第2151話 馬車での旅路 ――湖へ――
<<腐敗する竜>>という魔物に汚染された地域の調査をしつつ、馬車の運行ルートの調査を行う事になったカイト達。そんな彼らは調査隊の一員として、馬車の運行ルートをなぞる様に移動していた。
そんな調査の中。調査隊は水が思った以上に浄化されていない事を掴むと、そのまま原因究明を行う為に川の上流にある森へとたどり着いていた。そうして森の中をしばらく進み続けた所で、輪番制で見張りを行っていたカイトは、見張りを御者をしていたヴァルトに任せて馬車の中でミーティングを行っていた。
「というわけで、ここらへんで一旦馬車を止めて先行して湖を見ておきたい。カイト。その先行部隊をお前に任せたいが、大丈夫か?」
「ええ……そうですね。もし敵と遭遇しても、この距離なら問題はない。毒が揮発性だったとしても、この距離なら問題無いでしょう」
地図を見ながら問いかけたヴァルトの提案に、カイトは一つ頷いて問題無いだろうと口にする。ゲンティフが指し示した場所は、この森の中央付近にあるという巨大な湖の手前に数百メートルほどの所にある木々の切れ目だ。
元々湖畔が何かしらの事情で宿泊出来なかった場合の代案の一つとして用意されていた所で、当初の想定では見晴らしが悪い事もあって使うつもりはない所だった。が、今回は湖畔の方が危険度が高い可能性が高く、この空き地に一旦馬車を停泊させ、湖の状況を確認する事になったのであった。
「だな……それで、カイト。聞いておきたいんだが、誰が必要だ?」
「それを言うのであれば、ソレイユ以外でしょう」
「あっははは。だな……すまん。言い方を変えよう。瞬は必要か?」
「ええ……まず、今回の一件が<<腐敗する竜>>に端を発するものであることを鑑みれば、ランクA級までは敵として出現する可能性を鑑みた方が良い。しかも毒に汚染されている事を鑑みれば、湖には入れない。中距離攻撃が可能な者は一人は必要だ」
ゲンティフの問いかけに対して、カイトは一つはっきりと明言する。何故彼がソレイユは不要と断じたかというと、彼女は超長距離の狙撃手だからだ。馬車のあるこの場から、戦闘が可能だ。連れて行く意味がないのである。
「か……他には?」
「特には……それより、こちらで万が一戦闘に触発されて敵が出た場合に備えておいて頂いた方が良いかと」
「二人で良いのか?」
「二人じゃありませんよ。こいつらも居るので……」
「ぶい」
カイトの言葉に、ユリィが笑う。一応今回は単なるマスコット役としての同行としているが、近くで見ている者さえいなければ、彼女も純粋な戦力としてカウントする事が可能だ。勿論、日向に伊勢も居る。これだけでも十分ではあった。そうして、カイトは続ける。
「それに、ソレイユも支援は入れてくれる手はずになっています」
「すでに打ち合わせ済みでーす」
続けたカイトの言葉に、ソレイユが軽い様子で手を挙げる。こういう場合、カイトが何がして欲しいかというのを彼女は理解していた。というわけで、十分に討伐可能な戦力は整っていた。
「そうか……まぁ、流石にお荷物の俺達が何かを言うべきじゃないだろう。それで頼む」
「はい……そちらの準備にどれぐらい必要ですか?」
「ん……そうだな。まず結界は展開する必要がある。それと……カイト。こいつを頼む」
「っと……これは?」
ゲンティフから投げ渡された双三角錐の結晶に似た何かに、カイトが首を傾げる。大きさは親指の爪程度。魔道具にしてもかなり小さめだ。これにゲンティフが告げた。
「記録用の魔道具だ。俺の持っている記録球にリンクしてて、俺が着けてる奴の予備だ。可能なら、こいつで敵影と分かる限りの情報を記録しておきたい」
「ああ、なるほど……」
そもそもゲンティフがここに来ているのは、道中の魔物の情報を確保する為だ。が、流石に今回の敵はランクを考えれば、ゲンティフが出れば一歩間違えれば死の可能性が高い。
