第2165話 幕間 ――調査――
千代女を介して久秀からもたらされた、先の皇都襲撃の本当の目的。そのタレコミを受けたティナの要請により皇都へとやって来ていたカイトは、皇帝レオンハルトの許可を受けてオプロ遺跡へとやって来ていた。
そうしてかつて遺跡探索で協力をした軍のシーラ、学者のツィアートの両名が洗脳されていない事を確認すると、カイトはシーラにログを送ってもらう為に一度司令部へと戻る事になっていた。と、そんな三人が出ると、見張りの兵士が問いかける。
「中佐。中の視察は終わりですか?」
「ああ。ご苦労だった。これ以降、立ち入りはさせて大丈夫だ」
「わかりました」
シーラの指示に、三人の見張りの兵士の一人が頷いた。元々立ち入りをさせなかった最大の理由は視察の邪魔になっても困るからだ。と、そんな見張り三人を見るカイトであったが、指をスナップさせた。
「「「っ」」」
「「!?」」
ばたん、と倒れ伏した三人の兵士に、シーラとツィアートが目を見開いた。これに、カイトが首を振る。
「この三人はアウトですね……ああ、オレです。提出されていたリストを頼りに、行動を」
『りょーかい……てか、大将にその口調で言われるとむちゃ笑う。似合わねー!』
「あははは」
『んぎゃぁ!? 雷撃飛んできた!?』
無駄口叩かずさっさと動け。表向きそんな事は言えないカイトは無言で雷撃を降り注がせる事で尻を蹴っ飛ばしたようだ。というわけで、そんな彼に尻を蹴っ飛ばされた<<無冠の部隊>>が行動を開始し、カイトもまた行動を再開する。
「どうやら、来ていたのは事実みたいです。ログと共にデータベースの確認も行うべきでしょう」
「そうか……いつの間にやられたか、さっぱりだ」
「でしょう……少なくとも、こちらを数段は上回る技量だ。誰が来たのかさえ、わからないでしょう」
久秀達が掴んだ情報の中には、誰が動いたかは言及されていなかった。それはつまり彼らにもわからなかった、という事。カイトは千代女の情報をそう読み解いていた。というわけで、そんな事を語るカイトは内心で今回の裏を更に思案する。
(おそらく、まだ他に手駒が居るという事なんだろうな。少なくとも間違いなく久秀達じゃあない……さて、これがどんな手札なのだか……)
面倒だな。カイトは久秀達を隠れ蓑に更に暗躍する何者かの影に、内心で苦味を浮かべる。
(こういう場合、動くのは基本は道化師だ……が、奴はあの当時オレの前に居た。間違いなくあちらの案件の重要度は最上位だろう。そしてこちらの目をオプロ遺跡から逸らす為になら、奴は自ら動く。実際、オレもあそこからしばらくはオプロ遺跡への注意が怠ってしまっていた。ありえない話じゃないな)
仕方がない事ではあったが。カイトはそう呟きながら、今は次の一手を見定める。と、そんな事をしていると、<<無冠の部隊>>の隊員が三人現れた。
「よっと……こいつらか?」
「ええ」
「良し……中佐さん。こんなもんでどうだ?」
「……お、驚いた……まったくわからない……」
カイトが呼び寄せた三人は隠密などを得意として、要塞への潜入などで活躍した三人だ。そんな三人は一瞬でカイトが昏倒させた三人へと成り代わる。
そうしてシーラの技術でも見分けが付かないほどに精巧な変わり身を披露して、三人がサーバルームの出入りを見張る。それを見届けて、カイトは昏倒する三人の身柄を<<無冠の部隊>>の隊員達に任せると司令部へと戻る事にするのだった。
カイト達がサーバルームから出てしばらく。彼らは司令部に戻ると、同じく姿を偽ったソラへと支援を要請し、彼を呼び寄せていた。
「で、俺なわけか」
「まぁな……あまり人員は出せん」
「まぁ、良いけどさ」
ソラとて手持ち無沙汰で暇をしていた所なのだ。なのでやる事が出来てありがたいぐらいであった。というわけで、彼にシーラの守りを任せる事にしたのであった。というわけで、ソラとシーラを引き合わせた後。シーラがカイトへと告げる。
「では、私はここで情報を送ろう。なるべく早いうちに終わらせたい所ではあるが……」
「そこは、おまかせします。こちらは戻り、内部の状態を確認します」
「任せよう。ツィアート。気を付けてな」
「ああ……そちらもな」
シーラの言葉に、ツィアートもまた頷いた。そうして、カイトは彼と共に再びオプロ遺跡の中へと戻っていく。その手にはシーラが印刷した事件当日にサーバルーム、地下の秘密区画、ヴァールハイトの研究室に入っていた者たちのリストがあった。その中には勿論、ツィアートの名前もあった。そんな彼はリストを見ながら、当時の事を思い出す。
