第2158話 幕間 ――神剣の力――
<<腐敗する竜>>の影響を調べる調査任務から戻り、リーシャの診察室で怪我の診察を受けていたカイト。そんな彼がアンブラに茶化されリーシャにお小言を言われながらも診察を受けていた一方、その頃。一日前に皇都に向かっていたソラは、初めて見る皇都の中央研究所の中を興味深げに観察して回っていた。
「はー……デカイデカイとは聞いてたけど……まさかここまでデカイのか……」
なにせ数キロ四方にも及ぶ超巨大な敷地を持っているのだ。地球でもここまで巨大な敷地を有する研究所なぞ滅多にお目にかかれないだろう。そんな中を、歩いているのだ。興味深いのも無理のない事だった。
「ま、興味深いのは仕方がないがのう。あまりウロチョロするでないぞ? 一応、ここは一般の研究員達もおるが……一部は軍が保有しておる空間じゃ。そこに入ると問答無用もあり得るからのう」
「気を付けてるよ。それに、だいたいどこらが軍のエリアか、ってわかるようにはなってる」
ティナの注意喚起に対して、ソラは笑う。流石に彼もランクA相当の冒険者だ。故に気配を読むだけでなく、大凡どこらへんに強大な力を持つ者が居るのか、というのはわかっており、それが多い一角が軍のエリアなのだろう、と察していたのである。というわけで、そんな彼が問いかける。
「で、何時からなんだ?」
「夜じゃな。具体的には8時。20時じゃな」
「まぁ……割と遅い時間……なのか?」
夜の実験だという事なので22時ぐらいなのかも、とソラは思っていたらしい。20時と言われ困惑していた様子だった。
「んな遅くまで研究者達も研究したくはないわ。やらんといかん場合があるから、やらっとるだけじゃ」
「そ、そなのか……?」
絶対にティナちゃんとかは好きでやってると思うんだけど。ソラはそう思いながらも、盛大にため息を吐くティナには言わないでおいた。と、そんな話をしながら歩く事しばらく。二人は外来者が使う研究室へと入る。そこではすでにオーアらがなにかの支度を行っていた。
「おーう、来たね」
「うむ。状況は?」
「ま、テンプレ出来てたから実験場の準備そのものはもう終わってるよ。今やってんのは鎧の改修だね」
ティナの問いかけを受けたオーアが、先程まで磨いていたソラの大鎧の一部をくるくると弄ぶ。これにソラがわずかに目を見開いた。実験を行う、となった際にティナに言われて一度オーアに返却していたのである。なので持ってきているとは知らなかったらしい。
「あ、俺の鎧」
「おう。今回の実験でこいつ使うからね。再調整してたのさ」
「はぁ……にしちゃ、なんか色々とくっついてません?」
ブロンザイトとの旅路に合わせて行われた大改修で、ソラの鎧には色々なカスタマイズがされている事はソラも聞いている。が、その全ては聞いておらず、彼も知らない機能は幾つかあった。
今回もそれに思われたらしい。というわけで、そんな彼の問いかけにオーアは彼の鎧の更に外側に貼り付けられたかの様に乗っけられている装甲を見た。
「ああ、これ?」
「うっす」
「追加の外装」
「そんなもんあるんっすか」
また聞いた事のない装備が出て来たよ。ソラは目を丸くしながら問いかける。
「まね。まぁ、これについちゃ開発はしてたけど、あんたにゃ無用の長物だったからね。ま、今回みたいな実験で使うかなー、って事で用意だけはしてたんだよ」
「無用の長物なんっすか? 防御力アップで良いんじゃ……」
確かに自分が何時も使っているより一回りほど大きく肥大化してしまっている様子であるが、追加された外装には緻密な刻印が刻まれている様子で、その分防御力はかなり高そうであった。そして勿論、防御力は数段パワーアップしていた。
「ま、防御力に関しちゃ今あんたが出せる倍かそれ以上は出せるよ……けど、ぶっちゃければ防御力に振り切っちまって、一応攻撃力にも高い……けど俊敏性完全に捨てちまってるからね。あんたの<<風の踊り子>>やらの補助とかの機能を全部防御に割り振っちまってるのさ」
「おぉう……」
そりゃ駄目だ。冒険者という職業でも最上位になって戦う魔物の攻撃は、基本は避けた方が良い攻撃が大半だ。それでもソラのような重装備の冒険者が居るのは、集団で戦うなら攻撃を受け止められる存在が居るだけで全体の生存率が変わってくるから、と言える。
が、その彼らとて避けられる際は避ける。そのためには速度がある程度は必要で、それを完全に殺してしまうこの追加装甲は確かに使えなかった。
