第2149話 馬車での旅路 ――汚染された森――
すいません。完全に投稿してない事を忘れていました
<<腐敗する竜>>という魔物の出没に伴い封鎖された地域の封鎖解除を行う為の調査を請け負ったカイトと瞬、ソレイユの三名。そんな三人は更にユリィらを加えて調査隊に合流すると、封鎖された地域の中を馬車で進む。
そうして調査の開始から一日と半日。一同は今回の調査において最重要となる森へとたどり着く。が、そこで見た森は、何かの影響を受けて活力を失ってしまっていた。
「……どうだ? 土地もきつそうか?」
「……んー。そだなー……流石にここまで来ると、結構毒にやられてきつそうだなー……まぁ、まだ外周部だから瀕死にゃ至ってないけどなー。ここらはまだまだ余裕だろー」
「ってことは、まだこの原因が出てきて少しだ、って所か」
「そう言って良いだろうなー。土地の汚染もそこまでじゃないしなー……んー」
カイトの確認に一つ頷いたアンブラであったが、しかし一転何かが気になった様に首を傾げる。これに、カイトが問いかけた。
「何かあったか?」
「んー……おーい助手ー」
「だから助手で呼ばないでくださいよ……なんですか?」
若干辟易した様子で現れた助手であったが、そんな彼はアンブラが自身を呼ぶ以上何かがあったと理解していた。故にすぐに気を取り直して問いかけると、アンブラがすぐに指示を出した。
「今回の荷物の中に四番の杖あったろー? あれ持って来い」
「四番ですか? 二と三すっ飛ばして?」
「そうだぞー。さっさと持って来い。あ、後ついでにユーラも呼んで来いよー。専門家の意見聞きたいんでなー」
「あ、はい。後はユーラさんも、ですね。わかりました」
アンブラの少し威圧的で急かすような指示に対して、助手は少し急ぎ足でその場を後にして馬車へと戻っていく。その間に、カイトが状況を問いかけた。
「どうした?」
「そういや、ここらに地下水脈通ってた事思い出してなー。かなり深い所だから大丈夫だとは思うんだけどなー……まぁ、気にしときゃ良いだろー」
「そか……サンクス」
なるほど。アンブラの言っている事は尤もだ。カイトはアンブラの危惧に一つ納得を示し、後は助手の戻りを待つ事にする。そうしてしばらく。先にカイトがボーリング調査を行うべく使っていた杖とはまた別の杖を持った助手が、ユーラと共に戻ってきた。
「先輩。これで良いんですよね?」
「おーう。四番……地下水脈の調査用の奴だなー」
「地下水脈……地下水脈の汚染を危惧しているんですね」
この杖が何かを理解した事で、ユーラもアンブラが何を気にしているかを理解したらしい。一応の確認として、口に出していただけだ。というわけで、そんな彼女の言葉をアンブラも認めた。
「そだなー。まぁ、今ん所50メートル付近までにゃ毒は到達してないけど、もし水棲だったら地下水の方がヤバいかんなー」
「わかりました。ご協力します」
アンブラの言葉を受けて、ユーラも二つ返事で了承を示す。そうして、彼女が杖の先端を地面へと突き立てる。
「んー……んー……」
ここでもない。こっちでもない。アンブラは杖を操って地下水脈の場所を探っていく。そんな彼女が、ふと顔を上げた。
「見付かりましたか?」
「んにゃー……カイトー」
「んだ?」
「地下水脈、どこだー?」
「オレに聞くんかい!」
どうやら探しても見付からなかったので、カイトに頼む事にしたらしい。これにカイトは怒鳴りながらも、一つため息を吐いて地面に手を当てる。そもそもアンブラがやっているのは自分の領地の調査だ。それに領主が非協力的で良いわけがなかった。
「はぁ……ん」
一度目を閉じて、世界の流れに耳を澄ます。そうして少しだけ地面の流れを見極めて、彼の感覚が地下水脈を流れる場所を探り当てた。
