第2162話 幕間 ――再び遺跡へ――
千代女達がソラを見送りまたどこかへと去っていった頃。ソラはというと、一応は何時も通りを装いながら皇城の一室へと戻っていた。
「ふむ……まぁ、結論から言えば」
「結論から言えば?」
「べーつに驚かん事が一件。初耳がちらほらじゃな」
「マジ? ちなみに、前者は?」
全体的に驚くべき内容だったと思うのだが。ソラはそう思いながらも、ティナへと問いかける。これにティナは肩を竦めた。
「久秀とやらが裏切ろうとしておる、という所じゃな。カイトから若干ぶっきらぼうに弾正はこっちに寝返ってくるから、あいつの言葉は基本あいつが得た時点で正しい物と考えとけ、と言われておってのう」
「な、納得は出来る……」
「ま、そうじゃのう。これについては日本の歴史やサブカル知っとりゃ驚かん……が、こりゃ違うんじゃ」
「違う?」
松永久秀といえば裏切り者の代名詞とも言われる男だ。それでいて信長にはなぜか気に入られ何度裏切っても許されたほどの男でもあったが、何故かはさっぱりわからなかった。が、その真実を、カイトは知っていた。
「松永久秀の真実……それを、カイトは知っておった」
「……まぁ、あいつが信長の転生だって話だからな。別に驚かないけど」
「うむ……のう、ソラ。お主、日本史……こと戦国時代やっとりゃ気になる点は無いか?」
「気になる点? んなもん、山程あるだろ」
気になる点なんて山程ある。例えば本能寺の変なぞその最たる例だ。何故、明智光秀は織田信長を裏切ったのか。他にも山程気になる事はあった。特に今は自身が戦国乱世に生まれた男の生まれ変わりだろう、と考えられる事もあって殊更調べていた。
「じゃな。それこそ何故明智光秀が裏切ったか、なぞカイトにもわからん、と言わせるほどじゃ。まぁ、あれは心当たりが多すぎてわからん、という感じじゃったが……」
「あ、あははは……」
流石やりたい放題やったとカイトをして言わしめる織田信長。裏切られる心当たりは山程あったらしい。それにソラは苦笑いを浮かべるしかなかったが、この様子では本能寺の変関連ではなさそうだった。
「で、何?」
「信長包囲網じゃ。なぜか妙に幸運に恵まれとりゃせんか?」
「あー……あれ……え、まさか……」
そういえばあの信長包囲網で必ず裏切っていた男が居て、その男の名は確か。ソラは松永久秀の事を思い出し、思わず表情が固まった。
「うむ。ぜーんぶ完全に久秀が仕組んだそうじゃ。第二次ものう」
「……確か死んだんじゃなかったっけ?」
「死を偽装し、邪魔者を消したそうじゃな。まぁ、ある奴に生存を掴まれ、殺されたそうじゃが」
「こえー……戦国時代こえー……」
マジすか、久秀さん。あんたヤバすぎるでしょ。ソラは久秀の隠れた功績にドン引きする。が、それ故にこそカイトは怒っていたのであった。
「ま、時代柄そんなもんじゃろ。とはいえ、それ故にカイトが怒っておるからのう」
「なして?」
「勝手にしたからじゃな。久秀が自身に臣従しておった事はわかっておるが、まぁ……の? 裏切りまくってんじゃから、他の者に示しがつかんわけじゃ」
「あー……」
納得。幾ら敵を騙すには味方から、と言う策であっても、逆説的に言えば味方さえ彼の裏切りが打ち合わせされたものであると知らないのだ。そう何度も使える手ではない。勿論、それを知っていればどこかで漏れればそれで使えなくなる。であれば、誰も彼の裏切りが真実か嘘か知っていてはならないのだ。
「で、それをまたやろうとしとるから、怒っとるわけじゃな。死んだらもっと怒るじゃろうなー、あれ」
「あ、あははは……ま、まー……今回はこっちに裏切る側だから、良いんじゃないか?」
「あー見えてカイト。意外と部下の評判とか気にする男じゃからのう。あんま良い顔はせんじゃろな」
「あ、あはは」
カイトらしい。が、同時にこれは信長らしくもあったのだろう。そしてそれ故、久秀も安心してあちらに与する事が出来た。自分の生命が彼の役に立てるのなら死んでも惜しくない。そんな二人の信頼関係が垣間見え、ソラは思わず笑うしか出来なかった。勿論、それ故にカイトは彼を死なせない様に動いていた。
