第2169話 二つの槍 ――支度――
皇都にてかつて行われた吉乃と千代女による皇都襲撃の裏で起きていたオプロ遺跡への潜入と情報の奪取。それを受けてオプロ遺跡へとやって来たカイトであるが、そこに遺されていたヴァールハイトのメッセージを確認すると、一度マクダウェル公爵邸に戻りカナタの飛空艇に転送されていたデータを確認する事になる。とはいえそれももう終わり、カイト、ソラ、ティナ、カナタの四人は冒険部のギルドホームに戻っていた。
「あー……なんか色々と疲れた……」
「まぁ……今回はなぁ……」
はぁ。そんな深い溜息を吐いたソラに対して、カイトが若干だが呆れ半分苦笑い半分の笑いを浮かべる。実際、彼としてみればついでなので皇都へ向かい、その後はオプロ遺跡である。しかもそこから超特急でマクダウェル公爵邸に、だ。肉体的にはさほどでもなかったかもしれないが、精神的な疲労感はすごかった。とはいえ、いつまでも
「ま、とりあえず……おつかれ。あ、それと<<偉大なる太陽>>とはきちんと意思の疎通やっとけよ」
「おまっ! 気付いてたのか!?」
「あのな。神器持ち舐めんな」
そういえばすっかり言うの忘れてた。そんな様子のソラに対して、カイトは楽しげに告げる。言うまでもない事であるが、カイトはシャルロットから神器を借り受けている。その寵愛を受けた神使である事も相まって、彼が呼び出す事も可能だ。
それほどの存在である以上、同格以下――とどのつまりシャムロックを頂点とした神話の全て――の神器の活性化などは誰より如実に理解出来るらしかった。というわけで、そんな彼に呆れながらソラが<<偉大なる太陽>>に呼びかけた。
「はぁ……おい」
『お初、お目にかかる。妹君の神使よ』
「ああ……光栄だ。太陽の名を持つ神剣の一振り。相見えられた事、嬉しく思う」
『いや、それはこちらの言葉だ。まさか遠い未来で、妹君の神使と相まみえるどころか共に肩を並べ戦えるとは。これほど光栄な事はない』
ソラに対しては同格と扱う事を笑った<<偉大なる太陽>>であったが、カイトは偉業と当人の格を鑑みれば当然としか考えられなかったらしい。言葉こそそのままであったものの、カイトに対しては敬意が滲んでいた。
「あはは……ああ、オレもだ。太陽と共に戦える事、頼もしく思う」
『うむ。よしなに頼む……まだ未熟な主であるが、どうか支えてやってほしい』
「それこそ、オレの言葉だ。ソラをよろしく頼む」
『……うむ』
頭を下げたカイトに、<<偉大なる太陽>>は一瞬驚いたような様子を見せながらもはっきりと頷いた。まさかカイトほどの格の相手がたかだか数多ある神器一つに躊躇いなく頭を下げるとは、と驚いたらしい。と、そんな一人と一振りに、ソラが告げた。
「……な、なんかすげー、置いてきぼりにされてんだけど」
「あはは……兎にも角にも、太陽の名を冠する神剣だ。その名は、伊達じゃない」
「そ、そうなのか?」
『驚いたか、小僧……シャムロック様も自身の神剣だからと太陽の名を与えるわけではない。我を筆頭に、数えられる程度の数の神剣にしか与えられておらぬ』
「……」
マジかよ。ソラは今更ながらに知らされた<<偉大なる太陽>>の真実に、思わず唖然とする。どうやら彼は太陽神の神剣だから、太陽の名を冠していると思っていた様子だった。
「ま、ここからが<<偉大なる太陽>>の本領発揮だ。振り回されない様にな」
「お、おぉ……」
『まぁ、基本我は意識を沈めている。なので呼ばれぬ限りは自覚的に周囲の事が分かるわけではない。小童は何時も通りやれば良い』
「お、おぉ……あれ? ならどうやってその間の事理解してるんだ?」
『別に自覚的に見ていないだけで、無意識的には……』
ソラと<<偉大なる太陽>>が、<<偉大なる太陽>>の意識が無い間の事についてを話し合う。そうしてそれに続く様にカイト達もまた歩きはじめ、ギルドホームへと戻っていくのだった。