「まー、それでも今回の実験だと使う事になったからね。そいつ取り付けてやってたのさ」
「……使う?」
「ああ」
「……なんで?」
きょとん、と言うよりどこか嫌な予感しかしない、という様子でソラがオーアへと問いかける。これに、彼女が何を言っているんだ、という顔で告げた。
「そりゃ……身を守る為だろ」
「何からっすか」
「あんた自身の攻撃から」
「……え、もしかしてそんなヤバい……んっすか?」
オーアの言葉に対して、ソラが盛大に頬を引き攣らせながら問いかける。これに彼女ははっきりと頷いた。
「そりゃね。逆に大丈夫と思ってたのか?」
「いや、まぁ……え、一応実験……っすよね?」
「ああ……あー、まぁ、しゃーないかー」
良く思えば、ソラはまだ神剣の実力を知らなかったっけ。オーアはソラが若干の困惑を見せる様子に、それを改めて認識する。
「神剣ってのはどれもこれも使う奴が使えば山を一つ軽く吹き飛ばすような奴だ。そいつを、今からあんたは使う事になる。それは良いね?」
「うっす。そのつもりで来たんで」
そもそも神剣の全力を知りたい、というのはソラ自身が思う所でもある。何よりそれを知っておかねば、今後彼が戦略を構築する上で失敗する要因になってしまう。彼自身賛同を示し、この実験には参加していた。
「だね……が、あんたが思う以上に神剣ってのは馬鹿げた力を持ってる。その全力だ……思う以上だった場合、余波であんたが吹っ飛ぶ、なんて事が起こり得るからね。こいつに追加の超小型魔導炉を横付けして、あんたが疲れ果てても障壁を強引に展開出来る様にしてるのさ」
「ま、わかりやすく言えば小型のシェルターの中にお主を突っ込んでおくと思っておけ。別に今回は逃げる意味もないからのう……魔力すっからかんプラスの全力の反動で逃げられんじゃろうし」
「なるほど……」
そこは考えていなかった。ソラは<<偉大なる太陽>>を使った場合、魔力の欠乏で動けなくなる事は考えていた。が、その余波により自身が消し飛ぶ可能性までは、考えられていなかったのである。というわけで、そんな彼にオーアが告げる。
「ま、こっちの調整は私らでやるから、あんたはもうしばらく好きにしときな」
「好きにって……なんか出来る事あるんっすか?」
「んー……ぶらっとしとくとか?」
「無いんっすね……」
オーアも言ってみて、何もすることがないと思うしかなかったらしい。そもそもここは巨大なだけで他と大差ない研究所だ。しかも皇都に近い事もあり、一応の休憩スペースや仮眠スペースはあっても娯楽関係の施設は一切無い。本当にやれる事が無いのであった。というわけで、ソラはなんとかやれる事や暇潰しが出来る事はないか、と探しながら、実験の開始まで待つ事になるのだった。
さて、ソラが皇都の中央研究所の研究室に到着しておよそ半日ほど。なんとか時間を潰して、ついに実験の時間となっていた。
「ふぅ……」
『ソラ。聞こえておるな?』
「おう……着込んでみてわかったけど、これ物凄い動き鈍くなるのな」
『オーアの奴がそう言ったじゃろ。何時もは行わせておる鎧による身体機能の増強も大幅に低下しておるからのう。逃げるにも避けるにも圧倒的に不向きじゃ』
その分、防御力は遥かに底上げされておるがのう。ティナはソラへとそう告げる。と言ってもここは戦場ではなく、俊敏性は求められていない。これで十分だった。
「わかってるよ……で、どうすりゃ良いんだ?」
『ぶっ放せ。それだけじゃ』
「それだけ、ねぇ……」
ソラは<<偉大なる太陽>>を見る。確かに今回の目的は<<偉大なる太陽>>の全力を知る、という所なのでそれで良いが、彼からしてみれば今まで一度もした事のない事だ。本当に出来るか、若干だが不安があった。が、ここまで来た以上、やるしかない。ならばやるだけだった。
「……ま、やってみるよ」
『うむ。覚悟が整えば言え。こちらで結界を展開してやる』
「おう」
ティナの言葉に、ソラは一つ頷いた。そうして、彼は一度だけ大実験場を見回してみる。
(単にだだっ広い空間……だな。大体……一キロって所か? 思ったよりは小さいけど……まぁ、こんだけありゃ十分……か? なにかあってもこっちも遠慮しちまうから好都合っちゃ好都合か)
皇都にある大実験場。皇国でも有数の巨大な実験場という事だったが、その実態は本当になにもない荒野と言えた。確かにこれなら大型魔導鎧だろうと魔導機だろうと実験は出来るし、戦略級・戦術級の魔術も思う存分実験が出来ただろう。
