第2153話 馬車での旅路 ――残骸の竜――
<<腐敗する竜>>という魔物の討伐後に何かしらの条件が整う事により現れるという<<残骸の竜>>。その魔物が住み着いていたマクダウェル領のとある森の湖にて、カイトと瞬はフロドからの情報提供を受けて戦闘を開始する事になっていた。
そうして隠れていた木の陰から飛び出した二人であるが、やはり距離が遠い上に<<残骸の竜>>の放つ毒素が気化した事により生まれた有毒ガスにも近いモヤの影響で、二人の姿に<<残骸の竜>>は気が付かなかったらしい。再び湖へと沈み込んでいた。
「……気付かれなかった……のか?」
「みたいだな……まぁ、あまり見通しも良くないし、先手を打つべく圧は消していたが……」
まさかそのまま湖の中へと戻っていくとは。カイトは何もせずに姿を見せるだけ見せて消えた<<残骸の竜>>に、若干の苦笑を浮かべる。とはいえ、これでこちらから先手を打つというプランAは消えた。なのでプランBへ移行するしかなかった。
「しゃーない。ソレイユ。仕込み矢を一本貰えるか? おびき出すしかない」
『何が良いー? 色々と一杯持ってきてるよー』
「とりあえず、音波の奴一本。こっちで増幅はやる」
『はーい』
とすっ。カイトの要請を受けた直後。彼の真横に矢が突き刺さる。カイトの要請を受けたソレイユが、馬車の上から指定された矢を射たのである。そうして放たれた矢を受け取って、カイトは弓を構える。見られてないのなら、無制限に武器を行使出来た。
「ふぅ……先輩。おそらく撃つと同時に、戦闘開始になる。合図はそちらに預ける」
「わかった……頼む」
数度深呼吸をして精神を整え、瞬はカイトへとゴーサインを出す。それを受けて、カイトはソレイユから貰った矢を放った。
「はっ」
天高く飛翔した矢が、大きく弧を描く様に落下していく。そうしてそこに、ユリィが魔法陣を展開する。
『三段ぐらい増幅掛けたから、粘度が高くてもこれで行けるよ』
「よし……」
ぽすっ、と言うような軽い感じで湖に落着した矢が、そのまま湖底目指して進んでいく。そして、数秒。轟音が轟き、小さな水柱が上がりさざなみが起きる。
「っ!」
衝撃とさざなみをわずかに見ながら、瞬は一瞬先の戦闘に備えて身構える。そうして、先程と同じく水が大きく隆起して、<<残骸の竜>>が姿を現した。そこに、無数の白銀の矢が飛来する。
『にぃ!』
「サンクス!」
白銀の矢が自分達を追い抜いていくのを見送り、カイトはそれに数瞬遅れる形で地面を蹴って湖へと乗り出す。そして湖に『着弾』した白銀の矢が創り出す氷の足場を見て、瞬がなるほど、と笑う。
「そういうことか!」
これなら近接戦闘も十分に可能だろう。瞬は風を纏い漂う毒気を吹き飛ばしながら、凍った湖面へと躍り出る。足場としてはしっかりとしており、多少の衝撃なら耐えられる様子だった。
というわけで、一歩遅れて湖へと乗り出した瞬を尻目に、カイトはすでに戦闘を開始していた。が、やはり先手を取ったのは、<<残骸の竜>>側だった。
「っと! やっぱ先手は取らせちゃくれないか!」
流石にあれだけド派手な『目覚まし』を打ち込んだのだ。必然として<<残骸の竜>>は戦闘態勢で水面へと顔を出しており、カイトと瞬の姿を認めるや即座に迎撃に移っていた。
というわけで、そんな彼らへと<<残骸の竜>>は口腔に深い紫色の光を見せていた。それを見て、一瞬先の光条を察知した瞬が口を開いた。
「カイト! 頼む!」
「あいよ!」
一歩先を行くのはカイトだ。必然、<<残骸の竜>>の攻撃は彼狙いで放たれる事になる。そうして放たれたどこか煙に似た濃紫色の<<竜の息吹>>に対して、カイトは姿を騎士の物へと変えて盾を構える。
「はっ!」
放たれる濃紫色の<<竜の息吹>>に対して、カイトは盾を媒体として巨大な半球状の盾を生み出す。そうして、濃紫色の煙とカイトの半球状の盾が衝突する。
「っと……やっぱ毒か。ユリィ」
『はいさ。日向』
『んー』