「ふむ……まぁ、それは良かろう。あれがああいう性格なのはお主以上に余がわかっておる。故に気にするまでもないし、なにかがあったら余らがフォローする。それだけの事じゃ」
「お、おぉ……」
「うむ……で、気になるのはオプロ遺跡の件と、お主の前世の件か」
「……それ、か」
やっぱりこの二つはティナをして考えが及ばなかった点か。ソラはティナの出した二つを聞いて、わずかに顔を険しくする。
「そう言えば前の一件の後、オプロ遺跡には誰も立ち入っていないのか?」
「いや、実のところあれからずっと皇都の中央研究所の職員達が立ち入って調査をしておる。無論、軍も入っておるから警戒もされておるな」
ソラの問いかけに対して、ティナははっきりと軍の守りがある事を明言する。これにソラが問いかける。
「そいつらが襲われたりとかは?」
「無いんじゃのう、これが。勿論、皇都襲撃の際にはオプロ遺跡の警戒態勢は何時もより上がっておった。が、襲撃が起きたという報告は一つも入っておらん」
「……遺跡の全員が操られていた、とかは?」
「ふむ……それはまぁ、彼奴らであれば出来ような。なにせ彼奴らは単騎で国を滅ぼせる猛者揃い。街一つを洗脳するレベルの大魔術師も少なからず当時はおった。今も当時の残党が残っていても不思議はあるまい」
どれだけやっても、全員を倒す事は出来なかった。である以上、ある程度の残党が居る事は織り込み済みで、それが<<死魔将>>達に与している可能性は最初から考慮に入れていた。故にソラの指摘の様に数千人を一瞬で洗脳してしまえるような魔術師が居る事はティナ達も把握し、警戒していた。
「それに今も操られている、って線は?」
「さてのう……こればかりは見てみぬ事には何も言えぬが。ま、可能性として無いとは言い難かろう」
どうにせよ現状を見たわけではないのだ。可能性であればなんとでも言えてしまう。故に、二人は内心として一致させていた。
「俺も行った方が良い?」
「というより、帰りに寄るパターンになるじゃろうのう……となると、あやつも呼んでおく方が良いか」
「カイトか?」
「以外に誰がおる。万が一、なにか仕掛けられておった場合は面倒じゃ。それはそれで怖いがのう」
「怖い?」
「前にお主らがラエリアの内紛でやられた手をやられる場合じゃな。この場合、松永久秀らの動きを利用され、その上でカウンターを仕掛けられておる事になる。面倒じゃろ?」
「なるほどね」
確かにその通りだ。そもそも千代女さえ、自分達の内通は道化師達も織り込み済みだろう、と言っていたのだ。であれば、情報の露呈を勘案に入れた上で動いている可能性はあった。とはいえ、今はその当時と違う事があった。
「ま、それでも当時の様にはなるまいよ。今は余がおるからな」
「勝てるのか?」
「あ? 何を言うとるんじゃ、この小僧は」
若干険しい顔で問いかけたソラに対して、ティナが盛大に顔を顰める。そうして、彼女は久方ぶりに本来の姿へと変貌する。
「そも余は魔王。<<死魔将>>共さえ、余は封じるしかないと封じた存在じゃ。魔術合戦であれば、余に勝てる者は地球エネフィアの両界を見回しておらぬぞ」
「す、すんません……」
へそを曲げたティナに、ソラが思わず謝罪する。実際、魔術において最も長けた存在は、と言われると<<死魔将>>達さえティナであると断言するのだ。大抵の魔術であれば、彼女ならどうにでも阻止する事は可能だった。というわけで、一つ謝罪させたティナは何時もの姿に戻る。
「ま、それはそれで良いが。とりあえず余で即応出来ぬ事はあまりない」
「あ、あるにはあるのね」
「当たり前じゃ。余とて全知全能の神ではない。何から何まで対応は出来んわ……ま、その為にカイトを持ってくるんじゃがな」
