第2157話 馬車での旅路 ――医務室にて――
<<腐敗する竜>>の影響の調査を行う調査隊から戻ったカイトと瞬。そんな彼らは調査の旅を終えて、ギルドホームへと帰還する。
そうして帰還した彼らであるが、その帰還には調査隊で合流したアンブラが一緒だった。そんな彼女は以前の『リーナイト』での一件で負った怪我の診断の為にリーシャに会いに行く事になったのであるが、そこにカイトも同行していた。とはいえ、流石にアンブラの診断の間カイトが同席するわけにもいかない為、彼は椿から現状を聞く事にしていた。
「椿。今の内に状況を聞いておいても良いか?」
「かしこまりました。現状ですが、ひとまずソラ様を除き皆様遠出はしておりません」
「ああ、皇都の大実験場の予約が取れたのか」
「との事です。それに合わせ、ユスティーナ様も皇都へ向かわれました」
これについては予約が取れる時に取ってもらうしかなかったが、それ故に彼以外の全員がマクスウェルに留まっていたのだろう。特に桜はカイトと瞬、ソラが出てしまえば唯一残るサブマスターだ。統治の面からも必須だった。
「何時頃だ?」
「昨日です。本日の夜、大実験場にて試験を行うと」
「あー……まぁ、あそこは割と使われるからなー……」
仕方がない事だろう。大実験場は魔導機や大型魔導鎧の試験にも使われるし、他にも大規模な魔術の試験にも使われる。そして皇国広しと言えど、あそこまでの規模の実験場があるのは両手の指で事足りるほどだ。なので使える機会はかなり限られており、空いているのは基本使われない夜になっても仕方がない事だったのだろう。
「ま、今日中に終わってくれるのなら終わってくれるで良いか」
「はぁ……」
とりあえずカイトがそれで良いのであれば、椿としてもそれで問題はなかった。
「とりあえず、報告については来次第オレに繋いでくれ。それで次の手札を考える」
「かしこまりました。他にはなにかございますか?」
「……ああ、そうだ。先輩の槍を見繕うのと、少し彼からの質問で中津国の大輝に会いに行く。向こうへの伝達と手配を頼む」
「酒呑童子・大輝様にですか?」
「ああ。鬼族の事で聞きたい」
怪訝な様子の椿に、カイトは今回の渡航理由を口にする。それに、彼女が腰を折った。
「かしこまりました」
「ああ……まぁ、今はその程度か。そうだ。ホタルの修理状況は?」
「ああ、彼女でしたら、現在も地下研究所のメンテナンスポッドにて修理中です」
「そうか……ティナの奴はなにか終了予定についてなにか口にしていたか?」
一応、ホタルはカイトの直接的な支援を行う者の一人だ。その安否は彼自身の行動にも影響してくる為、確認は必須だった。
「それでしたら、今週中には終わるとの事です。ついでに、となにかされていたご様子でしたが……」
「またか……またなのか……」
次は何をしでかしたのか。カイトは椿から上げられた報告に、ただただがっくりと肩を落とす。何をしていたかは定かではないが、少なくとも碌な事ではなさそうだった。
「はぁ……まぁ、良い。それについてはあいつが帰り次第、聞く事にする。忘れない様に備忘録に入れておいてくれ」
「おそらくアイギスがなにか存じ上げているかと思いますが」
「ん? それもそうか……繋げられるか?」
「かしこまりました」
カイトの要望を受けて、アイギスが通信機を起動させる。ホタルとは違いアイギスは『リーナイト』の一件でダメージは負っていない。なので今もマクダウェル公爵邸地下にある研究室でティナの研究開発に付き合っており、確かに彼女ならなにか知っている可能性はあった。というわけで、カイトの要請を受け椿が通信機を起動させてしばらく。カイトへと通信機が渡される。
『イエス、マスター。何か御用との事でしたが』
「ああ。ホタルの件だが」
『ああ、彼女ですかー。彼女の機体については今もまだ修理中ですねー。ぶっちゃけてしまえば、もう一週間ほどは終わらないと思いますねー』
「長引いたのか? 椿からは今週中には終わる、と聞いたんだが」
『イエス。皇都の大実験場に向かうので、修理は一旦停止に、と』
なるほど。確かに現状ホタルの完璧なメンテナンスが出来るのはティナ一人だ。その彼女無しにメンテナンスも何もあったものではないだろう。
「そうか……まぁ、それならそれで良いか」
『イエス。で、それだけですか?』
「そうだが……ん? いや、そうはそうなんだが、一つ聞きたい」
『イエス。なんでもどうぞー』
アイギスが何時もの調子でカイトへと先を促す。これに、カイトは先程の椿の言葉を口にする。
「ホタルの件でなにか別に動いてた、と聞いたんだが」
『あー……それですか。結論だけで言えばイエスですねー』
「やっぱりか……何やったんだ?」
どこか視線を逸らすようなアイギスの様子に、カイトはホタルにまた何か仕掛けを施したのか、と呆れ果てる。基本的に肉体そのものはゴーレムであるホタルは、ティナからすればある意味着せかえ人形も同然だ。故に実験的に色々と武器を押し付けたりしている様子だそうであった。と、そんな彼の問いかけに、アイギスははっきりと明言する。
『ノー。それについてはお答えしかねます』
「あ?」
『ノーですよ、ノー。野暮ですねー。女の子の秘密を探ろうなんて、野暮も良い所ですよ』