わかっていたさ。カイトの要請を受けて、木々の裏に隠れていたユリィと日向が風を生み出して、毒ガスが湖の外へと流れ出ない様に気流を制御する。
これがわかっていればこそ、この三人を連れてきたのである。伊勢はユリィと日向へと別の魔物が来た場合に備えた直接的な守り役だった。日向が羽ばたいて風を起こし、ユリィがその風を操る関係で守りが手薄になってしまうからだ。そうして湖の周辺で小型の竜巻が巻き起こるのを横目に、瞬が湖面を蹴って飛び上がる。
「っ……だが!」
毒の煙を突破する瞬間、わずかに瞬が鬼族の力を展開する。流石に相手は同格と目されるランクAだ。その毒は下手をするとランクSの冒険者にさえ通用してしまえる。迂闊に突っ込むわけにはいかないが、かといって何か出来る手札があるわけでもない。今の瞬にはこれしかなかった。
「おぉおおお!」
毒の煙を突き抜けて、額の右側に鬼の角を生やした瞬が雄叫びを上げ身体を弓の様に仰け反らせる。そうして、彼は問答無用に槍を投げ放った。
「はぁ!」
放たれた槍はまるで雷撃の様に音の壁を突き破って、<<竜の息吹>>を放つ<<残骸の竜>>の頭を打ち砕く。しかもその余波で首から丁度肩あたりの所までが砕け散り、凍った湖面に骨やら残骸の名に相応しい皮の残骸のような物を撒き散らし、ゆっくりと倒れ伏した。
「……ふぅ……ごほっ! し、しまった……」
一瞬の気の緩み。瞬はその瞬間に若干だが流れ込んだ毒ガスに慌てて自身の周辺の気流を制御する魔術の手綱をしっかりと握る。と、そんな彼へとカイトが声を上げた。
「先輩! まだ終わっていないぞ!」
「!?」
確実に今の一撃は直撃だった。瞬はカイトの指摘にそう思いながら、感じた殺気に思わず飛び跳ねる。そうして、彼が飛び退いた直後。彼の居た場所をまるで舐める様に、濃紫色の煙に似た波が埋め尽くした。
「何!?」
確かに、頭から首は完全に打ち砕いたはずだ。瞬は一瞬目を離した瞬間に完全に再生していた様子の<<残骸の竜>>の頭部を見て、空中で思わず目を見開く。
そんな彼であるが、やはり咄嗟の回避だった。飛び退く先は殆ど決めていないに等しく、着地地点にもまた濃紫色の煙が漂っていた。
「ごほっ! ぐっ!」
『あっぶなー。ダイジョブ?』
「す、すまん……ふぅ……」
「油断したな」
「ああ」
ユリィの転移術により強引にカイトの作った安全地帯の中へと逃げ込まされた瞬は、若干警戒を露わにするカイトの苦言に苦い顔で頷いた。
幸い毒はそもそも致死的な物ではなかった事と気流制御である程度は防げていた事ですぐに復帰出来たようだ。と、そんな彼であるが、一つ深呼吸をした後に周囲を確認して自分達の置かれた現状を理解。驚きを浮かべた。
「ふぅ……これは……」
「あっははは。ランクAの選定基準は若干甘かったみたいだな。暫定ランクSでも良かったかもしれん……ま、妥当壁の上でランクAか」
「毒が……残っている……のか」
楽しげに笑うカイトに対して、瞬は笑ってもいられなかった。カイトの創り出した安全地帯の周囲には紫色の煙がかなり長い間残っており、明らかに毒である事が見て取れた。
「さて……どうするかね。湖面で戦う、という所までは良かったんだが……」
「ここから先は何か作戦は無いのか?」
「ねぇな……そもそも、ほぼほぼ情報の無い相手だ。作戦なんて立てられるか、って話だ」
どうやら本当に無いらしい。若干素のカイトに戻っている様子に、瞬はそう理解する。と、そんなカイトであるが、脳内では高速で戦略が組み上げられていた。
(これ以上先輩に鬼の力を使わせるわけにもいかない。かといって、流石は壁を超えている魔物。<<腐敗する竜>>譲りの再生能力は侮れるものじゃない。攻撃力が欲しい……攻撃力こそ確かに<<腐敗する竜>>より遥かに弱いし、毒性についてもかなり低い。妥当は確かにランクAだが……面倒だな。オレがアサルトに出れば先輩が危険だし、逆だと火力が不足する。さて、どうするか)
次の一手として考えられるのは、<<雷炎武>>を最大で展開した瞬による大火力攻撃での一撃必殺というところか。だが、そうするにしても攻撃を叩き込める土壌が無い。そう考えるカイトの所に、シルフィが声を飛ばす。