「あそこだ」
「さんきゅーなー……おー。ヒットヒット……んー……よっと」
カイトの指差した場所で四番の杖の先端を突き立てたアンブラが杖を地面から引き抜く。そうして、ユーラへと頷いた。
「取れたぞー。こいつで良いかー?」
「はい……じゃあ、少しお待ち下さい。すぐに簡易検査をしてしまいます」
どうやらアンブラの持っていた四番の杖は丁度真ん中のあたりが開く様になっていたらしい。かぱっと開いた中から取り出した試験管の様に、細長い小瓶をユーラへと手渡す。
それを受け取って、ユーラが持ってきていた試薬を小瓶の中の水をわずかに取り分けたアンプルの中へと注ぎ込んだ。そうして、数秒。透明だった地下水は淡い紫色へと変色する。
「……どうなんだー?」
「毒……ですね。この濃さですから……まだ多少口にした程度なら致命的な状況にはならない程度……でしょうか。川魚達には少し厳しいかもしれません」
少し険しい顔で、ユーラはアンブラから受け取った小瓶を腰に吊り下げていたケースへとしまい込む。今は簡易検査だ。詳しい所は持って帰らなければなんとも言えなかった。と、アンブラが淡い紫色の液体が入ったアンプルを見ながら口を開く。
「んー……ってことは、まだ致命打は受けてないってとこかー……川の汚染とどっちが酷そうだー?」
「そうですね……ぎりぎり、川……でしょうか。そこまで浸透性の強い毒ではないのかもしれません」
それは幸いか。カイトは少し悩んだ様子のユーラの様子から、僅かな安堵を得る。と、そんなカイトにアンブラが問いかけた。
「カイト。川の封鎖ってどうなってんだっけかー?」
「あ? ああ、川の封鎖か? 一応<<腐敗する竜>>の出現時点で周辺の河川は封鎖され、上流から流れる水は浄化施設を通ってから下流に向かう様になっているはずだ。川魚は……」
「川魚達もなんとか出来た分については上流でストップしているし、下流側も浄化施設から上流に向かわない様にしてるはずだよー。こっちの被害も最小限に抑えられているかな。良くも悪くも、<<腐敗する竜>>が出た後すぐだったから……」
一瞬考え込む様に記憶をたどったカイトに、彼の肩に腰掛けていたユリィが現在の方策を語る。どうやらそういうわけで、現在<<腐敗する竜>>の影響範囲にあった河川については完全に封鎖されており、一応は生き物は住んでいないらしい。
「んー……それだと、なんとかなっかなー……」
「まぁな……まぁ、それ故に発覚が遅れちまった、ってのもあるが」
「そりゃしゃーないだろー。封鎖しちまってるからなー……てか、そこらを調べる為に調査隊組んでるんだから、言ってもしゃーないなー」
カイトの指摘に対して、アンブラが楽しげに笑う。と、そんな事を話し合っていると、馬車からゲンティフが顔を出す。
「おい、お前ら! まだ終わらないのか!?」
「あっと……すまんなー! もう終わったから、戻るー!」
「急げよ!」
現状は森の前で集団で突っ立っている状態だ。しかも馬車まである為、かなり目立つ。なのでゲンティフとしては、なるべくこの場からさっさと移動したかったらしい。というわけで、そんな彼に急かされる様に馬車へと戻る。そうして戻った馬車の上で、カイトは瞬と合流する。
「どんな様子だったんだ?」
「どんな、か……まぁ、若干毒の影響が出てたって所だ。まだ地表までは到達していないが、それも時間の問題という所か。が、水の方がかなりヤバそうだ」
「ということはやはり……か?」
瞬は先にカイト達から指摘されていた森の中心方向を見る。そちらの方から水は流れており、全ての元凶に繋がっていた。そんな彼と同様、カイトもまた森の中心方向を見る。
「だろうな……」
「どうする?」
「よほどやばくない限りは、その場で潰す。このまま森が滅びるのを座視するわけにはいかんからな」
