術の基礎じゃ。お主がやるのが筋という物じゃ』
「……アルゴノートか?」
『うむ。お主が構想を練っておる第二次アルゴノート……それがどれだけ遠い未来か、お主もわかっておろう? そして、それを組み上げるだけでもどれだけ困難かも』
「……」
にぃ。カイトはティナの問いかけに、牙を剥く。かつてカイトが考えていた、数多の世界を巡る旅路。それは当然だが、とんでもない旅になる事が予想された。そして勿論、宇宙の海を旅するのだ。船が、宇宙の未知の荒波を超えられる、とんでもない旅に見合うとんでもない船が必要だった。
「……先生に言っておいてくれ。オレにバレたからにはやりたい放題やらしてもらいますよ、ってな」
『安心せい。すでに答えは聞いておる。それがわからぬオレか、であれば答えもわかるだろう、じゃそうじゃ』
「オーライ。改めてカイト・天音・マクダウェルの名に於いて、許可を下そう。やりたい放題やれ。全材投入を許可する。意味は、分かるな?」
『おうとも。全材投入。魔王にして魔帝ユスティーナの名において、確かに承った』
全財ではなく全材。持てる全ての材を投ずる。この目標達成において何より重要なのは、財力より各々の才能。人材であった。それ故のカイトの指示に、ティナが彼に似た笑みで笑う。やはりなんだかんだ、この二人は似た者夫婦なのであった。
「なら、さっさと進めてくれ。完成が十年……二十年、百年先だろうと、今は時間が無いのでな」
『そうしよう』
カイトの指示に、ティナが改めて作業に取り掛かる。これに瞬は若干呆気にとられながら、カイトへと問いかけた。
「結局、好きにやらせるのか」
「……ま、まぁ……なんだかんだオレもこうやって好き放題やるのが好きだから、あいつらとつるんでるからな」
さっきまでは早くしろ、と言っておきながら、今はやりたい放題やれ、である。そんな手のひら返しに気がついて、カイトも少し恥ずかしげだった。
「ま、最終的に時間短縮になるなら良い。好きにやってくれりゃな」
少し恥ずかしげに、カイトは操縦席に深く腰掛ける。そうして、今しばらくの間作業の終了を待つ事にするのだった。
さて、カイト達がギルドホームを出て一時間。結局作業は大幅に長引いて、予定より一時間も長く飛空艇の発着場に留まる事になっていた。
『良し。これで良いじゃろ。またせたな』
「あ、終わったのか?」
『うむ……ちょいとシールドの再調整が長引いたが、これで問題はない筈じゃ。理論上は、異世界航行にも耐えられる。ま、あくまでも出力が十分な上での理論上じゃがな』
とどのつまりこれは無理。ティナが言外にそう口にする。とはいえ、今回は別に異世界航行を行うわけでもない。十分だった。そんな彼女の言葉に、瞬が呆気に取られる。
「なんというか……俺達が世界間転移を行うより前に出来上がりそうだな……」
『無茶言うでないわ。こいつはまだまだ実験品。この程度のサイズの飛空艇じゃから、十分に守れるシールドを貼れるだけ。通常の飛空艇の規模になれば幾つか技術のブレイクスルーが必要になる。勿論、世界間転移を行うだけの『転移門』を展開出来る出力もこのサイズの飛空艇には乗せられん。どちらも同時に使用するのであれば、魔導炉の出力は更に必要じゃ。試作機作って改良して試作機作って……そう考えると妥当百年、上手くいけば五十年と考えておるよ』
「ご、五十年に百年……そ、そうなのか……」
その日を自分が見届けられる日は来るのだろうか。瞬はおそらくティナやカイトら寿命の面においては無限の時間を得ているからこそぽんっと出せる時間を聞いて思わず頬を引き攣らせる。
これについてはやはり長寿ゆえの焦りの無さの良し悪しという所だろう。寿命という区切りが無いからこそ、カイトもティナも一切焦ってはいなかった。
『ま、その第一歩じゃ。そこに同席出来る栄誉、しっかり噛み締めるが良い。バーンタインもその光景を見て喜んでおったからのう』
「バーンタインさんが……そうか。なら、俺もしっかり見させて貰おう」
おそらく冒険者として自分の数十倍は珍しい光景を見てきたバーンタインが興奮するというのだ。その光景を見れるとあって、瞬も若干前のめりになっていた。そうしてそんな彼との会話を終わらせたティナが飛空艇から離れた。
「よし……起動問題無し。飛翔機……出力安定。シールドの展開は何時にすれば良いんだ?」
『『転移門』の展開と同時じゃ。次元航行になるから、かなり範囲は絞っている。少し目がチカッとするかもしれんので窓にシールドつけたので、明るいと感じたらそれを使え』
「オーライ」
ゆっくりと浮かび上がった飛空艇の中。カイトはティナの指示に従って操縦を行う。なお、こういうわけなので流石に免許を持っていても瞬には操縦が出来ないので、この道中は専らカイトが操縦する事になっていた。と、そうして飛空艇が50メートルほど浮かんだ所で停止し、飛空艇の上部に取り付けられた装置が起動する。
「なんだ……? 輪……?」
『シールド発生装置じゃ。流石に『熾天の玉座』みたく内臓式にするには技術が足りなんだでな。外側に発生させる事にした。この理論が詳細に分かるのは、まぁカイトしかおらんのでなぁ』
「あー……なる。理解した。これは確かにオレじゃないとダメだわ」
もともと言われていた事ではあったが、やはりこれの最終的な目標が異世界を航行する飛空艇に搭載する事だからだろう。特に障壁の技術には異世界転移を行う際に使われた技術が使われているらしく、こればかりは実際に使った事のあるカイトかティナでしかわからなかったようだ。故にか彼も少し苦い顔だった。
『そういう事じゃ。万が一の場合にはお主が代役を果たしてくれ』
「あいよ……相変わらず最後は人力ってのが笑えんな」
『言うな。どうしても機械的な物より最後は職人芸の方が優れておるのは仕方がない事じゃ』
ため息まじりのカイトの言葉に、ティナもまた困った様に笑う。とはいえ、そうしている内にシールドが安定したらしい。
「シールド安定確認。出力……同じく安定。『転移門』展開」
『……うむ。どちらも安定を確認。まぁ、道中気を付けてな』
「一番短い道のりは気を付けられんってのが笑えんな」
『そこはしゃーない……ま、燈火によろしくのう』
「あいよ……『転移門』固定完了。発進!」
カイトの掛け声と共に、飛空艇が弾かれる様に飛び出した。そうして、カイトと瞬を乗せた飛空艇は次元の狭間へと移動するのだった。
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