『カイトー。提案提案。僕から提案が一つあります』
「んー?」
『祝福、使えば? どーせ誰も見てないし。僕関わったら森もだんまりでしょ』
「採用」
にたり。カイトはシルフィの提案を即座に採用する。そうして、カイトが<<残骸の竜>>を見ながら瞬へと告げる。
「先輩。加護三つで戦え」
「……は? 三つ?」
「風の加護が無けりゃやってられん。火力が足りんからな」
「た、確かにそれはそうだが……」
カイトの言っている事は確かだ。実際、瞬としても先の一撃はまだ手を抜いていた。毒を抜ける為に鬼族の力を使うべく出力は抑制していて、<<雷炎武>>もあくまで二式に抑えていた。
一応参式や禁であればなんとかなりそうかも、とは思ったが、それをするには毒を中和している鬼族の力を抑制するしかなかった。そんな彼は、カイトへと困惑気味に問いかける。
「俺に風の加護は無いぞ?」
「それはこっちから与えてやる」
「そんな事が出来るのか!?」
「伊達に伝説の勇者やってねぇよ」
大精霊しか授けられない筈の加護を一時的とはいえ臨時で与えられるとは。そんな驚きに包まれる瞬に対して、カイトは獰猛に笑いながら言外に出来ると告げる。そうして、瞬の中に風の力が宿った。
「これは……」
「擬似的な風の加護だ。一時的なものかつ本物より性能は落ちるが、毒を吹き飛ばす程度ならそれで十分だ。と言っても、<<竜の息吹>>は避けろよ。あれは毒ガスの性質もあるが、<<竜の息吹>>だ。直撃すると耐えきれん」
「わかった……時々、思う。お前は本当に勇者なんだな」
こんな常識も何もあったものではない裏技を持ち出され、瞬はわずかに呆れる様に笑う。とはいえ、そのおかげで彼はソラと同じく風を纏う事が出来る様になり、この毒ガスの中を突っ切る事が可能になる。と、そうして次の一手を決めた彼らに対して、<<残骸の竜>>が全身を震わせる。
「「っ」」
何かが来る。それを察した二人は即座にその場から左右に別れる様に飛び跳ねる。と、二人が飛び跳ねた直後に、<<竜の息吹>>の全身から無数の棘が放たれる。
「くっ!」
空中で骨に似た棘に撃たれ、瞬は若干姿勢を崩して毒の煙の中へと落着する。が、そんな彼を風の加護が守り、毒の煙を一切通さない。
「……これなら、行けるか。が、三重となると、速攻を仕掛けるしかないか」
鬼族の力を使わなくても、これなら本気で戦える。瞬は今まで展開していた鬼族の力を切って、逆に抑制していた加護の力を完全解放する。そうして紫電と火炎を纏う彼は、落着した自身を狙う骨の棘に向けて槍の先から火炎を放ち、その全てを焼き尽くす。
「はぁ!」
放たれる火炎と骨の棘の雨が激突し、僅かな拮抗を生み出す。が、そうして動けない瞬に向けて、<<竜の息吹>>は口腔に濃紫色の光を宿した。
「っ」
「あ、よいしょっと!」
拮抗状態故に動けない瞬であったが、その一方でカイトは毒の煙に紛れて<<残骸の竜>>へと肉薄していたらしい。鉤爪に似た突起がある鉄甲を<<残骸の竜>>の胴体へと突き立てる。そうして、彼はまるでちゃぶ台返しの様に<<残骸の竜>>を放り投げた。
「ふぅ……はぁ! <<神龍拳>>!」
アッパーカットの様に跳び上がったカイトの拳から、蒼い半透明の龍が迸る。それは濃紫色の煙を切り裂いて、<<残骸の竜>>の巨体を更に大きく打ち上げる。そうして湖面へと着地したカイトが、声を上げる。
「先輩!」
「ああ!」
この距離。完全に自分の距離だ。瞬はカイトの意図する所を理解して、凍った湖面をしっかりと踏みしめて慣れ親しんだ槍投げの姿勢を取る。
「おぉおおおおおおお!」
交戦の最初の一撃より遥かに巨大な雷と炎が、瞬の槍に宿る。そうして、雷と炎の宿った槍は周囲の毒の煙を消し飛ばしながら<<残骸の竜>>へと直撃し、その巨体を跡形もなく消滅させるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