勿論、ソラの持つ<<偉大なる太陽>>の全力を試すにはうってつけの場だった。そんな事を考えた彼であったが、そんな彼がこの実験場の凄さを思い知るのはこれからだった。
「良し。覚悟出来た」
『よかろう……では、実験場起動』
『良し。実験場起動』
「へ?」
これで実験場が出来上がっているわけじゃないのか? ソラは困惑気味に周囲を見回す。そうして彼の見ている中で、周囲の状況が一変した。
「何だ!?」
『そう声を荒げる必要はあるまい。単に周囲の空間を歪め、およそ周囲五十キロほど何も無い空間を創り出しただけじゃ』
「ご、ごじゅっ……」
とんでもない広さだ。ソラは思わず言葉を失った。が、これにティナは告げる。
『別にこれが限界というわけでもないがのう。ま、単にこの程度は必要じゃろう、と言う広さを創っただけじゃ』
「そ、そー……」
この皇国広しと言えど両手の指で事足りると言われる実験場というのも納得だ。ソラは若干唖然となりながらも、ティナの言葉に笑う様に納得を示すしかできなかった。そんな彼であるが、一転気を取り直す。
「ま、まぁ……こんだけありゃ、思いっきりやっても大丈夫だよな」
『うむ。思う存分やれ』
「おう」
ティナの返答に、ソラはぐっと<<偉大なる太陽>>の柄を握りしめる。そうして数度呼吸を整えて気を引き締めて、改めて口を開いた。
「良し。やれる」
『うむ……結界の準備……問題無し。これなら問題なく防げるじゃろうて。一応言っておくと、余も外から補強しておる。お主の一撃だろうと問題なく防げると断言してやろう』
「ありがとう」
それを聞けて、最後の決意も固まった。ソラはティナへと感謝を口にすると、一つ気合を入れた。
「うしっ!」
『良し、やれ』
「おう!」
ティナの下したゴーサインに、ソラは力強く頷いた。そうして、彼は自らの相棒たる<<偉大なる太陽>>に力を注ぎ込む。
「……」
ランクA級の冒険者にも匹敵する莫大な魔力が、<<偉大なる太陽>>へと吸収されていく。今回の実験にあたり、ソラは<<偉大なる太陽>>を一度ティナらに預けていた。一度限りではあるが、かつての力を使える様にしてもらう為だ。そしてそれ故に、今の<<偉大なる太陽>>には何時も以上の魔力が注ぎ込めた。
(ぐっ……まだ吸い取るのかよっ!)
何時もなら全力に匹敵する量を注ぎ込み、それでなおまだまだ余裕を見せる<<偉大なる太陽>>にソラは盛大に顔を顰める。
今日の実験に備え、ソラはここしばらく魔力を可能な限り蓄積して来ていた。そんな魔力を、<<偉大なる太陽>>はスポンジの様に軽々彼の魔力を飲み込んでいった。
(っ……)
何時もの全力を遥かに超えた量を注ぎ込み、ソラは自身の意識になにかが語り掛けているのを理解する。
『お前ごときがこの俺を使いこなせると思うな』
「……<<偉大なる太陽>>ってか……? ここまではっきり聞こえたのは初めてだな……」
脳内に響く威厳たっぷりの声に、ソラが獰猛に牙を剥く。言葉に反して、声は試すような色があった。そしてそれに、ソラは雄叫びを上げた。
「おぉおおおおおお!」
やってみせろ、と言っているのだ。ならばソラはそれに主人として、担い手として応えるだけだ。そうして、彼は注げるだけの魔力を全て注ぎ込む。
「ふぅ……ふぅ……」
まるで地上に太陽が堕ちたかの様。そう思えるほどの黄金の輝きが、ソラの<<偉大なる太陽>>へと宿っていた。が、やはり神剣の全力だ。数十万から百万近くの魔力保有量であるソラの魔力のほぼ全てを持っていかれていた。
「……ふぅ」
一度だけ深呼吸をして、ソラは荒れる呼吸を整える。まるで手足は鉛のように重いのに、<<偉大なる太陽>>は羽の様に軽く感じられた。
「……」
深呼吸と共に、ソラは目を閉じて精神を落ち着ける。そうして彼は意識を集中しながら、大上段に<<偉大なる太陽>>を構える。
「頼むぜ、相棒」
『……』
ソラの呟きに、<<偉大なる太陽>>の中に宿る意思がわずかに笑う。そうしてソラはかっ、と目を見開いて口を開き、その名を告げる。
「……<<偉大なる太陽>>!」
口決と共に振り下ろされた<<偉大なる太陽>>から、まるで太陽のフレアの様に強大な熱量が迸る。そうして、遥か彼方にまで<<偉大なる太陽>>の輝きが伸びて、遥か彼方で太陽の様に弾け飛ぶのだった。
お読み頂きありがとうございました。




