第2161話 幕間 ――古き再会――
<<偉大なる太陽>>の真の力を解き放つ為に皇都にある中央研究所を訪れていたソラ。そんな彼であったが、ティナらが実験の後片付けをする一方で何もする事がなく、暇潰しを兼ねて皇都を出歩いていた。そうして出歩く彼であったが、そこで出会ったのは吉乃と共に行動する千代女であった。
「……で、何だよ。お前らがどこをほっつき歩こうと……ってか、あんた確かここに攻め入ってんだろ。ここに居て大丈夫なのかよ」
「ふんっ……これだけ人が居る中を歩いて、たった一人の女の顔貌が分かるのなら、それはお見事だ」
「なんか……怒ってる? い、いや俺にじゃなくて」
「……皇都のザル警備に若干腹が立っただけだ……ちっ。いい加減、顔を見ずに話すのも面倒だ。こっちを見ろ」
「おいおい……」
前世の自分は彼女にとんでもない事をしでかしてしまっていたらしい。舌打ちしながら自身が振り向く事を認めた千代女に、ソラはただただ呆れ返る。
が、悲しいかな間違いなく彼女になにかをしたのは当時の彼だ。親の因果が子に報い、とは言ったものであるが、自分の因果が自分に回ってきていた以上誰にも文句は言えなかった。というわけで、ソラはここで戦う愚を悟っていた事もあり敵意を見せずに振り向いた。
「……ちっ」
「おい……いい加減キレるぞ」
「キレたいのは私だがな。貴様の所為で御方がどれだけ苦しまれた事か」
「なんか……すんません」
どうやら千代女にとってその御方とは相当大切な人物だったらしい。もはや憎悪にも等しい目で自分を睨む千代女にソラは思わず謝罪する。が、そんな彼に、千代女がふと笑った。
「……いや、すまん。貴様にキレるべきではないのはわかっているのだがな……が、貴様を見るとどうにも奴を思い出す」
「……」
すぅ、はぁ。深呼吸をして自身の中に宿る怒りを宥める千代女に、ソラは本来この女性はきちんと話が出来る相手なのだろう、とようやく理解する。そうして数分。千代女はようやく落ち着けたらしい。一つ深い深呼吸をして、何時もの様子に戻った。
「はぁ……失礼しました。取り乱してしまいました」
「は、はぁ……」
やりにくい。ソラは唐突に礼儀正しい女性の様相で話しだした千代女に呆気に取られる。とはいえ、これで話せる事は話せるのだ。が、そう思ったのが勘違いとは言えた。
「ただ……あまり口は開かないでください。ついうっかり、撃ち殺しかねませんので」
「……」
こえぇ。超こえぇ。ソラは礼儀正しいからこそ、千代女の怖さを改めて理解する。しかも今のソラは一切の装備を解いている。もし万が一千代女が襲いかかれば、その時点で一巻の終わりだった。というわけで、ソラはなるべく言葉を選び、その上で必要最低限で話を行う事にする。
「……一つ、聞いて良いか?」
「どうぞ」
「俺の前世とあんたは知り合い……で良いよな?」
「ええ」
これについてはどう考えてもそうとしか考えられない。なのでソラの問いかけはあくまでも確認だ。しかしそれだけで、千代女はソラの問いかけの内容を理解した。
「ああ……なるほど。前世の貴方はまだ貴方に正体を明かしてはいませんか。なるほど。あの男らしい、傲慢で腹の立つやり方だ」
やばい。こうなるのはわかっていたものの、わずかに漂う千代女の怒気に、ソラは手で抑えて抑えて、というジェスチャーを行う。どうやら話さない様にした結果、こうなったらしい。その滑稽さに、千代女が怒気を抑えた。
「ぷっ……ええ。大丈夫です……が、そうですね。私から語る事はやめておきましょう……貴方も、殺し合いに発展する見えている特大の地雷を踏み抜くのはやめておきたいでしょう?」
「……そっすね」
