第2160話 幕間 ――夢の中で――
<<偉大なる太陽>>に宿る意思が目覚め、ソラが新たな仲間として彼と共に歩む事になったその日。彼はここしばらくの何日かに一度見る夢を見る。それは、瞬が見たと同じかつての自身の出来事。戦国乱世を生きた某の記憶であり、記録であった。
『……』
なんだろうか、この感覚は。妙な高揚感にソラは自分が包まれている事を自覚する。単なる高揚感とも違う。同時に、若干の申し訳無さや悲しみも含んだ高揚感だった。
『すまない』
それは、誰に対する謝罪なんだ。高揚感を得ながらも某かが口にする謝罪に、ソラは困惑を得る。後悔はしていない。この某かは間違いなく後悔はしていないことが、ソラにはわかった。が、同時にこう言わなければならない、とわかっていて、この謝罪の理由だけは申し訳ないと思っていた。
「お前は……誰なんだ?」
一切の後悔を残さぬままに死んだ。それはソラには分かる。が、ここまで奇妙な感情を彼は得た事はなく、自身の前世が何者だったのかさっぱりだった。そんな彼の問いかけに、彼の前世の某が振り向いた。
『……』
「あんた……俺に気付いてたのか?」
「当たり前だ」
「喋れたのか?」
「ははは。何を馬鹿な事を。ここはお前の中。喋れぬ者でもなければ、喋れぬ事はない」
「じゃあ最初から喋ってくれよ……」
がっくり。ソラは今になってようやく対話する事が出来た前世の某の言葉に、盛大に呆れ果てる。そんな彼に、前世の某は盛大に笑う。
「ははは……すまんな。お前と話すのにも、お前と話す理由が見当たらなかった」
「いや、あるだろ。どう考えてもあるだろ。お前のせいで俺フルボッコにされたんだけど」
「はははははは」
豪放磊落なのか、それとも大雑把なのか。豪快に笑う前世の某を、ソラは半眼で睨み付ける。
「で、あんた誰なんだよ」
「誰か、か……少なくともお前は俺の名を知っている。それで今は許せ」
「いや、良いわけねぇだろ」
そもそもあの千代女の剣幕は尋常ではなかったし、果心居士が自分を見ている目もまた尋常ではなかった。その正体が自分達のこれからに影響してくる可能性があった以上、これを見過ごすわけにはいかなかった。が、彼とて隠そうとしている相手に無闇矢鱈に突っ込んでいって話が引き出せない事はわかっていた。故に、彼は切り口を変える。
「あの千代女って人は誰なんだ? あんた相当恨まれるような事したんだろ?」
「うん? ああ……あれ、か」
ソラの問いかけに対して、彼の前世の某かは盛大に苦い顔を浮かべる。どうやら自分が恨まれている理由はわかっているらしかった。そうして、そんな某がゆっくり口を開いた。
「……仕方がない。ああ、そうだろうとも。奴は何がなんでも、俺だけは許せないだろう。他の誰よりも。俺だけは許せない」
「何やったんだ?」
「……何も。何もしていないさ。だが、何もしていなかったからこそ、奴は俺を許せなかった」
「何もしなかったから、恨まれてる?」
そうなってくると可能性は幾つも絞られるが。ソラは困惑気味に、前世の某の言葉に首を傾げる。そうして、彼は苦笑の色を深める。
「ああ……何も、な。しなかったのだ」
「だけどあんた、誰かに謝ってなかったか?」
「うん? ああ、そうだなぁ……何もしない、というのも選択の一つだ。その結果は必然として訪れる。そんな当たり前の事だ。その結果の末に俺は後悔を得なくてよかったが、後悔を得てしまった人たちは多く居ただろう。それについてだけは、申し訳ないと思っている」
どこか疲れた様に、ソラの前世の某はいつの間にかあった板張りの床の上に腰掛ける。それはソラが見慣れた戦国武将達が誰かとの謁見に使う間にそっくりだった。そうして、そんな光景に気付いた彼が周囲を見回してみれば、どこかの一室になっている事に気付けた。
「ここは……」