ここら、やはりティナは油断が無かった。自分に無いものをカイトが持っている事を理解していて、そしてそれを切るべきタイミングをしっかり理解していた。そして彼を動かす事の出来る存在の一人だ。故に一切迷いなく彼を動かす事にしていた。
「近距離と遠距離?」
「いや、それもあるがのう。あれの状態異常耐性は異常じゃ」
「どういう事?」
色々とカイトが特異的な力を持っている事はソラも知っている事であるが、それでも状態異常耐性が異常とは聞いた事がなかった。
「そうじゃのう……まぁ、毒などの肉体に影響が出る物については大差はない。が、精神系……例えば洗脳や呪術による行動制限など、普通は防ぎにくい力に対する耐性が異常に高い」
「へー……ティナちゃんは低いのか?」
「余も高いぞ。が、これは魔術師として普通じゃ。そもそも解呪やらをやるのは専ら魔術師じゃからのう」
なるほど。確かにそう言われれば納得も出来る。ソラはティナの言葉に道理を見た。というわけで、彼が問いかける。
「まぁ、カイトも色々と出来んじゃん。それで、って事か? どんぐらい高いんだ?」
「どんぐらい……のう。比較は容易にはできんが、敢えて言えば余でもアヤツを洗脳は出来ん、と思え」
「へー……それってあれか? なんかあいつの特殊性とか?」
「いや、単に大精霊様方から加護を貰いまくっとる結果じゃ。基本契約者には洗脳は通用せん、というのは常識じゃが、あれは多重に加護が乗りまくってもうどうやっても通用せんわ」
「あ、あらら……」
んな身も蓋もない。ソラは納得出来るといえば納得出来てしまう理由を言われ、思わずたたらを踏む。これ以上の理由が何か必要か、と言われればもはや不要だった。というわけで、もはや呆れにも近い笑いを浮かべたソラが問いかけた。
「に、にしても契約者に洗脳とか効かないのか?」
「うむ。契約者の力は核兵器にも等しい。それを使える者を操れる、というのは大精霊様方にとっても沽券に関わるからのう。基本は無理じゃ」
「基本、ってことは出来るんだろ?」
「そりゃ、当人が受け入れた場合や当人による自己洗脳であれば通用はする。自己暗示、でも良いかもしれんな。そこが通用せんかったら、逆に不便になってしまう事もあろう」
なるほど。ソラはティナの上げた例を鑑み、これは通用しないと考えて良いのだろう、と理解する事にする。
「ま、そういうわけであいつを突っ込ませ、余は外から補佐。それが危険がある場合に一番安全な動きじゃ」
「なんかへんな気するけどな」
「言うな。本来はそれが安全ではないが、あれほど常識が通用せん奴もおるまい。これが、一番安全なんじゃ」
心底面倒くさい。ティナはカイトと居れば常識が通用しないという一点について、心底そう思う。こんな本来は下も下の策を取るなぞ愚行も良い所だ。が、ことカイト単独に焦点を当てると、これこそが最前の手となってしまうのであった。
「まぁ、お主は余と共に飛空艇で動きを見ておけ。お主も近接……防御系なのでそこそこ耐性はあろうが、それでも並より少し上という程度。カイトの様に無効化とはならん」
「そーするよ。下手に迷惑掛けるのもな」
今回は状況を鑑みると、最悪は操られた者たちとの戦いに成りかねない。どう考えてもカイト単独の方が良さそうな状況だった。
「うむ。そうせい……ああ、そうなると若干予定の変更をせねばならんか。もうしばらくこちらで留まる事になろうが、構わんな? いっそ、お主一人戻っても良いが」
「俺も気になるから、残っとくよ。それに待ってる間に実験の結果も出そうだし」
「か……良し。では、余はカイトに現状を伝えてこよう。お主は後は好きにせい」
「おーう」
自身の報告を受けてカイトとの相談を行う事にしたティナの言葉に、ソラは一つ頷いて立ち上がる。そうしてティナはカイトと次の一手を考えるべく飛空艇の通信室へと向かい、ソラは万が一に備えて武装の調整を行ってくれているオーアの所へと向かう事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