「ふむ……」
「そういえばこの日は何をされていたんですか?」
「ん? ああ、この日か……確か……ああ、そうだ。この日はファルシュの研究記録を確認していた。君に今更言う事も無いだろうが、彼の研究では多くの薬剤が使われていた。その大半はすでに回収しているが、情報が全て回収されたわけではないからな。ここでしか確認出来ない物も少なくない」
特にこの研究室に備え付けされているオフラインのコンソールとかな。備忘録として持っていたメモを確認したツィアートは、カイトへとそう語る。一応ある程度回収出来る物については回収されているわけなのであるが、如何せん数千年前の遺跡だ。
なので外すことにより破損する可能性もあった為、備え付けの装置の幾つかについては技術的に修復出来る見込みが立つまでは部屋にそのままにされていたらしかった。
特にデータが保管されているデバイスについては壊れるとデータが回収できなくなる可能性もあった為、一番最後に回収となっていたらしい。ツィアート達はそれを確認していた、という事であった。
「ああ、思い出した。そうだ。この日は確かにこの全員が一緒だった。誰かが離れたタイミングは無かったと思うが……」
「彼らは今?」
「君が来る前まで一緒だった。今日も全員一緒の筈だ」
「なら、手間が省けます」
やはり逐一全員を探し出すより、一度に検査を終わらせられた方が楽だ。故にカイトは少しだけ肩の力を抜く。が、やはりほぼほぼ敵地同然の状態だからか、かつてより遥かに警戒の度合いは強かった。
「……なるほど。やはり君は冒険者というわけなのか」
「どうしました?」
「職業柄、何人もの冒険者には会う。軍の兵士と冒険者の立ち振舞に差がある事はわかっていてね。君の立ち振舞は冒険者のそれに近い。まぁ、元冒険者の兵士なぞ珍しくもないがね」
唐突な言葉に首を傾げるカイトに向けて、ツィアートは笑う。やはりこういった洞察力であれば、学者のそれは馬鹿に出来ない。カイトの身のこなしが冒険者の系統に入る物だと見抜いたようだ。と、そんな彼が更に続けた。
「それで言えば、君は中々面白い身のこなしだ。戦闘の匂いがすると冒険者。それ以外ではどこかの貴族のような優雅さが見え隠れしている。が、同時にその中にも粗野さ、というか冒険者のそれが見え隠れする。私が今まで見たことのないタイプの存在だ」
「あ、あはは……すごい洞察力ですね」
「昔から言われるよ。妻からは学者をやめたら探偵にでもなれば良い、なぞ茶化されるがね」
どこか呆れさえ滲ませるカイトに対して、ツィアートが笑う。後に彼曰く、数少ない自分の特技の一つという事であった。そうして更に進み続け、今日調査を行っていたらしい一角へと立ち入るとそこではツィアートの学者仲間達やそれが教えているらしい学者や生徒達が一緒に調査を行っていた。
「ん? ツィアート。彼は? 兵士……だよな?」
「ああ、今朝方話していた勅令で来た軍の兵士だ。偶然、私の知り合いでね」
「お前の……」
どうやら学者仲間達は気難しいツィアートが初対面の相手にしてはやけに親しげだったので驚いていたらしい。が、初対面ではなく知り合いだったのなら納得、と若干の興味深い様子をカイトに見せながらも作業に戻っていった。というわけで、それを横目にカイトは部屋の中の全員を確認する。
「……で、どうかね?」
「……この場の全員、問題ありません。洗脳の痕跡もなさそうですね」
「そうか」
やはり気難しいツィアートも仲間意識はあるらしい。学者仲間や生徒達が誰一人として洗脳されていないとなって、安心した様子を見せていた。と、そんな彼へとカイトが問いかける。
「そうだ。どなたかに当時の話を伺う事は出来ますか? 貴方以外の知見を聞いておきたい」
「なるほど。確かに、それは重要だ……となると……マルコスが良いか。マルコス!」
「ん?」
ツィアートの声掛けを聞いて、メガネを掛けた如何にもアウトドア派というような学者が顔を上げる。フィールドワークを中心に活動している学者の一人らしかった。そんな彼はカイト達の所へと歩いていくと、不思議そうに問いかける。
「何だ?」
「彼が話があるらしい」
「ふーん……ああ、マルコスだ」
「カイト・アマツ。少尉です」
「そうか。で、少尉さんが何の用だ?」