どうやら千代女から自身の前世の正体を掴むのは下策も下策らしい。ソラは先程わずかにでも言及しようとした時点で漂った怒気に、そう同意する。勿論、千代女に千代女の正体を聞く事も出来ないだろう。それぐらいの分別はソラにもあった。というわけで、この線は諦めて、ソラはさっさと地雷原から離れる事を決める。
「えっと……本題お願いします」
「ですね。私もいつまでも貴方の顔を見ていたら何時うっかり、と手が滑るとも限りません」
やっぱこのひとヤバい。ソラは内心で完全に狂人の千代女にはなるべく触れない様にする事にする。まぁ、それは叶わぬ願いであるが、それはそれとして仕方がないと諦めるしかなかった。
「……以前、私と果心様がここに来た時の事を覚えていますか?」
「あんたにぶん殴られた時っすか?」
「ええ」
まぁ当然といえば当然だが、顔が腫れ上がるほどにソラは顔を殴られたのだ。恨みが無いと言えば嘘になる。なので若干語調が強かったが、ソラとてこれが誰に怒りを向ければ良いかさっぱりだった事もあってこれ以上は何も言わなかった。そしてそんな彼に千代女は笑いながら、告げる。
「あの時、我々は陽動だと伝えましたね」
「そういえば……」
今にして思い出せば、皇帝レオンハルトと吉乃――と言ってもソラにとっては果心居士だが――の会話で吉乃は確かに自分達は陽動だ、とはっきり明言していた。その時は戦闘真っ最中だった上に話していたのが皇帝レオンハルトと吉乃という事で会話に参加していなかったので、ソラはすっかり忘れてしまっていた。
「オプロ遺跡へ向かいなさい。あの時、本隊はあちらへ向かった様子です」
「え?」
「オプロ遺跡です」
「い、いや……それはわかるんっすけど……え?」
なんでそれを自分に。ソラは千代女の言葉に困惑を露わにする。千代女が何者で何を目的として<<死魔将>>達に与するのかは定かではない。が、この様子だと千代女はあの時に本隊がどこに向かっていたかは知っていなかったらしい。
「……裏切り、とでもお考えで?」
「いや……どう考えても今の言葉はそうでしょ」
「くっ……そもそも我々と彼らはビジネス関係。別に裏切りも何もありませんよ。それに、彼らも我々の動きは理解しているでしょう」
「……つまり、単に見逃されているだけ?」
「ええ」
これは裏切っていると言えるのか、それとも単にこれも思惑の内として利用されているのか。ソラは苦笑気味な千代女に対して反応に困る。と、そこでふとソラは千代女の言葉尻に気が付いた。
「……我々?」
「……なるほど。松永殿が中々と言うだけの事はありますか」
「……まさか、裏で動いているのは……あの松永久秀って事なのか?」
らしいっちゃらしいけど。ソラはらしいといえばらしい行動に、妙な納得を得る。戦国時代で裏切り者の代名詞といえば彼だろう。その彼がこそこそと動いているのであれば、妙な納得も出来るものだった。
「それはお答えしかねます……では、確かにお伝えしましたよ」
「……うっす。あ、やっぱ一つだけ良いっすか?」
「なにか?」
「次からきちんと使者は選んでくれ、つっといてください。それかカイトの所に直接お願いします」
「そうしましょう。私も正直、貴方を何度か撃ちそうになり肝を冷やしました」
本当に頼んます。実のところソラも千代女が時折腰のライフル型の魔銃に手が伸びそうになっているのを理解していて、内心肝を冷やしていたらしい。というわけで、一つ笑った千代女が消えたのを受けて、ソラが心底安堵した様子でその場にへたり込む。
「はぁ……マジ怖かった……」
『……今の女。妙な気配があった』
「は?」
今の今までずっと黙っていた<<偉大なる太陽>>の声に、ソラが思わず顔を上げる。
『……太陽神の力を受け拵えられた我が身故に、対象の肉体状態が大凡どの程度の状態であるかはわかる。あの者……今まで小童が会ったあの者たちの中でも一際いびつだった』