「俺が良く居た部屋だ。妻や部下達と、な。それ故に、ここが色濃く魂の記憶に刻まれてしまったのだろう」
「妻や部下……奥さんが居たのか?」
「当たり前だろう。お前だってここがどこか分かるだろう? だったら、俺がどんな時代のどれぐらいの地位に居たかわかるはずだ」
「ま、まぁ……」
この光景はどこからどうみても戦国武将が居座っただろう間だ。その中でも最奥。上座と言われる場所に腰掛ける前世の某は間違いなく、どこかの戦国大名に間違いなかった。
そして前世の某曰く、ソラも知っているという事だ。最低でも一般常識かそれより少し上レベルの歴史の知識は有しているわけであるが、そうなるとかなり有名な戦国武将の可能性は高かった。というわけで、それを理解したソラがおずおずと問いかける。
「もしかして……かなり大物?」
「さぁな……俺は単なるお前の前世。それだけだ」
「あ、おい!」
『また、時が来れば話す事もあるだろう。力が借りたければ、呼ぶと良い。すべてはくれてやれんが、お前の力にぐらいなってやろう』
段々と遠ざかっていく声が、ソラへと告げる。そうしてソラは目を覚ます事になるのだった。
実験を終えて一夜。夢の中での前世の某との出会いを経たソラであるが、そんな彼は結局殆ど何も語らぬままに去っていった前世の某と別れそのままに目覚める事になった。
「あ、おい! あの千代女ってのが誰か……言ってけ……はぁ……」
結局言わないままに遠ざかりやがった。ソラは盛大にため息を吐いて首を振る。とはいえ、これでも収穫にならなかったわけではない。少なくとも、ソラの前世の某かと千代女に面識がある確証は得られたのだ。故にソラは即座にティナの所へと向かう事にする。
「ふむ……なるほどのう。まぁ、お主の今の力を鑑みれば、そろそろ向こうから接触があっても不思議はあるまいて」
「まぁ、それについちゃ俺も時々夢に見てたから不思議には思わないけどさ」
先の千代女との初遭遇の際、ソラは前世の某の力を若干だが使おうとしていた。そしてその結果が、千代女の暴走を招いてボコボコにされるという結果だ。
「結局何なんだ、って話」
「それは余にもわからぬ。一応再度の確認をしておくが、お主が見た夢は今までの所どこかで会議をするシーン。血気盛んな親父と激論を交わしているシーン……大凡そういった感じという所なのであったな?」
「後は、多分その前世の某の子供と遊んでやってるシーンぐらいだ」
ティナの確認に対して、ソラは今までに見たものを語る。瞬とは違い血に刻まれた記憶を見る事のない彼は、明らかに自分の物でもない記憶を見た瞬間にこれが前世の記憶と理解する事が出来た。そしてその系統は千代女の関係から見た時点でメモを取る様にしており、今の所この三つが大半だったそうである。
「うむ……まぁ、兎にも角にもその三つという所なのであろう。まだ情報は足りぬが……ふむ。選ばなかった、とな」
「そう言ってた。選ばなかったから、この結果になったって」
「ふぅむ……まぁ、あの時代は選ばぬ事を選ぶ者は割と多かったからのう。唯々諾々と時の天下人に従うだけの者も多かったと聞く。その一人なのやもしれんが……千代女とやらの正体が掴めれば、自然あれの正体も掴めようが」
「それ、意味なくね?」
「まー、そうじゃのう」
そもそも千代女の正体が掴みたいから、ソラの前世の某の正体を掴もうとしているのだ。千代女の正体が分かればソラの前世の正体が分かる、というのではまさしく本末転倒だった。というわけで、ソラのツッコミに笑うティナが気を取り直す。
「まぁ、少なくとも間違いなくお主の前世の某とあの千代女とやらは知り合いじゃという確証は取れた。それは間違いなく収穫と言って良いじゃろう。無論、恨まれるに足る理由があるとわかった事もな」