どうやらマルコスはツィアートのような気難しい雰囲気は無いらしい。カイトはそう判断すると、そのまま当時の事を聞いてみる事にする。
「ああ、あの日か。あの日なら良く覚えてる。いきなり軍の奴らが入ってきて外に出ろ、だ。何の事かと泡食ったが……皇都で事件が起きていた、って聞いてなるほど、と思ったな」
「そうですか……で、その後は?」
「その後は全員一緒だった。結局、その日一日は仕事が出来なかったがな。まぁ、しょうがない」
どうやらマルコスはツィアートより随分と聞き分けが良いらしい。カイトは笑う彼にそう判断しておく。と、そんな彼が更に続けた。
「ま、あの日はロイクの奴は完全に哀れだったか」
「ああ、そう言えば部屋の前を歩いていて、だったか」
「元々気弱だからな、奴は」
あはは。ツィアートとマルコスは笑い合う。これに、カイトが首を傾げた。
「ロイク?」
「ああ。こことはまた別の研究室の学者だ。偶然、通路を歩いていたらしい。で、俺達を外に出す兵士達に偶然見付かってな。当然、状況が状況だ。殺気立った兵士達にビビりまくっちまってたんだ」
「部屋に入ってきた時は完全に真っ青だった。実際、部屋に入って早々に気を失っていたな。もう少し、軍も非常時とはいえ対応を考えた方が良いだろう」
「上に報告……いえ、お待ちを。部屋に入った?」
リストにはロイクなる男の名前は無かった。カイトはツィアートの言葉にわずかに顔を顰める。これに、ツィアートがはっとなった。
「……そういえば……リストに彼の名は無かったな」
「……今、彼は?」
「私と共に皇都に入り、今もまだ皇都に居るはずだ……そうだ。そう言えば今回皇都に向かう際に自分も行きたい、といきなり言い出したんだったか」
「……少々、失礼」
これはマズいかもしれない。カイトは険しい顔のツィアートの言葉から、このロイクなる男を追うべき、と判断する。そうしてその手配を行う事になるのだが、それとほぼ同時にその彼のその後が知らされる事になった。
「ああ、居た。ティフィコ教授」
「ん? 君は……」
「フロ教授の研究生です。ドゥイエ准教授の事でお話が」
「ドゥイエ? ロイクか?」
「あ、はい。ロイク・ドゥイエ准教授の事です」
いきなり険しい顔をしたツィアートに、研究生は若干気圧された様子で頷いた。これに、カイトも指示を出す手を止めて話を聞く事にする。それを横目に、ツィアートが問いかける。
「それで、彼がどうした?」
「皇都で気を失っている所を発見されたそうです。医者の言葉では一時的な貧血だろう、との事ですが……大事を取って数日お休みされるので、戻りが遅くなる、と」
「「っ」」
おそらく先手を打たれた。カイトとツィアートはまるで見ていたかのようなタイミングでもたらされた報告に、苦い顔を浮かべる。
「……そうか。わかった。報告は受けた。もう戻って良い」
「は、はぁ……」
なんなんだろうか。研究生は軍の兵士と共にいきなり苦い顔を浮かべたツィアートを訝しみながらも、教授が戻れと言っている以上はそれに従う事にしたようだ。踵を返して元いた場所へと戻っていった。と、そんな二人に、マルコスが問いかける。
「……何かあったのか?」
「軍の連中がこの日に起きた案件を追っているそうだ。彼はその調査で来たらしい。詳しくは私も知らんがな」
「この日になにかあったのか?」
「詳しくは、軍の機密ですので申し訳上げられません。ですが、少なくとも貴方が思われているよりずっと事態は良くは無い。おそらく、件のドゥイエさんはそれに巻き込まれたと見て良いのでしょう。少々、失礼します。軍司令部に報告を入れなければ」
マルコスの問いかけを強引に切ると、カイトはすぐにティナへと連絡を入れる事にする。
『なるほど。わかった。ロイク・ドゥイエじゃな』
「ああ。おそらく軍側にも連絡が回っているはずだ。シーラさんに連絡し、そちらの資料も送ってもらった方が良いだろう」
『じゃな。そこらはこちらで手配しよう。他、なにかわかったらまた連絡せい。こちらも調査の進捗で必要な報告があれば、すぐに連絡しよう』
「頼む」
どうやらこの遺跡に<<死魔将>>達が潜入したというのは事実らしい。カイトもティナも現状起きている事から、そう判断したようだ。そうして、カイトは再度調査に戻り、ティナは皇都へと連絡を入れて即座にロイクとやらの捜索を開始させるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




