第2159話 幕間 ――宿る者――
<<偉大なる太陽>>の真の力を知るべく、皇都の中央研究所にある大実験場へとやって来ていたソラ。そんな彼はティナやオーアからの指示を受けて、追加装甲を取り付けられた鎧を身に纏い、単身大実験場にて<<偉大なる太陽>>を構える事になる。
そうして数度の深呼吸の後に放たれた<<偉大なる太陽>>の力であったが、その真の力はやはり今のソラを以ってしても一度限りが精一杯と言い切っても過言ではない破壊力を有していた。
「は……はは……なんだ、こりゃ……」
遥か彼方で生まれた巨大な『太陽』に、ソラは思わず乾いた笑いを浮かべるしか出来なかった。それほどまでに<<偉大なる太陽>>の力は凄まじく、おそらく『太陽』十数キロも離れているだろうにも関わらず、彼の所にまで熱波が届いていた。
しかも<<偉大なる太陽>>から放たれた熱波が通り過ぎた後はマグマ化しており、グツグツと煮えたぎっていた。その様子は如実に神剣の力の凄まじさを誰しもに知らしめていた。
『ふーむ。まぁ、使い手がまだ未熟である事を鑑みればこの程度という所であろうな』
『このぐらいで十分だろ。本来なら、もっときっちり調整してやんないと駄目だ。今は強引に一時的に復活させたってだけだからな』
『まー、総大将やらウチの上の方の奴らが使うともっと派手に吹き飛んでるだろうからな』
「……」
え、何。もしかしてこれでまだまだ本当の力を引き出せてないってのか。ソラは今の自分が放ってさえ街一つぐらいなら軽く消滅させただろう威力が序章に過ぎない事を知って、思わず言葉を失った。そしてそれが事実である事を示すかの様に、ティナは平然と告げる。
『ソラ。ご苦労であったな。気を失ってはおらんか?』
「あ、お、おう……ちょ、ちょっとじゃないぐらい疲れてっけど……」
『そりゃ、曲がりなりにも神剣じゃからのう。今はアドレナリンがドバドバ出て大丈夫じゃろうが、ちょっと経つと一気に疲労が訪れるぞ』
「こ、怖い事言わないでくれよ……」
ティナの脅すような言葉に笑いながら、ソラは試しに立ち上がってみる。が、ぐっと足に力を入れたはずが、全然動きそうになかった。
「……あれ?」
『ま、そうなるのが関の山じゃろうて。もうちょい待っとれ。影響の除去が終わり次第、回収班が向かう』
「え、ちょ……なにこれ。なんで動かないんだ?」
体感としては、疲れていない。ソラはそれなのに動かない足に困惑しか浮かべられなかった。と、そんな所に。声が響いた。
『ははは。不甲斐ない身空でありながら我を使い、それでもまだそうやって立とうとする元気があるか。中々に見どころのある小童であるな』
「は? え、あ、すんません。何すか?」
『む?』
唐突にソラの耳朶を打った声であるが、そんな声は唐突な事に自分がうっかり聞き逃したと思ったらしいソラの問いかけに一瞬の呆気に取られる。そしてそんなソラの声に、通信機の先が応ずる。
『ん? どした?』
「あ、いえ……すんません。なんか言いませんでした?」
『いや? なんか言ったかー?』
ソラの問いかけに対して、通信機の先の<<無冠の部隊>>技術班の面々が首を振る。
『……誰も言ってないってよー』
「あ、そっすか。すんません。なんか聞こえた気したんっすけど……」
『単にこっちの話が聞こえただけだろ。ま、しばらく通信機切っといてやるから、少しそのまま休んどけ。点ける時はまた通信機オンで通じる』
「すんません。そうさせて貰います」
<<無冠の部隊>>の技術班の言葉に、ソラは一つ感謝を述べる。先にティナが言った通り、少し時間が経過した事で一気に疲労感が襲ってきたのだ。というわけで、ソラは疲労感と倦怠感を自覚してその場に横たわる。
「あー……つかれ……た……」
『……』
「……」
