第2152話 馬車での旅路 ――毒の湖――
調査隊の一員として、<<腐敗する竜>>と呼ばれる魔物の討伐の予後を調べる事になったカイトと瞬。そんな二人はその道中で川の水の汚染が思う以上に進んでいない事を知ると、その原因究明の一環として川上にあるとある森の中の湖へと調査に赴いていた。
そうして、警戒しながら馬車から移動した二人は、木々の上から先行して湖の確認をしてくれていたユリィ、日向、伊勢の三人からの連絡を受けつつ、湖へと近付いていた。
「ふぅ……流石に、もう次は無理そうか」
『どうする? 一気に出るか?』
「そうしたい、所だが……」
可能なら、敵影を確認してから戦闘に臨みたい。カイトは瞬の問いかけに一瞬だけどうするかを思案する。そうして、彼が結論を下した。
「次のあの二つの大きめの木の裏に移動したら、一旦そこで待機。敵影が確認出来るかやってみよう」
『何か考えがあるのか?』
「やろうとして、出来ないわけじゃない。なんとかおびき出す」
どうやらカイトはこのまま突き進む事をよしとしなかったようだ。というわけで、カイトは瞬と一度頷きを交わすと自身の指定した木の裏へと<<縮地>>で移動。そこで木にへばり付く様にして、身を隠した。
「よし……ユリィ。お前ら、今どこだ?」
『上ー。丁度カイトの真上』
「ん?」
ユリィからの念話を聞いて、カイトは一度上を見上げる。すると、枝の上から彼女の小さな腕が見えた。そして良く見てみれば、他にも日向と伊勢のしっぽも見て取れた。
「そうか……ま、それなら大丈夫か」
今自分が居るのは大木の影だ。ならばあの三人があそこに居ても問題は無いだろう。というわけで、カイトは一度呼吸を整え、少し遠くの巨木の影に隠れる瞬と頷きを交わす。
そうして、彼は地球で手に入れた軍用の特殊な双眼鏡を取り出す。それは光の屈折を利用して物陰に隠れながらも先が見通せる物で、しかもデジタル処理も施してくれるものだった。
「さて……」
『何か見えるか?』
「今の所……何も見えないな……」
これはやはり水中に潜っている可能性が高そうか。カイトは湖の全体を見通しながら、そう判断する。そうして、彼は転移術を使い瞬へと双眼鏡を受け渡す。
『っと……こういう使い方も出来るのか』
「便利だろ? 難しいけどな」
『あはは……』
カイトの言葉に笑いながら、瞬は双眼鏡を使って湖を偵察する。そうして彼がしばらく湖を見回した頃に、わずかに湖の中心付近から気泡が吹き出す。
『……カイト。湖中央付近』
「む……っと」
カイトは自身の創り出した穴から返ってきた双眼鏡を再度使い、湖を確認する。すると、瞬の指摘通り少し自然に吹き出したにしては大きめの泡が湖中心付近から吹き出している事を確認する。
『……おそらく、だと思うが……どうだ?』
「……おそらく、な。もう少し待とう」
『わかった』
兎にも角にも敵影も確認せず突っ込むのは可能ならやめておきたい。せっかく兆候が見て取れた以上、このまま待つ事にしたようだ。
そんな話から更に待つこと十数分。吹き出していた気泡が大きくなり、水面が大きく盛り上がった。そうして現れたのは、細長い首を持つ水竜だった。が、その異様さに、カイトは若干の訝しみを見せる。
「あれは……なんだ?」
『どういう事だ?』
「少し待ってくれ……なんだ、ありゃ……?」
自身の困惑気味な声を聞いての瞬の問いかけに、カイトは再度不思議そうな顔で首を傾げる。そんな彼はユリィへと念話を繋ぐ。
「ユリィ。悪いんだが、ここしばらくであんな奴は居たか?」
『こっちからだとモヤで見通し悪いんだけど……何が見えてるの?』
「視界をリンクしろ」
『りょーかい』
カイトの指示を受けて、ユリィがカイトの視界と自身の視界をリンクさせる。そうして、二人が見た物を共有した。
「なんというか……あんな<<腐敗する竜>>の水棲版みたいなのなんて見た事がないぞ。何かわからないか?」
