第2155話 馬車の旅路 ――調査の終わり――
<<残骸の竜>>の討伐を終えて、湖近くの開けた場所にて一泊を取る事になったカイト達。そんな彼らは主の討伐とそれに伴う魔物達の活性化を退けた事で、逆にこの日の夜は至って平和な状態で一夜を明かす事に成功する。
というわけで、カイト達が<<残骸の竜>>の討伐を終えて一日。彼らは改めて調査の旅へと出立する事になっていた。が、そこで一同は飛空艇の艦隊が遠くからこちらに来るのを見る事になった。
「あれは……」
「軍の飛空艇艦隊ですね。あちらは巡視艇がある。それを考えれば、森の異変に勘付いていてもおかしくない。偶然昨日も近くに居て、戦闘に気付いたのでしょう」
「なるほど。確かにあり得るな」
おそらくそうだろう、と嘯いたカイトに、ゲンティフが一つ頷いた。
「ったく……それなら先に教えといてくれりゃ良い」
「色々とあるんでしょう」
「かねぇ……ヴァルト。出発はどうだ?」
「……はい。問題なく。昨日の討伐のおかげか土地もかなり浄化されてきていますし、大丈夫かと思います」
「そうか……良し。じゃあ、行くか」
「はい……はぁ!」
ゲンティフの指示に、ヴァルトが馬達に向けて指示を出す。そうして、一同は改めて次の宿場町へと向けて、移動を開始する事になるのだった。
さて、一同が森を抜けて更に半日。そもそも森を通る最中で事故が起きた想定で今回は動いていた為、次の目的地であるもう一つの宿場町跡地にはまだ日が高い内に到着していた。
というわけで、一通りの安全確保と野営の準備を手早く終わらせると、一同今回の旅の報告書を書いていた。が、カイトは特にやる事が無いので、適当に宿場町をぶらついていたのだが、そこで偶然土の回収を行っていたアンブラと出会う事になった。
「んー。やっぱ今回はあんま良い成果得られんかったかー」
「ん? なんだよ、急に」
「あー、ほら、森が完全に汚染されてただろー? その関係であそこらの土も結構やられててなー。ぶっちゃけるとあそこの調査結果から言うと、一、二ヶ月再開は遅らせた方が良いだろーなー」
これは当然の話ではあったし、これも想定には入れられていた事だ。そもそもそういった事を見極める為、今回の調査隊は組まれている。仕方がなくはあるので、それについてはカイトはそうか、と思うだけであった。
「ま、そりゃしょうがない。中心地の汚染はある程度の回復が確認出来ていたし、それを鑑みれば年単位で待つ必要も無いだろ」
「だなー……まぁ、どこかの誰かが汚染を回復するってんなら止めはせんけどなー」
「あはは」
どこかの誰かことカイトはアンブラの言葉に笑う。勿論、そんな事をするつもりはないし、そのために軍を手配したのだ。する必要もなかった。
「とりあえず、第二次調査隊に再調査は行わせるさ。今回はあくまでも第一次調査だ。次がある」
「そっちも行くのかー?」
「まさか。今回は偶然ウチにまで依頼が来てたから受けただけで、次は多分ウチには回ってこんよ。来ても、オレは行かないだろう」
今回はあくまでも特例として参加している。カイトは笑いながら、アンブラの問いかけに首を振った。そもそも彼がここに来ている目的は瞬に今回のような稀な依頼を経験させる為だ。敢えて言えば、監督役。何時も通り上層部が学び、それを下に教えていくやり方の一環だった。
「そうかー。まー、お前のやり方は知ってるからなー」
「お前の方はどうなんだ? また来るのか?」
「いやー、流石に次は私も参加せんなー。ぶっちゃけるとあんまやり過ぎると学園長に怒られっかんなー」
「……そういえばお前、授業の方は?」
よく考えれば、アンブラは一応大学の教授である。専門は地質学。勿論、大学で講義も行っている。カイトの疑問は尤もだっただろう。と、そんな彼の問いかけにアンブラは楽しげだった。
「おー。その質問、いつくっかなー、って思ってたぞー」
「お、おぉ……ってことは何かしてたのか?」
「一応、フィールドワーク中って事で仕事中だぞー」
「まぁ……そうか。お前の場合はそれで正しいのか」
「ついでに言うとユリィからのはんこも貰ってるぞー」
「あ?」
オレ何も聞いてないぞ。カイトは笑ってピラピラとユリィから認可されているフィールドワーク許可証――当然だが学外で研究を行う以上、各種の費用の申請は必要――に眉を顰める。
「あっははは……ユリィに言っとけー。何でもかんでもちゃっちゃかちゃっちゃかサインすんなーって」
「やってないよ!? アンブラの、って見たから押しただけだよ!?」
「おぉ? 居たのか」
カイトのフードからぴょこっと顔を出したユリィに、アンブラが目を丸くする。単に参加する意味もなかったので彼のフードに潜んで暖を取っていたらしかった。
「でも見てなかったのは事実、と」
「そ、それは……まぁ、そうだけど」
「あのな……」
「カ、カイトだって時々ティナとかからの申請見ないと通してるじゃん!」
呆れた様子を見せたカイトに対して、ユリィが声を荒げる。まぁ、それが若干恥ずかしげだったのは、彼女もちょっと気をつけよう、と思ったからだろう。
「見たって一緒だって判断してる奴だけだ!」
「一緒じゃん!」
