第2166話 幕間 ――探索――
吉乃と千代女の皇都襲撃を隠れ蓑に、オプロ遺跡へと<<死魔将>>達が潜入した。千代女を介して久秀から提供された情報を頼りに、オプロ遺跡の調査へと乗り出したカイト。そんな彼は再会したシーラ、ツィアートの両名の協力を受けながら、オプロ遺跡の調査を行っていた。
そうしてしばらくの調査を経て、おそらく何かしらの方法で洗脳されたか操られてしまったらしい人物を発見する事に成功したものの、それと時同じくして件の人物が皇都で倒れた事を知らされる事になっていた。
「失礼しました。ドゥイエさんの所には、追って軍の者が行くでしょう。身の安全もこれで大丈夫かと」
「そうか……決して悪い奴ではないんだ。よしなに頼む」
「はい」
決してまだ彼が黒と判断されたわけではないが、同時に完全に白というわけでもない。もしかしたら意図的に情報を流した可能性もあった。故にカイトはツィアートの言葉に頷きながら、この兵士が監視と警護を兼ね備えている事は口にしなかった。
「ロイクがどうしたんだ?」
「……彼は何者かに操られていた可能性があります。その影響が今もあるかもしれません」
「なぁっ……いつの間に? 誰が、何のために?」
「何時かは、定かではありません。誰か、については私もわかりません。何のために、についてはおそらくこの遺跡に保管されている何かしらの情報を手に入れる為でしょう」
矢継ぎ早に出される問いかけに対して、カイトは一切の嘘なく答える。そう。これは嘘ではない。誰が洗脳したのか、と言われてもカイトは直接的な下手人は知らない。故にこう嘯いたのである。
「この遺跡の?」
「ええ……私はそう聞いて、今回の調査を皇帝陛下より命ぜられました。オプロ遺跡の何者かが操られている可能性がある、と」
「そんな……ツィアート。お前はこの事を知ってたのか?」
「まさか……私も今日、ついさっき聞いたばかりだ」
マルコスの問いかけにツィアートははっきりと首を振る。そんな彼の返答を聞いて、マルコスは一度目を閉じて考え込む。
「……そうか。そりゃそうか。すまん、取り乱した」
「いえ……それで、なにか当日の事は他に思い出せませんか?」
「……少し、時間をくれないか? ああ、一応聞いておきたいんだが……」
「ああ、貴方はすでに洗脳されていない確証が取れています。問題ありません」
「そうか……怖いもんだな。自分でさえ、洗脳されているかどうかわからないってのは」
わずかに青ざめた顔で、マルコスが若干弱々しく笑う。そうして彼にはそのまま当時の記憶を探ってもらう事にして、カイトはツィアートと共に他の所へと向かう事にする。その道中、ツィアートが問いかけた。
「彼を一人にして大丈夫なのか?」
「ええ……先と同じく、何人かこの近辺に潜んでいます。更に言うと、もう奴らはここでの仕事は終えたでしょう」
「どうして、そう思うのかね」
「こちらに情報の露呈があったにも関わらず、ここに手を出して来ないからですよ。もうバレた所でどうでも良いか、バレない様にする絶対の自信があるか。奴らに後者はあり得ない。なら、バレてももう問題無いと判断しているのでしょう」
カイトの仲間――<<無冠の部隊>>に限らず――には、百年の戦争を最初から最後まで戦い抜いた者も少なくない。そこから、バレても問題無い事だけをこちらに露呈させている事が大半だとカイトは知っていた。
「強く断言するのだな」
「……まぁ、何度か相見えているので」
「……そうか」
ツィアートはカイトの目とその内在された覇気になにかを察したらしい。これ以上は深く問いかける事はなかった。そうして、しばらく歩く事になるのだが、そこでティナから連絡が入った。
『カイト。良いか?』
「失礼します。なんだ?」
『先にサーバルームに向かってくれ。データのログを確認したい。如何に彼奴らでも、余の追求から逃れられるとは思うとらんじゃろう。壊しとらんということは、必ずどこかに痕跡は残っておるはずじゃ。残しておるかもしれんがな』