さて、ギルドホームへと戻ったカイト達であったが、その後は基本は何時も通りではあった。というより、カイトに至っては表向きは外に出ていなかったのだ。
なので置いてきた使い魔を回収すると、ルーファウスとアリス、ソーニャの三人が居ない隙を見計らって自身に情報をインストール。それまでの事を一瞬で把握する。
「……良し」
「……時々、ではなく思うんだが。お前割と無茶苦茶をやるな……」
「こうでもないと勇者兼公爵なんぞやってられん」
瞬の驚きとも呆れともつかない言葉に、カイトは若干顔を顰めながら肩を竦める。どうしても莫大な情報を一気に取得する関係で、どれだけこれを極めても一瞬だけは不快感があるらしかった。
「そ、そうか……」
「まぁな……さて、それで……椿。まず確認だが、中津国の件はどうなっている?」
「そちらについては、明日には渡航許可が下りるかと」
「そうか。まぁ、今回は流石に時間を掛けちまったな」
「致し方がない事かと」
そもそも中津国は現在も<<八岐大蛇>>による襲撃の傷跡が残っている。なのでその復興に燈火以下中津国の各里の長達も大急ぎで、幾ら顔パス可能なカイトでも今回ばかりは大丈夫かどうか確認に時間を取っていた。
「だな……良し。桜。前もって言っていたと思うが、一度先輩の武器の調達と身体面の確認で三日四日ほど出る。まぁ、一週間も掛からんとは思うが……」
「わかりました。その間は、何時も通り」
「ああ……まぁ、中津国だ。基本的には地脈を使っていざという時にはすぐに戻れる。さほど問題もないだろう」
「問題がない、で問題が起きなかった事、ありましたっけ?」
「あっはははは……言ってくれるな」
「あはは」
桜の冗談に、カイトががっくりと肩を落とす。それに対して桜が笑う。と、そんな事をしていると、下に上で受注した依頼の届け出を行っていたソーニャが帰ってきた。
「提出、終わりました」
「ああ……ああ、ソーニャ」
「なんでしょう」
「言っていたと思うが、明後日から一度中津国へ出る。良いか?」
これについては昨日の段階でソーニャへと話が行っていた為、あくまでも確認という程度だ。そしてそれ故、彼女もまた忘れていなかった。
「承っております。まぁ、こちらは楽なので良いですが」
「そうか……それなら、後は任せる。危険度の高い依頼は基本的には他に流すか、オレの帰還後に稟議としておいてくれ。下手に死なれても面倒だし、まだ回復薬の調達なんかが十分に出来る様になったわけでもない。迂闊な行動は死を招く」
「承知しました」
カイトの指示に対して、ソーニャは一切の不満なく同意する。彼女とて教国の暗部として活動し、その後はその後でユニオンの事務員だ。何度となく準備不足で死んだ者たちを見てきていた。気を付けるべきなのは全体的に復調し始めた今だ、とこの場の誰よりも理解していたのである。
「頼む……さて。じゃあ、後は色々とやっちまうかね」
一応、自分が居ないでもなんとかなる体制を整えてはいるが、それでも自分でなければならない業務は幾つもある。故にカイトは早速作業に取り掛かろうと思ったのであるが、そこでソーニャからふとした疑問が飛んだ。
「そういえば……天城さんがいらっしゃるという事は、ユスティーナさんは?」
「ああ、ティナか。あいつは研究室で今回の情報の精査を行っている。またしばらくはあちらで缶詰だろう」
「成果は得られた、と」
「でなければ行った意味もない。ああ、そうだ。椿、ティナから報告があったら、こちらに連絡をつなげる様にユニオンに手配をしておいてくれ。なるべく早めに聞いておきたい」
「かしこまりました」
ソーニャとの会話の中で、カイトはヴァールハイトが遺した監視カメラの映像の解析に取り掛かったティナの事を思い出したらしい。椿へと彼女からの報告があった場合の指示を残しておく。と、そうして再度中津国へ行く為の支度を整えだした彼であったが、そこに今度は瞬からの