となると、カイトにこれを持って貰って情報を収集する事にしたのだろう。これも仕事の内だった。というわけで、カイトは手早く双三角錐状の魔道具を自身のイヤリングに連結する。
「よし……これで大丈夫ですか?」
「待ってくれ……良し。撮影出来ている。問題無い。悪いな」
「いえ……」
これで問題無い。それを確認したゲンティフの感謝に、カイトは一つ首を振る。と、そうしてこれを最後にミーティングは終わりとなり、それぞれが支度を開始する。
「さて、と……」
結界の展開を行う準備を行う横で、カイトは湖に向かう為の装備を整える。元々湖畔で一泊する事が規定だった為、水中戦用の一式は整えている。なのでそちらの用意をしておけば十分だった。が、その大半が今回は使えない為、準備をしたのは万が一の万が一に用意しておいたとある魔道具だった。
「……何なんだ、それは? というか、何をしているんだ? いや、そっちのヘッドマウントディスプレイみたいな物じゃなく、だ。それはそれで気になるが」
「ああ、これか? 前に見た事が無いか?」
一抱えほどもある深い青色の巨大な球体を見た瞬の不思議そうな問いかけに対して、まるで半分だけのヘッドマウントディスプレイのような物を装着するカイトは少し笑いながら問いかける。それに、瞬が少しだけ自分の記憶を手繰り寄せる。
「ふむ? そんな大きな物だと見覚えがあると思うが……最近か?」
「いや、最近じゃないさ。もうしばらくは使っていないな。と言っても、前の時も使ったわけじゃないし、これはギルドの備品でもないが」
「お前の私物か?」
「いや……まぁ、似たようなもんだが」
つまり、公爵家として用意しておいた物というわけか。瞬はどこかはぐらかすようなカイトの言葉に、それを察する。とはいえ、それらを言われても、瞬にはやはり思い出せなかったらしい。頑張ってみても、確かにどこかで見たような気がする、という程度であった。
「……すまん。何か思い出せん。確かに、どこかで見た気はするんだが……」
「見たのは前に湖の底に沈んだ遺跡の調査を行う時だな。あの時は飛空艇に積んだままだったが」
「あぁ、あれか! 思い出した!」
どうやら何時か、と言うのを言われて瞬もこれが何か、と思い出せたらしい。そうして彼が感心した様に深い青色の球体を見る。
「確か……あの時も湖が汚染されていた場合に使うつもりだ、と言っていた魔道具か。重度の汚染が考えられた場合に使う物……との事だったか? 確か謂わば浄水器だ、と言っていた気がするな」
「ああ……湖が万が一何かしらに汚染されていた場合に備えて持ってきていた物だったんだが……まさか本当に使う事になるとは思っていなかった。滅多に使う事が無いんだが……」
「ふむ……こんなサイズで問題無いのか?」
「問題がないか、と言われれば問題が無いわけじゃない。が……倒してすぐ突っ込んでおけば、ある程度は浄化してくれる。それに今そこのなんとかならない部分に対応するべく、ちょっと改良を刻んでいる」
どうやら何をしているか、と言われるとこの魔道具の改良だったらしい。カイトは改めて深い青色の球体へと視線を向ける。
「さて……ああ、すまん。第三階層の改良は終わった。次は?」
「ユスティーナか?」
「そうでもあるが……正確にはウチのバカ共だな。流石にオレもこんな専門性の高い魔道具を何も無しで弄れんさ。あいつらに聞いてやるのが、一番確実だ」
ぽぅ、とカイトの手から蒼い光が放たれて、深い青色の球体に注がれる。と、そんな彼らへと、声が掛けられる。
「カイト、ちょっと良いかー? って、作業中かー?」
「んだ? まぁ、手は離せんが、話ぐらいなら聞けるぞ」
「相変わらず器用な奴だなー……そいつ、嫁の作品かー?」
「嫁言うな。分かりにくい」
主に多すぎてな。カイトとアンブラは何故かがわかっていればこそ、わかっている者同士で笑い合う。
「あははは。そだなー。ティナとちょっと話せっかー?」
「ああ、今丁度話しながら作業中だが……何かあるのか?」