なんか居る。ソラは目の前に浮かぶ白い球体に、思わず目を瞬かせる。そして、数秒。声が響いた。
『気付いたか、小童』
「なにこれ!?」
唐突に発せられた声に、ソラががばっと跳ね起きる。言うまでもない事であるが、現在この大実験場の中に居る生命体はソラ一人だ。実験で起きた破壊を考えれば、当然の事である。故にこんな生命体が居るはずもなく、それがまさしく降って湧いた様に現れれば驚きもするだろう。
『はぁ……大賢人の弟子と見どころがあると思えば、存外察しの悪い小童だ』
「え、なにこれ。えっと……」
『あぁ! よさんか、馬鹿者! あの魔女に伝えて手間取らせるではない!』
「え? え? え?」
急いでティナに連絡して指示を請おうとしたソラであったが、それに対して白い球体は大慌てで制止する。これにソラは困惑気味であったが、ひとまずは一時停止となった。そうして一時停止した彼に、白い球体はため息を吐くかのような動きを見せた。
『はぁ……貴様それでも我の使い手か。ここまで察しの悪い使い手は初めて見たぞ』
「あ、はぁ……すんません……」
『あぁ、良い良い。そうは言ったが、小童の特性は把握している。伊達にこの数ヶ月一緒だったわけではない』
「一緒だった?」
『……いい加減、気付かぬか。疲れがあろうと、少し考えるだけで良かろう』
まぁ、仕方がない事なのかもしれないが。白い球体は困惑するソラに、それもやむなしと考える事にしたらしい。が、それでもそろそろ気付いても良いだろう、と盛大に呆れた様子を見せる。
「え?」
『この場に居るのは誰と誰だ。それを考えよ』
「いや……俺しか居ないだろ」
『居るだろ! 我が!』
「いや、だからお前なんだよ!?」
怒声を上げた白い球体に対して、ソラもまた怒声を返す。さすがの彼も使い魔かそうでないかぐらいは容易に見分けが付くが、それ故にこの白い球体が誰かの使い魔でない事は一目瞭然だった。
『<<偉大なる太陽>>だ! その意思だ!』
「へ?」
そういえばこの声。どこかで聞いたような。ソラは<<偉大なる太陽>>の意思という白い球体の声に、わずかに聞き覚えがある事に気が付いた。
「お前……もしかして……」
『お、お前……くっ……あっはははは。良い。良いぞ、許す』
「はぁ……」
何が面白いんだろうか。ソラは居丈高に自身の何かしらの振る舞いを許した<<偉大なる太陽>>に、困惑気味に頭を下げる。なお、<<偉大なる太陽>>が何に笑い何を許したかというと、ソラが自身をほぼほぼ対等な扱いをしていた事だ。
今まで何人もの使い手が居た<<偉大なる太陽>>で、そして何人かにはソラと同じ様に当初は姿を見せずこうやっていたずらのような一時を楽しんだ。だが、正体を知った後は誰一人として<<偉大なる太陽>>をお前扱いなぞしたことがないのであった。とはいえ、そんな<<偉大なる太陽>>は呆れながら告げる。
『はぁ……ようやく目を覚ませるぐらいの魔力を注ぎ込んだか。時間が掛かり過ぎだ。元々の流れを知っていれば無理のない事であるが。いや、それどころか一年以内にここまでたどり着いたのは何時以来だったか』
「お、おぉ……」
どうやら一応自分は褒められているらしい。ソラはどこか楽しげな<<偉大なる太陽>>に対して、そう理解する。
「えっと……それでなんで今さら<<偉大なる太陽>>の意思なんかが出て来たんだ?」
『うむ。これは致し方がない事なのであるが、そもそも我は数千年野ざらしにされていた。しかも、封印のくびきとなる事でな』
「それは知ってるよ。これでもエルネストさんからの知識を継承してるからな」
『うむ。一応の確認だ』
これについてソラが知っている事は<<偉大なる太陽>>も知っている。そもそも<<偉大なる太陽>>の継承を行ったのはエルネストで、これに意思が宿っている以上その意思ときちんと対話を重ねた上での事だった。
