第2168話 幕間 ――新たな影――
ヴァールハイト・カリタス。かつて旧文明において史上最悪のマッド・サイエンティストとして名を馳せた男がカイト達へと秘密にした研究室。そこから情報が盗み出された事を掴んだカイトは、自分達へ万が一の場合に備えて遺してくれていたヴァールハイトからの情報とカナタからの助言により、闖入者の映像記録がカナタの飛空艇へと送られている事を知る。そうして、手早く戻りの手配を整えたカイト達は急ぎマクスウェルへと戻っていた。
「そう言えば戻るは良いんだけど、オプロ遺跡そのまんまで良かったのか?」
「あちらはあちらで防衛網は整えておるからのう。ぶっちゃければ潜伏されねばそこまで問題にはならんよ」
「で、今回は潜伏されてたと」
「じゃのう。ま、流石にこの世の全てを見通せぬ以上、それも仕方があるまいて」
ソラの問いかけに、ティナはため息まじりに首を振る。いくらなんでもカイト達とて完璧に近い領域で守りきれるのは自分達の家であるマクダウェル公爵邸だけだ。それだって完璧ではないし、冒険部のギルドホームに至っては何をか言わんやである。潜伏されれば手の打ち様がなかった。
「で、カイト。飛空艇の着陸はどうじゃ」
「もう終わる。今回は色々と身分を偽装しておいてよかった。このまま公爵邸の敷地内に着陸出来るからな」
「持ってきたのも小型艇じゃからのう」
現在、この飛空艇に乗っているのはカイト以下ソラ、ティナ、カナタの四人だけだ。そもそもカイト達が乗っていたのが監査の使者とその護衛数人が乗っただけの飛空艇という扱いだ。後詰として艦隊が控えていた事もあり、大きな飛空艇は用意していなかったのである。
というわけで、そんな飛空艇はマクダウェル公爵邸の敷地内に着陸。用意されていた着陸地点に着地した。そうして着陸した飛空艇から外に出るなり、ティナが腕を振るう。すると、地面が開いて飛空艇が地下へと格納されていった。
「良し……これで良しと」
「……なんか下手なSFよりSFじゃね?」
「高度に発達した魔法は科学と見分けが付かんのなら、高度に発展した魔術は科学と見分けが付かん。ま、そもそもそこらの発想をしとるのは人じゃからのう。考え付くのは一緒、というわけじゃ」
ソラの言葉に対して、ティナがわずかに笑いながら背を向ける。その一方、カイトとカナタは少し離れた所で彼女の飛空艇を呼び出す支度をしていた。
「良し……邸内の各員に指示を出した。これでこの一角から、少しすると人員が撤収する」
「じゃあ、今度は私の番ね」
カイトの指示を受けて一帯に居た従者達が一斉に邸内へ退いていくのを横目に、カナタが腕に取り付けた腕輪型のコンソールを起動させる。そうして、雲を切り裂いて彼女の飛空艇が降下してきた。そんな飛空艇を見て、ソラがわずかに興味深い様子を覗かせた。
「はー……俺、遠目に何度かしか見た事なかったけど、やっぱ飛空艇って言ってもあんま今のに似てないんだなー……」
「それは時代が違うもの。性能だけでなくて、形状も違って当然よ。原案がそもそも異なる事もあるものね」
「はー……」
カナタの返答を聞きながら、ソラがやはり興味深げに旧文明の飛空艇を見る。
「そう言えば、旧文明の飛空艇って見付かってないのか?」
「数隻、一応はあるらしい。が、メンテナンスが出来ていなくて飛ばないらしいがな」
「余というか余らが飛空艇拵えて、学者共がなんじゃそう言えば、とか言い出してボッロボロになった旧文明に飛空艇があった、ってのがわかったぐらいじゃからのう」
「へー……じゃあ、マルス帝国はどうなんだ?」
旧文明の一つ次の文明。旧文明が崩壊し、現代文明とのつなぎ目となる文明。そこに飛空艇はあったのか。そんなソラの問いかけに、ティナが肩を竦めた。
「あった、はあったらしいのう」
「あったはあった? ってことは一般的じゃなかったのか?」