「そう言えばカイト。一つ聞いておきたいんだが、良いか?」
「ん?」
「中津国で世話になるという鬼の里なんだが、なにか手土産はなにか案は無いか?」
「ああ、手土産か……そうだな。どうせなら明日見繕いに行くか」
「まだ用意していなかったのか?」
珍しいな。何かとこまめに用意しているカイトのことだ。今回も用意を終えているのかと思っていた瞬――なので彼が問いかけたのは自分で用意する手土産――であるが、予想外の事に驚きを浮かべていた。
「いや、一通りの用意は終えていたが、今回の渡航は割と急に決めたものだったからな。手土産の類はまだ用意してなかった」
「そうなのか……何が良い?」
「ふむ……まぁ、酒一択だがな。特に今の時期は麦と米が良い塩梅に出来ている事は多い。マクダウェル領の地酒で良いだろう」
「そうか……わかった。俺も用意しようと思うが、何本ぐらい持っていけば良い?」
一応の筋として、瞬は自分でも用意する事にしていたらしい。こういった姿勢はカイトの背を見て学んだもので、カイトとしても強いて持っていなかい様には言い含めていなかった。勿論、今回もである。
「まぁ、三本ぐらいで良いだろう。ただし、量より味の方を優先しろ。鬼の長は酒の味が分かる」
「わかった」
それなら数本贈答用に良い酒があったか。瞬は自身の冒険者としての繋がりから入ってきた情報を思い出しながら、立ち上がる。
「ん?」
「俺も出る以上、早めに翔とかに伝言を残しておきたい。すまないが一時間か二時間ほど席を外す」
「そうか。まぁ、事務面で問題になる事はない。そちらを頼む」
実際、瞬に求められているのは全体の統率を行う事より、実際に動く戦闘員達の統率だ。なので彼が自身が不在の間のそちらの手配を行う、というのであればこれは重要な仕事であった。というわけで去っていった彼を見送った後、カイトは再び仕事に取り掛かる。と、そんな所でふとソラが問いかけた。
「……そう言えばカイト」
「ん?」
「<<偉大なる太陽>>の修繕って今後はどうすりゃ良いんだ?」
そもそも<<偉大なる太陽>>の意思が目覚めたのは、今回の実験によるものだ。なので帰ってから色々と考えていたそうだが、そこで修繕について気になったらしい。神剣とはいえ武器である以上、消耗は勘案しなければならないことだった。
「ふむ……<<偉大なる太陽>>ほどの神剣なら自己修復能力を備えているから、基本はほとんど調整無しでも良いだろうが……まぁ、今まで通りで良いだろう」
「良いのか?」
「知らんよ。オレは専門家じゃないからな。専門家に聞いてくれ」
「そりゃそっか」
どこか投げやりなカイトの返答に、ソラも道理を見て頷いた。そもそもカイトとて剣士。一応手習い程度で鍛冶のいろはも学んでいる――もとい学ばされている――が、何でもかんでも分かるわけではなかった。なら、オーアらに聞くのが最適だった。
「んー……ちょっとオーアさんの所行ってきて良いか? 明後日出発なら明日忙しいだろ? 今の内行っとこっかなって」
「そうだな。そうした方が良いだろう」
「サンキュ。じゃあ、ちょっと行ってくる」
立て掛けておいた<<偉大なる太陽>>片手に、ソラが一つ立ち上がる。と、そんな彼に今度はトリンが告げた。
「あ、ソラ。そう言えばかなり昔だけどお爺ちゃんがくれた戦術書が見付かったけど読む?」
「あ、おう。貸してくれると助かる」
「じゃあ、明日にでも持ってきておくね」
「おう、サンキュ」
トリンの言葉に、ソラが一つ感謝を示す。そうして、カイトの中津国行きについて行く行かないに関わらず、各々が各々でなすべき事をスタートさせる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