「わかった……すいません。上から指示が出て、先にサーバルームへ向かう様に」
「そうか。なら、こっちだ」
カイトの言葉を受けて、ツィアートが踵を返して方向転換する。そうしてサーバルームへとたどり着いたカイトは、外付けのアンテナを接続した。
「接続した」
『うむ……こちらで後はやっておこう。お主はそのまま再度ヴァールハイトの研究室へ』
「了解」
ティナの指示にカイトは一つ頷くと、ツィアートへと頷いて今度はヴァールハイトの研究室へと向かう事にする。そこでは先とは別の研究者の一団が調査を行っており、ツィアートを見て首を傾げていた。と、その中の一人。最も年嵩の男性が口を開いた。
「うん? ティフィコか。どうしたね」
「フロ教授。今朝方話をさせて頂いた軍の監査の方です。こちらの研究室の調査状況を聞きたい、と」
「ああ、彼が……マテイ・フロだ」
「カイト・アマツです。よろしくお願いします」
ツィアートの紹介に頷いたマテイなる老年の男性が差し出した手を、カイトが握る。どうやら彼が先のロイクの所の准教授らしい。そうしてカイトは彼と少しの話をしながら、洗脳の有無を確認する。
「実は私は基本はこちらには居なくてね。専ら大学の方でここから持って帰ったサンプルの解析を行っているのだが……今回は何時もは実務を任せているロイクという者が皇都に戻るという事で一時的にこちらに来ていてね。まぁ、たまには現場に出るのも良いか、と来ていたのだ」
「そうなのですか……何か変わった点などは?」
「いや、無いな。ここは何時も通りか……ティフィコ。君と昔来たままだ」
「上は、ですよ。下はまだまだ見た事がない部分が多い」
「ははは。それも、そうか」
ツィアートの言葉にマテイが笑う。これに、カイトが首を傾げた。
「お二人は古い知り合いなのですか?」
「ん?」
「ああ、ティフィコとか。彼は私が准教授になりたての頃にあったゼミの生徒の一人でね。まぁ、彼も私も同じ恩師に学んだ身で、どちらかといえば先輩後輩になるのだ」
「なるほど……」
「まぁ、遠い昔の話だ」
少しだけ恥ずかしげに、ツィアートが告げる。なお、その恩師とやらはすでに故人だそうで、今はお互いにそれぞれのゼミを持っているそうだ。とはいえ今でも交友関係はあり、その縁でマテイがツィアートに頼んで今回の調査にも参加していたとの事であった。と、そんな彼がツィアートを見た。
「ああ、そうだ。そう言えばフロイの件は聞いたかね?」
「ええ……皇都で貧血を起こしたとか」
「ああ……あれは優秀は優秀なのだが、身体が弱いのだけは玉に瑕だ。もうしばらく私がこちらに残ろうと思うが、どうかね?」
「それは……ありがたい話です。懐かしく議論するのも、悪くない」
「ははは。お手柔らかに頼むよ」
「こちらこそ」
マテイの言葉に、ツィアートが笑う。そうして更にしばらく二人が雑談にも似た話を繰り広げる事になるが、カイトはその二人に断りを入れてコンソールへと機器を接続する。
「良し……これで大丈夫だ。ファルシュさんがここのデータの回収方法をカナタに言い含めておいてくれたおかげで、問題無いだろう」
『うむ。その点、やはりあやつは惜しい男であった。せめてもう少しの救いがあればのう』
本当に惜しい人物だった。カイトとティナは大凡倫理的に問題の無い範囲に関しては、その全てを自分達に遺したヴァールハイトを思い出して嘆息する。後少し、カナタに対してなにかプラスとなる要因があったのなら、歴史は変わっただろう。カイトもティナもそう思わざるを得なかった。
そうして、更にしばらく。これ以上動く場所も無い事もあって、コンソール片手にこのままカイトは待たせてもらう事にする。
「ふむ……」
『むぅ……やはりすごいものじゃのう。薬学の知識が他のデータの残っておった遺跡の数段上を行っておる。間違いなく、ヴァールハイト・カリタスという男は天才も天才。大天才じゃ。ここまで行くとリル殿さえ上回るかもしれん』