「そういう事じゃな。マルス帝国は数度崩壊の危機に瀕し、文明レベルが後退しておる。一応何度か飛空艇の開発を行おうとしておった形跡は見受けられるし、実際以前探索に入ったエンテシア家の遺跡でもその記録は残されておった。が、どうにもこうにも大艦巨砲主義に陥っておったというか……高出力高コストなイマイチ良い出来ではなかったようじゃのう。結局、最後は叛乱大戦の折り、全部壊滅。技術は失われ、結果余らが再興するまで飛空艇は亡き者となったわけじゃな」
「ふーん……」
あるにはあったけど。そんなティナの言葉にソラは腑に落ちたように頷いた。と、そんな事を話していると、カナタの飛空艇が着陸してタラップを降ろした。
「行けるわ」
「良し……さて、鬼が出るか蛇が出るか……人が出れば儲けもの、なんだがね」
カナタの後ろに続いて、カイトが飛空艇へと乗り込んだ。と言っても別に飛び立つわけでもない。なのでカイトが問いかける。
「どこに行けば良いんだ?」
「見るだけなら、どこでも良いわ。艦橋でも良いでしょう……なんだったら、私の寝室でも見れるわよ?」
「一番、見やすい部屋にしてくれ。カナタの部屋だと色々と見難いだろうからな」
「あら……ベッドに寝ながら一番ちょうど良い位置なのだけど」
カイトの要望に対して、カナタが笑いながら答える。これに、カイトも笑う。
「四人で寝るには、スペースが足りないと思うがね」
「三人だけなら、なんとかなるわ」
「あの……俺巻き込まないで……」
楽しげなカイトとカナタに対して、ソラが少しだけ気恥ずかしい様子でそう告げる。とまぁ、そんな雑談を繰り広げながらしばらく。四人は飛空艇の艦橋へとたどり着いた。
「ここよ。ここが、この飛空艇の艦橋。この飛空艇で最も大きいモニターがあって、解析も可能な場所」
「良し……ティナ。コンソールは頼めるか?」
「というより、余しか無理じゃろ」
「? カナタちゃん出来ないのか?」
まるでそれ以外になにが、と言わんばかりのティナがコンソール前に腰掛けたのを受けて、ソラが不思議そうに問いかける。そもそもこの飛空艇は彼女の飛空艇だ。気になるのは無理もない。これにカナタがまるで何を当たり前な、という様子で答えた。
「それはそうよ。だってそもそもこの飛空艇はあくまでも私の武装を運搬する為の輸送艇よ? 武器なんてほとんど無いから動作はすごい簡単だし、そもそも敵に襲われた場合は私が外に出るだけだから、もしオペレートの必要があってもやるのはお父様……私は使い方なんてさっぱりね」
「お、おぉ……」
言われてみれば納得するしかないが、それで良いのだろうかと思わないでもないらしい。とはいえ、納得するしかない以上、ソラにはこれ以上何も言えなかった。というわけで、そんな彼が黙ってしばらく。大本となった飛空艇に備え付けられていたらしい椅子に腰掛けて待っていると、ティナが作業を終えた。
「良し……これで映し出す事が出来るのう。やれやれ……この飛空艇。まだ余にも見た事がない機能が大量にあるみたいじゃのう」
「お父様、子供っぽい所があったから……こんな事もあろうかと、みたいな事がやりたくて色々と隠し機能入れてるみたいなのよ」
「ま、その心情はわからんでもない。余もやりたいからのう」
無駄と言われようと不要と言われようと、それが本当に必要が無かったのかどうかわかるのは終わってからだ。なので万が一の為にというお題目で趣味を搭載したくなる気持ちはティナにもわかったらしい。とはいえ、そういうわけなので今もまだこの飛空艇の解析は完全には終わっていないらしかった。そんな彼女に、カイトが告げる。
「それは今は良い。とりあえず映してくれ」
「うむ……これが、送られておった映像じゃ」
「良し……」
ぶんっ、とモニターに映し出された映像を見ながら、カイトが一つ頷いた。とはいえ、しばらく何も映らない時間が過ぎていく。
「……何も映んないな」
「多分、侵入者があったと判断された時点から録画されているんだろう。ファルシュさんのメッセージはあくまでもメッセージ。不要な場面を削除してくれるような高性能なものじゃなかったんだろう」
「みたいじゃのう。少し、早送りしよう」
カイトの推測に同意したティナが、映像を早送りする。そうして更に待つ事十数秒。唐突に映像が一瞬だけ途切れた。
「これは……」