「いびつ……でもそもそも、さっきの女の人とか七人……いや、八人? だっけかは戦国時代やらとは違う肉体だって話だろ? その影響は無いのか?」
『……それはあるだろう。だがそれでも、いびつさが些か高い様に思えたのだ』
どうなのだろうか。<<偉大なる太陽>>はソラの言葉に若干すまなそうに首を振るような様子を見せる。
「……まぁ、良いよ。後は俺が考えられる事でもないし」
『……であるな。話すべき事を話すべき者に伝える。それも、必要な事だ』
数度呼吸を整え千代女との会合で乱れた精神を落ち着けたソラが立ち上がったのを受けて、<<偉大なる太陽>>もまた一つ頷いた。そうして、二人は一路ティナの所へと戻る事にするのだった。
さて。ソラがティナが居る皇城の一角へと戻っていく一方。そんな彼を皇都の外れから見守る千代女は千代女で、同じくソラが見える場所に居た久秀や吉乃と合流していた。
「……お伝えして参りました」
「おう、悪いな……まー、本来は俺が行きゃ良いだろ、って話じゃあったんだがな。逆に俺だと兄さん警戒するだろうからな」
なにせ松永久秀である。策略家としての名はおそらく戦国時代でも有数で、それが来て警戒するな、はあまりにも無理があった。下手をすると話も何もあったものではなかっただろう。
「は……ですが、松永殿。伝える必要があったのですか?」
「さぁな。これに伝える意味があったかは、俺にもわからん。だが情報ってのはどこで必要になるかわからねぇもんだ。とりあえず渡しておいて損はない。後は、御大将が考えるだろ」
ボリボリボリ。久秀は頭を掻きながら、乱雑に吐き捨てる。
「如何せんこっちは勝手の違う異世界だ。俺達の見知った常識は大半が役に立たないと思った方が良い。そして俺達が持ってる知識は大半が道化師さんから与えられたものか、あそこに置かれているものだ。そいつを頼みにしたら、寝首を掻かれる。俺達は奴さんらの計画に沿って動く。御大将らがそれを叩き壊してくれるのを期待してな」
自分達の行動は全て見透かされた上だろう。久秀はそれを理解していた。そしてだからこそ、それを上回るのであればカイト達でなければ出来ないと踏んでいた。手のひらの上に居ては、駄目なのだ。
「にしても……吉乃ちゃん。よくこの千代女を手懐けられたな。今でもこうやって話せてるのが不思議でならんね」
「あはは……些か、千代にも理由があるのです。話せばわかる方ですよ」
「……」
吉乃の言葉に、千代女は何も言わない。まるで従者の様に彼女の横に侍るのみである。
「そうかい……ま、俺にとっちゃおかげで一つ駒が増えた。なんとか、こっちから生還する為のな」
「「……」」
久秀の言葉に、吉乃も千代女もただ笑うだけだ。そうして久秀が再びどこかへと戻っていくのを見送って、千代女が口を開く。
「……奥方。よろしいのですか?」
「構いません……存外、あの方は律儀な方……と、言うまでもありませんでしたか」
「下手に信頼をしてしまうと、煮え湯を飲まされる事になりますが……まぁ」
知っています。千代女は若干の苦笑を浮かべる。まぁ、言うまでもなく久秀と千代女は古くからの知り合いだった。単に久秀が千代女の正体を掴めていないだけである。そうして少し笑いあった二人であったが、唐突に吉乃が若干険しい顔を浮かべる。
「……にしても。因果……でしょうか」
「……」
「千代。わかっていますね」
「は……万が一の際には、この手で必ず彼の首を刎ねましょう。それが、私が為すべき事です故」
「任せます……が、優先するのは殿のご意向である事は忘れぬ様に」
「は」
吉乃の不穏な言葉に、千代女がその場に跪いて頭を垂れる。そうして、そんな二人もまたその場を後にして、どこかへと消えていくのだった。
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