「あー……本当に変わらない奴らだなー」
これでもどちらも種族として大人と見て良い年齢の者たちである。にも関わらず、カイトもユリィも三百年前から変わらない様子だった。そうして、そんな二人に笑いながら、アンブラは時にカイトを茶化し時に助手の尻を蹴っ飛ばしながら、この日一日を終える事になるのだった。
最後の宿場町で一夜を明かし、更に一日。一同はおよそ半日ほどの時間を掛けて、最終目的地となる宿場町へと到着していた。そうして到着し、瞬が息を吐いた。
「はぁ……これで三日の旅も終わりか」
「ああ……まぁ、後は第二次調査隊に預けるだけだ」
「そうか……ふぅ……意外と馬車に乗っているだけ、というのも疲れるものだな」
キャラバンの旅に同行したりする場合はもっと頻繁に魔物に襲われるんだがな。瞬はそう思いながら、若干屈伸して身体を伸ばす。そうして宿場町へと降り立った二人へと、ゲンティフが声を掛ける。
「二人共、お疲れさん。お前らには報告書提出の義務は無いが……まぁ、一応今回は<<残骸の竜>>討伐の事もあるだろうから、その兼で報告書を書いておく方が良いだろう」
「ええ。そうしておくつもりです」
「それで良いだろう……まぁ、これで依頼は完了っちゃ完了なんだが……ユニオンに帰還の報告はせにゃならんからな。少し待ってくれ。ヴァルトの奴が馬車を返しに行く」
カイトの返答にゲンティフが大通りから少し外れた所に見えるユニオン支部を指し示す。こういった宿場町で終わらせる事ができる依頼であった場合に備えて、ユニオン支部が宿場町にある事は少なくなかった。と、そうして少しそこで話していると、ヴァルトが馬車を返却して戻ってきた。
「皆さん、おまたせしました」
「おう……じゃあ、行くか。っと、ヴァルト。あんたは今回は依頼じゃないから、ここで別れても良いが……どうする?」
「ああ、いえ……実は父が待っているのもユニオン支部でして。この街だと下手に宿を待ち合わせの場所にするより、あちらの方が良いだろう、と」
ゲンティフの問いかけに、ヴァルトは笑う。というわけで、一同は連れ立って終了報告をユニオンへしに行く事にする。と言っても、実際に受付で報告するのはゲンティフ一人だ。
なので一同は受付から少し離れた場所で、彼の報告を待つことにする。と、その間にヴァルトは一同と別れ、父と合流する事にした。そんな彼であったが、どうやらすぐに父親は見付かったらしい。
「父上」
「ああ、ヴァルト。久しぶりですね」
「ええ。父上こそお元気そうで」
「ええ」
ヴァルトの父であったが、彼と同じエルフで見た目も良く似ていた。種族の特性もあって並べば親子ではなく兄弟と見紛うばかりであった。と、そんな彼はヴァルトがカイトと一緒に居た事を見ていたらしい。
「彼らと一緒に居た様子ですが……仲間ですか?」
「いえ……今回、ここに来るのに彼らの御者をしていまして」
「ああ、そういう……どんな依頼の方々だったのですか?」
「はい……」
父の問いかけに、ヴァルトはしばらくの間カイト達との旅路を語る。と、そんな彼であったが、そこでふと、カイトとユリィに気が付いた。
「ん?」
「……」
小さく、カイトはヴァルトの父へと会釈する。実のところ、カイトはあの歌でヴァルトの父の事を思い出したらしい。そうしてカイトの微笑みで、ヴァルトの父もカイトの事を理解したようだ。そうして、彼もまたカイトへと会釈する。
「……」
「お知り合い……だったのですか?」
「ええ」
驚いた様子のヴァルトの問いかけに、彼の父は多くを語らず小さく会釈をするに留めた。そもそも彼はかつて勇者カイトであった頃のカイトとユリィに会っている。
である以上、カイトが勇者カイトである事もわかっている。なので多くを語るべきではない、と察していたのである。というわけで、ヴァルトの父はこの出会いを旅の醍醐味として、今はそれで留めておく事にする。
「まぁ、旅を長くしているとこういう面白い出会いもあるでしょう」
「はぁ……いえ、そうですね。長く旅をしていると、こういうふとした妙な出会いがある。それが、面白いのですね」
「そういう事です……ふふ。せっかくだ。一杯飲みながら、ここしばらくのお互いの旅の事でも話し合いましょう」
「はい」
こういう旅の出会いを楽しみたくて、旅をしているのだ。ヴァルトも父とカイトがどこかで知り合っていたという偶然を面白く思う事にしたようだ。そしてそれこそが、彼が最も求めていたものでもあった。そうして去っていく親子を見送った頃合いで、ゲンティフが戻ってきた。
「よぉ……ん? ヴァルトの奴は……」
「父親が見付かったらしく、一足先に」
「そうか……ま、あいつがこっちに来たのは親父さんと合流する為か。当然か……良し。まぁ、せっかくだ。俺達も一杯飲んで帰るか!」
カイトの返答に、ゲンティフはそれならそれで仕方がない、と受け入れる事にしたようだ。そうして、そんな彼の鶴の一声により、この日は依頼終了の打ち上げを行い翌日には各々戻るべき場所に戻っていく事になるのだった。
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