「うあー……まぁ、少なくともなんかやっちまった、って事で恨まれたわけじゃないからその点で気は休まったけどさー……」
「ま、そこらはお主がなんとかせい。余になんとか出来る事は無いのでな」
「うあー……」
一体全体かつての自分は何をしてしまったのだろうか。ソラはあの修羅もかくやという形相で自分に殴りかかってきた千代女の事を思い出し、机にもたれ掛かり項垂れる。そんな彼に、ティナが告げる。
「まぁ、今日は一日移動もせぬし、気晴らしでもしてこい。<<偉大なる太陽>>の意思とやらが目覚めたのであれば、それと語らうのもよかろう」
「はぁ……あー……それもそっか。そーするよ。外出て良いんだよな?」
今現在、ソラ達が居るのは皇城の客間だ。と言っても、前にソラがミニエーラ王国の一件での調書に呼ばれた時とは違い、一角を丸々借りて充てがわれていた。
「それについては好きにせい。が、門限は守れ。皇城の出入りは門限を過ぎると出来ん様になるからのう」
「わかってるよ。前に来た時にもそう言われたしな」
「なら、構わん。好きにせい」
ソラとてすでに良い年だ。いちいち門限には帰ってきなさい、と口酸っぱく言われなくても良かった。というわけで、後の事はティナに任せて<<偉大なる太陽>>片手に外へと出る事にする。
「ふぁー……」
『ほぉ……ここがこうも発展するとは』
「知ってるのか?」
『うむ。かつて、我がここらに来た時にはど田舎も良い所だった。まぁ、そういってもど田舎の中でも中心的な場所なので割と発展はしていたがな。技術力を抜けば、少なくともここまで活気にあふれていたわけではない』
皇都の通路を歩きながら、ソラは<<偉大なる太陽>>と会話を行っていた。
「はぁ……まぁ、そりゃ良いんだけどさ。結局、俺ってなんなんだろう」
『小童は小童だ。それ以上でもそれ以下でもない』
「そりゃ、わかってるけどさ……前世の誰かが何をしたか、ってのが気になってさ。でも良く考えれば、それって俺が気にする事なのか、とか思っちまって……なーんか全然考えがまとまらない」
<<偉大なる太陽>>の言葉に、ソラは笑いながら首を振る。
『ふむ……まぁ、なにか重要な事をしたのではあるだろう。それが何か、まではわからぬが』
「あー……どうやってか知る方法、無いかなー……」
何をしたらあそこまで恨まれるのだろうか。いや、正確には何もしなかった、という事なのだが。ソラはそんな事を考えながら、皇都の一角にある展望台の上から皇都の街を眺める。と、そんなわけで物憂げな顔で街を見ていた彼へ向けて、後ろから声が掛けられた。
「……貴様が何をしたか。知りたければ、教えてやろうか」
「っ!?」
「騒ぐな。貴様を殺す事なぞ造作もない……別にこちらを見る必要はない。そのまま聞いておけ……言っておくが、妙な事をしようとするとその腕を叩き落とす」
背後から聞こえた千代女の言葉に、ソラは懐にゆっくりと動かしていた手を外に出して両手を挙げる。そうして後ろを振り向こうとしたが、その直前に千代女が口を開いた。
「こちらを見るな。貴様の顔を見るだけで殴りたくなる」
「ちょっ……俺何もやってないだろ」
「何もやっていないからだ」
おいおい。そんな具合で笑うソラに、千代女が若干苛立たしげに吐き捨てる。どうやらソラの前世の某が言った通り、彼の前世の某が何もしなかったが故に千代女は怒っていた様子だった。が、そんなダブルミーニングの言葉にソラが肩を竦める。
「わかった……何もしないし振り向かない」
「……それで良い」
ソラの言葉に、千代女が放っていた殺気をわずかに緩めて一つ頷いた。そうして、彼はかつての自身と因縁を得たその日の内に、その彼が因縁を持つ相手との会合を果たす事になるのだった。
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