「おーう。そりゃ丁度良いなー。結界の強度上げたいんだけど、ちょっとやっぱ土地の汚染がキツくてなー。そっちにパワー取られちまって、うまく発動しないんだわー」
わずかに視線を向けたカイトに、アンブラは筒状の魔道具をバトンの様にくるくると回す。カイトも瞬も見慣れた結界を展開する為の魔道具だった。そんな彼女に、カイトはなるほど、と納得する。
「あー……そりゃ、オレじゃ無理だ。ほら。こいつでオレの通信機と同期出来る。そいつを自分の通信機と同期しろ」
「さんきゅーなー」
カイトの投げ渡した小型の通信機を、アンブラは自身の通信機に同期させる。そうして彼女もまたマクスウェルのティナと話を開始した。そんな彼女を横目に、瞬がカイトへと問いかけた。
「大丈夫なのか?」
「こっちはティナじゃなくても良いからな……よし。第四階層も改良完了だ。次は?」
これは忙しそうか。瞬は作業を進めるカイトにそう判断する。そうして、彼は出発までのしばらくの間、周囲の警戒を行いながら待機を続ける事にするのだった。
さて、調査隊が一時的な拠点へとたどり着いておよそ一時間。<<無冠の部隊>>の技術班からの助言を受けながら結界用と浄水用の魔道具の改良を終えた調査隊は、改めて二手に別れて行動を開始する。
というわけで、カイトは瞬、ユリィらと共に一路数百メートル先の湖を目指して、ゆっくりと動いていた。が、近付くにつれて一同の顔は険しくなっていく事になる。
「……臭いがキツイな」
「若干、水そのものもやられてそうか……三人共、大丈夫か?」
湖に近付くにつれて腐敗臭にも似た嫌な臭いが漂うのを受けて、カイトと瞬が若干顔を顰める。その一方、日向の上のユリィは平然としていた。
「私達は問題ないよ。風纏ったから。カイトも風、纏った方が良いよー。鼻から毒気でやられても面倒だし……森がそう言ってるしね」
「……そうしたほうが良さそう、だな」
ユリィの返答を聞いたカイトが森の声に耳を澄ませる。大精霊の祝福を受けた彼もエルフや妖精達と同じとまでは行かずとも、多少は森の声を聞ける側だ。なので森が対策を助言していた事を受けて、そうする事にする。
「先輩。低級の風属性魔術は使えるな?」
「ああ」
「それを薄く顔の周囲に展開しておけ。本来なら毒ガスなんかの対応が出来る魔術があれば良いんだが……学んでないだろう?」
「流石に、な。一応、火山地帯で活動する為の魔術はウルカで教わったが……」
「なら、それで良い。更にその上から風を纏え」
瞬が学んだという魔術がどのような物かはわからないが、基本はエネフィアで発達した魔術だ。そしてエネフィアにガスという概念が存在しているかは微妙な所だ。
そのエネフィアで開発された魔術では不安が残ったらしい。というわけで、瞬は火山地帯で活動する為の呼吸を補佐する為の魔術と風属性の魔術を併用し、頭部を守る一時的な膜を展開する。
「やはり若干、息苦しいが……嫌な臭いは無くなったな」
「そこは良し悪しという所だが……それより毒ガスを食らう方がマズいからな」
「だな……良し。行こう」
カイトの指摘に同意した瞬が、改めて先へと進み始める。そうして歩く事更に数分。一同は湖が望める所にまでたどり着いた。
「っ……先輩。ここからは木々に紛れて移動する。ユリィ。お前らは上から頼む」
「ああ」
「りょーかい。日向、伊勢。上」
『ん』
『はい』
カイトの指示を受けて、瞬はカイトとはまた別の木の影に隠れる。そうして<<縮地>>を短距離で連続させ、常に木々の裏に隠れて移動していく。
「……ユリィ。そちらから何か見えるか?」
『……ガスの影響かかなり見通しは悪い……かな。敵影は無し。でも水はかなり濁ってるから、確定で居ると思う』
「わかった」
どうやら魔物は水の中に潜っているか、逆側に移動しているかで今は見付からないらしい。が、水の状況から居る事は確定だった。そうして、カイトと瞬は身を隠しながら更に湖へと近付いていくのだった。
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