「おそらく、監視カメラが破壊されたのじゃろう。ここからは写角が切り替わっておる」
「なるほどね……」
ということは、ここからはオレが見付けた監視カメラの映像というわけか。カイトはここからが本番、と僅かに気を引き締める。そうして、次の瞬間。何も居なかった筈の扉の前に、和服の下半身らしい衣服が映り込む。
「これは……」
「顔は……はっきりとは映っていない……みたいだな」
「場所的にそもそもオペ室の中を記録する物で、出入りの監視に使える物ではあるまい。ここがギリギリじゃったんじゃろ」
「ふむ……服装は……おそらく男物……か」
一応、カイトは呉服屋の娘である弥生や皐月と長い付き合いなので人並み以上に和服は見慣れている。その目から言えば、この侵入者の下半身を包む衣服は和服のそれで間違いなかった。そしてそれは同じく桜らの関係から割と見慣れていたソラにもわかったらしい。彼も険しい目で口を開いた。
「……また増えた、のかそれとも……」
「さて、のう……そこはわからぬよ。ただ、この線の細さなどからあまり大柄なわけではなさそうじゃな」
「……面倒だな。男か女かもわからないし、しかも顔が隠れているから敢えてそう誤解させる為に着ている可能性もある。それどころか、そう誤解させる為に敢えて偽装で和服に似た服を仕入れた可能性もあるか……」
どう判断するべきだろうか。カイトは下半身だけ映り込んだ何者かを睨む様に見据えながら、そう考える。と、そんな彼へと、ティナが告げた。
「む……カイト。彼奴らのお出ましじゃぞ」
「ま、別に驚くべきほどの事でもないだろ。大凡今回の流れを考えても、奴らしか裏はあり得ん。気になるとすれば、誰が来たか程度だな」
「それこそ考える必要もあるまい……ほれ。まるでこちらがここまで来る事なぞ想定内とばかりに、こちらに視線を向けとるわ」
まるで呆れる様に、ティナは映像に映り込み監視カメラに向けて手を振る道化師を指し示す。と、そんな彼が立ち止まり、先に見えていた和服の人物の方を振り向いた。
「なにかを……話している?」
「じゃろうな……ちっ。監視カメラを見越し、そこに動くなという所かのう」
そこで動かないでいてくださいね。そんな道化師の声が聞こえるかのようであった。そうして入り口の所。顔が多少屈んだ程度でも写り込まない位置に何者かを控えさせた道化師が、サーバへと近付いていく。そうして彼が腕を一振りすると、それだけでサーバが忽然と消え去った。
と、サーバをいとも簡単に回収してみせた彼であったが、そんな彼がまるで遊ぶかの様にメモ帳からメモ用紙を一枚引きちぎり、なにかを認める。これに、ソラが思わず頬を引き攣らせた。
「お、おいおい」
「……くっ。覚えとけ、道化師はこんな奴だ」
頂いていきますね。そんな一言を書き記したメモをこちらに見せた道化師に、カイトが獰猛に笑う。どうやら、久秀達がこちらに情報を伝えるのは想定の範囲内だったらしい。まるでどころかまさしく見ていますよね、という形でカイト宛と堂々と書き記していた。そんな彼に、ソラが問いかける。
「……どうするんだ?」
「現状はどうにも出来ん。奴らがファルシュさんの極秘の研究の痕跡を探っている、とわかっただけ御の字だ……カナタ」
「あら、なぁに?」
「……もし万が一奴らからの襲撃があった場合、全力を以って応戦する事を許可する。叩き潰せ」
「はい、御主人様。ご命令のままに」
楽しげに、そして嬉しそうに。されど下品にならず優雅。それでいて妖艶にして獰猛な笑みで、カナタがカイトの命令に応ずる。少なくとも彼女が狙われる可能性は理解した。なら、それに対応する手を打つだけであった。
「良し……じゃあ、戻るか」
「もう良いのか?」
「ああ……欲しい情報は手に入った。奴らが入ってサーバを持ち逃げしたってな」
ソラの問いかけに対して、カイトははっきりと頷いた。そうして、カナタの飛空艇で新たな敵の影らしい存在がある事を理解したカイト達は、一度冒険部ギルドホームへと戻る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