「いや、そんな話?」
なにかおかしくないか。楽しげに笑うアイギスに、カイトは思わずたたらを踏む。それに、アイギスは改めて楽しげに笑って頷いた。
『イエス。まぁ、これについてはさほど気にされる必要は無いと思いますよー。別に何かまたマザーが要らない物を開発したー、とかではないので……』
「そうか……まぁ、お前が言うのならそうなんだろうが……」
実際、アイギスは可憐な見た目に反して、カイトにさえ時として冷酷に告げる精神の持ち主だ。故に彼女が不要ではない、と言うのであればそれは必要となる日が来る物だと言って良いのだろう。彼もそれは理解していた為、今はこれ以上の追求はしない事にする。
『イエス。これについては必ず何時かホタルも必要になります……当人はすごい嫌そうな顔されてるんですけどねー』
「は?」
『ああ、こっちの話です……絶対必要になるから』
『……』
どうやらホタルの意識は人間で言えば目覚めている状態らしい。アイギスが彼女と話している様子があった。が、その顔が楽しげである所を見ると、ホタルは謂わばへそを曲げている状態、と言う所なのだろう。そんなアイギスに、カイトはわずかに苦笑しながら告げた。
「……まぁ、必要だとお前が言うなら無理には追求せんが……あまりいじめてやるなよ?」
『イエス……というか、いじめていませんよー。あ、ホタル! それ違う!』
「……はぁ」
姉妹仲良くて良い事だ。カイトは苦笑の色を深くする。とはいえ、楽しげであるのならそれはそれで良いのだろう。と、そんな彼であるが、ふと首を傾げた。
「ん? ホタル目覚めてたんだよな……なんで通信機に接続されてなかったんだろ」
「さぁ……」
基本的に研究所でオーバーホールを行っている際のホタルの意識は研究所の機能にリンクしており、通信機を介して外と話をする事も出来る。それをしなかったのは何故だろうか、と気になったのである。と、そんな事を気にしたカイトであったが、そこで診察室の中から声が聞こえて来た。
「ご主人様。次は貴方の番です」
「あっと……まぁ、色々あるか」
今語らない、というのならそれはそれで良いだろう。カイトはそう判断して、彼もまたリーシャの診察を受けるべく診察室へと入る事になる。そこではリーシャとアンブラが普通に居た。そもそもアンブラが出てきていないのだから、当然である。
「お前も結局そのままなのな」
「そだなー」
「上も着ようとしないんだな」
「そだなー。つっても一応下着は見えてないだろー」
「てか着けてないだけですよね!?」
アンブラの上半身に巻かれた包帯を見ながら、カイトは怒声を上げる。見様によってはそれこそ下着姿より遥かに露出が少なかった。
「そだなー。ぶっちゃけると、中は何も着けてないしなー」
「ですよね! そっちに置いてあるの明らかにブラですもんね!」
本当にこいつは。カイトは灯里ばりに大雑把なアンブラに、再度声を荒げる。とはいえ、これが彼女である。というわけで、そんな彼女が笑う。
「だなー」
「だなー、じゃねぇよ! ウチの教師に碌なのは居ないのか!?」
「そりゃ居ないだろー。なにせ総トップの時点で変人だかんなー」
「うっせぇよ!」
「あ、否定はしないのか」
アンブラはカイトの返答に思わず呆気にとられる。なお、実際魔導学園の変人教師率は他の貴族達が設立した学校よりずば抜けて高いそうである。無論、それと同等かそれ以上には才能の高い教師も多いらしかった。というわけで、そんな学園を設立した創設者は、疲れた様に椅子に腰掛ける。
「うるせぇよ……はぁ……一応聞いておくけど、リーシャ」
「はい」
「アンブラの状態は?」
ここで馬鹿騒ぎをしている時点で聞く意味もさほど無いんだろうが。カイトは一応の念の為として、彼女の状態を確認しておく事にする。彼女に死なれると寝覚めが悪いでは済まない。そしてトップがそうである様に、下の彼女らも無茶をする時は無茶をするのだ。気にかけておく必要があった。
「それでしたら、概ね問題ないかと。勿論、魔力の面や怪我が完治しているわけではないのでその点は無視して良いわけではありませんが」
「それはわかっている……まぁ、という事はとりあえずは問題無いと」
「はい。戦闘をしなければ、問題無いかと。日常生活であれば、一切問題はありません」
カイトの確認にリーシャははっきりと頷いた。そしてこれがわかっていた為、アンブラも今回の調査任務では殆ど戦闘に参加していない。その点、やはりリーシャが同僚という事もあってかアンブラも迷惑は掛けない様に気を付けていた様子だった。
「そうか。なら、良いか」
「はい……少なくとも、ご主人様よりは良い容態かと」
「うるせ……はぁ。とりあえずオレの診察も頼む。なるべく早めに完治はしたいからな」
カイトとて怪我を負ったままで良いとは毛ほども思っていない。そしてここに来ている以上、リーシャのお小言も覚悟済みだ。というわけで、その後しばらくの間、カイトは時にアンブラに茶化されリーシャにお小言を言われながら、彼女の診察を受ける事になるのだった。
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