わずかに険しい顔で、カイトは森の中心を睨み付ける。毒を持つ水棲の魔物となると、色々と面倒な可能性も否定出来なかった。作戦は色々と考えねばならないだろう。と、そんな事を考えながら馬車に揺られる事しばらく。僅かな警戒を滲ませていた瞬が口を開く。
「……生き物の気配が殆どしないな」
「そうだな……皆無じゃないが」
「みたい……だな」
おそらく良くない相手。すなわち、魔物だろう。カイトの言葉に瞬は周囲の気配に意識を向けながら、何時何が来ても大丈夫な様に僅かに強く槍を握りしめる。元々森は見通しが良くなく、奇襲は受けやすい。その点痩せた森の中は何時もより見通しが良いが、同時にそれは相手からも見付かりやすいという事でもあった。そうして、再度瞬が口を開いた。
「……何かがこちらを見ている……か」
「……一つ二つじゃないな……先輩。おそらく接近戦になる。馬車を守っておいてくれ。ユリィ、日向、伊勢」
「……りょーかい。二人共」
『ん』
『はい』
カイトの指示に、ユリィ以下日向と伊勢は二つ返事で頷いた。敵が何かは定かではないが、何かが自分達を追走している様子があった。それも一体二体ではなく、十数体は最低でも居る。そう察せられた。
「……っ」
がさっ。がさっ。何かが遠くで移動する音が、瞬の耳朶を打つ。その音の方角から、彼は敵がどう移動しているかを察した。
「木の上か……猿の様に枝を伝って移動しているのか」
「……ソレイユ」
「ん……にぃ、左お願い。私右やる」
「あいよ……先輩は真上を頼む」
「わかった」
弓を構えたカイトの指示に、瞬は真上からの奇襲を担当する事にする。そうして、しばらく。カイトが小声で告げる。
「っ……見えた。<<森の厄介者>>だ」
「<<森の厄介者>>……チンパンジーみたいな奴だったか?」
「ああ……が、凶暴性は比較にならん。唯一同じ点があるとすれば……こうやって知恵を張り巡らせる点ぐらいか!」
ぎりぎりぎり、と引き絞った弓を解き放ち、カイトは一瞬だけ見えた瞬間を狙い定めて<<森の厄介者>>とやらを矢で貫く。
そうして、鋭く長い爪を持ったチンパンジーに似た、しかし地球で見かけるそれより一回りほど大きな猿型の魔物が大穴を空けて吹き飛んだ。
「全員、来るぞ! ヴァルトさん! そちらはそのまま進ませてください! 止まった方がこいつらは厄介だ! 下手に止まると仲間が来る!」
「わかっています! っと!」
「ごめんねー! ちょっと失礼!」
とんっ、と馬達の上に舞い降りたユリィが、日向達と共にカイトの攻撃を合図として一斉に襲いかかってきた<<森の厄介者>>に向けて突風を吹かせる。そうして空中でバランスを崩した所に、日向と伊勢が魔力の光条を放って消し飛ばしていく。
「先輩! 気を付けろ! 奴らは魔術である程度なら身を隠す! なるべく動かず、敵の気配に集中しろ!」
「わかった!」
カイトとソレイユが左右の<<森の厄介者>>を的確に狙撃していくが、瞬はカイトに言われた通り左右の敵には目もくれず、単身馬車の中央にて仁王立ちで待機する。そうして、少し。先鋭化した彼の感覚が、真上に何かが現れた事を報せてくれた。
「……はっ!」
仁王立ちしていた瞬は、馬車の真上目掛けて木々の上から飛び跳ねた<<森の厄介者>>に向けて思いっきり槍を投げつける。そうして、<<森の厄介者>>を貫いたまま、槍は天高く飛んで紫電を轟かせて消し飛んだ。
「……次だ」
新たな槍を編み出して、瞬は次の敵が来る瞬間を見定める。そうして、その後もしばらくの間、一同は枯れつつある森の中で手荒い歓迎を受ける事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