「おう」
『うむ……それで、その影響で今までずっと意思を発露させる機能が壊れたままだったのだ。その後、シャルロット様の神使の仲間達により修繕され、意思を発露させられる様にはなった』
「じゃあなんで今まで出なかったんだ?」
『小童が不甲斐ないからであろう』
「ぐっ……」
はっきりと断言された一言に、ソラが思わず言葉を詰まらせる。こうもはっきりと言われては返す言葉もなかった。勿論、ソラ自身自分がエルネストに比べれば足元にも及ばない存在と自覚している事も大きかった。が、これに<<偉大なる太陽>>は笑う。
『ははは。そう気落ちするな。そうは言っても小童はよくやっている。歴代の何人もが、お前の様に始めは小童であった』
「そう……なのか?」
『当たり前だ。お前が尊敬するエルネストもそうだった。あれは中々な悪ガキであったな』
「知ってるのか?」
『勿論だ。使い手足り得るかを見るのには、過去を見通すしかないからな』
どこか懐かしげに、<<偉大なる太陽>>は今までの何代もの使い手達を思い出す。誰も彼もが英雄と言って良い性質を持っていたが、同時に誰一人として忘れられるような存在ではなかった。そんな<<偉大なる太陽>>の言葉に対して、ソラが思わず頬を赤らめる。
「え……ってことは、俺もか?」
『……まぁ、その意味で言えば小童は例外だ。お前はエルネストから継承された。そして我もまた見通すだけの時間が無かった……何だ。何か知られたくないような過去でもあるのか?』
「い、いや、まぁ……無いけどさ」
あるけど。ソラは内心でそう呟いた。が、そんな彼の顔は真っ赤で、<<偉大なる太陽>>にもおそらくソラがやんちゃをしていたのだろうというのが察せられた。
まぁ、そう言っても実は意識は目覚めていた、と言っているということは、<<偉大なる太陽>>はソラの近辺で起きていた事は大抵知っていた。なので彼がやんちゃをしていた事も、由利がやんちゃをしていた事も全て知っていた。そして実際の所、見通さなくても今からでも見通せた。
『そうか。まぁ、それであるならよかろう』
「お、おぉ……で、結局の所どうなんだ? 俺は合格なのか?」
『ん? そうだなぁ……まぁ、まだ歴代の何人もの使い手には全く及ぶまい。だがしかし、彼らの誰一人として最初から英雄と崇められた者はいない。諦める事なく、鍛錬を積むのが良いだろう』
「そりゃ、忘れないさ。それ以外はどうだって話」
ソラとて今の自分ではカイトのお荷物にしかならないだろう事はわかっている。そうなりたくなければ努力するしかない事はわかっており、聞きたいのはそこではなかった。
『ふむ……それこそ比較出来ん。あくまでも歴代の者たちは歴代の者たち。お前とは違う。比べても意味もない事だ』
「そうか……なぁ、一個聞いておきたいんだけどさ」
『なんだ?』
「俺がこのままお前を使って良いのか?」
それはずっと、ソラが思っていた疑問だ。エルネストの足元にも及ばない自分がこんな神剣を扱って良いのか、と。そんな彼の問いかけに、<<偉大なる太陽>>は一瞬だけ目を瞬かせるような間が空いた。
『……くっ……何を今更。もし駄目なら、今までの間で使えない様にしてやってる。使わせてやっている時点で、そこに心配が無いと思っておけ』
「そか……なら、これからもよろしくな、相棒」
『……ああ、よろしく頼むぞ、我が担い手よ』
ソラの気負いない言葉に、<<偉大なる太陽>>が笑う様に頷いた。そうして、改めて相棒として歩みだした一人と一本は、結界の収縮を見守って回収される事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