『あー……んー……どーだったかなー……』
やはりさすがのカイトも三百年のブランクがある。なのでこの三百年で新種として報告され非常に出現が稀とされている魔物は知らない事も少なくなく、今回もその一体ではないか、と思われたのである。そしてそこまで極稀にしか出ない魔物だと、ユリィも即座には思い出せなかった。
「あの骨で出来た体躯かと見紛うほどに痩せた体躯。爛れた皮みたいなのを身に纏う様な特徴的な容姿……<<腐敗する竜>>の特徴に近い。が、奴は水棲じゃない。更に言えば腕のあたりも若干幅広く、水棲に適した体躯だ。全貌がはっきりとせんのではっきりとした所はわからんが……」
『んー……だーめ。私もわかんない。切り札、使う?』
「そうしよう」
どうやらしばらく考えた挙げ句、ユリィもこの魔物が何かはわからなかったらしい。最後の切り札とやらを使う事を決定する。というわけで、そんな二人が念話を繋いだのは、ソレイユであった。
『はーい。こちら本陣のソレイユでーす』
「おーう。ちょっと視界繋げとくれー。お前の助言が聞きたい」
『はーい……というわけで、にぃと視界リンクー』
カイトの要請を受けたソレイユが彼の視界とリンクし、彼の見ているものを垣間見る。なお、この視界のリンクは彼女や兄のフロドが視界を超長距離狙撃を成功させる時に良く使う物なので、こちらの方が遥かに慣れている様子だった。そうして、慣れた様子で視界をリンクさせたソレイユがカイトの見ている物を見る。
『……あれ? にぃ、<<腐敗する竜>>倒したんじゃなかった?』
「倒したよ。オレとユリィが一緒にな」
『だよねー……何あれ』
どうやらソレイユも見た事がなかったらしい。困惑気味に首を傾げる。というわけで、彼女は更に切り札を使用する事にする。
『にぃー。にぃにぃに繋いで良いー?』
「繋がってくれるなら」
『大丈夫だと思うよー。ナースさん口説いてなければ、だけど……』
カイトの許可を受けたソレイユが、兄妹の血縁を頼りにフロドへと接続する。そうしてしばらくの念話の後、彼女を介してカイトの所へとフロドが念話を繋がった。
『話聞いたよー……まーた珍しいの来たね。<<残骸の竜>>。暫定名称だけどね』
「暫定か……良く知ってたな」
『あー……前にお姉が一回戦ってる。その頃は新種だったから、僕も支援に駆り出されたんだ。覚えてるよ。現状でも超激レア。情報提供で報酬が支払われるほどの』
やはり知っていたか。カイトはフロドの言葉に僅かな安堵を浮かべる。以前言われていたが、意外とフロドは仕事が出来る男である。というわけで、意外な事によほど出現例が報告されていない、新種でない限り、彼に魔物の事は聞けば分かる事が多かった。そんな彼の言葉に、カイトが驚きを露わにする。
「そこまでか。となると……まだ数例しか報告されていないのか」
『うん。最後が……十数年前じゃなかったかな。その時も、<<腐敗する竜>>が出た後に出現が報告されてた筈だよ。最初がお姉で百二十年ぐらい前だったかな?』
カイトの言葉、に遠くマクスウェルのベッドの上でフロドははっきりと頷いた。そうして続いた彼の情報に、カイトはわずかに考え込む。
「そもそも<<腐敗する竜>>がレアといえばレアだが……関連性がありそうか」
『だと、僕は思っているよ。ただはっきりとした所は件数が少なすぎて、はっきりとは言えないだけで。しかも倒すと必ず出る、というわけじゃないから、絶対視するわけにもいかない。まだ情報が少な過ぎるよ』
「ふむ……」
となると、今後はそこを加味して討伐していくべきか。兎にも角にも情報が少ないのなら、それを加味して戦うべきだろう。と、そこを考えていた彼であったが、そこでふと瞬が口を開いた。
『少し、良いだろうか』
『ん、良いよ』
『ということは、ランクもまだ定まっていないんですか?』