「それは良いんだが、調査の方はどうなってる?」
ただただ感嘆の言葉を述べるティナに対して、カイトは手持ち無沙汰だ。故の彼の問いかけに対して、ティナは一つ首を振った。
『むぅ……あまり芳しくないのう。地下にはすでに隊の者が向かっておるが……そちらもあまりじゃな』
「そうか……ふむ……何が目的で、こっちに来たのやら」
『わからんのう。今更、ここに手を出すとなると……まぁ、ぶっちゃければカナタの事しかありえんじゃろうなぁ……』
頃合いを考えれば、間違いなくカナタの事だろう。カイトもティナも揃ってそうは思っていたらしい。が、確証は得られないし、安易な判断で痛い目に遭うのはゴメンだ。なら、調べるしかなかった。と、そんな事を考えながら適当に時間を潰していたカイトであったが、そこでふと気が付いた。
「そうだ……なぁ、ティナ」
『なんじゃ?』
「よくよく考えれば、ファルシュさんはどこで<<天使の子供達>>の研究を行っていたんだ? ここじゃ無いよな」
『む……そう言えば、そうじゃのう。ここは敢えて言えば表向きの研究をしておった場所じゃろう。そして地下も違うじゃろうな』
ここならそもそもバレやすいし、ヴァールハイトの身の上を考えればここで研究をしていたとは考えにくい。となると、もう一つどこかに彼は秘密の研究室を持っていた可能性はたしかにあった。そこに気付いたカイトとティナは、即座に情報を洗い出す。
『……あった。が、これは……』
「どうした?」
『ここから行ける様子じゃが……むぅ……』
「なにか問題が?」
『データがヴァールハイト名義で破棄されておるな。この破棄の方法は……むぅ。三重の上書きによる破棄か。復元は難しかろう』
どうやら行ける、というのはアクセス出来るという意味だったらしい。が、それ故に情報にアクセスしてティナはヴァールハイトが完全に復元出来ない様にしている痕跡を見つけ出したようだ。苦い顔でそう告げる。
「物理的には?」
『そこから一つ下の物置じゃ。表向きは物置になっておるが……というわけじゃ』
「なるほど。そう言えばこの下は……」
そう言えば薬品保管庫とか言っていたか。カイトはヴァールハイトの案内を受けていた頃の事を思い出す。その際に彼がゴーレムで廃棄させていた、という事だったのだろう。実際、すぐ下の部屋は表向きは薬品やカナタが使ったカプセルのような大きな備品類が置いてある所だった。
『うむ。どうやら更に奥に隠しエリアがある様子じゃ。その部屋からも行けるみたいじゃな』
「どこだ?」
『入って右側の壁に隠し通路へ通ずる扉が隠されておる。常にはそこから移動しておったようじゃ』
「どうやって入れば良い」
兎にも角にも実際に見てみない事にはどうにもならない。カイトはティナの言葉を聞きながら立ち上がる。そんな彼に、ティナが告げた。
『ヴァールハイト名義のカードキーと認識票が必要じゃ。確かあれは……』
「……あ、そう言えばそんなのあったな」
『なんで持っとる』
ぽん、と出て来たヴァールハイトのカードキーに、ティナが思わずツッコミを入れる。これにカイトは恥ずかしげに笑った。
「忘れてたんだよ。それにまぁ、必要も無い事もあったからな。向こうからも言われなかった」
『まぁ、良いわ。そこの壁のお主の胸から少し下あたり……ああ、そこじゃ。そこにカードキーを押し当てよ』
「こんなん誰が分かるんだよ」
カードリーダーさえ無い隠し扉に、カイトは思わずツッコミを入れる。まだヴァールハイトが情報を遺してくれていたのでわかったものの、わかっていなければ確実にわからなかった。そうして、カイトはヴァールハイトがかつて非合法な研究をさせられていたという一角へと向かう事にするのだった。
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