『そうだね。ぶっちゃけてしまうと、報告されている件数の少ない魔物は暫定的にランクは決められるけど、そのランクはその戦闘に参加した冒険者の平均値から算出されるんだ。これ、聞いた事ある?』
『いえ……』
フロドの確認に、瞬は少し恥ずかしげに首を振る。まぁ、三百年前ならいざしらず、情報網も割と確保された今のエネフィアだ。未知の魔物はさほど出ず、年に数件が良い所だ。新種の魔物のランクの基準を瞬も知らなかったらしい。
『そ……まぁ、知ってる方が少数派だからしょうがないよね。まぁ、そういうわけだから、はっきりとは定まってない……けどまぁ、そっちの方が直に感じられる圧があるはずだから、相対してランクは見えると思うよー。実際、どうなのさ?』
「オレか? まぁ……見た限り、ランクSには到達していない。ランクA……でも上位という所か」
『だったかなー。僕もはっきりとした所は覚えてないや。実際、お姉がメインで戦ったし』
どうやら答えとしてはアイナディスが直接的に戦った為、フロドもはっきりとした所は覚えていなかったらしい。まぁ、十数年も昔の事だというのだ。流石に忘れていても不思議はなかった。と、そんな彼がカイトへと問いかける。
『どうする? こっちから支援しても良いけど……久しぶりに運動もしたいし』
「夜の運動の方で手一杯なんじゃないのか?」
『それがさー。流石に今手出しちゃうとダメダメだからさー。向こうから来る分にはウェルカムだけど。それはお仕事大変な人を慰めるだけだからさー』
「お前な……ま、流石にそっちのが今は戦場か。戦場でおちゃらけた奴から順に死んでいくのは、どこの戦場でも一緒か」
『そういうこと。腹上死は男の夢だけど、戦死はしたくないよ』
あははは。カイトの冗談にフロドもまた冗談を返す。そうして一頻り冗談を交わしあった後、カイトは改めて気を引き締める。
「いや、良い。この程度の相手なら、現有の戦力でどうにでも出来る。ま、腕が鈍るってんなら帰ってからちょっと弓矢で遊べ」
『りょーかい。ま、ソレイユ居るから大丈夫でしょ』
「そーいうこったな」
じゃ、やるか。カイトは適当に情報を仕入れた事もあり、一度気を取り直して戦いに赴く事を決めたようだ。
「さて……先輩。やるが、覚悟は?」
『覚悟なら最初から定まっているが……情報も殆ど無い現状で、大丈夫なのか?』
「情報? 情報ならある」
『何?』
今の会話でどんな情報が手に入れられたのだろうか。瞬は驚いた様子でカイトへと問いかける。これに、カイトは笑って告げた。
「少なくとも、近接戦闘でもぶっ倒せる。そしてアイナは契約者としての力は使っていない。無論、本気でも戦っていない。とどのつまり、ランクA相当で間違いないってわけだ。勿論、数例出ていて平均的なランクがAと想定されている事から、それも傍証と言って良いだろう」
『……今の会話でそれがわかったのか』
単なる雑談を繰り広げていただけに思えたが、意外と思った以上に情報が手に入っていた。特にランクAの魔物相当とわかった事は大きい。とどのつまり、現状ならよほど下手を打たない限りは負けないからだ。
「そうだ……冒険者の雑談ってのは意外と単なる雑談じゃないんだぜ?」
『……そうか』
結局雑談である事は認めるのか。瞬は笑うカイトにそう思う。とはいえ、それなら瞬としても安心出来た。少なくともランクAの魔物なら、何度も戦った。ランクBであった頃にもウルカで矛を交えた。なら、十分に生還出来る可能性はあったし、勝ち目もあった。それ故に、彼は告げる。
『よし。大丈夫だ』
「よし……ソレイユ。タイミングは預ける。最適なタイミングで頼む」
『りょーかいでーす』
カイトの要請に、ソレイユがいつもの調子で応える。そうして、カイトと瞬は木陰から飛び出して、敵を真正面に捉えるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




